日本政府から提供された物資の一覧は、すでに書類束へ収まる量ではなくなっていた。
学舎の園側が求め、日本政府が用意できると判断したものは、検査と調整を経て段階的に運び込まれている。
もちろん、すべてが無償というわけではない。
少なくとも、学舎の園側はそう考えていなかった。
生活が安定した後も同じ関係を続ければ、いずれ学舎の園は一方的に養われるだけの存在になる。
「そろそろ、こちらも対価を提示する必要があります」
臨時議会へ出席していた教師が言った。
会議室の正面には、日本政府から受け取った物資と、今後必要になる設備の一覧が表示されている。
まるで授業のように、教師はこれらを指示棒で指し示す。
「日本政府側から、直ちに見返りを求められているわけではありません。ですが、こちらから何も示さないまま支援だけを受け続けるのは、今後の交渉上も好ましくないでしょう」
「技術を渡すことになりますの?」
黒子が手をあげ尋ね、教師は指示棒でびしっと指して答える。
「それも候補の一つです」
「簡単には決められないわね」
美琴は授業みたいだなと思いつつ腕を組む。
学園都市の技術は、この世界にとって未知のものが多い。
能力開発に関係しない分野だけでも、渡せる技術はいくらでもある。
だが、何を渡しても、その技術がこの世界でどう使われるかまでは制御できない。
日本へだけ渡せば、ほかの国が反応するという問題もある。
複数の国へ同時に渡せば、冷戦構造そのものを刺激するかもしれない。
「だからこそ、レザさんの意見も聞きたかったのですが……」
教師が指示棒を手持ち無沙汰に両手で持ち、空いている席を見た。
物資と設備、技術管理に関する議題なら、レザが出席していない方がおかしい。
美琴も、そこで初めて気づいた。
「あれ。そういえばレザは?」
「体調不良だそうよぉ。連日働き詰めだったもの。疲れが出たのでしょうねぇ」
食蜂が目線も合わせず答える。受け渡す技術について考えていて、モニターに釘つけになっているのかと美琴は判断した。
「まあ、今までそういう子が出なかった方が不思議よね」
美琴は、それ以上深く考えなかった。
異世界へ転移してから、ほとんどの生徒がまともに休めていない。
レザほど多くの設備や物資を抱えていれば、今になって倒れても不思議ではなかった。
「あとで様子を見に行こうかな」
「今は休ませてあげなさいなぁ」
食蜂は微笑んで、美琴もそうねと納得した。
そのまま、正面モニターの資料へ視線を戻す。
「技術供与を考える前に、まずはこちらが何を必要としているか整理するべきではなくてぇ?」
黒子が、すぐに手を挙げた。
「でしたら船がいりますの。それと、昇降機ですわ」
迷いのない発言だった。
会議室にいた者たちが、黒子を見る。
「人員の移動手段ですね」
教師が確認した。
現在、学舎の園と外部を行き来する人間の大半は、黒子が空間移動で運んでいる。
これまでは人数を絞ってきたため、黒子一人でも対応できた。
しかし、交流と支援が増えれば、いつまでも同じ方法には頼れない。
「物資については、ヘリコプターと起重機で対応できますの」
学舎の園の外周部には、簡易的な荷役設備が取り付けられている。
日本側の船が運んできたコンテナを、起重機で引き上げ、小型で緊急性の高い物資は、ヘリコプターから受け取ることもできる。
「ですが、人をコンテナで吊り上げるわけにはまいりませんでしょう? 現在は、わたくしが運んでおります。しかし、今後も外部の方を受け入れるのであれば、通常の移動手段が必要ですの」
「黒子一人に任せ続けるわけにもいかないしね」
美琴の言葉に、黒子が嬉しそうに振り返った。
「お姉様がわたくしの身体をご心配くださって……!」
「体力の話だからね」
「愛ゆえに!」
「人の話を聞きなさい」
美琴に拒絶され黒子は咳払いをして、議題へ戻った。
「学舎の園の外周へ、海面との間を往復できる昇降機を設置するのが理想ですわ」
現在の学舎の園は、海面からかなり高い位置に浮かんでいる。
外周へ昇降機を設け、海上の乗降設備と園内を結ぶ必要がある。
「ただし、安全性の確認には時間がかかりますの。学舎の園の構造へ直接取り付ける以上、重量、振動、浮遊装置への影響、非常時の切り離しまで調べなければなりません」
黒子に同調するように、設備担当の生徒が資料を開いた。
「日本側も同じ意見です。施工を急ぐべきではないと回答が来ています。仮設設備であっても、最低で数週間は必要になる可能性があります」
「ですから、せめて船が必要ですの。昇降機が完成するまで、海面側で人員を受け渡すための船が一隻あれば、わたくしは船と学舎の園の間だけを往復すればよくなります」
現在は、黒子が学舎の園から相手側の艦船まで直接移動している。
専用の連絡船があれば、移動地点を固定できる。
日本側の人員も、その船までは通常の方法で移動できる。
「緊急時の避難や救助にも使えます。確かに、必要ですね」
教師がうなずいた。
会議室内でも、黒子の提案に反対する者はいなかった。
むしろ、これまで黒子の能力へ依存しすぎていた。
本人が元気に動いていたため、問題として認識されにくかっただけである。
「ただ、船となるとそれなりの金額になります」
教師は少し言いにくそうだったが……言った。
「大きさにもよるけど、車を一台買うのとは違うわよね」
美琴も、資料に記載された参考価格を見て眉を寄せた。
小型の連絡船でも、搭載設備や安全基準によって価格は大きく変わる。
乗員も必要になり、買って終わりではない。
「やはり、こちらから何らかの見返りを示す時期でしょう」
「技術を切り売りするのは反対よ」
教師ははっきりと明言し、美琴が釘をさす。
「分かっていますよ、御坂さん。何を提供するかは、慎重に決めなければなりません」
「そうねぇ。能力関係は論外ねぇ」
食蜂が指先で資料をめくる。
「兵器へ直結するものも避けるべきでしょう。医療技術も、内容によっては人口構造や国家戦略まで変えてしまうわぁ」
「じゃあ、何ならいいのよ」
「御坂さんが身体で払えばぁ?」
会議室が静まり返り、黒子の表情が消えた。
次の瞬間、椅子を蹴るように立ち上がる。
「ぶぎょらめなにいどぼぼごみのー!」
言葉としてはまったく聞き取れなかった。
しかし、食蜂操祈へ向けられた最大級の敵意だけは、出席者全員に伝わった。
「落ち着きなさい、黒子!」
美琴が黒子の腰へ腕を回し、食蜂へ飛びかかろうとする身体を引き止める。
「お姉様の身体を! 売り渡すなどと! この腐れ外道が!」
「誰も売るなんて言ってないでしょう?」
「言いましたの! 今、確かに身体で払えと!」
「ぶっ飛ばすわよ」
美琴の声が低くなった。
今度は黒子を止めながら、本人も食蜂を睨んでいる。
食蜂は一人だけ、何がおかしいのか分からないという顔をした。
「発電とか、電力を売る話よぉ」
「……え?」
美琴の腕の中で、黒子が止まった。
「電気を日本側の送電網へ供給するの。技術そのものを渡す必要はない。兵器転用の心配も少ない。供給量はこちらで調整できるし、止めたくなれば止められる。支援への対価としては、かなり分かりやすいと思うけれどぉ」
会議室の視線が、美琴へ集まった。
「やんないわよ! そんなことしたら、死んじゃうくらい重労働……ん?」
美琴は黒子を抱えたまま、何度か瞬き、食蜂の発言の裏に気がついた。
身体を売る話と、電気の話がつながって……ない?
「あ」