ナズナのアトリエ ~悩める錬金術師とまほろばの神~   作:匿名設定

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第三章 雨降らしの神とナズナの『あとりえ』(3)

 キャルロットは祭壇の前に敷かれた緋毛氈の上で、慣れない正座をしながらその時を待ち続けていた。

 天が高い。

 雲一つすら見当たらない。つまり、当分雨は降らないということだ。水属性が空気中に高まれば、水脈は天から地へと流されて高空から低空に厚みのある雲が現れる。風も重みをもった湿り気のある風が吹くはずだが、今のところその気配は無い。キャルロットには空気中を細かい火属性のマナが躍っているように感じられた。

 どうやら近隣で一斉に雨乞いの焚火をしたのが悪かったらしい。最近流行りの科学というやつでは、焚火で上昇気流を起こし空気中に撒かれた灰が雨粒の核となり雨が降ると説明しているが、それだけで全ての理屈が通るわけではない。それは例えば山火事が起きても、すぐに雨によって鎮火されるわけではない事からもわかる。錬金術と化学は相性が良いと言われてはいるが、片方だけで自然界の全ての説明がつくわけもなく、常に補完し合う関係にある。

 結局、こよりはナズナ達と一緒には来なかった。

 それは皆が嫌いだとか、一人で居たい、とかではない。どちらかと言えば一人でいるのも好きではあるようだし、暇なときには巫女の執務室で妙ちくりんな本(『孫子』とか『六韜』とか書いてあったようだがキャルロットにはちんぷんかんぷんだ)を読んではひとりで頷いていたりする。しかし、ナズナの補佐役である巫女として事務処理の類は一挙に引き受けているし、儀式回りの事についてはナズナと一緒に里の大人達と話し合っている姿をよく目にする。つまり人とのコミュニケーションが嫌いというわけではないのだろう。

 こよりが形依神社に一人で留守番すると言った時、なんだか奇妙な空気を感じた。あの権之助ですら、どことなく気を使っているような奇妙な雰囲気。こよりは妙に間延びした話し方をする、一見するとナズナ以上におっとりとした雰囲気の女の子だが、よそから来たキャルロットには窺い知ることのできない“何か”があるのだろう。

 だが、それもあの日だけのことだ。あの後でふたりと一匹は田んぼを見て、強制的に火属性を水属性のマナに変える属性転換を行わなければ、稲は枯れ果てるとの結論に至った。おそらく二十数年前の飢饉の再来とまではゆかなくても、このままだと少なからぬ死者が出るだろう。となればこよりも神社に引き籠っているわけにはゆかない。ナズナを補佐する巫女として、雨乞いの儀式の準備で忙しく立ち働いている。

「儀式ってどんなことをするの?」

 キャルロットが聞いた。さすがに他の地域で行われているような、焚火をしてこれ以上火属性のマナをまき散らすわけにもいかない。となると、別の方法で土属性を空気中に撒き水脈を地面に誘引するか、全く違うアプローチを採らなければならない。

「踊るんです」ナズナが笑って言った。その答えはキャルロットが予想もしていないものだった。「なにせ派手なことがお好きな神さまですから」

(ああ、そうか……)

 さすがに天才と呼ばれていただけのことはある。キャルロットが目を輝かせたのに気づいたナズナが嬉しそうに微笑んだ。

「雷のマナを利用して地上まで水脈を通します。ちょっと扱いは難しいけれど」

 雷属性のマナは錬金術でも扱いが難しい属性のひとつだ。火水地風という基本となる四大属性と比べて反応が極めて早く、また地への強い指向性を持っている。よほど気をつけて制御しないと調合を思わぬ方向に変化させてしまう厄介なマナだが、水属性と親和性が高く、また火属性と共に増加する性質を持っている。今の乾燥した環境には雷属性のマナが満ち溢れているので、利用するマナに困ることはないだろう。

「踊るってのが……、ちょっと、わかんないケド……」

「神さまは歌や踊りが大好きなんだよ」

「そう……、なんだね……」

 冗談かとも思ったが、どうやらナズナは本気で言っているらしい。キャルロットとしては単純に派手好きというキーワードから、反応の激しい雷属性のマナを連想したに過ぎないのだが。

 一体、ナズナは何をするつもりなのか。

 あれから吉日を選び、儀式の委細を整えるのに数日かかった。キャルロットも出来る限りの手伝いをしたが、彼女にとって最も収穫が大きかったのは、実際に神器を造り出す場面に立ち会えたことだった。

「ナズナの“あとりえ”にようこそ」

 ナズナはそう言うと、悪戯っぽく微笑んた。

 簡素な石室だ。八畳くらいの広さはあろうか、飾り気のない部屋の中心に大きな平たい石が置いてあり、周囲を注連縄のようなもので囲ってある。山のふもとの崖をくり抜いたにしては特に湿っぽいわけでもなく、暗闇を好む見た目が不快な虫の類も一匹も見当たらない。土壁を石で覆ったわけでもなく、岩をくり抜いたようにも思えない、壁の表面が磨かれたようにツルツルとしていて、何とも不思議な空間であった。他にあるものといえば、照明として灯篭と呼ばれる備え付けのカンテラの一種。キャルロットは石壁に触れてみて、ただの石とは異なる独特な雰囲気を感じた。

(これは……、金?)

 一見それとはわからないが、金鉱脈が縦横に走っている。おそらく不純なマナを取り除き、アトリエに流れ込むマナを整流させる導通材として作用しているのだろう。地脈の中心に置かれている要石といい、このアトリエは意図的かはわからないが計算しつくされて造られているように感じる。

 西洋の錬金術はここまで気を遣うことはない。錬金窯さえ置ければそこがアトリエだ。だからこそ逆に多くの人が使うことができるとも言えるわけで、どちらが正しいかとは言えない。ただこの知見を活かして、アトリエを造る場所にも気を配ればもう少し精度や品質を向上させることができるかもしれない。もっともキャルロットの場合、散らかったアトリエの中を整理することから始めなければならないが。

「今回はこれを使います」

 ナズナの手にあるのはイカヅチソウの実と、フウセン石、龍仁と呼ばれる木の根っこ。あとは見たこともないような燃える色をした虫の翅と、虹色をした小さな小石(西洋では天使のハナクソと呼んでいるが、当然人には言えないようなエピソードがてんこ盛りになっているのでそう呼ばれている)。一見何の変哲もない、一部を除いて西洋でも手に入るようなありふれた代物だが、これをどうすれば莫大な力を持つ、天候すら操れる神器を生み出せるというのだろうか。

(さーあ、見せてもらおうじゃあないの。神器とやらの実力を!)

 あまりにキャルロットが目を輝かせてドキワクしながら見つめているので気になったのだろう。ナズナは「ご期待に添えますかどうか……」と小さく呟くと、中心にある注連縄で囲われた大きな平たい要石の上にふわりと腰を下ろした。

「では、いきます」

「うん……」

 キャルロットがごくりとつばを飲み込む。ナズナが二言三言何かを呟いた瞬間、周囲のマナの流れが変わったのがわかった。並みの力ではない、膨大な量のマナが金鉱脈を通して純化され、キャルロットを通り越して寄り集まってくる。肉体が崩壊するほどの大量のマナの影響を受けずに済んでいるのは、おそらく最初からナズナの手のひらに集中するよう調整されているからだろう。キャルロットが瞬きもせず見つめていると、突然ナズナの手が光りだした。それだけではない、ナズナの手の上にある調合素材も眩く光りだし、膨大なマナの影響でその形が揺らぎだした。

 今や小さな石室の“あとりえ”そのものが光り輝き、マナの中に溶けて沈もうとしている。正直、普通のアトリエでこんな状態になったら、それはもうマナ暴走による爆発事故の直前だ。この時点で膨大なマナの影響を受けて死者が出ていても何ら不思議ではない。キャルロットは恐怖を感じてよいはずだったが、不思議と何も怖くなかった。眩しいとすら感じない。奇妙な柔らかい光に包まれ、キャルロットはふと思った。もしかして産道を抜けて初めて赤ん坊が感じるこの世の光は、きっとこんな感じではないだろうか。

 あとりえの中心がひと際強く輝いた。ナズナの手も、体も、何もかもが光の中に飲み込まれる。と、急激に光が消えていった。この部屋も、何もかもが光を失って元の色彩へと戻ってゆく。本来なら一時的に視力を失ってもおかしくはない。なのに、元から何も光っていなかったかのように元の視界へと一瞬で引き戻される。石室のあとりえと、注連縄で囲われた要石。その上に座るナズナ。その手には元の素材の存在は跡形もなく、子供をあやすときに使われるようなデンデン太鼓のような奇妙な道具が握られていた。

 キャルロットは茫然と眺めた。目を丸くしながら視線を移す、ナズナの顔へ、その手のひらへ。ナズナの顔、手のひら、顔、手のひら……。三回ほど繰り返すと、思わずのけぞった。

「……ぷっ!」

 もう笑うしかない。なるほど、これでは教えろと言われても教えられるわけないじゃないか。まさか神器の製法がこれほどキテレツなものだったとは!

「あっ、はっ。こ、これって、ホントに錬金術なの?」

「わたしにもわかりません」

 ナズナも困ったように笑っている。

「でも、これが神器の製法なのです。わたしが生まれながらに持っている力」

 もし錬金釜が人の姿をしていたらきっとナズナのような感じなのだろう。神器そのものの製法を学ぶことなど、もう諦めるしかなさそうだ。キャルロットが笑い、ナズナも顔を見合わせて笑う。箸が転がっても笑う世代だと言われているように、何の屈託も無く。

 そう、この国に来たばかりのほんのニ、三か月前の自分なら、きっとこの時点で絶望していただろう。でも今はそうじゃない。キャルロットはケタケタと笑いながら、頭の中は自分の錬金術のことでいっぱいになり目まぐるしく回転していた。

 もしこれを西洋の錬金術に応用するならどうすればいいのか。キャルロットの錬金窯ではこれほどの莫大なマナを集めることも制御することも不可能だ。それにこの小さな神器に大地を引き裂き空中に持ち上げるほどのエネルギーを収めておける余地があるとも思えない。となると、あの莫大なマナは素材を変化させ望むものを生み出すのが第一義であって、完成品の力を発動するためにはあまり使われていないのではないか。だとすれば、神器はあれだけの力をどこから得ているのだろうか。

(……そうか、もしかして開放式?)

 西洋の錬金術の主流は閉鎖式である。つまり、造り上げた道具の内部に込められたマナを消費して力を発動する。だから錬金術で造った道具には使用回数が決まっているし、内部のマナを使い尽くした道具を再び使用できるようにするには、道具のセルと呼ばれる中心部分を錬金窯で再加工しなければならない。

 一方で開放式というのは、道具内部に封じ込められたマナの力だけではなく、外部にある大自然を循環するマナそのものを都度補充する方式と言われている。言われている、というのは未だ成功した試しが無いからだ。一応は研究されたことはあったようだが、錬金具の内部にあるマナが逆に流れ出てしまうために使用できないか、使用できたとしても閉鎖式に比べて極端に威力が低いという理由でいつしか顧みられなくなってしまった。

 神器が開放式なのだとしたら、おそらく膨大なマナを集めることができるナズナから都度マナを補充しているのだろう。でもそれだけでは神器自身のマナが自然に流れ出し、一日か二日もすればそこらの置物と変わらないガラクタと化してしまう。神器にはマナが自然流出するのを止める機構が組み込まれているはずだ。

 もし、この機構を解明できれば……?

 自然界は流転するマナに満ちている。使用した道具から放出されたマナも、自然界に還元され循環の一部となる。外部から無限にある大自然のマナをいつでもエネルギー源として補充できれば、道具が壊れない限りはほぼ無制限に使用することも不可能ではない。永久機関とまでは言わないものの、錬金術で作った道具の寿命を飛躍的に伸ばすことができるだろう。

 錬金術界に革命が起きる。きっと大騒ぎになるに違いない!

「これで雨乞いの準備は大丈夫かな。まだちょっと細々としたものが必要だから、明日の昼くらいには始められるよ」

「あたしも見てもいい?」

「もちろん! キャロちゃんには是非見てもらわないと」

 

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