ナズナのアトリエ ~悩める錬金術師とまほろばの神~   作:匿名設定

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第三章 雨降らしの神とナズナの『あとりえ』(4)

 と、いうわけで翌日。炎天下で慣れない正座で儀式を待ち続け、足のしびれに苦しむ次第となったわけである。

(ヤッバ。これ、背が縮みそう……)

 これが神さまの前での正式な座り方だというが、後付けの屁理屈のような気がする。いきなり刀で切りかかられないよう権力者が部下に命じた座り方、というのが本当のところではないだろうか。

 キャルロットはもぞもぞと痺れないように足の位置を動かしながら、目の前の祭壇を眺めた。木でできた階段状の簡素な祭壇に白い布が敷かれ、最上段にちょっと怖い顔をした筋骨隆々な裸の人物の木像が飾ってある。おそらくこれが雷神の像なのだろう。その両隣には榊が置かれ、お互いが紙を切ってよじり合わせたようなひもで結ばれている。その下の段には供え物らしき三方に積まれた米と笹団子、木でできたお神酒の小樽に、小さな座布団のような手のひらサイズのクッションの上にちんまりと鎮座するでんでん太鼓。祭壇の横には、葦を数本束ねたような奇妙な道具と、ちょうど大人がひと抱えしたぐらいの大きさの、子供が打つような小さめの和太鼓。

 しばらく待っていると、額(?)に捻じりはちまきをして小枝のようなばちを持った権之助が、とことこと二本足で歩いてきて太鼓の前にちょこんと腰を下ろした。

「いやいや、無理がありすぎでしょ」

「ん? 何か言ったか」

「なんでもなーい」

 キャルロットがごんすけ相手に軽口をたたいていると、こよりがしずしずとやってきて毛氈の上に腰を下ろす。この敷物も貧しいまほろばの里ではめったに手に入らぬ貴重品であることには違いない。こよりが手を伸ばして葦の道具を取り上げ、息を吹き込む様子を見てようやくキャルロットは理解した。なるほど、あれは楽器だったのか。妙に間延びしていて音階も定かではないが、澄み切った不思議な音を出す縦笛だ。それが笙という名前の楽器だと知ったのは後のことだ。

 ごんすけがぺちぺちと太鼓を叩き、こよりが音の調整をしている時にようやくナズナが現れた。音調整していた二人も手を止めてすっと背筋を伸ばす。すっかり足が痺れて骨盤を開いた女の子座りで誤魔化していたキャルロットも居住まいを正さないわけにはいかない。思わず痛そうに顔をしかめるのをナズナも気づいたようだが、何食わぬ顔をして祭壇の前に跪いた。さすがに神さまへの願い事の儀式を行おうという時に「どうぞ~お楽な姿勢で」と言うわけにもゆくまい。優しい言葉は期待しない方がよさそうだ。

 ナズナは祭壇に置かれたでんでん太鼓を手に取ってパラパラと振ると、何を開いて見ることもなく澄んだ心地の良い声で暗記していた言葉を紡ぎだす。

「天におわします我が祖親、国産土命、国産土女姫命が神代に天の逆鉾を……」

(え? そこから!)

 足の痺れが限界に達していたキャルロットは、アズマの天地創造の神話から語られだしたことに絶望したが、そこはさすがに神話のそれ。意外と短く、まじめに計算すれば登場人物の一人ひとりが何百年も生きたことになっている。その辺りは西洋も似たようなもので、キャルロットがまだ幼い頃に教会で聖人の起こした奇跡について説法を受けていたとき、「年代のつじつまが合いません!」と真面目にどデカイ声で叫んで両親に頭を引っ叩かれた苦い思い出がある。

 だがまじめに聞いていると、この里の謂れがわかりやすくてなかなか面白い。

 創造神の生んだ双子の上の子のアマツハラ一族が、祖先神である創造神に命じられて神器を使い地上を繁栄へと導いた。しかしその便利すぎる神器のせいで逆に人々は堕落し、怒った創造神の命によりアマツハラ一族は双子の片割れであるタカツハラ一族に滅ぼされた。

 一方で夫の命とはいえ、腹を痛めて生んだ双子の一族同士が殺し合うことを憂いた創造神の奥さんは、これを使って逃げるようにとアマツハラ一族に特別な神器を与え、それを使ったアマツハラ一族は鳳凰となって空の彼方へと飛び去った。その中のひとりでナズナという名の少女は、まほろばの地にふたたび神の姿となって舞い降りたという。

 彼女はやがて許され天界へと帰っていったが、その時に自らを慕って集まった人々にこう告げたという。「私は必ず皆をこの苦界より救うために戻ってまいります。だからどうかお願い、どれだけの時が経とうとも皆を見つけられるように、このまほろばの地に住み続けてください」と。

 全く、神さまも余計なことを言ったものだ。この狭い盆地が人々の住むにはあまりに過酷だということぐらいわかりそうなものなのに。

「……常若の国より生み出されしこの世の理、この国に住まいし八百万の神々よ。いにしえの盟約によりてまほろばの神成人たる我が言葉に耳を傾け、この地に雨を降らせ賜り給え」

「あ~め~、たも~れ~」

 ナズナの言葉を合図に、こよりと権之助が唱和しながら身を伏せる。キャルロットも訳がわからぬままに深く頭を下げると、ナズナが白扇を手にふわりと立ち上がった。

 うあ~ん、と、うねるような笙の音と共に、ナズナが白扇を広げて蝶のようにふわふわと舞い始めた。西欧で最近流行っている前衛的なダンスでも、伝統的な社交ダンスでもない。かといって、南洋の国々に伝わるような激しいリズムの踊りとも異なる。この国ではダンスを舞うと踊るのふたつの言葉で表現するが、なるほどこれは踊るというより舞うという表現がふさわしい。キャルロットが今まで見てきたどの踊りよりも優美で上品な美しい舞だ。

 ドン、ドン、という力強い太鼓のリズムが激しくなり、ナズナの舞も動きが速くなってゆく。ふと太鼓を叩く権之助の方を見やったキャルロットの視線が、感嘆に満ちた目からどこか呆れたような不審なものを見る目へと変わってゆく。今や権之助は太鼓にゴム紐か何かで括りつけられてでもいるかのように、物理法則を完全に無視した速度で太鼓に体当たりを繰り返していた。

(バチはどうしたんだ、バチは!)

 そう思う間もなく、キャルロットは額に何か冷たいものを感じた。空を見上げると、雲も無いのに天から糠のような細かい雨が降り注ぎ、青空に虹が浮かんでいた。

(……すごい! 本当に雨が降ってきた)

 西の空を見やると、山の向こうに黒くて厚ぼったい重たそうな雲が雷鳴を響かせながらこちらへと近づいてくる。これならば必死で雨乞いを繰り返してきた近隣の村々も、今頃は歓喜の声を上げているだろう。その雲はたちまちまほろばの里の上空を覆いつくすと、にわかに辺りが夜のように暗くなり、大粒の雨が地面を叩き始める。一同がずぶ濡れとなる中で、キャルロットが空を見上げると雲の合間に二頭のヘビのような龍神と、それを従え背負った無数の太鼓を叩く筋骨逞しい半裸の男の姿が見えた。

 雷神。天より地へと繋がる水脈と、擬人化された環境マナの象徴。

「……通りました!」

 ナズナはそう言うと左手にでんでん太鼓を持ち、それをパラパラと音を立てて振りながら右手に持った白扇で田んぼの一点を指し示す。

「……閃!」

 どしゃーん!

 田んぼの近くへと閃光が走り、大気をつんざくような雷鳴が響く。

「鋭!」

 ばしーん!

 掛け声とともに、ナズナが指し示した田んぼの付近に雷が落ちる。

「雷!」

 また落雷だ。ナズナの指示通りに。

 どおりで儀式の間じゅう、里の人々が家に閉じこもって表に出てこないわけだ。万が一にも落雷を浴びたら大変というわけだ。

 キャルロットは合点がいった。アズマの国では雷を稲妻とも呼ぶ。稲の妻、文字通り植物に実りをもたらす、農家にとっては歓迎すべき気象現象だ。さすがに直撃を受けたら焼け焦げてしまうが、原理は未だ不明ながら害虫や病気の原因となる微生物を殺し、何らかの栄養分をもたらして植物を活性化させる作用を持つとされる。

 西欧でも同じことは古くから知られており、北欧ではかつて雷神が豊穣の神として敬われていた。その雷神に一年の収穫を感謝する冬至のお祭りは西欧にも取り込まれ、今では救世主の誕生日を祝う最も重要な祭日となっている。

 今や三人(と一匹)共にずぶ濡れだ。一通り田んぼの周囲に雷を降らせたナズナが、髪や服から水滴を滴らせながら祭壇の前に跪いた。

「雷神さま、ご助力感謝申し上げます。収穫の折には捧げものをいたしますゆえ、天へとお帰りください」

 パンッ! 柏手をひとつ打って一礼する。

 雨が、止んだ。

 真っ黒な雲は東の空へと流れてゆく。さっきまで雨が降っていたのがうそのような青空が広がり、糠のような小雨と小さな虹が大雨の名残をとどめていた。

(こんなことって……、あるの?)

 童子のおもちゃのような神器が、他の村がどうあがいても降らせられなかった雨をいとも容易く降らせた。こうなるともう呆れるしかない。錬金術では雷属性の爆弾を使ったとしても天に水脈を通すことなど出来そうにないし、そもそも雷を使って雨を降らそうなどという発想自体が湧いてこない。錬金術に応用するには全く別のアプローチが必要のようだ。

 ふと傍らを見ると、脳震盪でも起こしたらしい、権之助がフラフラとしながらナズナの方に寄って来る。

「なズなハァ~! お、おでに、か、かまぅなぁ~。早く、はやク雨を降らせ……ゲフッ!」

「ごんちゃん、もう終わったよ」

「は? ははぁ~!?」

 素っ頓狂な声とともに、権之助が前のめりにバッタリと倒れた。その体から何か奇妙な白いものが抜け出て、空中をふわふわと漂っているように見える。

「だ、大丈夫なの? ごんすけは」

「気にしないで。ごんちゃんはよく死ぬから」

「……は?」

「元々が付喪神ですからね。憑くのが容易ければ、抜けるのも早いです」

 いつもの事、といった風情でこよりも事も無げに言う。ナズナは空中を漂っている“何か”を指でつまむと、権之助の亡骸(?)にグリグリと押しつけた。すると権之助の身体がビクビクと痙攣したかと思うと、もぞもぞと動き出した。どうやら息を吹き返したらしい。

「……ぷ、ぷはっ! おいナズナ、お前もうちっと丁寧に戻せないか? 年長者に対する態度ってもんが……」

「はいはーい。ごんちゃん頑張ってくれたもんね。大活躍だったよ、かっこよかったよ、雷神さまも聞きほれていたよ」

「そ、そうか?」

 さすがに権之助の扱いに慣れている。ナズナはご機嫌を取り戻した権之助をそっと地面に降ろすと、祭壇を片付け始めた。

「あ~の~、もしよろしければぁ」

「はいはい、あたしも片付け手伝うよ。どうすればいい?」

 こよりが自分からキャルロットに話しかけてくるなんて珍しい。この里へ来た当初はどこかよそよそしいというか、警戒する子犬のような雰囲気があったが、少しは打ち解けたとみてよいのだろうか。キャルロットはこよりの指示でナズナと一緒に片づけをしながら、ちょっとはこの里に馴染んできたような気がして嬉しかった。

 この後、まさかあんな事が起きるなんて思ってもみなかった。

 キャルロットは知らなかったのだ。この国に生きるというのはどういうことなのか、ということを。そのことを彼女はすぐに、まざまざと見せつけられることになる。

 

 

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