ナズナのアトリエ ~悩める錬金術師とまほろばの神~ 作:匿名設定
「まったく、思いきったことをしたものだな」
その後に社にある部屋に一同が集まったとき、焔があきれたように言った。
「もしひとりでも不満を示したら、里人の気分は一気にそちらの方へ流されていたぞ。そうなったらどうするつもりだったんだ?」
「タネさんには感謝しなくっちゃね」
「すっとぼけやがって。まったく、何を考えているのか、いないのやら」
憎まれ口を叩く権之助をしり目に、焔はナズナに問いかけた。
「それで、今後はどうするつもりなんだ」
「作戦は、こよりちゃんにお任せ~♪」
両手を広げておどけるナズナに、焔があきれたように言う。
「まったく、何を考えているのか、いないのやら。それで軍師どの、勝算はあるのか?」
「あることは、あります」
こよりは待ってましたとばかりに、いそいそと地図を取り出して卓の上に広げた。
「こんなこともあろうかと、私は里長を通じてヤマビトに物見を頼んでおきました。三人一組で行動してもらっているので、情報の確度は高いです」
「本当か? まさか今回の事態もあらかじめ想定して行動していたというのか」
「まさか。ナズナさんのお考えまで読めたとしたら、私はとっくに神として崇められてます。ただ、もし野盗たちが策を以ってこのまほろばへ攻め込んできたら、結局はこのこよりが最悪の事態を防ぐために対処せざるを得ません」
焔は、降参だ、とでもいう風に両手を挙げた。
「ヤマビトさん達の情報によれば、すでに白咲村の周辺に野盗の姿が目撃されているようです。人数はさほどではないようですが、馬の鳴き声も聞こえたそうです。彼らが何者かの援助を受け、軍隊並みの装備を身に着けていたとしたら、白咲村の戦力では防ぎきれません」
「でも、陽動だな。俺にもわかる」
紅丸の言葉に、こよりも頷く。
「その通りです。まほろばには他の村を救う余裕のないことぐらい、野盗たちもわかっているでしょう。里の注意を北側に引き付け、その隙に南にいる本隊が襲いかかる作戦です。だからこちらもその逆を突き、白咲村を救援します」
「戦力分散の愚を、あえて犯すというのか?」
驚く焔にこよりが答える。
「総合戦力はこちらが上です。なにせ、神が何人もついていますから。ポロコックルさん、あなたは白咲村の方から来たそうですね。あそこの事情には詳しいはず。里の若者三人と、あちらの方を味方にお付けします。いけますか?」
こよりはそう言うと、部屋の隅へと視線を移した。
「……誰だ?」
焔とキャルロットが、誰もいない部屋の隅を不思議そうに見つめる。
ポロコックルはしばらく部屋の隅を怪訝そうな顔で睨みつけていたが、やがて肩をすくめて言った。
「まあ、ボクひとりでもいけるんだけどな。まあいいよ、足手まといにならなければ、そいつらの面倒もみてやるよ。そもそもボクはあそこの守り神だから、あの村を守るギムってやつがあるんだ」
「敵を打ち破ったら、捕虜の身柄を村人に預け、真っすぐにまほろばまで戻ってきてください。その際に、捕らえた野盗と同じ数の松明を掲げて。まほろばの里に帰りついたら山道にかがり火を置いて、里に合流してください。こちらでは北側に守りを移したように見せかけます」
ポロコックルが頷くと、こよりはキャルロットと紅丸の方に顔を向けた。
「キャルロットさんと紅丸さんは、村の若者三人とともに三笠村へと向かってください。あそこの周辺にも野盗の分隊がいるようです。同じように打ち破ったら、ここまで戻ってきてください。山道ではあまり役には立たないでしょうが、敵から奪った馬を使ってもかまいません。こちらも、東につられたように偽装しておきます」
「あたしはひさびさにアリス号に乗るけど。それでもいい?」
「お任せします。ただし、見咎められないように。バレたら元も子もありませんから」
そう言うと、こよりは焔の方へと向き直る。
「夜になったら子供たちに松明を持たせ、北と東に配置します。焔さん、あなたは万が一のために北側の子供たちの護衛をお願いします。最悪の場合は、そのまま彼らを連れて避難してください」
「了解だ。東側はどうする?」
「権之助さんと、あの方にお任せします」
こよりはそう言うと、もう一方の部屋の隅へと顔を向けた。
「……誰?」
誰もいない部屋の隅を見て、キャルロットと焔が首をかしげて呟いた。ナズナは、くっくっ、と忍び笑いを漏らしている。
「南は野盗の本隊だとして、西側はどうなんだ。何か来たらヤバくないか?」
「まだ、わかりません」
紅丸の問いにこよりは素直に答える。
「まほろばが壊滅したら、逃げ出すとしたら西側でしょう。そこに別動隊を置いて私たちを殲滅するつもりなのか、あるいは土地だけ奪い見て見ぬふりをするつもりか。でも、放っておくわけにはいきません」
「じゃあわたしは西の守りか、こよりちゃんの護衛になるのかな?」
こよりはナズナの目を見据えていった。
「ナズナさんには、あなたにしか出来ないことをやって頂きます。神成人であるあなたにしかできないことを」
「わたしに、しか?」
こよりはナズナにだけ聞こえるよう、そっとささやく。ナズナは納得したように頷いた。
「敵は夜襲をかけてくるでしょう。暗闇での戦いになるので、同士討ちだけは気をつけてください。出来れば、暗闇でも一目でわかるものを身に着けていたいですね」
「よっしゃ! じゃあこのキャロさまがお揃いの装備でも作ってあげようじゃないの。西洋風のクルーガークロークとか着ていれば、暗闇でも野盗と間違えることはないっしょ」
「女性でも扱える武器の類もお願いします。あと、絶対に野盗の人は殺さないでください。恨みを残しては後々が面倒です」
「夜襲が来ると、どうしてわかる?」
焔の疑問を予測していたかのように、こよりは澱みなく答える。
「敵の中に、魔物を操る魔物、を生み出す何者かがいるとか。だとしたら、魔物が最も力を発揮する夜の時間を逃すはずがありません。もしかしたら、魔物に西側から襲撃させるつもりなのかも」
「なるほどな」
焔は納得したようだ。こよりは全員に向かって言った。
「私は残りの里人を率い、里の中で敵の本隊を待ち伏せします。敵が里の中に十分に入り込んだら、皆さんも一斉に相手を周囲から押し包み、粉砕してください。このこよりを……、ごほん、……このまほろばの里を敵に回したことを後悔させてやりましょう!」
「うおっしゃあぁ!」
ポロコックルがノリノリの様子で応えた。今にも飛び出してゆきそうな気配だ。
「皆さん、準備が出来たら配置についてください。ただし、敵はいつ攻めてくるかもわからず、長期戦になる可能性もあります。十分な備えをしてから出発してください」
「りょーかい。携行食糧とか装備関係はあたしが調合で今日中に揃えるから、それまでゆっくりしてて」
得意げに言うキャルロットに皆も頷く。
「それじゃあ俺は剣の稽古でもしているか。焔、すまないがひとつ指南してくれないか」
「お前が? 今更どういうことだ」
不信そうに言う焔に、紅丸は情けなさそうな声を出した。
「オレは魔物や野獣なら思いっきりぶっ叩けるんだけど、人間相手になるとからっきし弱いんだよ。だから頼む、ひとつ稽古をつけてくれ」
「まあ、俺で良いなら構わんが……。ナズナ、庭先を借りるぞ」
そう言うと紅丸と焔は部屋を出て、庭へと降りて行った。
「ぎゃああぁぁ!」
たちまち悲鳴が響き渡る。
「あァン? なんだあの兄ちゃん。そんな弱ぇの戦場に連れて行って大丈夫か?」
「どれどれ? あたしも見てみよっと」
ポロコックルとキャルロットが庭へと見に行くのに、ナズナものこのことついていった。
そこには、砂利の上で仰向けにひっくり返っている紅丸の姿があった。
「ふむ、確かにな。踏み込みが甘すぎる」
「うぐぐ、め、面目ねえ」
うめき声をあげる紅丸の前で、ポロコックルが庭へ、ぴょん、と飛び降りた。
「じゃあ今度はボクがお前に稽古をつけてやるっ。さあ、早く立てっ」
「お、おうっ!」
十秒と経たずに、紅丸はポロコックルの正拳突きをまともに食らってひっくり返っていた。
「ぐぎぎ……」
「なんだよオマエ、弱っちいな。ホントにサムライなのか?」
紅丸は口の端から血を流しながら、悄然とした様子で言った。
「いや、すまねえ。はっきり言って……、俺は、弱いっ! だから、だから……」
「だから? ボクに手加減しろって?」
「いや、遠慮せず全力でやってくれ! でねえと稽古にならねえ」
「へへ~ん、いい度胸だ」
紅丸は懲りずに何度も向かってゆき、その度に苦痛に満ちた悲鳴が響く。キャルロットは信じられないといった面持ちで隣にいたナズナに声をかける。
「変なの。魔物を相手にした時は、あんなに強かったのにさ?」
「……うん」
ナズナは生返事をしながら、何やら深刻な表情をしている。
「紅丸、お前は弱いんじゃない。お前は人を相手にした時、ためらいがあるんじゃないのか? それはお前の身につけている剣術が、明らかに相手の息の根を一瞬で断つ目的で生み出されたものだからだ。それこそ練習ですら相手の息の根を止めてしまうような、な。俺はお前のような剣術を見たことがある。そう、どこかで……」
焔はそう呟くように言い、ナズナは興味を失ったかのような表情で部屋の中に戻った。その様子が何やら思いつめた様子だったので、キャルロットも慌てて追いかける。
部屋の中では、こよりがまだ地図を広げてうんうんと唸っていた。地図の上には『野』と書かれた駒のようなものが置かれているのを見ると、ギリギリまで自分の戦略を練り直しているのだろう。
「……こよりちゃん。あの子、タカツハラだよ」
ナズナがぽつんと言うのを聞いて、こよりの手が止まった。
「ああ、なるほど。それで謎が解けました」
こよりが晴れやかな表情を浮かべて続ける。
「古代にこの国を支配していた高津原神族は、半島から侵略してきた今の皇族の祖先であるスメラギ族の尊岐環命に降伏しました。その時、高津原の人々は独特の剣術を操るその武勇を買われ、皇族を陰ながら守護することを条件に命をゆるされたと聞きます。膳頭、鶤上、そして九尾という皇室を守る御三家が、かつては奴隷の身分ながら名字帯刀を許されていた理由が、これでわかりました」
「なるほど、あの独特の剣術は神であるタカツハラ直伝の剣術だったか。道理でな」
いつの間にか部屋に戻っていた焔が呟く。
「おそらくあの凄まじい踏み込みと力強さは、アマツハラ神族が神器を操る間も与えずに切り捨てるために生み出されたものだろう。その逆に、タカツハラが神器を操ってアマツハラに対抗した話は聞いたことがないからな。だが――」
焔は肩をすくめて言った。
「あの小僧。あんな戦いを続けていたら、死ぬぞ」
「高津原の剣は、味方を信じて自分の命を捨てる剣だと聞きます」
と、こより。
「皇族を襲撃者から守った忠臣と語られている歴史上の人物の何人かは、実際にはタカツハラの剣士が身を挺してかばったのだという噂もありますね」
「まあ噂だからな、どこまで真実かはわからん。それにしても、ナズナはあいつがタカツハラだとよく見抜いたな」
「わからない、んだよ」と、ナズナ。
「紅丸ちゃんの剣を見てると、なんだか骨の芯から震えてくるんだよ。それが何なのかはわからないけれど」
「いずれにせよ、どうします?」
「んー、あんまりみんなに言わないほうがいいかな」
キャルロットが首をひねった。
「どうして? 神さまの末裔だって、すっごい自慢になると思うんだけど」
「この里はいちおう、アマツハラの神さまが造ったことになってるから。神代の話だとはしても、それを聞いてあんまりいい気分になる人はいないんじゃないかな」
「……ナズナ。後ろ、うしろ!」
キャルロットが指を差した向こうに、頬を赤く腫らした紅丸が立っていた。
「ひゃ、ひゃうっ!」
「なんだよ、そんなに驚くことないだろ」
思わず変な声を出したナズナに、紅丸は淡々と言った。
「神、神か。神話の中だけかと思ったが、そんなの本当にあるんだな」
「ありゃ、自慢しないの?」
「神に生まれただけで強くなれるなら、いくらでも自慢するかもな。でも、今の俺はこのざまだ。……痛てっ! くっそアイツ、全力でと言ったら本気でボコボコにしやがって」
そう言うと、水を浴びるために神社の裏手へと去っていった。
「……なんか、随分と淡泊だね」
「神といっても、神格は無いに等しいですからね」
キャルロットにこよりが答える
「かつて高津原神族は創造神である国産土命の命により、兄弟神である天津原神族を滅ぼしました。その後、許されて天へと帰った天津原に対し、高津原神族は長い間この地上を支配したといわれています。その間に人間との混血が進み、人と変わらない存在になってしまったのでしょう。スメラギ神族がこの国を侵略した際に、国産土命がおとなしくこの国を譲ったのは、戦争からこの国の人間を守るためだけでなく、神威を失ってしまった自分の子孫を守るためだったなんて説もあるほどです」
ナズナは去ってゆく紅丸の後姿を、どこかしら心配するような不安げな様子で見守っていた。