ナズナのアトリエ ~悩める錬金術師とまほろばの神~ 作:匿名設定
「頼もうっ! たーのーもーうーっ!」
白咲村で何やら騒動が起きたのは、辰の刻を半刻ほど過ぎた頃だった。
津久那彦神社の巫女が小走りに村長の家に駆けこんできた。よほどの大事かと思ったらそうでもないらしい。困ったような笑ったような妙ちくりんな表情を浮かべ、くっくっと妙な忍び声を漏らしている。
「あの、お客人が……」
神社への客人ならば宮司が対応するはずなのに、どうにもおかしい。
「どれ、じゃあひとまず儂が会ってみよう」
神社へ向かい、童子の立っている脇を通って拝殿に入った。ところが控えの間にも客人はおらず、宮司も妙な顔をして言うことが要領を得ない。
「もう三日三晩と表に居続けておりましてな。一体、どうしたものかと」
「外に三日三晩? そりゃいかん! 失礼にもほどがあるわい」
そう言って慌てて外に飛び出すが、どこにも客人とやらの姿はない。やむを得ず近くに所在なさげに突っ立っていた、十二、三歳くらいのおかっぱ頭の童子に尋ねた。
「ここいらにお客人の姿を見かけなかったかね?」
「……ボクだ」
「は?」
「ボークーだっ!」
童子は顔を真っ赤にして怒りだした。
「早くこの村の神さまを連れてこいって言ったじゃないか! ボクは気が短いんだから、これ以上待たせるとタダじゃ済まないぞっ!」
三日三晩待っていられるなら十分に気は長いだろう、と思ったが言うのはやめた。なんとなく収拾がつかなくなりそうな嫌な予感がする。童子は腰に手を当て、胸を張って村長を睨みつけているが、少しも怖くないどころか随分と可愛らしい姿だ。
「随分と元気のよい男の子じゃな。親御さんはどうしたえ?」
「女だっ! お前の目は一体、何で出来ておるんだっ!」
村長はびっくりしたが、よく見ると確かに胸のあたりが年相応に少し膨らみかけている。しかし元気があって可愛らしいが、男の子と間違えられたとて無理はない。侍の道着のような袖の短い上着に、祭りの時に履くような動きやすく裾の短い股引を履いた姿は、どう見てもやんちゃな男の子だ。
「ここの神さまと勝負しに来た。お前が神さまか?」
「いや、儂は村長だ。名を弥兵衛という。お主は?」
「ポロコックル、お前たちの言うアラヒトガミだ。さあ、ここの神さまに会わせろっ!」
「……コロボックル?」
「ポ、ロ、コッ、ク、ル、だーっ!」童子は烈火のごとく怒りだした。「二度とそんなことを言うなっ! 祟ってやるからなっ!」
騒ぎを聞きつけてきたらしい。いつの間にか村人たちが集まってきて、周りを取り囲みながら村長と童子の奇妙なやり取りを見つめている。
「なぜに、神と勝負しようとするのかね」
「ボクの方が強いからだ」童子は胸を張っていった。「だからボクがその神に代わって、この村のみんなを守ってやる」
随分と勇ましい自称神さまもいたものだが、はいではお願いしますとこの童子を神に祀り上げる訳にもいくまい。可哀そうに、この歳で頭をやられてしまったのかと、村長は童子にかける言葉を失ってしまったが、そんな時に村人の一人が呟くように言った。
「津久那彦命でなければ、他に神さまといったらおばいさん様かのう」
「ああ、昨年は神輿が壊れて出来んかったからね。おばいさん様の祭りでもやるかね」
「なんだ、オバイサン様って?」
童子が尋ねた。随分と耳が良い。
「おばいさん様はね、昔からこの村で崇められている神さまなんよ」
「よし決めた。ソイツと勝負する」
村長はあんぐりと口を開けていたが、やがて気を取り直して言った。
「祭りの準備をせねばならんので、明日でも良いかの」
「良い。ここで待つ」
神社の宮司が村長の耳に口を寄せる。
「すまぬが、長の家にアレを泊めてやる訳にはいかぬか? 貧乏神みたいに表に突っ立っていられると薄気味悪い」
「神社に泊めてやる訳にはいかんのか」
「神を騙るものを神社に泊めるわけにはいかんじゃろう。それこそ祟られるわ」
「なんとも情けない……」
そう言われては仕方がない。村長は童子を連れ帰ることにした。
「部屋はあいにくと塞がっておるので、台所の板の間でもよいかね。飯は粗末なものしかないが、ここは旅籠ではないのでな」
「構わん。飯もちょっぴりでいいぞ」
やがて夕餉の時間となり、膳が運ばれてきた。雑穀の飯に、汁と山菜の煮物。望まれぬとはいえ一応客人だからか、干した川魚を味噌で塩辛く煮付けたものが出た。
「はっ!」
童子が気合と共にパンパンと手をたたくと、たちまち山盛りの飯へと変じた。家人が呆然と見守る中、童子が平然として言う。
「ああ、分けてやりたいのは山々だけど、それは出来ないんだ。神饌だからな、神以外が口にしても霞と消えるだけだぞ」
と、一人でたらふく飲み食いをした後、布団を敷いてぐっすりと眠ってしまった。村長はどうにもおかしい、もしかしてあれは本物の神なのじゃなかろうかと戸惑っているうちに、翌日の朝になった。
「よーい、ばいさん。ばいさーん」
「ばいさん、ばいさーん」
よく晴れた空の下、畦道を地蔵のような奇妙な像を乗せた神輿を担いで練り歩く。無数の赤蜻蛉が舞う中、大人たちが奇妙な掛け声をかける後ろを、子供たちが歓声を上げながら思い思いについて来る。
「その昔、ある村に子供のいない老夫婦がおってな。ある時、彼らは山でそれはそれは可愛らしい道祖神のお地蔵さんを見つけてな、お供え物をしたり体を拭いたり、雨の日には傘をかぶせたりして、我が子のように可愛がっておったんじゃ。
そんなある年、村を大変な飢饉が襲ってな。村人たちは飢えて食べ物も無くなり、ついには一握りの種籾だけになってしまった。そんな時、山からお地蔵さんによく似た可愛らしい童子がやってきてな、種籾を握って『ばいさん、ばいさん』と掛け声をかけると、その度に種籾が倍に倍にと増えていってな、ついには村は飢えから救われたということじゃ。
それ以来、この村では童子に化けて村を救ってくれた道祖神さまを“おばいさん様”と呼んで敬い、祭りを行って感謝を示すようになったというわけじゃ」
「はあ、ばいさーん……」
村の老婆に祭りの云われを聞かされたところで、童子はいまいち納得できない様子だ。神輿を担いで妙な掛け声を上げたり、調子に乗った村の若者によって神輿の上に担ぎ上げられたりしながらも、一体自分が何をさせられているのか理解しがたい様子で何度も首をひねっている。
「結局ボクは勝ったのか、負けたのか?」
祭りが終わった後、童子は村長に尋ねた。
「はあ……」
なんとも答えようがない。返答に詰まっていると、村人の一人が口を開いた。
「勝っただの負けただのっちゅうのはよくわからんけど、尊敬されてるかどうかっちゅうのはわかるわいな」
「なるほど、尊敬された方が勝ちってわけだな。どうすればいい?」
目の前で不思議な技を見せられた村長は祟りが恐ろしくて仕方がないが、そんなところを見ていない村人たちは遠慮がない。
「じゃあ、薪を切ってもらおうかの」
「よしきた、ボクに任せとけ」
童子は表に出ると、しばらくカコンカコンと……、いや、カコココココココ! と恐ろし気な連続音を響かせていたかと思うと、しばらくして部屋の中へと戻ってきた。
「どうだ、終わったぞ。見てみてくれ」
村の一角に薪が山のように積まれていた。
「村の水車も壊れとるで、ちょっと直してはもらえんかのう」
「よしきた!」
しばらくバコンガコン! と破壊音が鳴り響いていたが、しばらくすると水車は新品のようにすっかり元通りになっていた。
「さあ、お次はなんだ? ボクの力を見せてやる!」
「な、なあ、もうやめにせんか?」
祟りを恐れる村長に構わず、乳飲み子を抱えた里の女が声を上げる。
「飯を炊く間、この子の面倒を見てもらえんかねえ」
「お安い御用だ!」
童子は乳飲み子を抱えて表に出た。しばらくの間、「助けてくれ、助けてくれ……」と呟くような声が聞こえていたが、小一時間もするとすっかり静かになった。
「ぜぇ、ぜぇ……。こ、こいつが一番の強敵だったぜ。でもどうだ、すっかりいい子になって、おとなしく眠っているだろう?」
女はすやすやと眠る赤子を受け取ると、感謝の言葉を述べた。
「いやいや、本当にいい童が来てくれたよ。おかげで助かった」
そう村人たちは次々と口にしたが、どうも尊敬というよりは便利な人夫が来てくれたぐらいにしか思ってはいないらしい。結局、童子は日が暮れるまで村人たちにこき使われた。しかし堪える様子もなくケロッとしている。どうやら相当に頑丈にできているようだ。
「で、どうだい? さすがにボクが勝っただろう。これでボクをこの村の神として祀る気になったかい」
「そう言われてもなあ……」村長は困惑した様子で言った。
「いや儂らは皆、感謝はしておるよ。しかしアラヒトガミなんぞ祀ったことは無いでなあ。一体どうしたもんだか」
「そういえばよ」村人の一人が口を挟む。「まほろばの里におらんじゃったか。神成人とかいうアラヒトガミが」
「おお、おったな。なんでも天女のようにめんこい女子で、霊験あらたかだという話じゃ。ほれ、こないだの日照り続きの時、この辺一帯に雨を降らせて凶作を防いでくれたのもその神成人さまのお力じゃというぞ」
「なるほど、どう祀っているのか尋ねてみ……」
「ボクの他にアラヒトガミがいるのか?」
童子の目がキラリと輝いた。
「よしわかった、そいつと勝負だ!」
「は?」
闇の中を表に飛び出そうとする童子を、皆が慌てて引き留める。
「夜の山は危険じゃ、おやめなされ」
「怖くなんかないぞ。ボクには阿呂把流格闘術がある。戦神であるイヅチノカミが生み出した、神代から伝わる由緒ある格闘術なんだからな」
「アロハだかオロハだか知らぬが、今日はもう遅い。また明日にしなされ」
「大丈夫だって。それより困ったことがあったらすぐ駆けつけるから、その時はボクに祈りを捧げてくれ。何たってボクは、この村の守り神だからなっ」
そう言うと童子は村長の制止を振り切り、闇の中へと消えた。後に残された村人たちは茫然として顔を見合わせた。
「勝負、言うとったな」
「いうとった」
「ワシら、余計なことを喋ってしまったんかのう」
「……かのう」