ナズナのアトリエ ~悩める錬金術師とまほろばの神~ 作:匿名設定
「もう目星はついているの?」
「澱みを水で洗い、風で流し、土に吸わせ、火で命を呼び戻す。となると、素材は限られてきちゃうんだよね」
「にゃるほど」
錬金術に必要な四大属性を全て帯びている、という素材はなかなかない。たいていは属性同士がぶつかりあって四散してしまうし、錬金窯で単体の属性を持った素材を混ぜ合わせても同じこと。ならば自然界でそうした特性を持った素材を使うのが確実だし手っ取り早い。
おそらくナズナが自分に求めているのは、錬金窯に放り込んでもその特性が失われない素材を見極めろ、ということなのだろう。キャルロットは気分が高揚してきた。神器の発想を元に、錬金術の道具を作り上げる。これは第一歩なんだ、この世界を変えるための。
「四獣草を使おうと思ってます」
「四重奏?」
「あはは、発音は一緒だよね。四つの方位を守護する動物から名付けられているんだよ」
群生地は限られており、小さな山を一つ越えた先の谷にあるらしい。さすがに今の時間からだと日が暮れるし、帰るのは明け方になるかもしれない。だが少年の容体を考えると、悠長なことをしてもいられないだろう。
二人は山道をすいすいと登ってゆく。この国に来たばかりの頃はキャルロットも息を切らせていたものだが、今ではすっかり慣れて山道もお手のものだ。盆地の暑さには閉口するが、さすがに森の中に入ると木々の放つ清涼な空気でひんやりとする。この分だとどうやら日が沈む前には件の場所に着けそうだ。さすがに暗闇の中で素材探しをするのは困難を極めるだろう。
「ナズナ、さっきのことなんだけど」
キャルロットはちょっと気になっていることを聞いた。
「ナズナの人形をこよりが触っているとき、様子がちょっとヘンじゃなかった?」
「あ、気づいた?」
ナズナは照れ臭そうに頬を掻いた。
「こよりちゃんがいっぱい撫でまわすから、くすぐったくなっちゃってさ。人形見っていうのは生贄の身代わり人形だから、ある程度は感覚が繋がっちゃうんだよね」
「ダメじゃん! それってナズナが逆に人形の身代わりになっちゃってるよ!」
などというたわいもない話をしながら歩いていると、目的地に近づくにつれ奇妙な違和感が心の底から湧き上がってくるのを二人とも感じていた。
「神器が使われてるね。それに……」
「錬金術!」
キャルロットは即答した。マナの流れを無理やり捻じ曲げた痕跡がある。
「こないだのドラゴンを作った連中と一緒かな?」
「可能性はあります。それに、奇妙な感覚が……」
ナズナは目を瞑ると、手をそっと地面に押し当てた。
「数日前に山ふたつほど遠くで使われたみたい。その時の地脈の乱れがここまで伝わってきています。ヤマビトさんによればその辺りで複数人が争っていたという話もあるし、多くの魔物や人の亡骸を見たという人もいます。魔物が荒ぶっているのもそれが原因かも」
「荒ぶっている? そんなことわかるの」
「なんとなく、雰囲気で」
それを聞いてキャルロットはふと気がついた。
「じゃああの男の子は、そこから逃げてきたのかな」
「うーん……。ただ、かなり離れてるんだよね。あの体じゃここまでたどり着くのは無理かも」
「そこはきっと、あの熊みたいな狼が関係しているんだよ!」
ヨーロッパ大陸の狼なら、狩りの時に数日にわたって長距離を移動し獲物を追う時がある。山を二つ越えるぐらいわけもないだろう。
「きっと巣に持ち帰って食べようとここまで運んできて、人に見られたんで慌てて置いて逃げた……、ってのはさすがにムリがあるか」
狼ならばその場でとどめを刺すだろうし、そもそもそんな巨大な狼であれば慌てて逃げ出すのは人間の方だろう。
「オオカミさんも気にはなるけど、わたしが気になっているのは神器なんだよね。神代の時代の神器なんてみんな力を失っているし、そんなにコロコロ転がっているものじゃないはずなんだけど」
「力を失ったのは手に入りにくいの?」
「畑を耕していると稀に出てくるよ。でもアマツハラ神族が作ったと云われるまほろばの里だって、わたしの知る限りでも一個か二個だよ。同じような謂れの里はアズマの国のあちこちにあるけど、ほとんど残ってはいないと思うよ」
力を持った神器は今のところナズナのところにしかない。となると、力を失った神器を何らかの方法で蘇らせたか、あるいは全く別の利用方法を生み出したのか。
「少なくとも」ナズナが真剣な面持ちで答える。その手にはいつの間にか白扇が握られていた。「魔物を生み出したり操ったりする神器というのは、聞いたことがありません。アズマの国土やそこに住まう生命を創りだした、国産土命や国産土女姫命でない限りは」
そう言うと森の一点を睨みつける。未だ姿は見えないながらも、魔物の群れが遠巻きに二人を取り囲もうとしている気配が感じられた。
「どうする、先に突破する?」
キャルロットも錬金杖を構えながら言った。
「いい考えですね」
ナズナが微笑むが、目は森の一点を睨んだままだ。陽が沈むにはまだ間があるとはいえ、大分陽も傾き逢魔が時が近づいてきている。周囲を取り囲んでいる魔物がどれだけいるのかはわからないが、このままでは不利な戦いを強いられるだろう。
「行こう、キャロちゃん!」
「うん!」
二人は駆け出した。気配を察したのか、周囲の魔物が一気に距離を詰めてくる。キャルロットが一瞬後ろを振り返ると、木々の間を巨大なイタチのような魔物が何匹も追ってくるのが見えた。
「そりゃ!」
キャルロットは振り向きざまに何かを投げた。たちまち巨大な吹雪の壁が生じ、避けられずに突っ込んできた魔物が何匹か地面をのたうち回って苦しんでいる。夏の最中にいきなり氷点下の空気を思いっきり吸い込み、肺が傷ついてしまったのだろう。一方でナズナは後ろを振り返ることもなく、一直線に正面の魔物へと向かってゆく。
(な、何アレ……?)
人とも狼とも猿ともつかぬ、キャルロットがこの国に来てからは一度も見たことがない魔物だ。おそらくは先日のドラゴンのように、神器と錬金術を利用して造り上げた魔物なのだろうか。
「フラム!」
懐から取り出したそれを投げつけると、ナズナの姿が忽然と消えた。轟音とともに爆炎が渦巻き、魔物が悲鳴を上げる。と、空高く跳躍していたナズナが、間髪入れず頭上から魔物めがけて白扇を打ち込んだ。白扇から炎が上がり、とどめを刺された魔物は地面に倒れる。おそらく爆発によって飛び散ったフラムの火属性のマナを神器に乗せて再利用したのだろう。倒れた魔物の体はたちまち炭の粉のようになり風で飛び散ってしまった。
(やっぱり……、神器だ!)
一度マナで変質してしまった肉体を元に戻す方法はない。速やかに倒してあげるのが慈悲というものだ。
「あと二匹います!」
ナズナが叫んだ。
森の奥から同じような姿をした魔物が現れた。二体とも肉体の崩壊が始まっているのか、体の一部が黒ずんで変色している。それは悲鳴のような甲高い声を上げると、周囲のイタチのような魔物が一斉に呼応した、どうやらこいつらが魔物を操っているとみて間違いなさそうだ。
二人は無言で頷き合うと、魔物の群れの中に飛び込んだ。
キャルロットが正面にいるイタチの魔物を錬金杖で薙ぎ払い回し蹴りで吹き飛ばす間に、ナズナが走りこんで一気に距離を縮めた。一体に狙いを定めると懐に飛び込んで白扇で打ち据える。それはたちまち黒い炭のような粉になって崩れ落ちた。
(あと、一匹!)
不意に、ナズナが後方に跳んだ。
残りの一匹が、ゆっくりと地面に倒れて砕け黒い粉となる。
「……な、何?」
驚くキャルロットに後ろから襲いかかろうとしたイタチの魔物が、悲鳴を上げながら倒れた。その背中には矢のようなものが突き刺さっている。
魔物たちの気配が去ってゆく。どうやら魔法が解けたらしい。元々カマイタチという魔物はあまり群れるようなことはせず、不用意に縄張りに踏み込まなければ滅多に人を襲うこともない。きっと自分の巣穴へと帰っていったのだろう。
ナズナは白扇を構えたまま、無言で木の上の一点を見つめている。
すると、不意に影が動いた。
木の上にいたそれはまるでムササビのように飛び降りると、音もなくふわりと地面に着地した。ゆっくりと身を起こすと、それを見ていたナズナも警戒を解いたように白扇をしまう。
「俺が手出しをするまでもなかったか」
「いえ、助かりました」ナズナは微笑んだ。「この辺りのお方ではないようですね」
「わかるのか?」
「ええ、役目柄」
「ほう」
男は呟くように言った。
歳の頃は二十代か、三十代前半のように思える。猟師のように毛皮で出来た服に全身を包み、手には弓を抱えている。目つきの鋭い精悍な面構えだが、こうして向かい合っていても不思議と攻撃的な感じはせず、そもそも印象にも残らない。本当に会って話をしているんだろうかと思わせるような、不思議な雰囲気をまとった青年であった。
「わたしはナズナ。こちらはキャルロットちゃんです。お助け頂きありがとうございます」
「そうか……」男は苦笑した。何やら言いたいことはありそうだが、あまり余計な会話を好むタイプではなさそうだった。
「焔だ。たまたま見かけたので加勢した」
男はそう名乗ったが、おそらく本名ではないのであろう。山に棲むヤマビト、特に猟師を主な生業とする者たちは、本名を名乗ることを忌み仮の名を名乗ることが一般的だ。それは殺生という罪を仮の名に背負わせると同時に、山に棲むさまざまな怪異を避ける意味合いもあるらしい。
「女二人での山歩きは危ない。一応、言っておく」
微妙な言い回しなのは、二人が魔物相手に派手に暴れたところを見ていたのだろう。
「お気遣いありがとうございます」ナズナがにっこりと微笑む。「でも私たちはこれから、月凪の谷まで行かなくてはなりません」
「夜になるぞ」
「承知の上です」
「ふむ……」
焔は少し考え込むような仕草をすると、独り言のように言った。
「今夜はその谷で野営をするのが良さそうだな。一晩なら護衛してやってもいい。無論、お前たちが望むのであれば、だが」
「まあ、ありがとうございます!」ナズナが満面の笑顔で応える。キャルロットは一瞬、「え?」と言いたげな顔をしたが、ここはナズナに任せることにした。こよりが居たなら「ナズナさん他人を信用しすぎです!」くらいのことは言っているような気はするが。
もう日没も近い。一行はひとまず谷を目指すことにした。
焔は口数が少なかった。聞けば必要な事だけはボソッと話すが、余計なことは言わない。どうも普段は一人で行動しているようだし、特に他人と話すことなどなかったのだろう。ただその点は、キャルロットには少し奇妙に感じられた。他人と会う機会が少なければ、それだけ人恋しくなるものじゃあなかろうか。
それに、猟師というのはあまり単独では行動しない。それは獲物を追い詰めるのに不利であると同時に、野獣や魔物を警戒したり逃げたりする点でも著しく不利になる。滑落したり茂みに足を取られて怪我をしても、助けを得ることはほぼ絶望的だ。キャルロットの故郷でも、一人で狩りをする猟師は滅多にいない。人は大自然に対して思った以上に脆弱なのだ。
だとしたら、どこかに仲間がいるのか。それとも本当に一人で行動しているのなら、何か理由があるのか……。
「この近くで争いがあったと聞きました。魔物もそこから流れてきたのでしょうか」
「向こうの山を越えた先だ。魔物に関しては、わからん。この辺りでは見たことがないのは確かだ」
「そうですか」
ナズナはちょっと考え込むような仕草を見せた。
「困っちゃったな。野盗の人たちのこともあるし、おっきな狼まで……。なんか色々と考えなくちゃいけないことがいっぱい出てきちゃったよ」
ナズナが、狼、と言ったところで焔の眉がぴくりと動いた気がしたが、口から出てきたのは別の事だった。
「お前は村長か何かなのか」
男尊女卑の世界でも、緊急の時や事情がある場合は女が指導的地位に就くことはある。しかしナズナのような少女がその地位に就くのは、戦乱でも起きない限りは難しいだろう。
「義理の娘です、里長の」
「ほう」
焔は少し首を傾げたが、それ以上の詮索をするつもりはなさそうだった。