ナズナのアトリエ ~悩める錬金術師とまほろばの神~ 作:匿名設定
「それで、我々はどうする」
焔が口を開く。
「一度、整理しよう。俺は事情があって、八尺はあるという狼の怪物を追っている。紅丸、お前は九尾とやらに襲われた鶤上と膳頭の生き残りを探している。ナズナとこより、キャルロットは……、そうだな。野盗や魔物を操っていた連中など、この里の安全を脅かす奴らの動向を知り得るならば知りたいだろう」
そう言うと、焔はポロコックルの方へと向き直った。
「どうだ、ポロコックル。お前は放浪神として各地を巡る中で、そういう連中のことを見聞きした記憶はないか?」
「んー、あんまり記憶にはないけど」
ポロコックルが頭をひねりながら言う。
「あえて言うなら、野盗の連中が集まっているのは何度か見たな。三十人位はいたかもな」
「そいつらの動向がわかるか。俺も知りたい。狼を探している最中に遭遇すると面倒だからな」
「ボクもそいつらに密着してたワケじゃないから、詳しいことはわかんないぞ」
「なんでもいい。聞かせてくれ」
ポロコックルはひとつ大きく深呼吸をすると、話し出した。
「まず、拠点が北に山ひとつ向こうにあった。ここまで来ようと思えば来られる距離かもね」
「まずいじゃん! 前は山ふたつ北だって言ってなかった?」
驚くキャルロットに焔も続ける。
「ここに近づいてきているようだな。それで、他には?」
「武器をいっぱい持ってやがったな。槍に刀、弓とか……。それに、馬も何頭かいた。あちこち巡ってきた経験上、野盗の持ち物とは思えないや。どっかの誰かから色々と貰ってんじゃないのかな。それに……」
「それに? なんだ」
ポロコックルは妙な表情を浮かべた。どう説明すればよいか迷っているようだった。しばらく首をあっちこっちにひねったり眉間を押さえたりしていたが、やがて意を決したようにゆっくりと言葉を紡ぎだした。
「なんか、へんな奴らが、いた。野盗の一味だけど、仲間じゃない、みたいだった。妙に長くて黒い服を着た奴が、肉餌でおびき寄せた獣に何かを投げたら、ぴかっと光って、その……化け物になって……」
ナズナとキャルロットは顔を見合わせた。おそらく、間違いないだろう。
「神器ですね、おそらく……」
「うん。どうやって力を引き出したのかはわからないけどさ」
あの魔物を操る不気味な魔物は、神器によって人工的に生み出された化け物とみて間違いはなさそうだ。まさかそんなものを操る奴が、野盗なんかと結びついているとは。キャルロットはなんだか嫌な予感がした。
「あと、へんな侍みたいなのがひとり居たな。髭を生やした白髪交じりのおっさんだったけど、なんかムチャクチャ強そうだったぞ。まあ、ボクには敵わないだろうけどね」
「侍、か……」
焔はしばらく考え込んでいる様子だったが、やがて何やら納得したように頷いた。
「そうか、わかった。礼を言うぞポロコックル」
「何かわかったのか?」
「これは俺の勘だがな。その侍とやらは九尾の手の者ではないか。どうだ紅丸、何か心当たりはあるか」
紅丸は考えるでもなく、すぐに首を振った。
「すまねえが、九尾についてはそんなに詳しくねえんだ。御三家の中では一番格式が高いが、なんかお高くとまっているような気がしてな。幼いころに二、三度相手の家に行ったくらいで、あんまり付き合いがなかったんだ。こんなことになるなら、もっといろんな奴と会っておくべきだったかもしれねえな」
「でも、ありそうだよね」
キャルロットが言った。襲撃の場に魔物を操る魔物がいたとしたら、おそらく黒い服を着た奴とその侍も関わっているに違いない。
「一度、お代官様に話をしておいた方がいいかな。陣屋の方から人を送って守ってもらえるかもしれないし」
「無駄ではないが、あまり期待せぬ方がいい」
ナズナの言葉に、焔が肩をすくめて言った。
「三十人余りの野盗を攻めるには、捕り方が百人はいる。それだけの人数をこの山の中で動かすのは至難の業だ。かといって攻めずに陣屋の兵士を村々に配置し守りに徹するにも、いつ襲ってくるかわからん奴らのためにいつまでも人員を割き続けるわけにもゆくまい。野盗と結託したなどというあらぬ疑いをかけられぬ為にも、代官には一度話を通しておく必要はあるが、自分たちだけで身を守るつもりでいた方がよいな」
ナズナは目を閉じて焔の言葉に耳を傾けていたが、やがて柔らかい微笑みを浮かべながらゆっくりと目を開けた。
「わかりました。近隣の村にも連絡してどう連携するか、一度里長さんと話し合っておこう。大丈夫、きっと何とかなるよ。このまほろばの里は、何があっても絶対にわたしが守るから」
ナズナの優しい微笑みを見ていると、キャルロットは肩の力が急速に抜けてゆくのを感じた。同時に、自分が意外にも緊張していたのだということも。きっと、みんなこの安心感が欲しくて、つい神さまに頼ってしまうのかもしれない。それは変えなければいけない世界だとわかってはいたが、今はちょっとだけナズナに身を任せていたかった。
「なになに、野盗どもと勝負すんのか? ならボクも手伝うよ」
「ありがとうポロちゃん。心強いよ」
「あたしにも、きっとやれることはあると思う」
キャルロットは思わず立ち上がっていた。
本当なら、慣れない外国で戦闘に巻き込まれるなど誰だってごめんだろう。でもキャルロットは今ではむしろ気分の高揚すら感じていた。錬金術師として里の防衛に参加するなら、自分に一体何が出来るだろう。防御柵や陣地の構築に使う資材の調合、怪我人のための薬の準備、武器や弾薬の製造……。やれることは限りなくある。今のうちから準備をしておかなければ、いざという時に間に合わなくなるだろう。
「キャロちゃん……」
ナズナはキャルロットの手を取った。どことなく目が潤んでいる。
「ごめんね、巻き込んじゃって。それなのに……」
神さまに涙なんか似合わない。キャルロットは笑顔で力強く言った。
「あたしたちは、世界を変えるんだ。こんなところで負けてなんかいられないよ」
「うん。わたしたち、でね」
ナズナも微笑む。その様子をこよりがどことなく寂しげな様子で見つめていた。
「頼もうっ。神成人さまはおられるかっ」
その時だった。入口の方で大声が響いた。
「誰か来られたようですね。私が見てきましょう」
こよりは廊下の奥へと姿を消した。
やがて一人の人物を伴ってこよりが戻ってきた。四十台後半の壮年の男で、いかつい顔をした真面目そうな男だ。彼は部屋に入って皆に軽く会釈をすると、ナズナと向き合ってどっかと腰を下ろした。
「これは義父様。ご機嫌麗しゅう」
「うむ、そなたも息災で何より」
そう言いながらも、顔には緊張が走っている。
「まあ、世辞はよい。此度は神成人さまとしてのそなたに用があって参った」
「一体、何があったのですか?」
里長はまるで祈りを捧げるかのように天を仰ぐと、悲痛な顔をナズナへと向けた。
「二俣村が野盗に襲われた」
「え?」
「遅かったか!」
紅丸が切迫した声を上げる。
「奴らは村を略奪し家に火をつけたあと、畦道を壊し田畑を散々に踏み荒らして去っていったようじゃ。どれだけの者が殺され、攫われたのかはわからぬ。だが、逃げ延びた猪吉なる者によれば、そやつらはどこぞの兵士並みの武装をしておったらしい。それに、普段はおとなしい魔物の群れも村になだれ込んできたとか」
「二俣村はこのまほろばの里の南にあります」
こよりがいつも通りの冷静な声で言う。
「南からなら、このまほろばの里は比較的攻めやすい。北からわざわざ移動して二俣村を攻めたとなれば、狙いはこのまほろばの里と見て間違いはないでしょう。ただ……」
自分の思考の中に入り込んでしまったこよりを横目で見ながら、焔が努めて軽く言った。
「まあ、考えるのは準備を整えた後でも遅くはない」
「ええ、実は野盗の件で義父様に相談しようと思っていたところだったのです」
焔の言葉にナズナも応じる。
「大丈夫、あたしたちも協力するからさ」
「ああ。とっとと奴らを潰さねえと、父上や母上、兄者も探しに行けぬからな」
「このボクがいる限り、そいつらをギッタンギッタンにのしてやるっ」
その言葉を聞いて、里長の表情が少し晴れたようだ。
「おお、頼もしいな。ならば儂は、里の皆に武器を取って立ち上がるよう言っておこう。少々日にちはかかるが、隣の白咲村や三笠村とも話をつけておかねばな。もし人手が必要ならば、村人に声をかけるゆえ遠慮なく言ってくれ」
そう言うと、村長は村人たちに話をするために帰っていった。
後には重い沈黙が残された。まさか野盗どもがここまで早く動き出すとは思ってもみなかった。よそから来たキャルロットや焔、紅丸はともかく、この里の者にとって二俣村は間にある山が比較的低い分だけ行き来がしやすいので、まほろばの里から嫁いだ者や、逆に二俣村から嫁いできた者が少なからず居る。よその村だからといって、とても他人事だとは思えなかった。
そんな中でも、ナズナは泰然としていた。こよりの顔を見ると、静かに微笑みを浮かべる。
「ナズナさん、どうしたのですか……?」
「何か策があるのか」
「んーとね、無いわけじゃないんだけど」
ナズナはちょっと舌を出して、いたずらっぽく笑って見せた。
「すべては準備が整ってから、かな? あとは、覚悟次第」
「覚悟ならいつだってあるぜ!」
「ボクだって! いつでも戦えるぜっ」
逸る紅丸とポロコックルを、ナズナが両手を挙げてまあまあと落ち着かせると、その手を自分の胸に当てて静かに言った。
「違うんだよ。必要なのは……、わたしの覚悟」
そう言うと、決意に満ちた顔を上げる。
「此度の襲撃で、神器が使われたのは間違いありません。神でもない身で、一体どんな手を使ったのかはわからないけれど……。でも、わたしは神器を生み繰る唯一の神成人として、これ以上の悪用を防がねばなりません。たとえその裏にどんな陰謀が隠されていようと、わたし自身の運命にどんな結末が待ち受けていようとも、そしてたとえ相手が神であろうとも、わたしは必ずその陰謀をここで止めてみせる! だから……」
その後の言葉は、続ける必要がなかった。
こよりは黙って頷いた。権之助もぶいぶいと鼻を鳴らし、焔も紅丸も、ポロコックルもゆっくりと頷いた。キャルロットはナズナと目が合ったとき、ただ笑って首を縦に振った。たとえ神の力が相手だとしても、彼らの答えははじめから決まっていた。
ナズナが神器の悪用されることを、どうやって止めようとしているのかはわからない。もしかしたら、自分があのバケモノを生み出す力と同等のものを持っていることを恐れているのかもしれない。ナズナは捨て子で、その生まれや正体は里人ですら誰も知らない。
でも、ナズナはナズナだ。五歳でまほろばの里を救い、ずっとこの里を見守り続けた、可愛らしくて心優しい神さま――。
「ありがとう。……ありがとう、みんな」
ナズナは笑顔で呟くように言った。その頬を一筋の涙が流れ落ちた。