とある科学の令和冷戦   作:大体三恵

48 / 54
2643人いる!

 御坂美琴と食蜂操祈が決意し、なんだかんだ取っ組み合いだか低レベルな口喧嘩だかをした翌日。

 

 学舎の園全域へ、臨時放送が流れた。

 

『生徒および教職員の皆さんへお知らせします』

 

 授業はすでに変則的になっていたが、それでも各校舎、寮、臨時作業所に散っていた生徒たちが、一斉に顔を上げた。

 

『本日十六時より、第一屋内競技場において重大な発表を行います。生徒および教職員は、指定された経路を通って集合してください』

 

 職員と店舗従業員は対象に含まれていなかった。

 

 彼らには別の時間、別の場所で説明が行われる予定になっている。

 

 第一屋内競技場は、学舎の園の学校行事や合同競技に使用される巨大な施設だった。

 

 中央には広い競技床がり、それを四方を観客席が囲み、正面には号令台と大型スクリーンが設置されている。

 お嬢様による非公開の許可大会や、限定された観客と許可された撮影のみ行われるための会場として利用され、秘匿的な能力者の試験や競争などにも使われたことがある。

 

 二千六百四十三人の生徒と四十三人の教師、全員が入っても、窮屈にはならない。

 

 だが、これほど大勢が一度に集まると、空気そのものがざわめいているように感じられた。

 

「何の発表なのでしょうか?」

 

「日本政府との交渉で、なにか大きな進展があったのでは?」

 

「帰還方法が見つかったとか?」

 

「だったらもっと明るい放送にしない?」

 

「重大って言ってたよね」

 

 ざわめく少女たちを見下ろすように、美琴は号令台の横に立っている。

 隣の食蜂は平静な顔をしていたが、右手にはリモコンを握っていた。

 

 緊急時には、会場全体へ能力を使うつもりなのだろう。

 

「あんたらしくないわね。緊張してる?」

 

 美琴が小声で訊くと、食蜂は髪を書き上げて鼻で笑う。

 

「御坂さんほどではありませんわぁ」

 

「私が? してない、してない」

 

「声がいつもより上擦ってるわざ……」

 

 美琴は言い返さず、ボロを出さぬように不満げな表情だけで否定した。

 その後、二人は無言のまま十六時となり、競技場の扉が閉じられた。

 

 号令台へ、一人の教師が上がる。

 

 常盤台中学の副校長であり、現在は、学舎の園の臨時議会議長も務めている人物だった。

 

 厳しい表情でマイクの前に立ち、会場のざわめきが少しずつ消えていった。

 教師は、ゆっくりと会場を見渡した。

 

「みなさん。これからお話しすることは、私たち全員に関係する重大な事実です」

 

 再び、小さなざわめきが起きる。

 

「説明には、聞き慣れない言葉が含まれます。すぐに理解できなくても構いません。疑問や不安があれば、後ほど必ず答える場を設けます」

 

 教師は手元の原稿へ視線を落とした。

 しかしそれは一種、視線から逃げるための防衛であり、、ほとんど読まれることはなかった。

 

「最初に、最も大切なこと、大前提を申し上げます。現在、私たちの生命、存在に、差し迫った危険があるわけではありません。まだ学舎の園の存続の危機などといったものでもありません」

 

 それを先に言うことにより、会場の緊張がほんのわずかに緩む。

 よかった。危ないことではなかった。

 きっと重大な問題でも、経済や政治的な話にすぎないのだろう──と、誰もが思った次に続く宣言。

 

「ただし、現在の私たちの身体は、元の世界で生きていた時と同じものではありません」

 

 教師の発言により、沈黙が同心円状に広がる感覚を、会場にいた女子生徒たち全員が感じた。

 わずかな間を置き、誰かが息を呑む。

 

「私たちの身体は、通常の細胞や臓器だけで構成された生物ではありません。記憶、人格、身体情報、能力情報。それらを基礎として構成され、維持されている、情報的な生命体です」

 

 一瞬のざわめきの後、会場が完全に静まり返った。

 

 言葉の意味を理解できなかったからだけではない。

 教師が冗談を言っているのではないかと近くのものに尋ねようとして、そんな雰囲気ではないと悟った者がいた。彼女たちのショックはまだ小さいようで、雰囲気に飲まれているだけだ。

 意味を理解して茫然自失とする者もいた。彼女たちは理解している分、衝撃が深いようである。

 そのうち、何人かの生徒は思い当たる節があるのか、表情固く目を伏せている。

 

 教師は続けた。

 

「簡単に言えば、私たちは現在、情報によって身体を形作られています」

 

 ざわめきが戻った。

 今度は、先ほどより大きい。ついに心のフタが外れたかのように騒ぎだし、周囲の生徒と言葉を交わし始める。

 

「先生、なにをいっているの? どういう意味?」

 

「情報って何?」

 

「じゃあ、私たち死んでるの?」

 

「偽者、いえ……私、私たちは偽物ってこと!」

 

 教師がマイクを手に持ち、

 

「違います。私たちは偽物ではありません!」

 

 高性能マイクでもハウリングを引き起こしそうな強い声だった。

 単に大きい声なのではない。競技場のどこにでも届くような声だ。

 

「皆さんの記憶も、人格も、感情も、考えていることも、すべて現実のものです。誰かに作られた役を演じているわけではありません。ここで感じ、選び、行動している皆さん自身が、現在の皆さんです」

 

 大型スクリーンへ、東京湾上空の図が表示された。

 その中心に、小さな光点がある。

 

「私たちの存在を維持している中核が、タイニーと呼ばれる衛星です」

 

 光点から、学舎の園へ線が伸びた。

 

「タイニーは、私たちの身体情報を保持し、損傷を修復し、現在の形を安定させています。タイニーが正常に稼働している限り、直ちに身体が崩壊するようなことはありません」

 

「待って、先生! じゃあ止まったら?」

 

 観客席から声が飛び、真摯な教師はごまかさなかった。

 教師自らが行った自傷の検証動画などはショッキングなので、見る覚悟のあると同意した生徒の端末だけに送られる。

 体内に何もない空間あると知り、今にも倒れそうな生徒たちが会場のあちこちにいた。

 

「現状では軽傷はすぐに治りますが、このように修復されない可能性等、重大な危険があります」

 

 会場は騒然となった。

 声が重なり、競技場全体が揺れる。

 

「そんなの聞いてない!」

 

「帰れるんじゃないの?」

 

「私たちの元の身体はどうなってるですか!?」

 

「家族は? 家族になんと言えば!」

 

「やだぁ……私、私が私じゃない……」

 

 ついに泣き出した生徒たちがいた。

 一人二人ではない。彼女たちの姿を壇上から見た美琴の胸が締めつけられる。

 視界の端で食蜂の親指が、リモコンのボタンへかかった。

 混乱を一時納めるためか、完全に状況を制御するつもりだったのか──、それはもう美琴にはわからない。

 なぜなら食蜂の能力が使われることがなかったからだ。

 

「ねえ、大丈夫?」

 

 泣き出した生徒の隣にいた少女が、その手を握り泣いていた少女の肩が、わずかに下がった。

 別の場所では、呼吸を乱した生徒を、友人が後ろから抱きしめていた。

 

「ゆっくり。うん、大丈夫だから」

 

「でも、私たち……」

 

「そう。私たち、私も同じだから」

 

 その一言で、呼吸が少し整う。

 観客席のあちこちで、同じことが起こり始めた。

 

 手を握るだけ落ち着く女子生徒。それでも落ち着かないようならば肩で触い、人によっては抱き合う。

 誰かが誰かへ触れるたび、不安の尖った部分が、少しずつ丸くなっていく。

 

 情報体となった彼女たちの間で生じる軽度の接触共有、【接触強化】(フェザータッチ)の影響が会場内に広がっていた。

 

 感覚や感情のすべてを混ぜるほど深くはないが、相手がそこにいることが分かる。

 自分と同じように震え、それでも自分の手を握っていることが伝わる。

 

 一人の生徒が、後輩と握った手を見下ろした。

 

「そういえば最近、誰かに触ってると落ち着くと思ってた」

 

「私もです、先輩」

 

「寮で一人になると妙に不安だったの、それだったのかな」

 

「だからみんな、前より距離が近かったんだ」

 

 納得する声まで出始める。

 泣いている生徒はまだいるし、手を取り合いながらも呆然とスクリーンを見つめている者もいる。

 けれども、食蜂が恐れていたような一斉の混乱は起こらなかった。

 

 誰かが崩れかけると、その隣にいる誰かが手を伸ばし、一人で支えられなければ、さらにもう一人が加わった。

 一人で立っているものはいない。

 

 みながみな、誰かを支えて誰かに支えられていた。

 

「あらぁん……、拍子抜けぇ?」

 

 食蜂が間の抜けた声を漏らし、リモコンを握ったまま、目を瞬かせている。

 それを見て美琴は、フンッと鼻をならして食蜂を半眼で見ていった。

 

「なによ。拍子抜けなら悪いことじゃないでしょ」

 

「ええ、もちろんよぉ」

 

 その時、生徒側の前方から、一人の少女が飛び出した。

 レザネリエだ。

 スカートの下に乗馬ズボンという格好なのでよく目立つ。

 

「レザ先輩?」

 

 美琴が声を上げる間もなく、レザネリエは駆け抜け号令台へ向かった。

 教師が驚いて振り返る。

 レザネリエは教師に一礼だけして、マイクを受け取り号令台の中央に立つ。

 

「諸君!」

 

 競技場全体へ、力強くよく通る声が響いた。

 心の背中を叩かれたように、ざわめきが止まる。

 

「悲しい発表だった! 辛い発表だった!」

 

 レザネリエは胸を張り、泣いていた生徒も、その姿を見上げるように顔を上げた。

 

「だが、安心してほしい! 我々には手を握り合う相手がいる!」

 

 大げさなほど力強い声を出し、レザネリエは観客席へ大袈裟に手を差し出した。

 

「一人では耐えられないだろう! だが二人いる! いや、よく見よう! 三人もいる、もっといる!」

 

 握られた手と重ねられた指、抱きしめられているものもいる。

 誰かが、隣の友人を見た。

 その友人の手も、別の誰かが優しく握った。

 

「そして、二千六百四十三人いる!」

 

 具体的な大きな数を示されて、空気が変わった。

 悲鳴に近かったざわめきが、別の熱を持ち始める。

 

「私たちを支えてくれた教師、四十三人もいる!」

 

 手のひらで示された教師席で、何人かが目を伏せた。

 

「一人ではないのだ! ならば喜ぼうではないかッ! 我々は一つなのである!」

 

 レザネリエは拳を掲げた。

 最初に拍手をしたのは誰だったのか、美琴には分からなかった。

 バラついた拍手は、やがて競技場全体を埋めた。

 

 泣きながら拍手している生徒がいた。

 笑いながら友人を抱きしめる生徒もいた。

 まだ立ち直れず、座り込んだままの者もいるが、それでも、その隣には必ず誰かがいた。

 

 美琴は長く、長く息を吐いた。

 自分でも気づかないうちに、胸の奥へ溜め込んでいたものが抜けていく。

 美琴は、号令台の上で演説を続けるレザネリエを見た。

 

「なんだ……。レザ先輩の記憶も戻してあったんだ」

 

 美琴が安堵した顔で尋ねると、隣で食蜂が首を横へ振った。

 

「してないわよ。あいつ、咄嗟にやってくれたのよぉ」

 

「ふえ? あれ、即興なの!?」

 

 美琴の間の抜けた顔を見て、食蜂は少し嬉しそうに、だがわざとらしく呆れたように笑った。

 




>一人で立っているものはいない

猟虎「ここに居まぁすっ!」(泣
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。