ナズナのアトリエ ~悩める錬金術師とまほろばの神~ 作:匿名設定
「また来たよ」
女の子の声に、木の陰から小さな子供が飛び出してくる。
「やった! お姉ちゃん、遊ぼう」
「うん、遊ぼう。かくれんぼがいい?」
「かくれんぼは嫌い。お姉ちゃんがいなくなっちゃう気がするから」
「じゃあ、木登りをして遊ぼっか」
「うん、それがいい」
鬱蒼とした森の中で、二人は猿のようにスルスルと木を登り始めた。
「お姉ちゃん、競争だよ」
「ズルイよ、私の方が体が弱いって知ってるくせに」
少女はそう言うと、笑顔を見せた。
二人は木のてっぺんまで登ると、枝の上に並んで腰かけた。ここからだと森の向こうまでよく見渡せる。遠くの山まで森が続き、その間を流れる川と、近くの平地には集落らしき家が転々とあるのが見える。
「やった! ボクの勝ちだ」
「うん、キミの勝ちだよ。わたしの可愛い『ポロコックル(小さなチゴユリ)』ちゃん」
二人はしばらく枝の上で、小鳥のように身を寄せ合っていた。
「また遊んでくれる?」
「うん、ずっとね」
「わぁい!」
喜ぶ子供に、少女は少し悲しそうな顔をして言った。
「わたしはもう、村人じゃあないんだって。だから、ずっと一緒にいてあげる」
「むらびと、ってなあに?」
子供の問いに少女は少し首をかしげていたが、やがて照れたように笑顔で答えた。
「わかんなーい」
そう言うと少女は、ふたたびスルスルと木をつたって地上へと降りていった。その後を幼い子供が追って降りてゆく。
「……お姉ちゃん?」
地面に降りるともう、少女の姿は見えなかった。
「……お姉ちゃん、お姉ちゃん……」
子供は泣きながら少女を探した。隣の木の上、藪の中……。でも、どこにも姿が見えなかった。子供は少女を呼びながら、いつの間にか夢中で走り出していた。
「……お姉ちゃん、いやだよ! ずっと……、ずっと、一緒だって言ってたのに!」
気がつくと、集落の端に立っていた。
目の前には、あまりにも古めかしい小屋があった。集落の他の家は木で出来ているのに、その家だけはまるで石器時代のように土と泥を練って造られており、屋根も藁の混じった泥で出来ていた。家の前には何人もの人々が、手に松明をもっていかめしい顔をして集まっていた。
「もっと早く殺しておくべきじゃった。この餓鬼は」
「アルテイも、イズナも、ヌチも死んだ。この村の半数が死んだ。こいつがどこかから流行り病を持ち込んだからだ。せっかく我らが拾ってやったというに。こいつは、悪魔の子だ」
「焼け、何もかも焼け。死者も、臥せっている者も、何もかも家ごと焼き払うのだ。どうせもう、この村にはいられぬ」
「こいつが」
若者の一人が何かを取り出した。それは木を削って作られた小さな人形だった。どことなく幼い子供に似た姿をしたそれを、彼は憎々しげに地面に叩きつけ、踏みにじった。
「何が……、神だ! 病ひとつ防げぬ祟り神め!」
「こいつは神なんかじゃない。ただの精霊だ……、コロボックルだよ!」
人々はひとしきり罵ったあと、家々を回って火をつけ始めた。村のあちこちで生きながら焼き殺される病人のうめき声が響く。
「やめてよ! ボクが守る……ボクがみんなを守るから!」
そういって縋りつく子供の体は、触れることもできずに人々の体をするりと通り抜けた。
「疫病神め、しね!」
そう言って人々は泥の家に柴を投げ込み、周囲にも薪を積んで火をつけた。泥の家は熱に強く、なかなか燃えない。やがて真っ赤に焼け爛れた土壁が崩れ、中から高熱の空気とともに炎が噴き出す。その中に一瞬、咳き込みながら倒れる少女の姿が見えた。
「お姉ちゃん!」
幼い子供は家に飛び込もうとした。しかし見えない何かに阻まれ、中に入ることができない。
目の前で炭のようになり息絶えた少女の亡骸に向かって、その子は泣きながら必死で叫んだ。
「ごめんなさい……、ごめんなさい! ボクが弱かったから、ボクが強くなかったから! ボクさえ強ければ、みんなを……、みんなを……」
……ボクがみんなを、守ってあげられたのに……。
「なるほどな。神殺しに遭ったわけか」
コロボックルの話をひとしきり聞いた後、焔がぽつりと言った。
「なあに、“かみごろし”って?」
「焼酎の名前じゃねえぞ」権之助がキャルロットに答える。「要するに、ご利益がねえといって怒って神さまを捨てる行為さ。飢饉や疫病があったときに、神輿を破壊したりご神体を投げたり、仏像を川に投げ捨てたり、な。そういやヨソの村ではマレビトを坊主にして生き埋めにしちまう即身仏なんてモンがあるが、あれも神殺しといっちゃあそうかもしれんな」
「なんで他所の人を坊主にするの?」
「ホンマモンの坊主は戸籍を管理する、半分役人みたいなものだからな。ヤっちまったら幕府に逆らったと見做されるのさ。だから例えば、『坊主の慈英さん、あなたは今日から法然さんと名乗りなさい。本物の慈英さんはこの苦難から衆生を救うために、仏に身を捧げたことにいたしますから』ってな、ヨソ者に慈英の名をおっかぶせて埋めちまうのよ」
「エグっ! それってあまりに酷くない?」
「綺麗ごとじゃねえってこった。そもそもナズナだって生贄候補だったわけだしな。“神さまなんて要らねえ”っていうには、人にとってこの世界はあまりに過酷なんだよ」
権之助に向かって、紅丸が軽口を叩く。
「随分と詳しいな。あんたも捨てられたクチか?」
「小僧、無遠慮に人の古傷をほじくるんじゃねえよ。まあ俺はそもそも、人に拝まれるような神じゃねえからな」
「まあまあ、それは置いといて」
ナズナが蒸かした蜜芋を爪楊枝でひと口大に切りながら言う。さすがに一個の芋を五人で分けると、各人にほんの少ししか行き渡らない。
「おいしーい♪」
「うっま! これってケーキとかにも使えるんじゃない?」
「美味ぇなこれ。すげえ甘いぞ」
「甘すぎる。芋の風味がしない」
「美味しいですね。私は好きです」
「悪くない。ボクはこんなの初めてだ」
ポロコックルも蒸かした芋を丸ごとかじりながら言う。権之助もポロコックルに増やしてもらった芋を両手に持ってご満悦だ。一応(?)神なので、神饌を食べても霞と消えることはないらしい。
「焔クンは、どうやら物の価値というものがわからんらしいねえ。わざわざ俺サマがサツマから苦労して取り寄せた、この宇瑠虎すごいサツマイモの価値を」
「個人の感想だ。馳走になった礼は言う」
「生で食ってみろ。甘さも程よく抑えられ、ゴリゴリした歯ごたえで旨ぇぞ」
「またそんなこと言って。焔、信じちゃダメだよ」
「言われなくても、食わん。ガキじゃない」
「それはともかく」
こよりが爪楊枝を舐めながら言う。なんだか量が物足りない様子だ。
「このコックルどうします? このままにしてはおけませんが」
「こらコケシ頭! 勝手に省略すんなよ。ボクの名前だって認識できないじゃないかっ」
ポロコックルは文句を言ったが、先ほどまでのとげとげしい感じは消えている。まるで憑き物が落ちたかのようだ。ナズナに言わせれば、背中を大地につけたことによって体内の穢れたマナが地脈の循環に吸い込まれ、浄化されたためらしい。時々は仰向けにひっくり返って、手足を思いっきり伸ばしてボーっとするのは心や体にいい、というのはナズナの持論だ。
ナズナは頬に指をあてて考え込んでいたが、やがて何かを思いついたように顔を上げた。
「境内にポロちゃんのお社を作ろっか。小さいのをひとつ。他に受け入れてもらえる村が見つかったら、そこに本社を建ててもらえばいいし」
「まあ、仕方がないですね」
こよりも同調する。
「元々このお社でもナズナさんとヒラ神さまをお祀りしておりますし、変なのがひとはしら増えたところで大した負担にはなりません」
「変なのとかゆーなコケシ頭! それにおサボり神、なんでお前までボクの名前を省略するんだっ!」
「えー、ポロちゃんって可愛いと思うんだけど」
「あたしもカワイイと思う! というワケで、君の名前は今日からポロちゃんだ!」
「う、ぐぐ、南蛮人まで。それにポロちゃんって、何だか、なんだか……」
「柴犬の名前とかでありそうですけどね。とりあえず大工の弥兵衛さんにお願いして建ててもらいましょうか。他の神の社を建てるのに、祭神であるナズナさんのお手を煩わせるわけにはいきませんから」
こうして形依神社の境内に、小さい犬小……お社を建てることになった。