見間違えるはずがなかった。
一度しか触れたことがなくても、忘れられるようなものではなかった。
「こいつ、A.A.A.……」
私の声に反応するように、巨大な兵装が低く駆動音を鳴らした。
正式名称、Anti-Art Attachment。
人間一人の身体へ接続し、火力、機動力、索敵能力をまとめて拡張する、どう考えてもまともではない兵器。
私がこれに触れたのは、一度だけだ。
ひどい実験でひどい奴だったけど、最後はあの第一位もあの実験を嫌悪していたのはわかった。
そして、一万五千人の妹達が妹達が生き残った。
だからって喜んで、はい、それで終わりにはならなかった。
生き残った一万五千人には、それぞれこれからがある。
同じ遺伝子を持つ人間を、社会はどう扱う。
誰が生活を保障する?
どこで暮らし、学校へ通えるのか?
名前は、権利は、考えることはいくらでもある。
学園都市の実験体ではなく、一人の人間として生きていくために必要なものが、何一つ用意されていなかった。
その問題につけ込んだ連中がいた。
別の研究へ転用しようとする者から、学園都市の外へ売り渡そうとする者までいた。もっとおぞましいことを考えていた者だっていた。
事件の全体を思い返すと、今でも腹の底が熱くなる。
その時、私は食蜂と再び組んだ。
仲良く協力した、なんてきれいなものじゃない。
言い争って、疑って、互いのやり方に文句をつけて、それでも、妹達を守るという一点だけは同じだった。
夏休み前のあの事件の終盤に、私は一度だけ、A.A.A.へ接続した。
どうして動いて、なぜ私に反応したのか。
今でも完全には分かっていない。
それは事件が終わった後、A.A.A.は私の手元には残らなかったからだ。
呼び出そうと思って呼び出せる装備でもないし、別に欲しいとも思っていなかった。
だからこそ、目の前に再び現れたことが信じられなかった。
「御坂さん」
食蜂の声で、私は我に返った。
いつの間にか、食蜂もA.A.A.を見上げていた。
さっきまでの余裕ぶった笑みは消えている。
「確認なんだけどぉ、これ、あなたの仕業?」
「違うわよ」
「けれど、反応しているのはあなたでしょう?」
「私だって意味が分からないんだから!」
A.A.A.の装甲表面を、青白い光が走る。
機体内部の回路が起動し、周囲の情報が私の意識へ流れ込んできた。
気圧に温度という気象データ
周囲の電波。複雑な磁場というデジタルなグラフ。
園内の電力網は、立体的なイメージが浮かぶ。
普段の私なら、一つずつ意識を向けなければ拾えない情報が、最初から整理された形で並んでいる。
「動く、これ動くわ。少なくとも、今は動かせる」
「それで? まさかと思うけど……」
食蜂が嫌そうに眉を寄せた。
「これで周辺を調べましょう」
「脳筋ねぇ」
「なんでよ!」
「正体不明の現象が起きた直後に、正体不明の巨大兵器が出現したから、それに乗って外へ飛び出す。もう少し知性的な選択肢はないのかしらぁ」
「あんたは他に何かあるの?」
「まず情報を集めて、状況を整理して、それから――」
「外部回線は繋がらない。学舎の園は空に浮いてる。周囲は海。園内で突然能力が強くなった子もいる」
「能力については、私も聞いてるわぁ」
食蜂はこくこくと頷き、私はA.A.A.を指さした。
「こいつなら安定して飛んで、周囲を直接見に行ける。電波も拾える」
「だから脳筋だと言っているのだけれど」
「じゃあ残る?」
食蜂が黙して考え込む。
「一人で行くの?」
「そのつもりだけど」
「ちょっと前に一度触れただけの兵器を、何の検証もせず? 怖いもの無しねぇ」
「動かしながら確かめるから」
「救いようがないわねぇ、あなた」
食蜂はため息をついた。
それから、自分の髪を指先で整えて意を決意する。
「仕方ないから、私も行くわ」
「え、来るの?」
「あなた一人では、未知の相手と接触した瞬間に電撃を撃ちかねないもの」
「撃たないわよ!」
「信用力が足りないわねぇ」
「あんたよりはある!」
「その根拠のない自信だけは大したものだわぁ」
また言い返そうとした時、背後から声がした。
「お姉様!」
振り返ると、黒子が走ってくるのが見えた。
「黒子、どうしてここに」
「戻るとおっしゃってから、あまりにも遅いので探しに来ましたの!」
「佐天さんたちはどうしてここに?」
「先生方のところへ状況を伝えました。今は寮へ戻るよう言われています。そしたらこっちで騒ぎが聞こえてきて」
初春さんが答える。
その横で、佐天さんはA.A.A.を見上げたまま、口を開けていた。
「御坂さん、これ何ですか」
「説明すると長いけど、ちょっと前に乗ったことあるやつよ」
「乗ったんだ! すごいですね!」
「感想が軽いわね」
「だって、急に能力が使えるようになったと思ったら、学舎の園が浮いてて、今度は巨大ロボですよ?」
「ロボではありませんの」
黒子が即座に訂正する。確かにとてもロボには見えない。
「お姉様のための兵装ですわ! たぶん」
黒子はA.A.A.へ近づいた。
「で、これで外へ出るおつもりですの?」
「よくわかるわね。安心して。周辺を調べるだけよ」
「では、わたくしも参ります。お姉様が危険な場所へ向かわれるからこそ、わたくしが必要ですの!」
「黒子」
「止めても無駄ですわよ」
黒子の目は本気だった。
「お姉様を一人で行かせるくらいなら、無理にでも乗り込みますの」
「私も一緒なのだけれど?」
食蜂が横から口を挟み、黒子が露骨に嫌な顔をした。
「それはなおさら不安ですの」
「どういう意味かしらぁ」
「そのままの意味ですわ」
「ちょっと、今喧嘩しないで。さっきまで喧嘩してた私が言うのもなんだけど」
私はA.A.A.へ意識を向けた。
装甲の一部が展開し、搭乗用らしき空間が現れる。
搭乗席はどう見ても、一人用だった。
一人なら余裕はあるだろうけど……。
「三人は無理じゃない?」
「無理でも乗りますの」
言うが早いか、黒子が空間移動で消えた。
次の瞬間には、A.A.A.の搭乗部へ収まっている。
「ちょっと!」
「場所は確保しましたの!」
「勝手に乗るな!」
「お姉様も早く!」
食蜂が呆れたように黒子を見る。
「本当に似た者同士ねぇ」
「あんたに言われたくない」
私は搭乗部へ入り、黒子の前に身体を滑り込ませた。
「せっま……!」
予想以上に狭い。
「黒子、もう少し前へ」
「これ以上は無理ですの」
「だったら身体を小さくして」
「人体の構造上、限界がございます」
「くっつきすぎ!」
「不可抗力ですの!」
仕方なく、私は黒子の身体を両腕で抱え込んだ。
黒子の背中が胸元へ密着する。
「お、お姉様……」
「変な声出すな」
「ですが、この体勢は」
「落ちないためよ!」
「一生落ちませんの!」
「黙りなさい!」
その上から、食蜂が乗り込んできた。
「ちょっと待って。あんたまで入ったら」
「一人で行かせるわけにはいかないのでしょう?」
「だからって、上から覆い被さるな!」
「スペースがないのだから仕方ないわぁ」
食蜂の身体が、私と黒子へ重なる。
私は黒子を抱えたまま、背中から食蜂に押される格好になった。
顔のすぐ横に食蜂の髪が落ちてくる。
「重い!」
「失礼ねぇ」
「狭い!」
「それは私の台詞よ」
「お姉様、わたくしは幸せですの!」
「今それ言う!?」
三人が完全に密着した、その瞬間だった。
A.A.A.の反応が変わった。
低く響いていた駆動音が、急に澄んだ音へ変わる。
装甲各部が展開する。
兵装の一つ一つが、私の手足のように意識へ繋がった。
「なに、これ……」
私の感覚が、また広がる。
黒子と抱き合っていた時にも、そして食蜂と組み合った時にも。
それぞれに感じた、能力の境界が消えていくような感覚。
今は、その二つが同時に起きている。
黒子の空間把握に加えて、食蜂の精神系能力が持つ、膨大な情報処理。
それらが私の電磁感覚へ重なり、A.A.A.を通して外へ拡張される。
出力が上がったとか、そう単純に言い切れるものではない。
能力そのものが強くなったのか、制御できる範囲が広がったのか、それともA.A.A.の性能が引き出されたのか。
それとも三人の能力が、互いを補っているのか。
何も分からないけれど。
「頼もしい……」
思わず、そう呟いていてしまった。
「何がですの?」
「分からない。でも、これなら行ける気がする」
「具体性が皆無ねぇ。なにが行けるのぉ? どこにいくのぉ?」
食蜂は呆れた声を出した。
けれど、その声にもさっきまでの拒絶はなかった。
「飛ぶわよ」
「いきなり?」
「掴まって」
「もう十分すぎるほど掴まって、掴まられていますの!」
黒子が何か言ってるけど、無視して私はA.A.A.へ上昇を命じた。
機体が地面を離れ、ゆっくりと浮き上がり、校舎の屋根を越えた。
学舎の園が眼下へ広がる。
夜の街並み。各所に建てられた各学舎の園の校舎群。
寮もあって、庭園もふんだん。
建物の屋上や広場には、大勢の生徒たちが集まっていた。
その全てを載せた大地が、巨大な島となって海上に浮かんでいる。
「本当に……学舎の園が島みたいに、まるごとごと浮いて……」
黒子の声が震えた。
浮いて島となった学舎の園の下には海面がある。
その向こうには、見慣れない夜景。
学園都市ではないのは確実だ。
けれど、完全な無人地帯でもない。周囲一体に都市の光が見える。
「まず高度を取る」
低空で近づくより、上から見て、上から近づく場所を探す。
A.A.A.を上昇させる。
その直後、警告表示が浮かんだ。
高速で接近する飛行物体が二つ。
「何か来ますの!」
「捉えてる」
西ではない。
学舎の園の東側から接近してくる。
細長い機体に双垂直尾翼。
「戦闘機?」
私の知っている形に似ている。
A.A.A.が機影を解析する。
表示された文字に、私は眉をひそめた。
「Fー15J……?」
「学園都市の機体ではありませんわねぇ」
「日本の自衛隊よね?」
戦闘機は距離を保ちながら、私たちの周囲へ回り込もうとしていた。
電波が飛んでくる。
たぶん呼びかけ。
おそらく識別信号。
ぜったい警告。
ただし、A.A.A.の処理系と形式が合わない。
意味のある情報としては受け取れない。周波数を合わせればいいはずなのに。
「何を言っているのかしらぁ」
「分からない」
「撃ってくる気配は?」
「今のところはない」
二機のFー15は遠く旋回し、一定の距離から離れない。
こちらが進路を変えれば、それ遮るように、だがコースは開けて添うように位置を変える。
「邪魔ね」
「御坂さん」
「分かってる。攻撃はしないって」
けれど、こっちは学舎の園全体がどこかへ飛ばされた緊急事態なのだ。
見知らぬ戦闘機の相手をしている暇はない。
「こっちは緊急事態なのよ!」
聞こえるはずもない相手へ、私は叫んだ。
A.A.A.を加速させる。
Fー15も追ってくる。
けれど、速度が違う。
A.A.A.はほとんど抵抗を感じさせず、一気に前へ出る。
後方の戦闘機が見る間に小さくなってしまう。まあ、アフターバーナーを炊いてないからだろうけど。でも、加速度なら明らかに段違いだ。
「速っ!」
自分で動かしておきながら、声が出た。
電磁的な感覚が、空の彼方まで広がっている。
空中を飛び交う電波。
これは地上の送信施設。
だぶん船舶通信。
うーん、航空管制。
ラジオにテレビと膨大な信号がある。
けれど、欲しい情報が少ない。
「変ね」
「何が?」
食蜂が私の肩越しに聞く。
「電波はたくさんある。でも、情報量が少なすぎる」
「暗号化されているのではなくて?」
「それもあるけど、違う」
私は周波数ごとに信号を分ける。
映像らしき波形を見つける。
しかし、デジタル通信ではない。
連続的な変調。映像も音声も、電波そのものへ直接載せている。
「テレビがアナログ……?」
「アナログ?」
「この辺りのテレビ放送、ほとんどアナログよ」
私たちの世界では、既に映像通信のほぼすべてがデジタル化されていた。
学園都市ならとっくの昔だ。
なのに周囲を飛び交う放送波は、古い方式ばかり。
「では、時代まで違うということですの?」
「まだ分からない」
別の周波数帯に意識を向ける。
そこに、比較的新しい形式の信号が混じっていた。
「待って。デジタルもある」
「どちらですの?」
「携帯端末向けの放送……ワンセグに近い」
ただし数が少ない。
主流ではなく、まだ試験的か、一部でしか使われていないように見える。
「テレビはアナログが中心。でもワンセグだけはデジタル化されてる」
「技術の発展順序が、私たちの知るものと違うのかしら?」
食蜂が言う。可能性はある。
「それとも、少し前の時代へ移動した? タイムスリップかしら?」
「どっちもあり得るわね」
音声を復元しようとする。
日本語らしき放送もある。
けれど、断片しか拾えない。これ、あれね。アナログのラジオ放送をA.A.A.が想定していない。
たぶんいじらないとダメ。
島が─━━東京湾・未確認━───・緊急・・・
単語だけが耳に引っかかる。
「私たちのことを言ってるわね」
「当然でしょうねぇ」
「でも、まだ詳しい情報は出てない」
「向こうも何が起きているか分かっていないのでは?」
その可能性が高い。
こちらが突然現れたなら、外側の人間にとっても同じ緊急事態だ。
私はさらに広域へ感覚を伸ばした。
日本列島の各地から電波が飛んでいる。
ただし、こちらへ向けられたものは慎重だった。
出力を抑えているし、周波数も限定的。
刺激しないようにしているのかもしれない。
アメリカ側と思われる電波も同じだった。
探ってはいるし、しっかり監視もしている。
けれど、こちらへ過剰に照射してはいない。
「遠慮してる?」
「何がですの?」
「日本も、たぶんアメリカも。こっちを調べてるけど、強いレーダーを直接当てないようにしてる」
「攻撃と誤解されないためでしょう」
食蜂の答えは早かった。
「未知の相手へ強い電磁波を浴びせれば、それだけで敵対行為と受け取られる可能性があるもの」
「思ったより慎重ね」
「あなたよりはねぇ」
「そこで私を出すな!」
その時だった。
西方から、巨大な波が押し寄せてきた。
物理的な波ではない。
それまで日本周辺から受けていたものとは、量も強さも桁が違う。
「なにこれ!」
視界を埋め尽くすほどの反応。
ありとあらゆるものが、こちらと日本へ向けて一斉に信号を放っている。
A.A.A.の警告表示が次々と増える。
「攻撃ですの!?」
「違う。まだ攻撃じゃない」
「では何なの?」
「探られてる。ものすごい勢いで」
日本から何らかの連絡が渡ったのだろう。
それを受けた西方の国家が、こちらの位置、速度、形状、通信方式を一刻も早く掴もうとしている。
日本やアメリカが刺激しないよう慎重に観測していたのに、その国は遠慮していない。
むしろ、持っている設備を全部こちらへ向けたような勢いだった。
「西からですの?」
「かなり遠い。でも、同じ方向から集中してる」
「都市は分かる?」
食蜂が聞く。
私は地形情報と電波源を重ねる。
海岸線と河口の形。
巨大な都市圏と密集する送信設備が感じられる。
「上海方面」
「上海?」
「私たちの知っている上海と同じ場所かは分からない。でも、方角と地形は一致する」
そこには、確実に何かがある。
大規模な国家。
軍事施設。
通信網。
少なくとも、こちらを認識している相手。
「行く気?」
食蜂の声が低くなる。
「これだけ大きな反応があるなら、情報が集まる」
「同時に、最も警戒されている場所でもあるわよぉ。問題も起きるかもぉ」
「だからこそ、何が起きてるか分かるかもしれない。なによりA.A.A.の処理能力なら、お上品に向けられる電波より、ガンガンぶつけられるほうが解析が早くなる」
実際、すでに暗号のいくつかは解明されている。デコードもできるようになりはじめた。
「やはり脳筋ねぇ……」
食蜂は少し黙った。
私と黒子へ密着したまま、後方の反応を確認する。
「自衛隊機っぽい飛行機? その警告? ぽいのを無視しちゃったし、まだ情報はないだけで不利な条件だけ」
あらためて状況を整理するとやらかした感がする。
「でも、ここまでやって手ぶらで戻る方がまずいでしょう? 向こうに警戒心だけ植えつけて、こっちは何も知らないままなんて、最悪の交換条件よぉ」
食蜂が理由をつけた。もっともらしい理由だけど。
「なら……ここまで来て、戻る選択肢もないでしょう」
「決まりね」
「ですがお姉様、先ほどの航空機のようなものが、さらに多数いる可能性もございますの」
「街の真上まで行く気はないわよ。防空識別圏だっけ? 領海ぎりぎり、電波が詳しく拾えるところまで近づくだけ」
現状だと、拾える電波が断続的で欠落が多い。パケロスとかそんなレベルじゃない。まずA.A.A.が微弱電波と形式不明電波をノイズと見て、シャットアウトしてる節がある。
せめて通信規格だけは手に入れたい。
「お姉様、念のため申し上げますが、敵意を向けられた場合は即座に退避を」
「分かってる」
「本当にですの?」
「黒子まで食蜂みたいなこと言わないで」
「わたくしはお姉様の安全を案じておりますの!」
私はA.A.A.の進路を西へ向けた。
眼下に、暗い海が広がり、前方には、まだ見えない大陸。
その向こうから、こちらを捉えようとする膨大な電波が押し寄せてくる。
「あっちに、何かある」
A.A.A.が加速する。
私たちは、上海方面へ向けて飛び始めた。