警視庁は激怒した。
必ず、かの言語道断な宗教団体を除かねばならぬと決意した。
「警察だ! 開けろ!」
「あけんかい、こら!」
「開けぃ! 開けろ、ごらぁっ!」
怒号と同時に、教団本部の扉が破られた。
地下の礼拝室では、教祖が信徒数名を前に演説していた。
「ここここここここ、これは迫害です!」
教祖は立ち上がり、白い衣の袖を大きく広げた。
「し、神聖なる場所へ、武装した俗人が踏み込むなど──」
「全員、動くな! そこっ、立ち上がるな! だからって座り直すな! ……また立ち上がるな!」
どっちだよと、一部が考えている警察官たちが一斉に突入する。
信徒の一人が、壇上脇の箱へ手を伸ばした。
「手を上げろ!」
往生際の悪い男は従わない。箱の中の拳銃が、まだ大逆転を約束してくれていると信じているからだ。
警察官がそんな淡い期待を壊し、男を床へ押さえ込む。
別の信徒が椅子を振り上げたが、もれも即座に取り押さえられた。
室内に怒鳴り声と悲鳴が響き渡る。
「ぼ、暴力をやめなさい!」
教祖は、壇上から叫んだ。
「私の信徒たちへ触れることは、神への冒瀆です! 私には力がある! と、とまりなさい! 近づけば、神罰が──」
警察官は止まらなかった。
学舎の園の少女たちの扱う能力を信じていながら、警察官は目の前の男の能力や力などいう話は信じていない。
追い詰められた教祖の表情が変わった。
「待ちなさい。私が誰か分かっているのですか。私は神に選ばれた者です。私に手を出せば、この国そのものが!」
教祖が、警察官を突き飛ばそうとした。
その瞬間、身体をひねり上げられ、壇上へ押し倒された。
「痛い! 痛い、折れるぅ!」
教祖は早くも涙声で足をばたつかせた。
白い衣がめくれ、銀色の額飾りが床へ落ちる。
指にはめていた大きな指輪も、一つが外れて転がった。
「貴様ら、地獄へ落ちるぞ! 神にこのような仕打ちをして、ただで済むと思うな!」
両腕を背中側で拘束されながら、教祖は叫び続けた。
警察官たちは答えず、押さえた相手は黙々と処理していく。
もう言葉をかける必要はない。
「天罰が下るぞ! 聞いているのか! 私は神だ! 私を誰だと思っている!」
手錠がかけられ、教祖は立たされた。
先ほどまで信徒たちを見下ろしていた男は、警察官に両脇を支えられ、半ば引きずられるように地下室を出た。
建物の外には、すでに報道陣が集まっていた。
フラッシュが一斉に光る。
「先生!」
歩道の向こうから残された信徒が叫び、教祖は一瞬だけ、威厳を取り戻そうとした。
「これは試練だ! 神は私を痛い! 腕を引くな!」
教祖は涙と鼻水で顔を濡らしながら、警察車両へ押し込まれた。
「私は神だぞ! 神にこんな仕打ちをして、天罰が下るぞ! 必ずだ! 必ず――」
扉が閉じる直前まで叫んでいた。
それから数時間後、教団施設からは、銃器、刃物、拘束具、薬品、偽造書類、信徒名簿が次々と運び出された。
教祖が超能力の証拠として使っていた仕掛けも見つかった。
教団が主張してきた奇跡は、一晩でほぼ全て解体された。
ただ一つ、警察がまだ解明できていないものがあった。
教団へ武器と資金を渡した外部協力者たちである。彼らは学舎の園の生徒を攫ったら、一緒に安全なところへ連れて行くと約束していたという。
その彼らはすでに姿を消していた。
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日本政府と学舎の園の間では、別の話し合いが行われていた。
「あ〜確認させてください。弓箭さんは、武器を持つ者たちに事前に気づいていたのですね」
「そのようですわ」
日本側の担当官が、慎重に尋ね、常盤台側の教師が答える。
「しかし、警察官へ通報しなかったわけですね」
「本人も、その点については認めております」
会議室の空気は険悪というほどではない。
だが、穏やかでもなかった。
緊張感のある状況だった。
日本側から見れば、弓箭猟虎は襲撃の危険を察知しながら、警備担当者へ共有しなかったことになる。
結果的に全員が無事だったからよいものの、一歩間違えれば死傷者が出ていた。
いや、襲撃犯は怪我をしているが──。
「我々の警備を信用していなかったのでしょうか」
担当官の言葉に、常盤台側の教師はすぐには答えなかった。
猟虎は自分が華麗に活躍する機会を失いたくなかっただけである。
だが、それを国家間の協議で説明するわけにはいかなかった。
「本人の判断には、確かに問題がございました。今後、同様の兆候を確認した場合には、必ず現地警備担当者へ共有させます」
日本側の担当官がうなずいた。
「その点については、お願いします」
「一方で警察側も、弓箭さんが確認できた武装者を把握していなかったと聞いております」
この事実に、今度は日本側が黙る番だった。
女性と老人による陽動から、散策組の死角へ回る武装者たち。
警察の私服警備員は、その全てを見落としていた。
「こちらの生徒が事前に報告しなかったことは、問題です。しかし、報告されなければ何も察知できなかったという警備体制も、同様に問題ではありませんか」
「……おっしゃるとおりです」
担当官は認めた。
日本側には、猟虎へ問いただしたいことがある。
常盤台側には、日本の警備能力へ問いただしたいことがある。
片方だけが相手を責め続ければ、必ずもう一方の落ち度が持ち出される。
最終的に両者は、猟虎は異常を察知した時点で警察へ報告するし、日本側は散策班の警備と監視方式を再検討する。
双方がそれぞれの不備を認め、公式にはそれ以上追及しない、という結論へ落ち着いた。
互いに一つずつ抱え、差し引きゼロにする政治的決着となった。
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弓箭猟虎の装備についても、詳しい確認が行われた。
映像では、猟虎が手に小型の銃器を持っているように見えたが、実際の構造は異なる。
背中には、制服の下へ収まる小型の圧縮ガスタンク。
そこから細い管が肩と腕を通り、両袖の下へ伸び噴出口は手首付近。
猟虎は腕を向け、袖口から圧縮ガスを噴射することで、小型の杭や器具を射出していた。
一般的な拳銃とは原理も用途も異なる。
猟虎が手にしていたように見えた部分は、射出方向と圧力を調整するための補助器具にすぎなかった。
説明を受けた日本側の担当者は、資料を何度も読み直した。
「これを、能力なしで扱っているのですか。射撃補正も? 射撃の制御どころか反動制御も?」
「本人の技量です」
「標的までの距離計算は」
「本人が目測しております」
担当者は、それ以上何も言わなかった。
エアガンと考えれば、その発生ジュールは違法範囲である。
だが、現在、この器具は弾丸がセットできない。残弾もなく、特殊加工された発射体も存在しない。2度と生産もできない。
ちくわを実銃扱いすると揶揄される組織だったが、政治的に踏み込まない決定をした。
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助けられた散策組の少女たちは現場では猟虎の活躍をほとんど見ておらず、真相を知ったのは、その日の夕方だった。
テレビ局が、一般人の撮影した複数の映像を編集して放送した。
偶然、道路の反対側から撮影していた映像や防犯カメラなど、さまざまなメディアを組み合わせた映像である。
そこには華麗な動きで、無駄なく的確に暴漢を薙ぎ倒していく猟虎の姿があった。
「これ……弓箭さんですの?」
「わたくしたちのすぐ後ろで、こんなことが」
「全然、気づきませんでした」
猟虎は、少し離れた椅子へ座っていた。
背筋を伸ばし、表情を整えている。
今度こそ……今度こそ感謝される。
映像によって全てが明らかになり、少女たちが猟虎の前へ来た。
「弓箭さん。先ほどは気づきませんでしたが、助けていただいたのですね」
「……ええ」
「ありがとうございました」
少女たちは、深く頭を下げた。
全てを理解したうえで、心から礼を言っていた。
しかし、何かが違った。
現場で目の前に立ち、身を挺して守られた直後の感謝ではない。
テレビで事件の全容を知り、その後で功労者へ礼を述べている。
だが、猟虎が期待していた、胸を高鳴らせながら駆け寄ってくるような勢いはなかった。
「本当にお強いのですね」
「驚きました」
「今度、どのように気づかれたのか教えていただけますか?」
「え、ええ。もちろんですわ」
会話は成功し、次の約束も生まれた。
それなのに猟虎の心は、少しだけ満たされなかった。
猟虎は微笑みながら、心の中で乾いた涙を流した。
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「へえ、やるじゃない」
御坂美琴は、同じ映像を三度見た。
画面の中で、猟虎が能力も使わず男たちを見事に投げ飛ばしている。
純粋な技術と判断だけで、複数の武装者を圧倒していた。
「こんな子が学舎の園にいたなんてねえ」
美琴は素直に感心していた。
自分なら電撃で一瞬だが、電撃を使えない場所もある。
猟虎はそうした能力者特有の制約とは無関係に、接近戦と装備だけで解決している。
「ねえ、弓箭先輩って
「登録上は、そうなっていますわ」
黒子がバンクのバックアップを見ながら答えた。
「いえ。わたくしも、あの動きを見れば疑いたくなりますけれど……お疑いで?」
「能力とは違うわよ」
美琴は映像を止めた。
猟虎が射出装置を向ける瞬間だった。
「これは道具。あとは全部、本人の腕ね」
美琴の声には、明確な評価があった。
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美琴が素直に感心してる一方で、別室の食蜂操祈は映像を一度見ただけで、少し長く黙った。
猟虎が周囲を観察する目。
武器を持つ相手だけを正確に抽出する判断に加え、一般の生徒とは明らかに異なる身体運用。
そして、正規の警備担当者へ何も伝えず、自分だけで処理しようとした危険な行動原理。
「何やってんのかしらぁ、この子」
食蜂は呆れたように言った。
その声とは裏腹に、ある推測に至ったため目は笑っていなかった。
──おそらく、暗部の子よね?
食蜂も暗部に関わった少女と協力関係にあった。現在はこの転移で離れ離れになってしまったので、彼女の持つ情報を使うことはできない。
学舎の園の生徒名簿へ、表向きの所属しか記載されていない者は少なくない。
猟虎の経歴にも空白がある。
動き方を見れば、訓練を受けた者であることは明白だった。
──もしかして、才人工房にいた子?
食蜂は記憶を探った。
確かに彼女は、あの中にいた。
解放されたあと、特に問題はなかったようだけど──。
自分の知らない場所で、自分の知らない間に、何かへ巻き込まれていた可能性はある。
「調べる必要がありそうねぇ」
食蜂はそう呟いた。
猟虎本人が聞けば、全力で逃げ出しかねない一言だった。
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アメリカの分析班は、最初の映像が届いた段階で緊張していた。
「このレディは特殊部隊か?」
担当者が映像を巻き戻す。
「完全に気配を消して行動を共にしている」
映像の前半では、猟虎はほとんど目立たない。
散策組の少し後ろを歩き、会話にも積極的に加わらず、一般の生徒へ溶け込んでいる。
「表の護衛はサイコキネシス能力者。裏から本職のバックアップがついていたのか」
「護衛は表の護衛。日本政府へも彼女の存在を伏せていた可能性がある」
「いや、学舎の園側は事前に生徒情報を提出している」
「それは表向きの情報だけだろう?」
資料を叩く男の前の画面が、猟虎が最初の男を投げ飛ばすシーンが映る。
「軍か、学園都市の情報機関かもしれない」
「年齢が合わない。まだ高校生だ」
「彼女たちの社会では、年齢基準が我々と同じとは限らない」
次の瞬間、猟虎の袖口から何かが飛び出し、直後に幟が倒れる。
「今のは能力か? 手から空気圧を発生させたように見える」
「風系統? 相手の顔へ向け、視界を奪った」
「おおっ! ついに能力を使用した戦闘映像が手に入った」
分析官の声に熱が入った。
これまで提供された能力映像は、学舎の園側が公開を認めたものに限られている。
実戦環境で、本人が咄嗟に能力を使った映像は貴重だった。
「対象者の登録を確認しろ…………どうした?」
資料を持っていた担当者が、書面を見たまま動かなくなった。
「なんてかいてる?」
「無能力者です」
「何?」
「能力区分、レベルゼロ。間違いありません。学舎の園側から日本政府を経由して提供された登録です」
「意図的な虚偽か?」
「彼女たちは情報開示に際して仁義を切っている。少なくとも、これまで明確な虚偽は確認されていない」
分析官たちは再び映像を見た。
猟虎の袖口にわずかなブレ、直後に倒れる幟。
拡大すると小さく見える噴出口が見てとれた。
「ここで手から風のようなものを出しているだろう」
「日本からの報告書にありました。制服の下、背中に圧縮ガスタンク。管を通し、袖下の噴出口から射出しています」
「では、能力ではないのだな。この投げ技は」
「本人の技術です」
「では敵の武器所持を見抜いたのは、なんらかの探知能力か?」
「鍛えた技能と観察眼です」
室内が静かになった。
……しばらく画面を眺めていた担当者は、映像の中で男を蹴り倒す猟虎を見て笑った。
「そうか、無能力者か」
長い沈黙の後、ようやく言った。
欲しかったデータは、一つも得られなかった。
その代わり、学舎の園には能力を持たずに武装集団を制圧する女子中学生がいる、という別の問題が増えた。
+ + + + + + + + +
ソ連の分析官も似たような結論へ至った。
「どの組織の訓練だ? 日本側の要員か」
「学舎の園の生徒です」
西ドイツでも、華央国でも、同じ映像が何度も再生された。
能力者を観測するための襲撃で、能力者はほとんど何もしていない。
代わりに、無能力者と登録された少女が全てを片づけた。
各国の分析報告書には、
『特殊訓練を受けた非能力者の存在』
『学舎の園内部における隠密警備要員の可能性』
『能力分類と実戦能力は一致しない』
といった文言が並んでいった。
弓箭猟虎が単に友達を作りたかっただけだと推測した報告書は、一つもなかった。
+ + + + + + + + +
イギリスでは、映像が会員制クラブの談話室でも流されていた。
暖炉の前に座った老人たちが、酒を片手に画面を眺めている。
「特殊部隊だな」
一人が言った。
「いや。暗殺者だろう」
「それでは警護要員にしては、周囲との距離が不自然だ」
「単に、誰とも親しくないだけでは?」
その言葉で、数人が黙った。
画面の中では、襲撃が終わった後の猟虎が、誰にも見られていなかったことに気づいている。
表情はほとんど変わらないが、観察すれば口元がわずかに固まっている。
少女たちから遅れて感謝された場面では、礼儀正しく笑っている。
それでも、何かを期待し、何かが足りなかったことだけは伝わってきた。
一人の男が帳面を開いた。
「私は、彼女が孤独な少女に賭ける」
「それは何の賭けだ?」
「彼女が警察へ事前に知らせなかった理由だよ。ワンマンアーミーより、年頃のレディ的だろう?」
何人かが、それだけはないと笑った。
「賭けになるのか、それは」
「では、君は特殊部隊に賭ければいい。私は孤独な少女に賭けるよ」
数日後、その推測だけが真相へ最も近かったことを、彼ら以外はまだ誰も知らなかった。