ナズナのアトリエ ~悩める錬金術師とまほろばの神~   作:匿名設定

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第五章 神の末裔と忍び寄る影(1)

 鋼鉄のぶつかる音がする。

 鋭い叫び声と、魂切るような悲鳴。大勢の人々が争うような喧噪に、馬のいななくような声まで聞こえてくる。

「ゼンハ! ゼンハ!」

 身の丈ほどもある大刀を肩に担いだ屈強な男が霧の中から姿を現す。苦し気に肩で息をし、簡素な胴鎧は敵だけではなく自らの血にも濡れてはいたが、未だ致命傷を負っているわけではなさそうだ。

「波懸の陣にて破る。すまぬが、一の太刀を……」

「二の太刀無用!」ゼンハと呼ばれた男は笑って言った。「僅か十四、五人ばかりでは波懸でもござらぬ。ここがそれがしの死地ゆえ、拙者はこのまま進みまする。貴殿は丑寅の方向へ遮二無二突き破られい!」

「しかし、それでは貴殿が……」

「議論も無用にて、おさらば!」

 そう言い残すと、霧の中に取って返してたちまち姿が見えなくなる。しばらくして何者かの大音声が響いた。

「やあ、我こそは膳頭の頭領、兵部卿の一の太刀に連なる嶄把なり! 神代より伝えられし神殺しの秘剣、とくと味わうがよい!」

 人ではないモノの悲鳴が上がる。魔物が数匹、まとめてゼンハの手にかかったらしい。だが奴らは人と違い、滅多にひるむことがない。多勢に無勢、これが今生の別れとなるだろう。

 膳頭とは宮廷に古代より仕える料理人の頭の家系。その実、身分の低い下働きにみせて陰で帝を守護してきた戦士の家系だ。一族きっての大剣の使い手を失い、兵部卿もさぞ落胆することだろう。

(奇怪な。まるで……)

 魔物共がまるで操られているようだ、男はそう心の中で呟いた。

 思えば無謀だったかもしれない。霧が出ていたので油断していたが、十数人での行動は目立つ。もう少し分散し、隠れて行動すべきであったか。

「宗城、紅丸、切り払うぞ」

「承知!」

 名を呼ばれた二人の若者は抜身の刀を手に、碌に構えもせず前方へと突っ込んでいった。どちらも傷つき血に濡れながら、まるで気にする様子もない。たちまち血しぶきが上がり、飢えた魔獣の咆哮が響く。

(あいつめ……)

 男は自らも刀を抜きながら苦々しく舌打ちをする。二人の若者、どちらも手練れには違いない。しかし宗城は豪壮ながら流れるように魔物を切り捨ててゆくのに対し、紅丸は、ズドン! という音が響いてきそうなほどに相手を端から真っ二つに両断してゆく。明らかにいわゆるオーバーキルだ。あれでは自らが手傷を負うのも無理はない。

「あれは、小次郎か!」

 宗城が叫んだ。馬に乗った男が驚いた様子で慌てて背を向けて走り出す。

「なるほど、しかしまさか九尾が」

 九尾とは、元々は九火と書く。帝の寝所とその周囲にある九つの灯火を守る守り人で、膳頭と共に古来より帝を陰ながら守護してきた。小次郎はその九尾の家に仕える従者だ。九尾の家が裏切っていたのであれば、こちらの動きははじめから筒抜けだったはずだ。

「勘九郎どの!」

 馬に乗った男が現れ、轡を寄せる。

「おお、甚右衛門どの。どうやら我ら、九尾に嵌められたようだぞ」

「然り。ならば北を目指すべし」甚右衛門は山の上を指さした。「東には殺気がござる。おそらくは狭隘に追い込み、待ち伏せにて退路を断ち滅するつもりであろう。ならば、せめて死中に活を」

 少数で山裾から多数の敵が待ち受ける山上へと攻め入るなど、自ら死地に飛び込むようなものだ。だが今は他に逃げ道はない。せめて霧を利用し木々を盾にして逃れる以外の方法は無さそうだった。

(そうか、それで魔物か……!)

 魔獣は臭いに敏い。霧の中でもこちらを見つけて迷いなく追ってくるだろう。一体どうやって手懐けたのかは知らないが、まさかそこまで考えた上でのことだったとは!

 一行が西の平都を発ったのは半月ほど前。それぞれが単独で発った後、付近で合流して早駆けをする手はずであった。敵はその時を待っていたに違いない。我々を一網打尽にする、千載一遇の好機を――。

「宗城、紅丸!」

「はっ!」

 目の前の敵を切り倒しながら二人が答える。勘九郎と呼ばれた男は、黙って北にある小山の上を指さした。

「行け。幸運を祈る!」

「しかし」紅丸が不満そうに口を開く。「それは俺たち鶤上の戦い方じゃあねえぞ、オヤジ殿」

「黙れっ!」勘九郎は一喝した。

「我らが役目を忘れたかっ! いけっ、疾く行けっ!」

 宗城は無言で身を翻し、紅丸は不満げな様子を浮かべながらも急斜面を駆け上がりはじめた。ここぞとばかりに襲いかかる魔物を切り倒すと、二人は横っ飛びに木の陰に隠れる。風を切る鋭い音とともに、矢が木へと突き立った。どうやら敵は魔物だけではないらしい。

「おせいよ、霧が晴れぬうちにお主も疾く逃げよ」

 傍らにいる女性に声をかけた。細い眼をした冷たい雰囲気の女丈夫で、防具を身に着け薙刀を振り下ろす様はなかなかに勇ましい。彼女は近寄ってきた魔物を切り捨てると、容姿に負けないくらいの冷たい声で答えた。

「誰の持っている密書が本物だかわからないのでしょう? ならば散るだけ無駄。仮に貴方の持ち物が本物だったらどうなさるのです」

「いや、しかしな……」

 揉めていると、ついに霧が晴れはじめた。辺りにひしめく無数の魔物と、そこかしこで分断され孤立しながらも奮戦し倒れてゆく仲間の姿が露わになる。その中で馬を操り、無数に転がる魔物と人の死体を踏みしめながら、血の滴る抜身の刀を下げてゆっくりと近づいてくる一人の男――。

「……雷蔵」

 呆然と呟く勘九郎を嘲笑うかのように、雷蔵と呼ばれた男は口を開く。

「全く、この期に及んで夫婦喧嘩とはな。呆れてものが言えぬわ」

「黙れ雷蔵! 何故、九尾は裏切った?」

 雷蔵は恍惚とした表情を浮かべながら、血塗られた刀身を掲げた。

「真なる神、のため」

「……なに?」

「言うてもわかるまい。ならば、狩り尽くすまでよ。ぬしも鶤上の一族ならば、せいぜいあがいて見せよ。アマツバラを喰らい尽くした神殺しの技を以て、な」

 凄まじい殺気に怯え、馬が暴れだす。雷蔵は九尾の頭領、鶤上を含めた帝を陰ながら守護する御三家の中でも最も猛々しい、殺人術を極めた恐ろしい男だ。

「おせいよ、頼む……」

 冷たい汗を流しながら弱々しく懇願する勘九郎に、女丈夫はきっぱりと言った。

「聞けませぬな」

 薙刀を構えなおす。その刀身には、魂までも凍りつくような邪悪な笑みを浮かべた雷蔵の姿が映っていた。

「泣き言ならば寝所で仰いませ。それに、いずれにせよ雷蔵殿からは逃れられますまい」

「ふ、は、はっはっはっ! どうやら奥方殿の方が肝が据わっておいでのようだ。さあ来い勘九郎。鶤上とは雲上、きさまの古き家名のごとく魂を天へと帰してくれるわ!」

 雷蔵は血で滴る大刀を勘九郎に向けた。

「う、うぬぬ……」

 勘九郎は恐怖に怯える馬を抑えながら、血に濡れ刃こぼれをした太刀を投げ捨てた。もう一刀を引き抜くと、妻の横顔をちらりと見やる。

「信じましょう、我が子らを」

 彼女は微笑んだ。

 神殺しは初太刀。『神器』を繰る間さえ与えずに切る。勘九郎は馬の脇腹を軽く蹴ると、雷蔵めがけて一直線に飛びかかった。

「うおおおおっ!」

 雷蔵の凄まじい殺気を帯びた巨大な影が、二人の上に覆い被さった。

 

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