ナズナのアトリエ ~悩める錬金術師とまほろばの神~ 作:匿名設定
そこはちょっとした平地になっていた。
開けた土地に日の光が燦々と降り注いでいる。ちょうど森の切れ目のようになっており、ぽっかりと穴が開いたようにここだけ大木が無く、成長途中の若木が数本あるだけで一面が草に覆われている。その広間の中央に半分土に埋もれながら、ポツンとまるで置かれているかのように大きな木が一本倒れていた。
「なるほど、こりゃ転ぶわ」
「だよねぇ」
キャルロットは辺りを見渡した。ちょうど高台のようになっており、眼下にはまほろばの里が一望できる。キャルロットは覗き込んで、思わず「うわぁ」とつぶやいた。雲ひとつない青空と優しい日差しの下で、おもちゃのようにこじんまりとしたまほろばの里が見える。平地や周囲の山の中腹で時折きらりと光るものがあるが、おそらく水田の水が陽の光を反射しているのだろう。石でできた家に比べて温かみを感じる茅葺き屋根の木の家からは、子供らしき小さな人影が時々出入りしているのが見えるが、大抵の家はひっそりと静まり返っていた。おそらくごく幼い子供以外は農作業に勤しんでいるのだろう。よく目を凝らすと田んぼや畑で忙しそうに立ち働く人々の姿が見えた。
本当に小さいけれどきれいな里だ。だが、ここで生きてゆくのは大変だろう。キャルロットの故郷も決して豊かではないが、ここよりは大分マシのような気がする。そう思いながら里を見つめていると、どうも説明しがたい違和感を感じた。見た目にはっきりとはわからないが、地脈が完全に馴染みきっていないような気がするのだ。いうなれば、ジャムの中に砂糖の塊が残ってしまっているような。
(そうか、これが……)
これが、ナズナが過去にまほろばの里を救った痕跡なのだろう。
かつてまほろばの里は四方の山の土砂崩れに襲われ、生き埋めにされて滅び去る運命にあった。それをナズナが里の周囲に巨大な地割れを起こし、割れ目に土砂を流し込んで救ったと言われている。しかしここから見た感じでは、どちらかといえば里の周囲を宙へと持ち上げ、流れ込んだ土砂の上にそっと置いたように見える。
「小さな里だよね」ナズナが隣に来て腰を下ろす。
「でも、ここがわたしの故郷。わたしが本当はどこで生まれたのか、お父さんとお母さんがどうしてわたしをここに置いて行ったのかはわからないけど。今ではここがわたしにとって守るべき一番大事な場所なんだ」
「ねえ、ナズナ」キャルロットが一番聞きたかったことを聞いた。「どうして錬金術を学ぼうと思ったの?」
当然の疑問だった。この目で見るまでは半信半疑だったが、里のこの状況が明らかに自然な状態でないのはわかる。あと数十年もすれば完全に地脈が馴染んで、奇跡の痕跡すらも残らないだろうが。それでも見るべき者が見ればわかる。
神器の力は、西欧の錬金術の力を遥かに超えている、ということを。
西欧でもかつて大地ごと宙へと持ち上げられた浮遊大陸の話が伝承として残っている。しかしそうした文明はとうの昔に失われ、子供に話して聞かせるおとぎ話の中にしか窺い知ることができない。それも隆盛を極めた当時の錬金術の技術を以てしても、多くの技術者の力ととてつもない長い年月がかかっただろう。土砂崩れから村を救うために、一瞬で大地ごと村を宙に持ち上げて土砂崩れをかわすなんて、もはや個人が扱えるエネルギーの桁が圧倒的に違う。
「う、ん……。たくさん想いはあるんだけど、ちょっと言葉にし辛くて」
ナズナにしてはめずらしく歯切れが悪い。
「でも、いつかは話さなきゃいけない事だし、もうちょっと待ってもらってもいい?」
「無理しなくてもいいよ、ちょっと興味があって聞いてみただけ」
「ううん、キャロちゃんも自分の思いを話してくれたし。わたしの気持ちに整理がついたら、キャロちゃんにも聞いてほしいんだ」
そう言うと、ナズナは後ろにころんとひっくり返って仰向けに寝そべった。
「じゃあ、怪しい場所を探してみよっか」
とても真剣に探そうとしているようには見えない。でも今のキャルロットにはわかる。同じように仰向けに寝そべると、大地の鼓動が直に感じられた。大地を駆け巡るマナの力が体の中を通り抜けてゆくのがわかる。
「この場所は……、なんか不思議な感じ。マナの乱れというか、いくつものマナが溶け合い、混じって土に還ろうとしている」
「正解。ここって元々は畑だったんだよね。ヤマガミさまとヒラガミさまが協議の末、ヤマガミさまにお返しすることにしたんだ」
なるほど、それで不自然な形で雑多な属性のマナが入り混じっているわけだ。自然状態の野原なら、大地のマナの影響を受けてもう少し似通った植生のマナとなる。これはおそらく輪作していた時の名残だろう。最近の農業学では、特定の作物を何度も育て続けると土壌からも一部の養分だけが吸われ続けてしまい、土地も作物もダメになってしまうと説明している。農家は経験上それが分かっているから輪作を行っているのだが、錬金術では特定の作物を育て続けるとマナの属性が極端に偏るという風に、常にマナの流れで説明するのだ。
「でもさ、なんでお返しすることになったの? ヤマガミさまも里人が飢えるのを望んでいないと思うんだけど」
「うん、元々はわたしが生まれる前、飢饉が起きた時にヒラビトがお借りしてた土地なんだよね。借りたものはいつかはお返しをする。これは神さまと人との契約みたいなもので、唯一想いが通じる部分がこの“契約”なの」
わかったような、わからんような……。妙な表情を浮かべるキャルロットに、ナズナも困ったような微笑みを浮かべている。つくづくと奇妙な神さまのいる国だ。要するに人と神が理解し合える部分がこの契約の部分で、それ以外は人間が生きようが死のうが全く関わりのない次元で神さまが存在しているのだろう。
うがった見方をすれば十二年前、ヤマガミはまほろばの里を滅ぼしにかかったとみることもできるが、もちろん神にはそんなつもりはなく、土砂崩れに巻き込まれれば人間がどうなるか、ということさえ理解できないのだろう。だからこそ、「どうか殺さないでください」と擬人化した神にすがり祈ることで、神に人間の意志や感覚を伝えているのではないか。
「他には……」
キャルロットは目を瞑り、寝ころんだまま深く息を吸い、ゆっくりと吐き出した。周囲から流れ込んで抜けてゆくマナの一部に、痛みにも似た嫌な感覚が染みのように広がっている。力を抜き、心を可能な限りニュートラルに保たねば、自らの精神も汚染されてしまうだろう。キャルロットは糸を手繰るようにマナの流れを手繰り寄せてゆくと、大体の方向をつかむことができた。
キャルロットが起き上がると、ナズナもゆっくりと身を起こした。
「あっちだね。倒木に沿って北側」
「うん」
そう答えるナズナの表情も曇っている。この嫌な感覚を彼女も感じているに違いない。さらに言えば、おそらく倒木も自然に倒れたものではないのだろう。地表に湧き出るマナの流れを不自然に断ち切るように置かれている。つまり、誰かがあそこに意図的に置いたということ。地面に半分埋めてあるのも、地脈の流れを制御する目的だろう。それをわかって実行できる人物とは、果たして……?
「……ナズナ?」
倒木に沿って歩くと、それはすぐに見つかった。ナズナは足元の一点を見つめると、悲しげに首を振った。草むらの中に何か小さくて奇妙な物体が転々と落ちている。トカゲのように見えるそれは、あるものは無残に引き千切られ、あるものは奇妙な形に捻じ曲げられ切り裂かれていた。
「かわいそうだけど、今はそっとしておこう。今触ると汚染されちゃうから」
「これは?」
「蠱毒。他人を呪ったり、悪いことをするときに行うまじないの一つなの」
そう言うと、ナズナは手をひらひらと動かしながら何かの言葉を呟いた。すると周囲に漂っていた黒い霧のようなマナが、ゆっくりとだが確実に薄らぎ浄化されて循環する環境マナの中へと消えてゆくのが感じられた。
「これでよし、と。明日になったら触れるから、またここに来て土に還してあげよう。ところでキャロちゃん――」
「はい?」
「伏せて」