ナズナのアトリエ ~悩める錬金術師とまほろばの神~ 作:匿名設定
「……あと、ちょっと」
虹色の色彩が変化し、オレンジ色の色彩を帯びてくる。ナズナの顔は真剣そのものだ。キャルロットと交代とはいえもう二日間、こうして錬金窯の中をかき回し続けている。次第に濃くなってゆくオレンジ色を見つめながら、キャルロットが大きな声で言った。
「はい、ここで土の還元液を投入!」
「はいっ!」
物質を固定化するために、マナとして混じり合う土属性を元の状態へと戻す。ナズナはあらかじめきっちりと分量を量っておいた還元液を、試験管をそっと傾けながら少しずつ投入した。
オレンジ色がさらに濃くなる。火属性がうまく濃縮されている証拠だ。真紅にならないのは風属性の影響を受けているからであり、術式が正常に働いていることを示している。
キャルロットは錬金窯の内部を睨むように見つめ続けながら、微妙な色の変化を見逃すまいとしていた。ここで僅かな変化を見落とせば、ここ数日に術式から組んできた努力が全て水の泡となってしまう。叔父の発明した方法ならば色弱の者でも錬金術が可能であり、それはそれで素晴らしいことではあるのだが、一ランク上の高精度の調合を行うとなるとやはり微妙な色変化を見抜く目が必要となってくる。
ナズナのかき混ぜる棒に、こつんと固形物に当たる手ごたえがあった。
「先生!」
「火を弱めて! 今すぐ!」
錬金窯を加熱していた竈に灰を入れる。すると薪が燻りはじめた。キャルロットはマナ防御の術式を組み込んだ温度計(でないと溶けて調合の材料と化してしまう)とにらめっこしながら、やがて満足そうに頷いた。
「よし、順調。棒を引き上げて、あとは自然に浮いてくるまでゆっくりと待つ。絶対に、焦ってかき混ぜたり触ったりしないこと」
「りょーかいです!」
ナズナとともに、錬金窯の中をじーっと見つめる。すると暫くして、何かがぷかりと錬金窯の中に浮かんできた。
「はいっ、すぐに網で掬う!」
「はいっ!」
錬金窯の中に網(当然、マナ防御の術式が組み込まれている)をそっと入れ、固形物を慎重に掬い上げる。すると何やらキラキラと輝く円形の筒のようなものが引き上げられてきた。
「お、おおぉ……」
「うん、成功」
冷静に言うキャルロットに、ナズナが小躍りしながら抱きついた。
「やったよキャロちゃん! わたしが作ったんだよこれ。キャロちゃんのおかげだよ!」
「あーはいはい。初めてにしてはよく出来てるよこれ」
大はしゃぎのナズナをなだめにかかる。
キャルロットは最近流行りのコアとなるセルのみを作るのではなく、あえてナズナに外形から設計して調合させた。外形は工業品と割り切って工場で作ったほうが効率は良いのかもしれないが、一から全て作り上げられなくては錬金術師を名乗る資格などない。
「わたし、今晩これを抱いて寝ます!」
嬉しそうなナズナを、キャルロットは慌てて止める。
「ダメだよ! それ爆弾だよ!」
爆弾、特にフラムは錬金術の基本だ。火属性は錬金術でもっとも重要であり、その制御を学ぶことは初学者にとっては欠かせない。更には他属性の濃淡によって変化がつけやすく、火属性を強くして逆に威力を下げれば薪に火をつけるのに使えるし、威力を上げて地属性や風属性の割合を制御すれば、硬い岩盤を崩したり古い建物を壊して更地にすることにも使える。キャルロットも初めは失敗して自分の手を危うく吹き飛ばしかけたりしたものだが、今では火属性と相性の悪い氷属性を術式に組み込み、導火線を使わずに遅延式の爆弾を作ることすらお手のものだ。
「ナズナさん、大丈夫ですか?」
部屋に籠りっきりのナズナを心配していたのだろう。声を聞きつけてこよりが顔を出す。
「こよりちゃん、ほら見て! 爆弾だよ! わたしが作ったんだよ!」
「ナズナさん、物騒なものを笑顔で手渡そうとするのはやめてください」
冷静にツッコミながらも、こよりもどこか嬉しそうだ。ナズナが誰のためにわざわざこんな事をやっているのか、彼女にもわかっているのだろう。
それにしても、なかなかに恐ろしいまでの才能である。身ひとつでマナを制御できるのだから当然ではあるが、環境マナの扱い方を完全に熟知している。まだ錬金術を学び始めて数日に過ぎないのだが、錬金術学校のどんな学生よりもよっぽど才能があるだろう。このままいけば、教授レベルですら軽く追い越すのは時間の問題だ。
(あたしも、うかうかしてられないな……)
グズグズしていては簡単にナズナに抜かれてしまうだろう。ナズナの師匠としてはさすがにそれは恥ずかしい。
それにナズナと一緒に『神器』の術式をもとに、『神器』と同等の力を持つ錬金術の道具を発明するという約束もある。この途方もない夢を実現できない限り、“神さまのいらない世界”を作ることなど不可能だ。
「……何、コレ?」
数日前、キャルロットはナズナに奇妙なものを見せられていた。
楕円形で表面がつるつるとした、小さな鈴のような代物だ。いくつか穴の開いているのはマナを通すためのようにも思えるが、少し碧みがかった表面の質感は宝玉のようにも見えるし、得体の知れない何かのタマゴのようにも思える。キャルロットは手に取ってよく見てみたが、少しピリピリとする感覚があるだけで、力を失ってしまっているように見えた。
「わたしが赤ん坊の時に握りしめていたもの、……らしいです」
「ナズナが?」
そういえば、ナズナはマレビトだった。血塗れの傷ついた若い男女に抱かれ、この里へ運び込まれたらしい。そして翌朝その男女は姿を消し、ナズナの手には何か不思議な道具が握りしめられていたという。
「その人たちって、ナズナのご両親だったのかな?」
「わかりません。その方たちが誰なのか、どんな事情があったのか、も。ただ一つ言えることは」ナズナはキャルロットが返したそれを手のひらの上で転がした。
「これは、神器です。おそらく」
「おそらく?」
「キャロちゃんも気づいたと思うけど、壊れてるんだよね」
ナズナの方でも、これが何なのか色々と試してはみたらしい。例の“あとりえ”に持ち込んでマナを込めたり再加工してみようとはしたようだが、いずれの方法でもこの不思議な道具が反応を示すことはなかったそうだ。
「でももしかしたら、錬金術の技術を使えば何かわかるかと思って」
「なるほど」
ナズナがそう声をかけてきた理由はわかる。単に錬金術の力を借りたい、というだけではないのだろう。人間が下手にいじると死にかねない完成された『神器』を使うよりも、力を失った『神器』の方が安全に心置きなく調べられるという配慮なのだろう。
「じゃあ、遠慮なく調べさせてもらうよ」
「うん、壊しちゃってもいいから」
「いやいや、さすがにそれは無理だよ。ナズナの大事なものなんでしょ」
そもそも神器なら、人の手で壊せるかどうかも怪しい。
というわけでキャルロットも色々といじってはみたが、未だにこれが何なのかよくわかってはいなかった。
ただなんとなく、単純に壊れている、というわけではなさそうな気がする。
「触ると手がピリピリするのが気になるんだよね」
「その通りです」ナズナが答える。「微弱なマナが流れ込んで来ています。本来の方向とは異なる方へ」
「逆になっちゃってるってこと?」
神器の力が外側ではなく、使い手の方へ返るようになってしまっているらしい。だとしたら完全に壊れていると言ってもいい。これがもし爆弾なのだとしたら、使い手が吹き飛ぶ爆弾なんて誰も使いたくないだろう。
「じゃあ、まずそこを直すところからだね」
そう言ってはみたものの、今のところ修復の手がかりを見つけることは出来てはいなかった。ただ、少し気づいたことがある。
(あ、これって……、開放式の仕組みそのものじゃん!)
錬金窯のように周囲から莫大な環境マナを集め、更にはそれを特定の意図を持った力として出力する。微弱なマナが流れ込んでくるこの壊れた神器は、安全にその仕組みを解明するのにうってつけだ。
というわけで、キャルロットは修復の手がかりを探りつつ、同時に錬金術に応用し得る最重要の知識を得るため、自前の錬金窯を使ってマナ透視装置を作った。これはマナの動きを可視化する装置で、物体を傷つけることなくその内部を透視することができる。これで件の神器の内部をどういう風にマナが流れているのかを見ることができれば、壊れている原因を探ると同時に神器を錬金術に応用する何らかのヒントが掴めるのではないか。
キャルロットがそう考え、ナズナに相談して一緒に調査を進めようとしたとき、里にちょっとした騒動が持ち上がった。
「怪我人?」
「ええ、ひどい手傷を負っているとか。今は里長の元に運んで手当をしてはおりますが、容態は思わしくありません」
「わかりました。……こよりちゃん」
「かしこまりました。すぐに準備をしてから向かいます」
まほろばの里に医者はいない。ナズナの来る前には、根拠が無く効果の薄い民間療法に頼るか、流れの医者が訪れるのを待つしかなかった。代官へ陳情すれば稀に医者が来ないでもなかったが、山をいくつも越えてゆかねばならず、呼ぶ方も呼ばれる方も大変な負担なので滅多に頼むことはない。
そもそも医者はあまりこの辺りには寄りつかない。生贄の風習は別に宣伝しているわけではないが、それっぽい噂は聞こえてはいるのだろう。この辺りには人喰い山姥の伝承があり、生贄の風習が何らかの形で変化して世間に伝わっているものと思われる。それは悪党を遠ざけるのに有効であると同時に、里にとって有用な人々をも遠ざけてきた。
実は数十年前、山を越えていくつかの村を巡回していた医者がいた。だがある時を境にぱったりと来なくなってしまったそうだ。それは別にまほろばの里で彼を生贄にしてしまった訳ではない。山には恐ろしい魔物や獣がいるし、野盗に襲われることも、足を踏み外して谷に転落することも、行き倒れになることもある。この近隣の村には固定化された生贄の風習は無いとはいえ、ヨソ者を捕らえて生命を保証する見返りに村人の代わりに苦役に差し出すことは昔から行われているし、飢饉の折には僧侶に仕立てて即身仏にし殺してしまうこともある。
数年前には近隣のとある村で、法外な報酬に怒った村人が医者を打ち殺す事件があった。首謀者として五人ばかりが役人に捕らえられ処刑されたが、磔になった彼らが本当に村人であったかという証拠はない。結局、閉鎖的なアズマの村々を巡回して治療するというのは、良心や情熱だけでどうにかなるものではないのだ。
「キャロちゃんにやったみたいに体にマナを通してあげれば、大抵のケガや病気は治すことができるんだけど。人に宿るマナが完全に壊れちゃったり弱りすぎていたら、わたしでもどうしようもないかも」
「あたしも行くよ。ナズナほど役に立てるかわからないけど」
錬金術にも薬を作るレシピはいくつもある。全く役に立てないというわけではないだろう。なによりも人の命がかかっている。
「ありがとうキャロちゃん。こよりちゃんは薬草とかの準備をしてから行くから、先にわたし達で容態を見ておこっか」