日本政府が欲していたのも技術、また予想していたのも技術だった。
学舎の園が「これまで受け取った支援への対価を提示する」と、知らせを受けた時、関係省庁ではすぐに候補が挙げられた。
高効率な水処理技術はその代表だった。
直接的な軍事転用はなく、それでいて平時から災害対応まで幅広く使える。
あるいは、学園都市ではすでに一般化しているが、この世界ではまだ研究段階にある何か。
経済産業省をはじめ、文部科学省、防衛関係者が集められ、技術評価と機密保持のための準備まで始まっていた。
その会議の冒頭で、学舎の園側から正式な提案書が届いた。
官房副長官はその表題を二度読んだ。
【学舎の園における余剰電力の対日供給について】
「……なんで電力?」
会議室の全員が、同じことを考えていた。
技術でも超能力でもなく──
日本へ電気がくる?
+ + + + + + + + +
実務協議は、日本政府の船上に設けられた会議室で行われた。
学舎の園側からは、代表教師、食蜂操祈、御坂美琴、白井黒子に加え、設備管理を担当する生徒と職員が出席している。
「まず確認させてください。今回の提案は、御坂美琴さんの能力による発電を想定したものではないのですね?」
「はい。違います」
経済産業省から派遣された資源エネルギー担当者の問いに、美琴が即答した。
なぜか少し恥ずかしそうだった。
代表教師が小さく咳払いをする。
「学舎の園には、複数の独立した発電および給電系統があります。通常の施設用電源、研究設備用、非常用、浮遊機構用、都市機能維持用です。このほかにも予備系統があります」
設備担当者が資料を表示した。
画面に、現在の発電量と消費量が示される。
具体的な方式や設備配置には伏せられた部分が多いが、それでも需給の差だけは明確だった。
「これが、現在の園内消費です。こちらが、安全基準を維持したまま常時供給可能な出力です」
設備担当者の生徒が一つの線を指した。
日本側の技術者が資料へ顔を近づけ、何度か確認すると顔を上げた。
「これは単位は間違っていませんか」
「間違っていません」
「非常時の余裕分は確保されてますか?」
「別に確保しています」
さらに続く矢継ぎ早の質問に、澱みなく答える設備担当の生徒。
その答えを聞くたび、日本代表側の肩は沈んでいく。
学舎の園は、三千人弱が暮らす学校区域である。
だが、提示された余剰出力は、学校や避難施設が持つ自家発電設備という規模ではなかった。
初期段階で外部へ供給すると提案された量だけでも、一般的な公共施設群を維持するには十分すぎる。
設備を本格的に接続し、運用実績を得た後は、さらに供給量を増やせる可能性があるという。
「数値上は理解しました。ですがなぜ、これほど余っているのですか」
資源エネルギー担当者が尋ねた。
「本来の設計では、現在より大きな負荷を想定しているからです。浮遊しているだけの現在は、移動時に必要となる出力をほとんど使用していません」
設備担当者が答え、日本側に動揺が走った。
「移動できるのか」
「浮いてるだけじゃないのか」
「それに加えて。学舎の園には、外部から孤立した場合を想定した独自の発電設備があります」
「誰が、何のために?」
一瞬だけ、学舎の園側の空気が止まった。ここにはいない誰かに、意識を向けたような一瞬だった。
「転移前から存在していた非常用設備です。詳しい経緯と技術内容については、現時点では開示できませんわぁ」
食蜂が穏やかに答えた。
嘘ではないのだろう。
しかし、すべてを説明しているわけでもない。
官房副長官は、それ以上の追及を今は避けた。
「発電に必要な燃料は?」
「外部から継続的に補給する必要はありません」
日本側の代表の脳裏によぎる原子力マーク。
すぐさま質問に変える。
「その発電での廃棄物は?」
「日本側へ処理を依頼するものは、通常運用ではほとんど発生しません」
日本側の代表の脳裏によぎる常温核融合発電。
理論上はヘリウムガスなど無害で再利用可能な廃棄物しかでない。
聞いて答えてくれるわけがないが、聞かずにはいられなかった。
「は、発電方式をうかがっても?」
「非公開ですわぁ」
ですよねぇ〜という顔で、日本代表たちは次善の案をあげる。
「せめて変電設備を確認させていただく必要があります」
「外部供給部分については、必要な範囲で受け入れます。ただし、園内の基幹設備へ直接立ち入ることは認められません」
日本技術者たちの質問が続く。
周波数や、電圧、出力調整速度などは、現在建設が検討されている浮島に変換設備を置くことで解決する。
事故時の遮断方法や、外部系統からの逆流防止は現場の検討がいるだろう。
海上で送電するためのケーブルは、転用できるものが日本にはある。
売る電気はあるが、送り出す設備がない。
大量の電気を海上から日本の送電網へ安全に接続するには、専用の設備と試験が必要になる。
代表教師はそれらを理解した上で、提案を加える。
「ですから、まずは小規模な実証から始めたいと考えています。海上に中継設備を置き、学舎の園からそこまで給電する。日本側で電力の安定性を確認した後、供給規模を決める形です」
「中継設備として、船を利用できますの」
議題がようやく自分の要求へ戻ってきた黒子は、声に力が入っている。
「人員輸送用の連絡船と完全に同じものにする必要はありませんが、海面側へ常設の拠点があれば、昇降機が完成するまでの移動にも使えますわ」
つまり、学舎の園が電気を売る。
日本政府は、その売電収入または契約の前払いとして、連絡船と昇降設備の整備を支援する。
一方的な援助ではなく、これは取引になる。
日本政府にとっても、それは悪い話ではなかった。
支援を続ける国内的な説明がしやすくなり、学舎の園を保護対象として囲い込むのではなく、経済的な主体として扱う姿勢も示せる。
何より、未知の技術そのものを受け取るよりは、電力という形で利用する方がはるかに管理しやすい。
また物品でないため、諸外国が横から手をだすこともない。
発電設備の核心部分は、学舎の園に残り、日本が受け取るのは、送電線を流れてきた電気だけだ。
「安全性が確認できれば、日本政府として正式な購入契約を検討できます。価格については、既存の電力市場や設備負担を含めて協議することになります」
官房副長官は提案こそ予想外だったが、着地点が予想範囲ないで満足している様子だ。
「船は? 船はどうなりますの?」
切羽詰まった様子の黒子がすぐに尋ねた。
「実証試験に必要な中継設備と、人員輸送用の連絡船は別々に検討します」
「そこは別々ですのね……」
黒子の表情が少し曇る。へなへなとツインテールが下がったように見えた。
「ただし、連絡船の必要性は理解しました。売電交渉とは切り離して、貸与または調達の手続きを進めます」
「ありがとうございますの!」
黒子は明らかに安心し、ツインテールに元気が戻った。
美琴が隣から、その肩を軽く叩く。
「よかったわね」
「これで、毎回わたくし一人でお運びせずに済みますの……。ですが、お姉様と密着して移動する機会が減るのは、少々惜しくも――」
「船、いらない?」
「必要ですの!」
+ + + + + + + + +
誰もが、学舎の園は電力不足になる側だと思っていた。
会談後、日本側ではすぐに専門班が作られた。
検討すべきことは多かった。
技術的な問題は、山ほどあった。
だが、検討会の出席者が最初に抱いた感想は、ほぼ同じだった。
「こちらが電気を送る話ではなかったのか」
日本政府が食料と薬を届けている相手だ。
誰もが、学舎の園は電力不足になる側だと思っていたが、実際には逆だった。
学舎の園は、自分たちを浮かせ、生活を維持し、研究施設を動かしたうえで、なお外へ売る電力を持っているという。
「小都市というより、発電所が学校を背負って浮いているのでは?」
技術者の一人の冗談のような発言を、誰も笑わなかった。
+ + + + + + + + +
【浮遊女子校】学舎の園、日本へ電気を売るらしい【玖】
1:名無しの都民
いや逆だろ
こっちが送る方だろ
5:名無しの都民
浮いてる時点で電力どうしてるんだとは思ってた
余ってるとは思わなかった
8:名無しの都民
食料送った
薬送った
船ほしいと言われた
代金は電気
9:名無しの都民
人類史に残る異世界交易一発目が売電
13:名無しの都民
もっとこう……
未来の薬とか!
空飛ぶ車とか!
超能力の秘密とか、なんかこう……あるだろ!
14:名無しの都民
電気はかなり堅実な選択
技術を渡さず成果物だけ売れる
軍事転用も発電技術そのものを渡すより難しい
16:名無しの都民
これ、常温核融合炉あるな
20:名無しの都民
急に真面目になるな
22:名無しの都民
あの電撃の子が発電するの?
25:名無しの都民
御坂美琴発電所
28:名無しの都民
女子中学生を電源扱いするな
ところでこの電気
ちょっとぺろぺろしていいですか?
30:名無しの都民
おまわりさん
31:名無しの都民
政府説明では個人の能力による発電ではないらしい
34:名無しの都民
でもあの子なら東京一日くらい動かせそう
36:名無しの都民
送電量の情報が出てないから何とも言えない
ただ、わざわざ政府が実証協議を発表する程度にはある
38:名無しの都民
学校の屋上にソーラーパネルでも並べてるのか
39:名無しの都民
夜も浮いてるんだぞ
原発だろJK
41:名無しの都民
女子校の地下に原発あるの嫌すぎる
44:名無しの都民
発電方式非公表
燃料の継続補給不要
通常運転では外部処理が必要な廃棄物ほぼなし
という報道
46:名無しの都民
核融合だな
48:名無しの都民
永久機関だな
51:名無しの都民
空飛ぶ女子校から電気が降りてくる
53:名無しの都民
天空の発電所はほんとうにあったんだ!
56:名無しの都民
この前まで空飛ぶ百合の園だったのに
58:名無しの都民
百合発電所
60:名無しの都民
それは百合って地名のところにある発電所なのかい?
百合で発電するって意味かい?
61:名無しの都民
手をつなぐ
能力が上がる
電気が余る
日本へ売る
Q.E.D.
64:名無しの都民
結局、何と交換するんだ?
65:名無しの都民
船と昇降機らしい
66:名無しの都民
電気売って船を買う女子中学生
70:名無しの都民
「分下のおじさまぁん、お船買ってぇ」
「いいじゃろいいじゃろ」
72:名無しの都民
字面だけ見ると社長令嬢
>>70
やめろ
76:名無しの都民
今まで人の出入りは、ほぼ瞬間移動の子が運んでたって
エレベーターとか船とか欲しいらしい
77:名無しの都民
一人で?
78:名無しの都民
一人でみんな運んでたの
80:名無しの都民
先に船やれや
83:名無しの都民
まさかの電気でズコー
84:名無しの都民
日本政府
「何かお売りするそうで……」
学舎の園
「電気を少々……」
85:名無しの都民
お見合いやめろ
86:名無しの都民
でも一番助かるやつかもしれない
88:名無しの都民
未来はずっと現実的だった
異世界もずっと現実的だった
89:名無しの都民
百合はあるぞ
91:名無しの都民
最高かよ
実際、レザは電力どうするつもりだったのか。
現在の学舎の園は、衛星からの供給電力もあります。