「ヒャハッー! UFOは本当にいたんだ!」
と、叫びたいコールドウェルだったが、沈痛な面持ちの閣僚たちの前なので控えた。
代わりに、ナサニエル・ブラッドフォード・コールドウェル合衆国大統領は、楕円形の机に両肘をつき、組んだ指の上へ顎を載せた。
表情は厳粛にし、口元は決して緩めない。
目の前の大型モニターには、日本の東京湾を捉えた衛星画像が表示されていた。
海上に浮かぶ巨大な島は、雲でも、艦船でもない。
島の底部と海面の間には明確な空間があり、その上には道路、樹木、庭園、建造物が並んでいる。
高く飛んでいるとはいえないが、宙に浮いているとは確実に言える。
画像の解像度を上げると、建物の屋上や広場に集まる人影まで確認できた。
それだけでも、人類史上最大級の発見だった。
さらに島からは、航空機ともミサイルとも分類できない飛行物体が発進した。
日本のFー15Jを振り切り、華央人民共和国沿岸へ接近。
華央国側の迎撃を受けながら、内陸部から発射された核ミサイルを無力化し、東京湾へ引き返した。
しかも衛星画像の一部には、飛行物体から離れてミサイルに取り憑いているらしき影まで写っている。
大統領としては頭を抱えるべき事態だった。
だが、少年時代から空飛ぶ円盤、火星人、秘密基地といった話を好んでいたコールドウェル個人としては、立ち上がって机を叩きたいほど興奮していた。
もちろん、今それをやれば政権の信頼が終わる。
「現時点で確認できている事実を、最初からもう一度整理しよう」
コールドウェルは、努めて低く落ち着いた声を出した。
国家安全保障担当補佐官が資料をめくる。
「東京湾に、由来不明の浮遊陸塊が出現しました。仮称は対象島、または東京湾浮遊体です」
「島でいい」
「しかし、大統領まだ島とは……」
「樹木があり、道路があり、建物があり、人が住んでいるように見える。島と呼んで差し支えはない。少なくとも『浮遊体』よりは、相手に敬意がある」
補佐官は一瞬だけ言葉に詰まり、それから頷いた。
「承知しました。島からは複数の周波数帯を使用した通信が発信されています。短波、長波、その他、既存の通信方式と一致しない信号も含まれています」
「日本は応答したのか」
「まだ正式な双方向通信は成立していません。日本政府は、刺激を避けながら解析を続けています」
「賢明だ」
国防長官が難しい顔をする。
「ですが、日本側の対応は遅い。対象は既に華央国の核兵器を無力化しています。あれが敵性存在だった場合、日本政府の能力だけでは封じ込められません」
「封じ込める必要があるのかね」
室内が静かになった。
その様子を見まわしたあと、国防長官が大統領を見る。
「敵性でない保証はありません」
「敵性である証拠もない」
「核兵器を無力化する能力を持っています」
「撃ってきた核兵器を無力化した。そこは順番を間違えてはいけない」
コールドウェルは椅子へ深く座り直した。
いますぐ立ち上がって、すごいぞ、核兵器を無力化するUFOだ、と叫んで走り回りたかったが、うずうずする体を精神で抑える。
「彼らは華央国へ攻撃を加えなかった。迎撃ミサイルを排除し、核弾頭を無力化し、引き返した。報復能力がなかったとは考えにくい。もしかの存在が慌てたのならば、精神構造が似通っていると想像できるだろう?」
「意図的に手の内を隠した可能性もあります」
「もちろんある。だから観察し、話しかける。相手の意図を知る。何も分からないうちから包囲して銃を向けるより、ずっと建設的だ」
大統領が口を結んだのを確認してから、統合参謀本部議長が口を開いた。
「軍としては、太平洋地域の即応態勢を引き上げる必要があります。ソ連がこの事態を米国の秘密作戦と誤認する危険もあります」
「引き上げたまえ。ただし目立たないように」
「既に戦略部隊は警戒態勢へ移行しています」
「ソ連には連絡したか」
「ホットラインを通じ、米国は東京湾の島と無関係であり、核攻撃の準備もしていないと伝達しています」
「先方はなんと?」
「明確な返答を避けています」
「まあ……情報を持っていないのだろう」
コールドウェルの言葉に、中央情報局長がわずかに眉を動かした。
「その可能性は高いと考えます。ソ連の衛星能力では、当該飛行物体の細部まで確認できていないでしょう。華央国からも十分な情報を受け取っていないようです」
「華央国は何を持っている」
「不明です」
「不明?」
大統領が繰り返す。
中央情報局長は、あくまで無表情だった。わからないといったことに、大統領が責めているわけではないとわかっているからだ。わかることだけ説明しろという繰り返しだ。
「華央国沿岸部の戦闘機が、対象へかなり接近したことまでは確認しています。撮影に成功した可能性があります。また、海へ墜落した核ミサイルの残骸を回収する作業も始めているでしょう」
「つまり、世界で最も詳しい映像と、世界で唯一の物証を華央国が握っているかもしれないと?」
「はい」
「だが、我々は持っていない」
「現時点では」
「日本も?」
「日本側は飛行体をAnomalous Autonomous Aircraft. 異常自律航空機と命名。呼称はA.A.A.――仮称ですが――その飛行前後の観測情報を持っています。しかし、華央国側の接近映像ほど鮮明な資料は保有していないと推測されます」
「自律、という言葉が入ってるということは?」
「はい。接近した華央軍や、我々の衛星画像を知らぬかれらは、あれに人が乗っていると考えていません」
「あの加速度だからな。慣性制御でもなければ、人は耐えられん。当然の帰結だな」
コールドウェルは少しだけ目を細めた。
面白い。これは非常に面白い。
この一件の現場は日本だ。
だが、最も価値の高い映像を持つのは華央国かもしれない。
米国は衛星から全体を見ていたが、細部までは分からない。
ソ連はほとんど何も持っていない。
全ての大国が、異なる一片だけを握っている。
そして島そのものは、東京湾に浮かんでいる。
「それで日本政府の方針は」
国務長官が答える。
「第一に、島側との交信確立。第二に、国内の安全確保。第三に、米ソおよび周辺国への説明です。日本側は当事国として主導権を維持したいと考えています」
「当然だな。日本は優等生だ」
「しかし、未知の相手との外交経験も、軍事的対処能力も不足しています」
「それも当然だ。我々が優等生を囲いすぎてしまった」
コールドウェルは、国務長官の言葉を否定しなかった。
「だから、日本にやらせる」
国防長官が、はっと顔を上げた。
「日本を矢面に立たせると?」
「言葉の選び方が悪い」
大統領は微笑んだ。
「日本には、最初の扉を開けてもらう」
「結果として、最初に危険を負うのは日本です」
「島は東京湾にある。米国が日本を押し退けて前へ出れば、相手にはどう見える?」
誰も答えない。
「大国が、小国の領域へ突然現れた未知の集団を奪い取ろうとしている。そう見えるだろう」
「日本は小国ではありません。訂正を」
国務長官が言った。
「比喩だよ」
コールドウェルは軽く手を振った。
「ともかく、最初の接触は日本に任せる。日本語が通じる可能性もある。島の建築様式や住民の服装も、日本との文化的連続性を示しているかもしれない」
衛星写真には、洋風の校舎や庭園が映っていた。
完全に未知の文明というより、奇妙に地球的だった。
洋風だがあくまで日本が言うような洋風。ある意味で、日本的だった。
「日本を前面に置くことで、相手の警戒を下げる」
国家安全保障担当補佐官が確認する。
「その背後で、我々が支援する?」
「背後という言い方もよくないな」
コールドウェルは人差し指を立てた。
「隣だ」
「隣、ですか」
「日本が話しかける。我々は通信解析を手伝う。日本が安全を保証する。我々は周辺の軍事的安定を保証する。日本が食料や生活物資を提供する。我々は足りないものを補う」
「結果として、接触過程へ米国が入り込む」
「入り込むのではない」
大統領は、いかにも善意から訂正するように言った。
「招かれるのだ」
国務長官が小さく咳払いした。
「日本側が、我々を招くとは限りません」
「招くように仕向ける」
「大統領」
「困っている友人へ手を差し伸べるのは当然だろう」
コールドウェルは本気でそう考えていた。
日本は米国の同盟国である。
危機に陥った同盟国を助けるのは、強者の義務だ。
未知の存在が危険なら、米国が守る。
友好的なら、米国が導く。
彼らが進んだ技術を持っているなら、人類全体のために適切に管理する必要がある。
そして、その管理を任せるに足る国家はどこか。
答えは、彼にとって明白だった。
「日本政府には、共同作業班の設置を提案しよう」
コールドウェルは言った。
「名目は通信解析と危機管理支援。軍人は前へ出しすぎるな。言語学者、技術者、医師、外交官を中心にする」
「情報機関員もですか?」
中央情報局長が尋ねた。やや嬉しそうに見えるのは、予算か、関われる喜びか。
「もちろんだ」
「日本側に察知されます」
「全員を隠す必要はない。情報担当者が参加するのは当然だ」
「島側へ直接接触する要員は」
「日本が最初に行く。その代表団に、米国人を一人か二人滑り込ませる」
「日本が拒否した場合は」
「二度頼む」
「二度目も拒否した場合は」
「日本が我々を必要とする状況を整える」
国務長官が額を押さえた。
コールドウェルは、そこで初めて声を上げて笑った。
「心配しすぎだ、諸君」
閣僚たちの視線が集まる。
「確かに、とんでもない事態だ。空飛ぶ島が東京湾に現れ、少女らしき人間が核兵器を止めた。昨日までの常識では説明できない」
大統領は机を見回した。
「だが、世界が終わったわけではない」
「まだ、という可能性もあります」
国防長官が言った。
「華央国は既に核兵器を使用しました。ソ連が誤認すれば――」
「誤認させなければいい」
「簡単におっしゃいますが」
「簡単ではない。だが、我々には通信手段がある。衛星がある。艦隊がある。外交官がいる。情報機関がいる。そして何より、相手はまだ誰も殺していない」
コールドウェルは、衛星画像の島を指した。
「彼らは東京を攻撃しなかった。日本の戦闘機も撃たなかった。華央国の迎撃部隊も破壊しなかった。核ミサイルさえ、都市へ落ちないよう海へ捨てた。未知は恐ろしいが、分かれば理解しあえる。」
映像から推測できる範囲にすぎない。
それでも、最悪だけを前提にする必要はなかった。
「これは侵略ではないかもしれない」
「では、何だと?」
大統領は肩をすくめた。
「迷子だ」
沈黙が落ちた。
「東京湾へ、島ごと迷い込んだ?」
国家安全保障担当補佐官が、半ば呆れたように聞き返す。
「可能性の話だ」
「その迷子が、核兵器を無力化する兵器を持っているのですが」
「優秀な迷子なのだろうな」
何人かが、笑うべきか迷った顔をした。
コールドウェルは構わず続ける。
「相手が迷子なら、家を探す手伝いをする。難民なら保護する。国家なら外交関係を結ぶ。危険な軍事勢力なら、そこで初めて対処を考える」
「我々に友好的とは限りません」
「友好的にさせる。どっちにせよ、こちらの初動の態度は変わらん」
即答だった。
「彼らが人間であるなら、恐怖も希望もある。必要とするものもある。話はできる」
「人間でなければ」
「その時は、新しい方法を考えよう」
コールドウェルの態度は楽観的だった。
だが、それは根拠のない楽観ではない。
国家を再建し、経済を立て直し、敵対する議会と取引し、同盟国をまとめ、ソ連と対峙してきた男の自信だった。
問題は解決するためにある。
理解できない相手なら、理解できるまで観察する。
交渉できないなら、交渉できる条件を作る。
米国には、それを行う力がある。
「我々が恐慌を起こせば、世界も恐慌を起こす」
大統領は言った。
「米国が落ち着いていれば、少なくとも同盟国は呼吸ができる。諸君が今すべきことは、世界の終わりを想像することではない。月曜日の朝にも政府が動くよう、仕事を分けることだ」
閣僚たちの表情が、わずかに変わった。
危機が消えたわけではない。
だが、何をすべきか分からない恐怖から、少なくとも課題のある危機へ変わった。
「国務省は、日本側と共同接触の枠組みを作れ」
「はい。すでに草稿は組んでおります」
「よろしい。国防総省は、太平洋地域の警戒を上げる。ただし島へ火器管制レーダーを向けるな。ソ連へも、その方針を伝えろ」
「承知しました」
「科学顧問は、通信、物理、医学、言語学の専門家を集める。既存の権威だけで固めるな。変人も入れろ」
「はい、すでに…………。変人、ですか」
「やはり集めてないか。こういう時、常識的な人間だけを集めても常識的な答えしか出ない」
「人選基準が難しくなります」
どうやって選ぶのか、まったくわからない様子だった。
いや、思い当たる節が多すぎるのか。
「そこを考えるのが君の仕事だ」
コールドウェルは中央情報局長へ向き直った。
「CIAには三つ頼む」
局長は、嫌な予感を隠さなかった。
「伺います」
「一つ。華央国が撮影した映像を手に入れろ」
「予想していました」
「二つ。海中から回収される核ミサイル残骸の調査結果を入手しろ」
「努力します」
「三つ」
コールドウェルは衛星画像を指した。
「島の住民について、可能な限り調べろ」
「具体的には」
「人数、年齢、社会構造、指導者、言語、技術、宗教、軍事力、食料事情、内部対立、外部との接触意思」
中央情報局長は、しばらく無言だった。
「大統領、お聞きください。我々はまだ、島に一人も工作員を送り込んでいません」
「知っている」
「通信も成立していません。航空写真から住民の宗教まで調べろと?」
「CIAならできるだろう。もし同じ世界の存在ならば、教会やシュライン、テンプルに酷似した建造物があるはずだ。」
局長の表情が、ほんのわずかに歪んだ。
大統領は若いころから、SFにご執心だったな、と気がついた顔であった。
「最初の接触が行われる前に終えます。ですが日本政府が、早ければ数時間以内に接触を試みる可能性があります。」
「では急ぎたまえ。君たちは、私が世界で最も高く評価している情報機関だ」
それが激励なのか、逃げ道を塞いでいるだけなのか、誰にも判別できなかった。
中央情報局長は、静かに息を吸った。
「承知しました」
「頼りにしている」
コールドウェルは満足そうに頷いた。
会議は再び動き始めた。
電話が鳴る。
命令が書かれる。
日本、華央国、ソ連、太平洋の各軍司令部へ回線が開かれる。
沈痛な空気は、まだ残っている。
だが、先ほどまでの絶望的な静けさではなかった。
コールドウェルは、誰にも見られないよう衛星画像へ目を戻した。
東京湾に浮かぶ巨大な島。
核ミサイルを止めた、空飛ぶ少女。
未知の文明。
新たな歴史。
口元が緩みそうになる。
大統領はもう一度、心の中だけで叫んだ。
――ヒャハッー! UFOは本当にいたんだ!