「夏休みだってのに、やっと休日だってなんなのよ! おかしいでしょ!」
私は学舎の園内で営業していない洋菓子店の前で立ち止まって、思わず文句を叫んでしまった。
隣の黒子が呆れてるけど、その目は同意している……と思う。
ガラス越しに見えるショーケースは空で、入口には臨時休業を示す札が下がっている。
ここのガレット好きだったのになぁ……なんてせんない事を考えてしまう。
夏休みの休日。本来なら、二つを重ねて使う必要は常盤台中学の生徒にはない。
学校が休みなのだから、毎日が休みのようなものなのに。
しかし、世界ごと転移してからの学舎の園では違った。
誰もが何らかの担当を与えられた生徒には勤務表が作られ、交代で休息日まで設定されている。
私にとって今日は、対外交渉と設備支援業務から外された休日だった。
「夏休み中に、バイトをして、そのお休みということはありますわ、お姉様」
隣を歩く白井黒子が、一つの納得できる答えを出した。
「そうだけど、そうじゃなくて、働いてることは否定しないけど、バイト代も出てないじゃない。それなのに休日って……夏休みなのに……」
「売電が始まりましたら、手当の制度も整うかもしれませんの」
「その前に、臨時議会の予算規則を作る方が先でしょうね」
自分の口から予算規則という言葉が出てしまい、せっかくの休日らしくないとげんなりする。
汗を拭うように額へ手を当てて呟く。
「……ほんと、夏休みらしくない」
「でしたら本日は、夏休みらしくお姉様と二人きりで過ごしましょう!」
黒子は機嫌よく私の腕を、素早く自分の腕を絡めようとした。
慣れててる私は、これを捻ってかわす。
「暑いんだから、やめなさい」
「天狼院先輩の能力を解析した学園都市技術で、学舎の園の気候制御は快適ですの」
「そうだけど気分の問題よ。紫外線カットされてても日差しはあるし」
見回すときつい日差しはある。でも肌を刺すような感覚はない。
学舎の園の循環システムから環境調整システムは、お嬢様が満足する条件で稼働している。
なんとも便利な能力を持った生徒がいて、なんとも便利な再現機械を作った科学者がいる。
この楽園のような学舎の園。店が並ぶ通りに人影はちゃんとある。
今は、以前の学舎の園と違ってしまった。
営業を再開した店は少ない。
転移が夜間だったため、店舗従業員の多くは園外へ帰宅していた。店そのものは転移していても、商品を仕入れ、調理し、接客する者がいない。
コンビニもあるが、営業をしているというより管理して、他の店の手伝いをしているという状態になっている。
それでも、生徒たちは何もしないままではいなかった。
転移時に誰もいなかったため、閉店している喫茶店の軒先では、数人の生徒が自分たちで持ち込んだ電気ケトルを囲んでいる。
店内の設備には勝手に触れず、寮から運んできた茶器と茶葉を使って紅茶を淹れていた。
別の店舗では、臨時議会の許可証を入口へ掲示し、生徒たちが厨房を借りている。
利用時間の記入と、使用した食材の申請。清掃担当者のチェックと破損があった場合の報告先が決められている。
これらを適切に処置し、校ごと、グループごとに交代して使う仕組みが作られていた。
外部から届いた小麦粉と、園内に残っていた調理機器を使い、パンを焼く生徒たち。
空になった飲食店で、寮の仲間へ昼食を作る生徒が、不得意な者へ包丁の使い方を教えている姿もある。
私たちは臨時の休憩所になっている小さな喫茶店へ入った。
本来の店員はいなけど、今日は常盤台の生徒が管理を担当しており、客も自分で飲み物を準備する。
お店として営業してるわけではないので、代金がいる仕組みではない。
使用した茶葉や砂糖の量だけを記録し、片づけまで自分で行う。
私はポットへ湯を注ぎながら、棚に並んだ茶葉を見比べた。
「種類は結構残ってるのね」
「紅茶は保存が利きますもの。倉庫から順次、出しているのでしょう」
「こういうの担当は、私たちじゃないからわかんないけど……」
保存食はレザ先輩とその派閥、学舎の園に残されていた食糧品は別の学校の担当になっている。
どれがどれほど残っているかわからないけど、私は無難な茶葉を選んだ。
黒子は、当然のように同じものを選ぶ。
私が真似してるでしょ。と、目を向ければ、黒子はさも当然の態度だ。
「わたくし、お姉様と同じ味を分かち合いたいのですの」
「はいはい。ご勝手に」
二人分の紅茶をテーブルへ運び、テーブルの上に並べて置いた。
窓の外には、学舎の園の通りが見えた。
遠くを、資材を積んだ小型運搬車が走っている。
そのさらに向こうには、かつて存在しなかった海と空がある。
おちついたけど、だいぶ変わった。そういう感傷にかられ、私はカップを持ったまま、外を眺め続けた。
外……外ね。外か。と、私は学舎の園がこの地にきて、外へという大きな一歩ができることを思い出した。
「そういえば、検疫も終わって、そろそろ船の上だけじゃなくて、私たちも日本へ……陸へ行けるようになるのね」
「はい。段階的ではありますが、日本側の施設や港湾区域への上陸が認められる予定ですの。お姉様のご苦労のおかげですわ」
黒子が嬉しそうに答えけど、私はずきりと心臓が痛む。
……心臓があるかわからないけど。
「……心配ね」
「心配なさらずに。警備計画は日本政府とも確認しております。上陸する人数も限定されますし、わたくしも必ず同行いたしますの」
「そういう意味じゃないんだけど」
私が心配しているのは、陸地ではなかった。
上陸前の検疫で、私たちは採血などされた。
でも医師たちは何も見つけなかった。
体温は正常や心拍も正常までは想定できた。
でも、血液検査にも、異常と呼べる数値は出ていない。
注射針が皮膚へ刺さった時、私は反射的に腕を引きそうになった。
針の先から、赤い液体が採血管へ流れ込んだときは、食蜂と一緒に検証されていたとはいえ驚いた。
この空っぽの身体は、検査機器へかけると、さも当然のように人間の血液として結果を返す。
食蜂の手へナイフが刺さった時には、光る空洞が現れて血など出なかったのに……。
なのに注射針を刺せば、身体は血液を用意する。
必要だから作ったのか、検査されているから、血液として振る舞ったのか。
それとも、浅い傷と深い傷で構造が違うのか。
まさかと思うけど、他者を騙そうとしていて、自傷の時は真実を見せる仕組みなのか?
じゃあ、自分が人でないと暴露した時、この身体はそういう振る舞いを……。
「お姉様?」
黒子の声で、私は我に返った。
「先ほどから、少し上の空ですの。どうされましたか?」
黒子が椅子から立ち上がり、私の背後に回って肩に手を置いた。
「疲労? 緊張でしょうか、お姉様」
だんだんと指が首筋へ近づく。
「それとも、この黒子の愛情不足により、心身へ何らかの不調が──ぐふふふふ」
「注意が逸れたと思って、何してんのよ!」
黒子の手がいやらしく蠢めき、私の肩から鎖骨へ、さらに下へ進もうとする。
「お姉様のお身体に異常がないか、直接確認を!」
「あるとしたら、あんたの頭でしょうが!」
ぱちん、と電気が弾けた。
軽く痺れさせるだけ。 そのつもりだった。
だが、黒子の手に紫電が接触した瞬間、出力が一段上がる。
「しまっ――」
青白い電流が黒子の身体を走った。
髪が逆立ち、服の表面から細い煙が上がった。
通常なら床へ崩れ落ちる程度の電撃だったのに、黒子は止まらなかった。
「ぐ、ぐふふふふふ……」
「何で来るのよ!」
全身を痺れさせながら、それでも私へ迫ってくる。
「お姉様の電流が、これまで以上に強く、深く、黒子の身体へ……!」
「感想を言うな!」
「これも愛の進化ですの!」
「違う!」
私は追加の電撃を諦めた。
黒子の首へ腕を回し、物理的に引き寄せてそのまま脇へ頭を抱え込んだ。
「ぎゃっ」
「こうなったら普通に止める!」
「お、お姉様の腕に抱かれておりますの!」
「ヘッドロックよ!」
「頭部と胸部が密着して――」
「実況するな!」
黒子は抵抗しながらも楽しそうなので、より私は腕へ力を込め、動きを封じる。
電撃よりも、こちらの方がよほど効果があった。
「もう離れなさい!」
「お姉様から離してくださらないではありませんか!」
「捕まえてるの!」
「ならば、しばらくこのままで!」
「反省しなさい!」
しばらく騒いだ後、黒子はようやく大人しくなった。
私は椅子へ戻り、乱れた髪を直し、満足したような黒子も向かいへ座った。
髪の先が少し焦げている。
それでも、大きな怪我はない。
……どうなってんの?
「ねえ、黒子。平気なの?」
「お姉様の愛であれば、いかなる刺激にも耐えてみせますの」
「真面目に聞いてるんだけど」
「少し痺れておりますが、問題ありませんわ」
黒子は指を開閉した。
呼吸にも異常はないみたいだけど、人間なら、問題ありませんで済ませてよい威力ではなかった。
私は自分の指先を見た。
加減を間違えた?
それでも黒子は耐えた……そうか、いよいよ人間じゃないのね、私たち。
胸の奥で呟き、大切な言葉は口には出せなかった。
+ + + + + + + + +
接触による能力出力の上昇には、すでに生徒たちの間で名前がついていた。
【接触強化】〈フェザータッチ〉。
手をつなぐとか、肩へ触れる。
腕を組むとか、身体を支えるとか。
その程度の軽い接触で起こる、小規模な出力上昇。
上昇幅はあまり大きくない。
事前に接触を意識していれば、制御も難しくなかった。
今回のように、いつもの感覚で能力を出した瞬間に触れられていると、計算がずれてしまう。
でも逆に言えば、分かっていれば修正できる範囲だ。
【
厄介なのは、もう一つだった。
【内密強化】〈ディープコンタクト〉。
誰が命名したのかなど、もう私は知りたくない。
互いに手を回し抱き合う。
身体を密着させ、頬を寄せる。
通常より広い範囲で素肌を触れ合わせる。
検証表には、口づけまで接触条件の一つとして記録されているらしい。
そこまで濃い接触になると、能力出力の上昇幅はフェザータッチとは比較にならない。
単に触れている面積だけが原因ではなかった。
緊張、羞恥、高揚、そしてなにより相手を強く意識する感情。
二人の心拍が上がるほど、能力も急激に跳ね上がる傾向がある。
悪いことに出力が上がったことへ驚き、さらに動揺する。
その動揺が、また能力を増幅する。
これらの理由で制御を失いやすい理由はそこにあった。
しかし、例外もある。
抱き合うことや、頬を寄せることが日常になっている二人。
濃い接触をしても、互いに余計な緊張をしないほど親しい二人。
そうした組み合わせでは、出力そのものは大きく増えても、制御の難易度はフェザータッチとほとんど変わらない。
相手へ触れることが特別ではないからだ。
私は黒子を見る。
黒子は、何事もなかったかのように紅茶を飲んでいる。
この女の場合、密着すると平常心を失うのか?
──よそう。考えるのは。
「お姉様?」
「何でもない」
【
能力の出力が上がるから嬉しいもあるが、作業効率が上がるとか応用範囲が広がるとか好意的に取られている。
仲のよい相手と組めば安全に使えるし、表面だけを見れば、便利な現象って言えるわね。
でも、私には別の見え方がしていた。
触れ合うことで、別々の能力が強くなる。
身体の距離だけでなく、感情の揺れまで出力へ反映される。
まるで二人の身体が、それぞれ独立した人間ではなく、一つの仕組みの端末であるかのように──。
近づけば接続が深くなって、互いを意識すれば、演算領域まで重なっていく。
能力が強くなったのではない。
二人分の何かが、一時的につながっているんじゃないか?
私にはそうとしか思えない。
私は自分の手を握った。
注射針を刺せば、血が出る。
ナイフで深く裂けば、光が見える。
他人へ触れれば、能力が増える。
どこまでが身体で、どこまでが自分で、どこからが上空の衛星に作られた何かなのか。
「せっかくの休日に、難しい顔をなさらないでくださいまし」
黒子が再び、テーブル越しに手を伸ばした。
今度は、私の手の甲へ指先を軽く重ねるだけだった。
微かな電気が、二人の間で弾けた。
【
触れることが不安なのに、安心を求めるため私はこの手を引かなかった。