ナズナのアトリエ ~悩める錬金術師とまほろばの神~   作:匿名設定

17 / 28
第四章 神と忌巫女と変えるべき世界(2)

「長老さん、……が?」

 その事を聞いた時、キャルロットは首をひねった。どうにもまほろばの里の人間関係というものが理解できない。

「つまり、里長の他に長老と呼ばれる人がいるわけ?」

「そうそう、そうなんです」とナズナがいつものようにニコニコしながら答える。

「長老さんはヒラとヤマに一人ずついらっしゃって、それぞれの立場を代表しているの。里長さんはその間を調停する役目だから、中立でなければいけないんだ。だから長老さんと違って、数年から十数年ごとにヒラとヤマの人が交代で勤めるんだよ」

「ほほう」

 大した人数がいないのに、そんなに多くの指導者がいて混乱することはないのだろうか。もっとも逆に村人の人数が少ないから、というのもあるのかもしれない。一人ひとりの影響力があまりに強ければその分、全員が指導者であるという覚悟と自覚がなければこの程度の里は簡単に瓦解してしまうだろう。

「それでヒラビトの長老さんが、ヤマビトさん達との調停を里長さんに頼んできたんだよね。こういうことは里人の総意で決めたという形にしないと、後でいろいろと問題が出てきちゃうから」

「なるほど」

 ナズナの言うことはわからないでもない。

 キャルロットは昔、故郷にいたときに錬金術の互助会に出席したことがある。学生ながら一流の錬金術師として認められていた兄の代理として出たに過ぎないのだが、兄の名声を傷つけまいと眠い目をこすりながら必死でメモを取っていた記憶だけが残っている。

 この互助会も今では各国の錬金術師を結びつける緩やかな互助組織となっているが、かつて錬金術が怪しげな術を使う悪魔の手先として教会に弾圧されていた頃は、地下に潜った秘密結社として存在していたという。そこではすべての錬金術師が何らかの役割と責任を負っており、何かを決める時には全員一致が原則だった。それは少数だからこそ結束を固めると同時に、裏切り者が出ることを防ぐ意味合いもあったらしい。

 錬金術が社会に認められ国王の庇護を受けるようになるにつれ、こうした秘密結社が寄り集まり大きな互助会が出来たが、内情はあまり褒められたものではない。超国家機関を標ぼうし中立を謳ってはいるが、実際は各国間における下部組織の利害調整がほとんどだ。兄も錬金術の腕を磨くことだけではなく、こうした政治的なことにまで神経をすり減らさなくてはいけないとは大変だな、と同情したことを覚えている。

「私はこういった事が苦手でね」

 叔父さんはよくそう言っていた。意外なことに叔父は互助会には参加していなかった。本来なら錬金術を一般に広めた叔父は錬金術界の最大の功労者といってもよかったが、本人曰く群れるのが嫌いだそうだ。

「いいかいキャルロット。私たち錬金術師の目的は組織を大きくすることでも、国を富ませることでもない。この技術を人々のために役立て、人を幸せにすること。『良き錬金術師』となることが私たち錬金術師の使命なんだよ」

 並外れた大きな力を使えるからこそ、その行動には責任が伴う。叔父はよくそう言っていた。それでいて一匹狼であったわけではない。アトリエにも見慣れぬ数人の人々がよく訪れていたところをみると、互助会に入っていないだけで何らかの組織には入っていたのだろう。超国家機関として錬金術師の互助会が出来たとき、納得できない人々は別の組織を作って分派したり、秘密結社のまま活動を続けたという。叔父も巨大化して権力におもねる互助会に嫌気がさし、そうした組織に所属していたのかもしれない。

(叔父さん、元気にしてるかな?)

 『良き錬金術師』の代表格である、キャルロットの自慢の師匠だ。何よりもみんなの幸せのために行動するところはナズナに似ているような気がする。会う機会があればきっとお互いに意気投合するだろう。

「あの日照りがありましたからね。不安になるのはわかります」

 こよりの言葉で現実に引き戻される。

「山を崩して田畑を広げたところで効果は微々たるものだとは思いますが」

「つまり、山側に田畑を広げることをヤマタミの長老に許可してもらおう、と?」

「ヒラガミ様からも、山側に田畑を広げるべしとの宣託を下されております」とヒラガミの巫女を兼任しているこよりが言う。「しかしその為にはヤマビトのみならずその崇めるヤマガミ様の許しが得られねば……」

「ちょ、ちょっと待って!」

 似たような言葉ばかりで頭が混乱してくる。

「山に住みヤマ神を崇めるヤマビトとその長老、平地に住みヒラ神を崇めるヒラビトとその長老。そしてその間を取り持つ里長。何も難しいこっちゃねえぞ」

 どこかへ出かけていたらしい権之助が、泥だらけになって何かを背負ったまま軒下に立っている。

「げっぷ、そら土産だ。三本あったが、一本は帰り道に食っちまった」

 そう言って何やら木の枝のようなものを寄こした。

「わああ、立派な山芋だねえ。ありがとごんちゃん」

 立派? 思わずキャルロットは首をかしげるが、人にとって立派なサイズの山芋をウリ坊に担いで来いというのも酷な話だ。

「おっと、やるなら煮物かぬか漬け、あるいは千切りにして山椒でも和えたもんにしてくれよ。あのすりおろしたとろろ汁ってやつは、鼻水みてえでどうにも好かねえや」

「権之助さん、ご飯がまずくなるような事を言わないでください」

 こよりが冷静にツッコミを入れる。

「と、いうわけで今回は俺も出張んなきゃならねえな」

「里人の会合に?」

「神にはな、神格っていうモンがあるんだよ」

 ナズナが用意した盥の水に首まで浸かりながら権之助が言った。

「ヒラ神とヤマ神は今んとこ仲良くやってるさ。だがよ、この狭い盆地が膨大なマナの集まる“へそ”のような場所といったところで、やっぱり周りを取り囲んでる山の力の方が圧倒的だからな。ヤマ神がちょっと派手なくしゃみをして山崩れでも起きりゃ、ヒラビトが生き埋めになるのをヒラ神でも止められねえのさ」

「ふうん……」

 神格というのは初めて聞いた。いわば神さまの序列のようなものだろうか。天使と大天使のような言い方はあるが、一神教の西洋にそのような概念はあっただろうか。

「じゃあごんすけはヒラ神の味方をしてあげるわけだ」

「いや、俺はどちらの味方にもならねえよ。今日もこうやって山の恵みを頂いてるわけだしな。ただ対等な話し合いにするには、ヒラ側もある程度は雁首揃えてやらなきゃならねえってことよ」

 こよりが用意した手ぬぐいを差し出しながら、キャルロットは権之助を半信半疑の目で眺めた。この狭い盆地を司る神より、周囲を取り囲む山々を司る神の方が神格は上だというのはなんとなくわかる。だが、水から上がってぶるぶると身体を震わせているこのちっこい神さまが一匹加わったところで、ヤマ神とヒラ神が対等の神格になるなんてことがあり得るだろうか。

「そうか、ナズナがいるからかな」

「何が、そうか、なのかはわからんが」権之助が体を拭きながら言う。「言っとくがナズナは中立だぜ。あれも里長と同じようなモンだからな、どっちかの味方につくわけにゃいかんのさ。それに、神成人の神格なんてあって無いようなもんだしな」

「ナズナが? うっそ」

「アイツが元々は……、おっと、いや何でもねえ。とにかくヒトから生まれたヒトノカミってやつよりも俺のほうがずっと神格は上なんだぜ。もっともナズナに関してはなんとも言えんがな」

 権之助にしてはどうにも歯切れが悪い。ちらちらとこよりの方へ視線を移しているのは気のせいだろうか。

「なんとも言えないって、どういう事?」

「大きな声じゃあ言えないが」権之助は肩をすくめた。「得体が知れねえってことさ。俺も随分と長く生きちゃいるが、ナズナみたいな神成人は見たことがねえ。当たり前だが、神器を使った神成人なんて今までひとりもいなかったしな。おっとりしていて、いっつもにこにこと笑っちゃあいるが、何かとてつもないモンを内に秘めているような気がするんだよ。だからこそ、なおさらあいつは中立でなきゃならんのだろう」

「お鼻じゃないよ、お芋だよ~♪」

 台所からナズナの不穏な歌声が響いてくる。

「ナズナさん、ご飯がまずくなるような歌はやめてください」

「おいおい、とろろ汁はやめてくれって頼んだじゃねえか。何、団子汁? なるほど、そいつは思いつかなかったな」

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。