ナズナのアトリエ ~悩める錬金術師とまほろばの神~   作:匿名設定

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第一章 まほろばの地へ(1)

 まほろばという里がある。

 遠くひんがしの果て、アズマと呼ばれる島国にある辺鄙な集落だ。アヅマは東という一字で示されることも、古文書では阿津磨や亜妻と記されることもあるが、定められた表記は存在しない。

 アヅマの国は神が造ったとされる。国産土命と国産土女姫命の男女の二神が天ノ逆鉾という神器を海に刺し、滴った雫から生まれたのがアヅマの島々だ。彼らはそれから海水と土を捏ねて動植物や自分たちに似せた人間たちを生み出し、地上の支配を自らの子孫である天津原神族に委ねた。

 天津原は神にしか生み出し使うことが出来ない『神器』と呼ばれる道具を使いこなし、地上に楽園を造り上げた。その道具は人々が直面するあらゆる困難を解決し、富と幸福をもたらしたと言われている。人々は優しい神々に見守られながら、永遠の繁栄の中で平和を享受し続けるかに思われた。

 しかし天界と異なり地上においては、永遠というものは存在しない。アヅマに言い伝えられる神話によれば、便利な『神器』の力に頼りすぎた為に人々も天津原神族も堕落し、お互いに富をめぐって争うようになってしまったという。創造神である国産土の神はそれに怒り、天津原神族とは兄弟神の関係にある高津原神族に天ノ逆鉾を渡し、天津原神族を滅ぼして代わりに地上を支配するよう命じた。最初に天津原神族が地上へ下ったのを『天孫降臨』、高津原神族が天津原を討つために地上へ下ったのを『第二の天孫降臨』と呼びならわしている。都の国学者によれば、かつて古代のアヅマにおいて同族同士の戦争が起き、勝ったほうが自らをタカツハラと呼んで神話を生み出し支配を正当化したと思われるという。しかし本当に何があったのかは、はるか昔の事ゆえにもはや知りようもない。

 高津原の支配はその後も長く続いたようだ。質実剛健を旨とする高津原神族は『神器』を禁忌と成してその製造や使用を禁じ、国産土の神より授かった天ノ逆鉾のみを唯一の『神器』として封印を施した後にこれを祀った。故に高津原神族による長い支配の間に『神器』を生み出す技は失われてしまった。現代では『神器』というものがどのようなものであったのか知るすべはない。

 やがて高津原の支配にも終わりが来る。長い年月をかけ、隣国である大陸や半島で権力争いに敗れた民族や、南方経由で島づたいに渡ってきた民族が次々とアヅマの国に侵入し、高津原王朝は混乱の中で弱小勢力のひとつとして落ちぶれてゆく。尤も高津原王朝自体がアヅマ全域を支配していた訳ではなく、早い段階からスメラギ族がアヅマ中西部から隣国の半島南部を支配していたと唱える者もいる。真偽はさておき、最終的にはスメラギ族、――当人たちは神の末裔たるスメラギ神族と呼称してはいるが誰も信じる者はいない――、が高津原の王朝を滅ぼし、アヅマの支配者となった。神話上では、スメラギ一族のトキワノミコトという名の神がアヅマに降臨し、国産土命と国産土女姫命、高津原神族の面々は尊岐環命の威光に恐れを成し、自らアヅマの地を譲ってどこかへ消えたということになっている。これを神が国を譲った『国譲り神話』というが、高津原神族は滅びたのではなく、その武勇を買われて宮中警護などの要人を陰で護衛する役目につき、歴史書から姿を消したともいわれる。

 それから長い間、スメラギ族がアヅマの国を支配し続けた。かつて追い出された半島へ再侵攻してふたたび敗れ、その後に大陸や半島が混乱して隣国との人の流れが途切れた後でも、この国は独自の文化を生み出しながらスメラギ族の治める国であり続けた。

 何事にも永遠というものが存在しない地上において、やがて華やかな王朝文化が花開くも、スメラギ族は外戚に権勢を奪われ名目だけの存在と化していく。貴族が贅沢の限りを尽くして腐敗してゆく中で、やがて自衛のために生まれた武士が台頭し貴族に代わって権力を握った。

 武士が権力の座に就く時代が長く続いた。時の流れの中でいくつもの政権が現れては消え、生まれては滅ぼされた。依然としてスメラギ族はこの国の帝ではあったが、単に現政権を承認するだけの実権を持たない権威の象徴でしかなかった。

 そして二百五十年程昔に、アヅマの国を揺るがす大乱が起きた。世にいう戦国時代である。アヅマの国はふたつの勢力に分かれて争い、やがてそれは無数の勢力が乱立する乱世と成り果てた。多くの者が殺され、または疫病や飢餓などで死ななくてもよい者たちが大勢死んでいった。磐堂恒寿という小大名が戦国時代を勝ち抜き征夷大将軍となって幕府を開くまで、実に百五十年の歳月が流れていた。

 さて、まほろばの里である。

 アズマの国の東寄りに位置し、四方を山に囲まれた狭い盆地と、山を切り開いて造り上げたわずかな平地を利用して作られた里だ。もちろん好き好んでこんな辺鄙な場所に住んでいる訳ではない。当人たちによれば、天津原神族に仕えた人々の末裔だという。そうした人々、あるいは天津原神族そのものの末裔だと称する地域はアヅマの各地に存在し、そうした地域では通常の神話とは異なる話が伝わっている。すなわち、腹を痛めて生んだ子の子孫同士が殺し合うことを憂いた国産土女姫命が、とある神器を天津原の一族に与えたという。その神器を使用した天津原の人々は鳳となって飛び去ったというのだ。彼らが逃げ延びて来たという落人伝承のある場所がまほろばであり、また同じ伝承を持つ村々だという。真偽のほどはともかく、そうした集落は大抵辺鄙なところに存在し、共通のとある風習を持っている。相手が高津原かどうかはともかく、何かに追われてやむなく住み着いたことだけは間違いないだろう。

 そうした辺鄙な場所だけに、まほろばには碌な産物がない。狭い棚田や畑でとれる米や芋、雑穀などではとても足りず、山で獲れる獣や鳥、または木を切り倒して炭を作り離れた村に売りに行くことで何とか里を維持していた。里人は平地に居を構えて農業に従事するヒラビトと山に生活の基盤を持つヤマビトのふたつに分かれ、お互いに協力し合うことで里を維持してきた。実際、そうしなければ食べてゆけなかったからだ。ちなみにヤマビトの女子供は平地の一角に居を構えており、ヤマビトとヒラビトを繋ぐ重要な役割を担っていた。

 いつからこの場所に彼らが住み着いていたのかはわからない。しかし確実にまほろばの転機となった事態が訪れる。百五十年ほど前、里にツネヒサという落武者が迷い込んできた。そしてまほろばの里には、同じような天津原の落人伝承を持つ集落と共通の、とある風習があった。

 生贄の風習である。

 口減らしにされた幼児や里に迷い込んだヨソ者の命を奪い、その魂を取り出して人形見(ヒトカタミ)と呼ばれる人形に移し替え、神成人(カムナビト。現人神のこと)として祀る。その人形見こそかつて地上に繁栄をもたらした神の道具である神器の成れの果てであり、人々は飢饉や疫病、天災、戦乱などの理不尽な死に満ちたこの残酷な世界でアマツハラ神の再臨を待ち侘びながら、生き延びるために必死で神に生贄を捧げ、“命乞い”をしてきたのであった。

 ツネヒサというヨソ者、ましてや落ち武者だ。生かしておけば後々どんな目に遭わされるか知れたものではない。ツネヒサを生かしておくべき要素は全く無かったが、何を思ったのか当時の里長は彼を生贄にせず生かしておくどころか、貴重な食料を分け与えて匿った。ツネヒサは大いに恩義を感じ、自分が生き延びたら必ずやこの恩に報いると言い残して里を去った。

 果たして数十年後、彼は本当に里へと戻ってきた。征夷大将軍となり幕府を開いた磐堂恒寿(バンドウツネヒサ)である。まほろばの里は天領となった。

 それから百数十年の時が過ぎた。平和な時代が続いたが、平穏ではなかった。地震や疫病、飢饉などの災害で多くの命が奪われ、いくつもの集落が消えた。それでも貧しいまほろばの里は少なからぬ犠牲を出しながらも、租税を免除された天領であるが故に残り続けた。この過酷な世界から救い出してくれる“神”の再臨を待ち望みながら……。

 

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