ナズナのアトリエ ~悩める錬金術師とまほろばの神~ 作:匿名設定
「ナズナ、これって壊れてなんかいないよ」
「……うん」
キャルロットの言葉に、ナズナも同意した。
例の使途のわからない、手のひらサイズの丸い神器のことだ。キャルロットがマナ透過装置にかけてみると、大体の構造をつかむことができた。そこでわかったのは意外にも、ナズナが作る神器とは異なり、マナが初めから使い手の方向を向いて流れるように設計されていた、ということだ。
「ど、どういうこと?」
「ちょっとわかんないね。それより、ここ」
ナズナが映し出された映像の一点を指し示す。
「この弁がおそらく、使い手に向かうマナの流れを作り出しています。三重で逆流を防ぐ仕組みがあるので、はじめから意図して設計したことに間違いはありません」
「あとはここ、何だろ」
透明な部品が内部でひらひらと輝きながら揺らめいている。ただ、本当に部品と呼んでよいのかキャルロットには確証が掴めなかった。おそらく何らかの方法でこの神器をバラバラに分解しても、この部品は見つからないような変な予感があった。
「よく見つけたねキャロちゃん。それはマナの流出防止機構だよ」
(これが、か!)
思いもかけず、開放型錬金具につながる重要部品が見つかったわけだ。
「実体はなくて、内部のマナに反発する属性のマナを集め、それを外周に流すことで神器からマナが完全に流れ出すことを防いでいるんだ。そのひらひらしたものは、外部から吸収したマナが外周に流される前の状態なんだよ」
「でもマナである以上、外周を流れるマナもいつかは流出して、自然界の循環の一部になってしまうってこと?」
「そういうこと。だから神器も長い間にいずれは使えなくなります。ここは常若の国である天界とは違って、万物が流転する地上界ですから」
「そっかぁ」
そうは言ったが、別に落胆したわけではない。さすがにマナの流出を防ぐのにマナを利用しているとは思わなかったが、そのマナも単純に相反する属性で覆っては対消滅して一瞬でガラクタと化すだけだ。それにナズナは、“マナを集め”、と言っていた。この機構はそれ自体が外部環境からマナを集めることができる、開放式の根幹ともいえる技術を内包しているといえるだろう。
まだまだこの神器には謎が多そうだ。錬金術に応用するにはもう少し研究が必要だろう。
「あと、ここ……」
ナズナが別の一点を指し示す。
「ここがおかしいから、このままだとちゃんと動かないみたい。錬金術でここを少し調整してやれば、マナの通りが滑らかになると思うんだけど、これは?」
「これは、何なの?」
「マナの力を集める装置。でも……」
ナズナの様子がちょっとおかしい。しきりに首をひねって考え込んでいる。キャルロットはナズナが話したくなるまでそのままにしておいた。
「キャロちゃんには内緒にはしておけないね。これは、この仕組みでは、自然界からマナを集めることは出来ません」
「え? どういうこと?」
そんな錬金具は聞いたこともない。自然界からマナを集めるのでなければ、一体、どこからかき集めてくるのだろう?
「これは……、根の国? いや、でも、そんな……」
ナズナはしきりに考え込んでいたが、やがて、はっとしたように顔を上げた。結論が出た、わけではなさそうだ。どちらかというと、混乱に拍車がかかったような顔をしている。
「何かわかったの? それって、あたしに教えられることかな」
ナズナは頷いた。今さらキャルロットに隠し事などできないし、隠し事なんてしたくもない、大切な関係になっていた。
「何故、力が発動しないのかがわかりました。手の上にピリピリくる感覚は、この世界に存在するマナが僅かに流れているからなのは間違いありません。でもそれは、マナの流出防止機構に、この世界の流転するマナが使われているから。それは本来の、封じ込めるべき中心の“仕組みの異なる”マナ自体が流れていないから、流出防止機構に使われているマナが過剰な力となって体に刺激として現れてきています」
「なるほど、流出するマナ自体が流れてないから、流出防止機構に流れるマナが過剰なマナとして刺激を与えてるってことね」
中心を流れるマナ自体がこの世界のマナと異なるのなら、相反する性質のマナ同士が対消滅してしまわないのも頷ける。それならば、そんな全く性質の異なるマナが流れている場所ってどこなのだろう。
「もしかして並行世界? 全くの異界からマナを得ているんだったりして」
「まあ、おとぎ話の存在という意味では似たようなものかな」
ナズナは困ったような笑みを浮かべながら、指で頭の上の方を指さした。
「……多分、『天界』です」
キャルロットは絶句した。どう反応してよいのかわからない。
「天界――、つまり『常若の国』では、そもそもマナは移ろうものではないと言われています。国産土命と国産土女姫命がこの国を造り給うたとき、この世の理として天界よりマナを降ろし給わりましたが、時の移ろうこの世においてマナも移ろうようになったというのがこの国の神話です。この神器の構造は明らかに、この世の物ではない“うつろわない”マナを力の源として発動するようにできていますが、マナが“うつろう”ことを前提としたマナ流出防止機構が備えられている。つまり……」
「天界の力を地上で使うために作られた、ってこと?」
「そう考えるのが妥当ですね」ナズナは澄ました顔で答えた。「そもそも、アマツハラの作った神器ですらないのかも」
天津原神族はこの地上で神器を作り、地上の人々を繁栄へと導いた。ならば、わざわざ天界の力を引き込む理由はないだろう。
「ちょっと考えなきゃいけないことが多すぎるね」
キャルロットはこめかみをを押さえながら言った。
「とりあえず他にやらなきゃいけない調合がいっぱいあるから、そのついでにこっちも調整してマナの通りを良くしておくよ。あと、余裕があったら調合を手伝ってくれると嬉しいな」
「もちろんだよキャロちゃん。時間が許す限り手伝うから」
と、とりあえず不思議な神器の研究はマナの通りを良くする調整のみにとどめ、本格的な調査は全てのことが終わった後にすることになった。
もっともそれも野盗どもに敗れ去ってしまっては、すべてが終わりになってしまう。キャルロットには全力で調合すべきものがたくさんあった。里の防衛設備に使う資材や、村人が使う武器もできるだけ高性能なものを用意しておきたい。素材は山を放浪しているヤマビトたちにも協力を仰ぎ、調合はナズナにも手伝ってもらいながら、薬や保存食の類も含めて急ピッチで生産を進めた。
一方のナズナも忙しさに追われていた。
キャルロットの調合を手伝う一方で、神としての責務もある。こんな時だからこそ日常業務を疎かにしては、この里はもう終わりだと人々が委縮してしまうだろう。
また、里長の父親、ナズナがおじいちゃんと慕うかつての里長の老人を見舞うことも忘れなかった。
「おじいちゃん、今日は起きていていいの?」
「今日は気分がええ。たまには良いじゃろ」
老人は布団の中から出て、縁側に腰掛けていた。
ナズナは老人の隣にそっと寄り添い、その痛む腰に手を当てた。静かにマナを送り込むと、老人が気持ちよさそうに目を細める。
「いつもすまんな、ナズナよ」
「ううん、わたしにはこのくらいしか出来ないから」
縁側の外に投げ出された、かつては逞しかった足も枯れ木のように細くなり、かつて赤子のナズナを抱いていた腕は、まるで枯れ枝のようになってしまった。ナズナは老人の腰に手を当てたとき、全身のマナが枯れ果てて崩壊し、循環の一部に戻ろうとしているのが感じられた。けがや病気ならばいくらでも直す方法はある。しかしすべてが流転するこの地上界では、定命だけは神ですら変えられないものだった。
「のう、ナズナよ」
老人はどこか遠くを見つめていった。いや、その白く濁った眼にはもう何も映ってはいないのかもしれなかった。あるいはたった一つのものが映っているのか。超人的な力で里を生き埋めの運命から救いながら、子供らしい無邪気な微笑みを浮かべて振り返ったあの幼き日のナズナの姿が。
「大変なことが起ころうとしているようじゃの」
「ええ……」
心配させまいと、誰も老人には余計なことを伝えようとはしなかった。
「儂はもう十分生きた。いや、生かされたのじゃ。十二年前のあの日、生き埋めになるはずだったこの命をお前に救われてから、な。おかげで儂は、孫息子が成人するのを見られた。孫娘の二人が、他の村へ嫁ぐのも見られた。儂の息子が、立派に里を率いているのも見られた。あと唯一の心残りは、お前が幸せになる姿を見られんことじゃ」
「おじいちゃん……」
老人はナズナの肩に腕を回し、ナズナは老人の体を支えながら床まで導いた。寝かしつけ、布団をかけてやるその手を、枯れ枝のような老人の手がそっと握る。
「“神さまのいらない世界”を、作ろうとしておるんじゃろ」
「え?」
「あの元気のよい南蛮人の娘と組んでな。ふ、ふ、隠さんでもええ。歳を取ると、目では見えんものが色々とみえるようになる」
老人は言葉を切った。もはや話すことすら体の負担になるようだった。しばらく荒い呼吸をしていたが、やがて落ち着くとふたたび口を開いた。
「正直に言うと、儂は神成人の風習などどうでもよいと思っておる。それなのに、この里に置いて行かれたばかりに、お前にその役目を押し付けることになってしまった。それは本当にすまないと思っているのじゃ」
「ううん、そんなことないよ。わたしはこの里の神さまで、おじいちゃんの孫娘で本当に幸せだと思ってるよ」
「優しいお前のことじゃ。きっとそう言うと思っておったよ」
老人は歯の無い顔に精一杯の笑顔を浮かべて見せた。
「今だから言うが、赤子のお前を置いて消えた夫婦。あの母親の方はなんだか、神代にこの里を開いた本物のナズナ様のような気がするのじゃ」
「どうして?」
「ナズナ様は、必ず人間をこの苦界から救うと約束してくれた。そんな優しい神さまが、地上で苦しみ嘆き続ける我らをいつまでも放っておくわけはないじゃろう。常若の天界では、歳を取ることはないと言われておるからの。じゃが、そんなことはどうでもええ」
老人はゆっくりと身を起こした。
「おじいちゃん、寝てなきゃダメだよ」
「大丈夫じゃ。調子がええと言うたであろう」
ナズナの方へ微笑みかける。
「神さまだなんて気にすることはない。昔ばなしのお姫様のように、立派なお殿様の元へ嫁入りなんぞせんでええ。ただ儂の望むことはひとつ。ナズナ、お前の望む道を進みなさい」
「おじい、ちゃん……」
老人は握ったナズナの手を、励ますようにもう片方の手でポンポンと叩いた。
「この世界を、お前の望む世界へと変えなさい。それはきっと儂らにとっても、素適な世界に違いないのだから」
その言葉で、ナズナの気持ちが決まった。
ナズナは老人が眠るまでそばに寄り添っていたが、やがてしばらくしてから里長の屋敷を出た。