しばらく情報交換をしたあと、学舎の園の人口と物資についての説明となった。
学舎の園側は、転移時点で内部にいた人数を正式に報告した。
「生徒2,643名、教師43名、学校、研究、設備管理などの職員150名、施設および店舗の従業員82名です。前回の報告とかわりません。また合計2,919名。現在までに所在不明者は確認されていません」
代表教師が読み上げ、副長官は手元の資料へ数字を書き込んだ。
どうやら減っても増えてもいない。数え間違いの修正もなく、外に出た生徒もいないと断言された。
「その人数は、どのように確認しましたか」
「学校ごとの在籍記録、寮の点呼、施設ごとの勤務記録、入退場記録を照合しました。園外の寮や外出中だった者は、この転移と思われる事故に含まれていません」
「重複や未確認者は?」
「複数の記録を照合済みです。現在の数字を確定値として扱っています」
日本側の担当者たちが、静かに資料をめくる。
災害時の避難所でさえ、正確な人数を把握するには時間がかかる。
この街は、異世界へ移動した翌日に、住民数を一人単位で確定していた。
未成年者が中心の学校区域という印象が、少しずつ崩れていく。
学舎の園は都市だ。行政が生きている都市であり、迷子になった学生の集団ではない。
しかも、非常時に自分たちを数え、担当を決め、交渉の席へ数字を持ってくるだけの統治能力がある。
続いて医療については、奇妙な報告もあった。
「転移後、外傷や急性疾患による受診者が、予想に反してほとんど出ていません」
代表教師は、クリニックから提出された報告書を日本側へ渡した。
「通常処方や予防的相談はあります。しかし、転倒、切創、過呼吸、能力使用に伴う不調などが、現在まで確認されていないとのことです」
「……それは良いことでは?」
厚生関係の担当者が言った。
「そうである可能性もあります。ただ、2,919人が混乱の中で動き、一件も軽傷者が出ていないことを、医師は異常と判断しています。また異常ではありますが、こちらは現在、深刻な患者がいないことを理解していただくため、この情報をそのままお伝えいたします」
副長官は報告書へ目を落とした。
患者が少なく、その事実を異常として報告できる医師がいる。
学舎の園は、すでに自分たちの内部に起きている変化を探し始めていた。
+ + + + + + + + +
物資と設備についての確認が一段落したところで、美琴がわずかに手を挙げた。
「……あの、華央国への謝罪の方は、どうなってますか」
先ほどまでの堂々とした様子とは違い、少し言いにくそうだった。
外務大臣がこの質問に答える。
「現在、連絡と調整を進めています。華央国側も、直接対話の可能性について前向きです。ただ単純ではないと、今はお考えください」
「ですよね〜〜」
美琴は小さく息を吐いた。
そして気持ちいいほど、スパッと頭を下げた。
その姿はありきたりな一人の中学生であり、ミサイルを無効化した存在には見えない。
「昨日は、こっちの世界がどんな状況か知らなくて。気軽に言って、すいませんでした。大変な連絡と調整を投げちゃって」
「謝罪を希望したこと自体は、問題ではありません」
「でも、私がどこかの国の人と話すだけで、ほかの国まで反応するんですよね」
「現状では、そうなります」
美琴は嫌そうな顔をし、街のその辺を歩いている中学生のようになる。
「面倒くさ……」
「お姉様」
黒子が小声でたしなめる。手を繋いだままなので、二人の顔の距離が近い。
「分かってるわよ。ちょっとげんなりしただけ」
美琴は姿勢を戻し、その動きを隙と見たのか、黒子が密着度を上げた。
「でも、ミサイルを撃たせたのは本当だから。撃った人にも、直接話せるなら謝りたいです」
「華央国側では、当時の戦闘機操縦士を同席させる案も出ています」
「パイロットも来るの!」
「あなたが搭乗していた黒い装備を追跡し、おそらく映像を撮影した人物です」
美琴の顔が引きつった。
「あー……やっぱり映像、残ってるんですか」
「かなり鮮明なものがあると考えられます。確認はされていませんが」
「うわぁ……」
黒子が美琴の袖へ手を添えた。
「お姉様なら、きちんとお話しできますわ」
「別に怖いわけじゃないわよ。ただ、恥ずかしいの」
「空を飛んでいただけでは?」
「その飛び方を見られてるのが嫌なの!」
日本側には、何が恥ずかしいのか分からなかった。
軍用機が追いつけない機動をしていたことだろうか。
制服で乗ったことか、黒い兵装の形状だろうか。
黒子だけは事情を理解しているらしく、美琴の袖から手を離さなかった。
「では、国外放送との接触について伺います」
話題が移った瞬間、ついに来たと佐天がさらに初春へ密着した。
「ういはる〜〜〜」
「私が代わりに答えることはできません」
「隣にいて」
「最初からいます」
副長官は質問票を確認した。
「佐天涙子さん。あなたは昨夜、アメリカの放送局と思われる相手と会話した。間違いありませんか」
「一昨日です」
佐天がバツが悪そうに答える。
その目は完全にイタズラを怒られている時の子供である。
「昨夜は光です」
「そうですか。最初の接触では、どのような話をしましたか」
「音楽をリクエストしました。私の好きな曲です! こっちの世界にもあるんでびっくりしちゃいましたー。タイトルが同じでも、違う曲とか出てきたらどうしよーって、ちょっと思ってたんですよー」
ギアが上がってきた、という様子でぺらぺらを話し始める佐天。
さてはそろそろ禁止されていたことした、ということは忘れ始めているのではないか? そう、室内の誰もが思った。
「それ以外には何か、お話になりましたか?」
「向こうから、どうして音楽が聞けないのか聞かれたので、通信が切れてるからって。私たちの世界は、買い切りじゃなくて、なんていうんかなぁ……。聞く権利とかサービスを買ってるんです」
「資料で確認しました。では携帯端末や音楽配信についても説明したわけですね」
「はい。でも、端末の中身とか、園内の設備とかは話してません。曲が端末に入ってなくて、通信で聞いてたって説明しただけです」
「相手は、自分の氏名や所属を名乗りましたか」
「ラジオの人です。DJってやつですね。放送名みたいなのは言ってましたけど、本名かは分かりません」
「ほかに、学舎の園について尋ねられたことは?」
佐天は考え込んだ。
初春の肩へ顎を載せたまま、記憶をたどる。
「佐天さぁん」
食蜂が言った。
「聞かれたことだけを答えればいいのよぉ。親切に前後まで補足しなくて結構だからぁ」
「心を読んで確認してくれた方が早くないですか?」
「会談中の能力使用は禁止されているでしょう?」
佐天は初春の腕へ顔を埋めた。
「ういはる〜〜〜、食蜂さんがいじめる」
「自業自得です」
「初春まで!」
そう言いながらも、佐天は離れなかった。
初春も、ため息をつきながら佐天の頭を軽く撫でた。
副長官は、質問票から顔を上げないよう努めた。
彼女たちにとっては、これが普段の距離なのだろうか?
黒子と美琴だけが特別なのかと思っていたが、そう単純でもないらしい。
副長官はイギリスの仮説が増える理由が、少し分かった気がした。
…………いま、心を読まれたら『まずい』な。
信用はしているが、礼儀として脳内で頭を振るって考えを改める。
「では、昨夜の光通信について説明してください」
「電波を使うなって言われたので、それなら光なら大丈夫かなと。思いついたときは天才かーと思ったんですけどねぇ」
佐天は悪びれることなく答えた。
これは絶対、いずれ、また、なにか、とんでもないことを、やらかすだろうなと誰もが思った。
「誰から許可を取りましたか」
「取ってません。許可を取ったら、たぶん駄目って言われるかなぁって……。だからやりました」
……すげぇなこいつ。
誰かが呟き、自分の考えが口から漏れてきたのかと、室内のだれもが思った。
「佐天さん」
初春が低い声で呼んだ。
「はい。すいませんでした。反省してます!」
佐天は素直に頭を下げた。
でも、たぶんまた何かしらやらかすんだろうな。みな思った。
「佐天涙子さんが放ったその光へ、誰かが返事をしてきたわけですね?」
副長官は失礼な考えを排除し、質問を続けた。
「はい。最初は一般の人たちが、ライトを振ったり、車の明かりを点滅させたりしてました。いっぱい、一斉に」
「テレビ局も応答したようですね。映像でこちらも確認してます」
「そうみたいです。それでですね、途中から、すごく正確なモールスが来て」
そこで佐天は初春から少しだけ離れた。
「初春が、通信の決まりを送ってるって気づいたんです! 初春、すごいんですよ。数字とか記号ばっかりなのに、見ただけでプロトコルだって分かって、ぱぱーって読んで、たたーってネットに繋いじゃうんです!」
自分の行動を説明していた時より、声が明るい。
「このあとは私が説明します」
初春が佐天の言葉をつぐように、胸をはって日本の首脳陣に言った。
褒められていい気になるのではなく、親友のために今度は自分が前にでるという覚悟が見えた。
……あの頭の花飾りはなんだろう?
+ + + + + + + + +
初春の説明が始まると、会談室の雰囲気は変わった。
「私たちの通信設備と、こちらの世界のネットワークは、物理的な接続が不可能だったわけではありません」
初春は用意した図面を日本側へ示した。
「問題は通信規約です。信号形式、接続手順、文字コード、認証、経路制御が異なるので、そのままでは互いの信号をデータとして解釈できませんでした」
「それを、昨夜送られてきたモールス信号の情報だけで解決したのですか」
日本側の技術担当者が尋ね、初春は次の書類を指し示す。
そこには日本だけでなく、世界共通の通信企画について書かれていた。
「完全にではありません。送られてきたのは接続を開始するための最小限の仕様です。それをもとに、変換処理を組みました」
「園内のネットワークを介し、直接接続した?」
「いいえ。外部からの侵入や、未知の信号による障害を考え、内部網から物理的に切り離した端末を使っています。外部通信装置との間にも一方向の監視系を入れました。現在は一台のみです。園内の基幹システムに影響が出たら困りますから」
「そちらでは、日本……こちらの外部網の解析を、以前から行っていたのですか?」
「受信できる範囲では。厳密にはデータを溜めていただけです。当時の学舎の園は、内部の点呼とか、設備監視、物資管理が優先でした。規格を一から推定する作業は負荷が大きいので、勝手にはできませんでした」
勝手にはできなかった。できなかったのではない。
できるが、組織全体への影響を考えて控えていた。
彼女はそう説明している。
「初春さん。あなたは接続後、何を確認しましたか」
「日本の報道、海外の報道、一般向けの掲示板、公開されている通信経路などです。海外にも経路はかなり限定されていますが、一部は見てみました」
「初春さんは情報処理に長けているようですが、この世界のネットワークについて、どう評価しますか」
初春は少し迷った。言葉を選ぶだけでなく、話したいことがいっぱいあって、要約する必要があったようだ。
「あの、個別の技術が遅れているわけではありません。2020年前後の私たちの世界に近い技術もあります。ただ、ネットワーク全体が陣営ごとに分断されています」
「政治的な分割ですね?」
「はい、西側と東側です。海底ケーブルの数が少なく、相互接続点も限られています。迂回経路がほとんどないので、通信が集中すると遅くなります」
「大変、明瞭でした。それで、率直な感想は?」
初春は、答えてよいのか迷ったらしい。
佐天が横から言った。
「重い、です」
「佐天さん」
「初春も言ってたじゃん」
「訂正しますね。技術的な評価としては、物理的経路の冗長性が不足しています。そして一般利用者の文化も、私たちの世界より十五年から二十年ほど前に近く見えます。ただし、単純に発達が遅いというより、別の条件で成長した結果だと思います」
日本側の技術担当者は、完全に聞き手へ回っていた。
中学1年生を相手にしている顔ではなく、専門家同士で話す顔だった。
副長官は、食蜂を警戒していた自分を思い出した。
この街の本当の異質さは、目立つ能力者だけではない。
外部ネットワークへ一晩で接続した少女は、超能力について一度も口にしていない。
そして、そのきっかけを作った少女は、専門知識より先に、人へ話しかけることを選んだ。
やらかした者と、やってくれた者。
どちらが欠けても、接続は成立しなかった。
「ネットワークへ接続したことで、この世界の情勢については、どこまで把握していますか」
外務大臣が技術面の話が終わったと判断し、少女たちが手に入れた情報について尋ねた。
技術面の話は終わったが、初春は引き続き答える。
「主要な報道は確認しました。情報の正確性については、まだ評価中です。ただ、日本、アメリカ、ソ連、華央国、イギリスが、それぞれ異なる反応をしていることは分かりました」
「アメリカが、あなたたちの保護を主張し始めていることも?」
「はい。おおよそ理解してます」
代表教師の表情が硬くなる。
「市民権について検討しているという報道も確認しました」
日本側がまだ公式には伝えていない情報だった。
少女たちはもう知っている。
「ソ連が、華央国との会談に強く反応していることもご存知で?」
「はい。ネットニュースの抜粋された声明のみですけど。だから、昨日は気軽に言ってすいませんって……」
軽々しいことをいったと、美琴が気まずそうな顔をした。
勝手に西へ飛んでいったことや、ミサイルを撃たせたことより、軽率な発言のほうを反省する不思議な価値観の女の子である。
「御坂さんが謝る必要はありませんわぁ。悪いのは、女子中学生の謝罪先一つで外交順位を計算し始める世界の方でしょう?」
「しょ、食蜂! それをここでいうの?」
「いえ、事実ですよ」
分下総理が仲裁に入った。
この件については、日本も責任を感じていたからだ。
「こちらから情報を隠すつもりはありません。ですが、すべてを一度に知らせれば、かえって皆さんを混乱させると考えていました。それがあなたの発言につながってしまいました」
この心遣いに、代表教師が答える。
「ただ、私たちの行動が外部へ影響する以上、知らないままでいる方が危険です」
「その通りです」
分下はうなずいた。
「今後は、日本政府が把握した各国の動きについて、可能な範囲で定期的に共有します。皆さんが独自に情報を得ることも妨げません。また不明なことがあったら、外交窓口を通じて尋ねてください」
制限するのではなく、情報共有を増やすと分下は確約した。
少女たちが自力でネットへつないだ以上、これがもっとも現実的で最善だった。
「ただし……」
分下は佐天を見る。
その顔は、なんでも買ってくれるような笑顔のおじいちゃんの顔ではなかった。
悪いことをした孫を叱る顔だった。
「現場ではまだ外部との通信を行うときは、事前に代表者へ相談してください。必ずですよ」
「分かりました」
「返事だけは立派なのよねぇ」
食蜂がちくりと刺し、佐天は再び初春へ抱きついた。
「ういはる〜〜〜」
「佐天さん」
初春は注意しながらも、佐天の手を外さなかった。
分下首相の口元が、少しだけ緩んだ。
「それでは、初春さん。今回の接続は、あなたの功績ですよ」
「いえ、私は送られてきた仕様を使っただけです。それに、佐天さんが最初に光を送らなければ――」
「ほら!」
佐天が顔を上げた。
まったく懲りてない顔である。
「私も功績ありますよね?」
食蜂が佐天から目を逸らし、初春を見つめて微笑んだ。
「お手柄よ、初春さん」
「あのー、私では?」
「反省して、佐天さん」
「はい」
この返事だけは、少しも立派ではなかった。