合同能力測定の朝、学舎の園のお嬢様たちはどことなく落ち着きがなかった。
普段なら学校ごと、施設ごとに分散している生徒たちが、複数の測定会場へ移動している。
いつものならば楚々とした振る舞いの彼女たちが、どこか不安げで、それでいて期待を隠せない様子で集まっていく。
制服姿の生徒に混じって、白衣や作業着を身につけた者も歩いていた。測定機材を運ぶ台車が通り、廊下の各所には立入制限を示す表示が出ている。
部外者であったが、滞在して二週間目に入った留学生という関係者ナリサにも、それが普段とは違う一日であることはよく分かった。
「みなさん、これから能力の検査をなさるのですね」
連絡船へ降りたナリサは、先に降りて待機していた佐天へ確認した。
「うん。こちらへきて【
ナリサたちは【接触強化】というものに詳しくない。能力が上がる何かだと聞いている。
異世界きて、それらが確認され、能力が伸びる授業を得たあと最初の測定となれば、以前と違う結果が出るかもしれないと、みなが興奮していると佐天は説明してくれた。
その説明をしてくれた佐天に、ピムチャナーが尋ねる。
「それで、佐天さんは、測定をされないのですか?」
「私はもともと学舎の外、別の学校ですからねぇ。比較すべきデータが全部それってないから別枠なんですよ」
案内役として程よく追い出されたような佐天が気にしていない理由。それは彼女の特殊な条件だったためだ。
カンラヤーはなるほどと手のひらを合わせて笑った。
「わかりました。佐天さんのデータを、別枠で集中的に取るわけですね」
「……あ、そういうことか!」
比較データがある生徒たちは、予定通りに現状の測定できる。
佐天と初春はデータが足りないため、別枠で【接触強化】が起きないように、まず別々に正確な測定する必要がある。
混雑する合同能力測定会では、佐天たちに手が回らないし、なにより誰かと触れ合ってしまう可能性があるなどノイズが多い。
「さすが、カンラヤーさん! 私が気がついてなかった測定条件に気が付くなんて!」
佐天は素直に驚き、素直にカンラヤーは褒め言葉を受け入れる。
「うーん、そうなると測定はみっちり観察されながらやるんだろうなぁ……。まあ、そんなことは忘れて今日は遊びましょう!」
「文化交流です」
いずれ行われる徹底測定から目を逸らし、佐天は肩から提げた鞄を軽く叩き、その言い分をナリサが訂正する。
鞄の中には、食蜂から渡された行程表、四人分の昼食費、施設利用券、緊急連絡先をまとめた端末が入っている。
佐天自身の端末にも、同じ情報が登録されていた。
「さてそろそろ始まるはずですから、出発しましょう! 食蜂さんが言うには、近くにいるだけでも駄目なんだって。誰と誰が測定したとか、どの建物を使ったとか、誰が疲れてたとか。何にも見てなくても、見たって言われるかもしれないからです」
「とても合理的です」
ナリサは小さく何度も頷いた。
「外交問題を避けるため、物理的に離れたことを証明するのですね」
「そういうことみたい」
佐天は気楽に答えた。
「だから今日は、堂々と遊びに行こう!」
「遊びではなく文化交流です」
「じゃあ文化交流しながら遊ぼう」
佐天は譲ったようで、まったく譲らなかった。
港には、日本政府の連絡担当者と、ラタナシリ王国大使館の職員が待っていた。
移動用の車両を担当する運転手はもちろん、外出時の安全を担当する屈強な警備係と撮影や取材を避けるための連絡員までいた。
明らかに、四人だけの気軽な観光ではない。
それでも、佐天は一人ずつに挨拶した。
「今日はよろしくお願いします!」
日本側の担当者へ頭を下げる。
「佐天さん、こちらが本日の連絡用端末です。予定変更がある場合は、必ず全員の端末へ同時に通知します」
「はい、わかりました」
「個別の指示には従わず、必ず私か大使館職員へ確認してください」
「分かりました」
次に佐天は運転手へ話しかけ、大使館の女性職員にも話しかけた。
驚いたことに彼女は、運転手の名前も大使館の職員の名前も知っていた。運転手は前も外出の時にいろいろ話しており、家族関係まで佐天は覚えているようである。
また、職員についてはナリサ来日前に何度か折衝したことがあり、なぜか私的な連絡先を交換し合っている仲になっているという。
ナリサは佐天が一種の外交官染みた役職についているのかと尋ねたが、佐天は「雑用係ですよ」と軽く返した。
そんな会話をしている間にも、佐天は周囲を見回している。ナリサも釣られて同じように港を見た。
「今日もよろしくお願いします」
「お任せください」
佐天がそっぽを向いて、よろしくお願いしますと行ったので、周囲の警護官や運転手たちが反応した。
ナリサは誰へとではなく、出発先に向かって佐天は宣言するように言ったのだと理解した。
そう思って佐天の視線の先から目を逸らすナリサ。
佐天が挨拶した人物は、ナリサの視界にも確かに入っていた。
だが、その姿は港の風景へあまりにも自然に溶け込んでいたため、記憶には残らなかった──。
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日本観光の最初の目的地は、外国人観光客にはこれというべき浅草であった。
平日の午前中でも、観光客は多く、雷門の前も下も向こうも連なる商店も人で溢れかえっていた。
ここでナリサは小さなことに気が付く。
佐天は目立たない。
いや、明るく快活で、ナリサから見ても目を引く美少女ではある。
だが、彼女は学舎の園生徒たちと制服が違う。
ありふれたセーラー服で、観光客の中に紛れつつ目立っているが、学舎の園の生徒と気が付かれる様子がない。
「なるほど。巻き込まれたたった二人の生徒ですから、制服が違うのでみなさん気が付かないのですね」
「テレビへ出たこともなかったのですね」
「学舎の園の制服であれば目立ちますものね」
佐天を案内役にした理由は、幾重にも理由があったのだと、留学生三人は理解した。
警護官を除けば佐天を先頭にし、留学生たちは雷門をくぐった。
参道は日本語だけでなく複数の言語が行き交い、カメラや携帯電話で撮影する人たちのレンズがあちこちを向いている。
レンズは佐天や留学生たちへ向けられることがない。
誰も気がついていないようだ。
「屋根の形は似てるのに、作り方は全然違うのですね」
「仏塔が全然ないのに、寺なんだぁ〜」
ピムチャナーとカンラヤーは、日本独自の仏閣に関心しきりである。
ラタナシリ王国でも仏教寺院は珍しくない。
それでも、建物の形、参拝の作法、供えられるもの、参道に並ぶ店は大きく異なっていた。
「同じ仏教でも、建物はずいぶん違いますね」
カンラヤーは浅草寺の名物、常香炉から上がる煙を見ながら言った。
「宗派や解釈より、宗教施設は地域の風土に影響されますからねぇ〜」
佐天は両手で煙を集め、頭へ寄せながら答えた。
「何をされているんですか?」
ナリサは佐天の行動について尋ねると、佐天はじゃーんといいながらポーズをとって常香炉を説明する。
「これはですね、身体の悪いところに煙をかけると、治るんですよ」
「え? 頭が……」
「能力向上です! それに皆さん、いがいと頭に煙をかけるでしょう? これは良い知恵が浮かぶという意味もあるんです」
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午後は一行は、都内の科学博物館を見学した。
学舎の園から来た三人にとって、日本側の科学技術は必ずしも高度ではなかった。
しかし展示されているのは、成果だけではない。
それらは発見までに積み重ねられた時間と、試行錯誤が並べられていると言っていい。
カンラヤーは環境展示に長く留まり、ピムチャナーは多言語解説の表現の違いを確かめた。ナリサは日本語で描かれた数学史の展示で足を止め、通訳の説明を受けている。
佐天は最初こそ真面目に説明を読んでいたものの、途中から体験装置ばかり探す。
それぞれの興味が分散して互いに優先したため、見学を終えた時には、予定より二十分遅れていた。
日本側の連絡担当者が、次の目的地を短縮するよう提案する。
「最後の商業施設は、滞在時間を一時間に変更します」
「一時間あれば十分です」
「少なくないですか? 結構、大きい商業施設ですよ! 新型の体験ゲームがあるんです」
ナリサが答え、佐天が不満を言う。
「ゲームコーナーは必要ありません」
「一緒にプレイすれば文化交流ですよ」
「都合よく文化交流という言葉を使って、遊ぶのも佐天さん流の文化交流手段ですね」
「そうでしたか。佐天さんはそういう方だったのですね」
「ここは利用されちゃいましょう」
ナリサたち留学生は、そろそろ佐天という人物を見抜いてきた。
人を利用するタイプではないが、誰かと一緒にいることを活用するタイプである。
「佐天さんにのせられるのも、文化交流ですね」
「ナリサさんもわかってきましたね! では出発!」
理解を深めあい、遊ぶぞと決めた四人を乗せた車は、大型商業施設へ向かった。
異変は、到着して三十分ほど経った頃に起きた。
商業施設は広く、購買意識刺激するように適度に見通しが悪く、動線が自然と次の店舗へ向かうように作られている。中央の吹き抜けを囲むように店舗が並び、複数の通路が別棟や駐車場へつながっていて、迷えば新たな出会いとお金との別れが待っていた。
佐天たちは、一階の土産物店を見ていた。
運転手の娘に頼まれた品はすでに購入してある。
次は三人が家族へ持ち帰るものを選ぶ番だった。
「これ、母に似合うでしょうか」
カンラヤーが布製の小物を手に取る。
「いいんじゃない? 色もきれいだし」
佐天が答える横で、ピムチャナーは日本語の洒落が書かれた商品を見つけ、翻訳できないと悩んでいた。
ナリサは、父親へ渡す筆記具を選んでいた。
その時、スーツ姿の男が近づいてきた。
警護官はもちろん警戒していたが、スーツの男は留学生を気にしている様子はない。
近くの封筒を手早く数束を取って、取りすぎた分を戻すとすぐに立ち去っていく。
ナリサも気がついた様子はない。
「──接近者からの接触は無し。警備を続ける」
警護官は問題がなかった旨を伝える報告を、通信機のマイクに向かって呟く。
彼らの警戒がスーツの男から離れ────、彼が笑ったことを気がつくものはいなかった。
そして、万年筆の会計をするため移動するナリサが、長い黒髪の少女の前を通過────していく様子に気がついたものもいなかった。
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「スマートスマイリーに、お土産を持たせた。今から帰社する」
商業施設でナリサに接近したスーツの男は、目立たない角に立って携帯電話で誰かに連絡を取っていた。
上着の襟元を直し、行き交う人々の中に紛れようとして──。
「落とし物ですよ、おじさん」
誰かに呼び止められたスーツの男は、懐に手を差し入れながら振り向いた。
そこには、通行人がいるばかりで彼を呼び止めた者の姿はなかった。
……気のせいか、とスーツの男が懐から手を離した時、顔に向かって何が飛んできた。
咄嗟にそれを避けた男は、再び懐に手を入れて小型の拳銃を取り出し物陰に隠れた。
男が不審な行動をとったのに、ほとんどの人は気がついていない。
数人が屈んでいる男を見るが、見て見ぬふりか、気にしていないのか、都会特有の無関心さなのか、誰もが足を止めずに歩いていく。
顔に向かって飛んできた物は、壁にぶつかって床に落ちていた。
それは、スーツの男がナリサの上着のポケットに忍ばせた土産──発信機だった。
「……ちっぃ!」
気が付かれ、追跡されたのならば、混乱を起こしてここから立ち去るべきだと男は判断した。
だが、それが実行される前に、彼の意識は遠くなっていく。
「な、なにが……」
薄れゆく意識の中、彼の視界に近づいてくる女性の足元が見えた。
男の前で立ち止まると、誰かに連絡を始める。
「対象を確保しましたよ。……ええ、いたぶったりなんてしないですわ。すぐに護衛へ戻らないといけないですから」
男は駆け寄ってくる警官の姿を、虚ろな目で見ながら意識を手放した。
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「このお揃いのブレスレットとかいいかもしれませんね」
佐天は最後にと、立ち寄った店舗でアクセサリーを選んでいた。
飾り気はないが、ひねりが加えられた独自の形状をするブレスレットを取り、自分の財布から支払いを済ませる。
「お土産ですか?」
「うん。警備をしてくれてる子へのお礼」
ナリサの問いかけに、佐天は軽く答えた。
購入されたブレスレットを見て、ナリサは首を捻った。警護官にでもお礼をするのだろうか?
「今日はありがとうね」
佐天はまるで通行人へ向かって言うように、誰もいないどこかへ向かってお礼をしているので、ますますナリサは首を捻る。
佐天がお礼を言ったその先で、誰にも気が付かれない少女が、嬉しそうに通行人の波へと消えていった。