ナズナのアトリエ ~悩める錬金術師とまほろばの神~ 作:匿名設定
「いよいよ、だな」
幻宗斎は錬金術師に笑いかけた。
「魔物の準備は出来たのか?」
「今少し待て。この地のマナは独特だ、どうにも思うようにゆかぬ」
「待てぬ。我らが攻め込むまでに用意しろ。あと一日だ、それまでに用意できぬというなら、貴様を捨てて我らだけで攻め込むまでよ」
「わかった、何とかする」
錬金術師は苦り切った様子で応えた。幻宗斎は野盗の首領に向かって顎をしゃくってみせる。
首領は黙って頷き、部下に松明を振らせた。
山の上で反応があった。
赤く小さい光が、山の上で踊っているのが見える。
その炎は別の山、また別の山へと繋がり、やがて白咲村の近くで待ち受けている連中の目にも入るだろう。
首領は気合を入れるように刀の柄を叩き、かすかなカチャンという音を立てた。これは反逆の狼煙、反攻の先触れだ。見下し、踏み躙り、嘲笑い続けた俺自身の運命への。そしてこの俺たちを踏み躙りながら、平然とその上で胡坐をかいて惰眠をむさぼり続けたこの国の愚民どもへの。「お前たちは運が悪かった。運もすべて実力の内だ」などという言葉は聞き飽きた。今のこの国の体制をめちゃくちゃに破壊して、今度はオレ様がおまえらの面に同じ台詞を叩きつけてやる!
一方、錬金術師は戸惑いを隠せない。
(おかしい……。技術はすでに確立したはずだ)
いつものように神器を使い、錬金術の力を以ってマナの力を無理やりに通す。餌でおびき寄せた魔獣の群れに神器を投げ込むが、半分近くがボロボロの炭のようになって崩れ去ってしまった。
マナの通り方がおかしい。周囲の環境マナが想定した分だけ集まらず、それが怪物を生み出すことを阻んでいる。
(まるで、この地のマナそのものに意思があり、俺の行動を邪魔しているような?)
男の頭に、この国に来て散々に聞かされた、ひとつの考えが浮かぶ。
――神。擬人化された、流転する環境マナの象徴――
ばかな! 錬金術師はかぶりを振った。神など欺瞞、神など妄想。蛮族の唱える民間信仰など耳を傾ける価値すらない。
それでもある程度の数の怪物は揃えることができた。これだけいればそこら辺に巣食っている魔物を操り、戦力を何倍にも増やすことができる。おそらくは代官所とやらが寄越した軍隊ですら易々と打ち破り殲滅することができるだろう。
(いよいよだ。母上、もうすぐです……)
錬金術師は呟いた。
この国の権力争いを利用し、内乱による果てしなき殺戮の末に、我ら西洋人の錬金術師がこの国を支配する。これは第一歩なのだ、神に対する復讐の。この神に愛されし地、神に愛された蛮族どもの死こそが、消えゆく最後の神に対する生贄であり鎮魂歌となるだろう。
特に、あの神を称する美しい蛮族の娘。あの小娘の無残な死こそが、神に殺された我が母への生贄に相応しい……。
もう一方で、松明の光は白咲村の周囲にも届いていた。
「いよいよだな……、いくぞ」
草むらからいくつもの影が立ち上がる。
近くには連れてきたと思われる、五頭の馬がいた。この臆病で繊細な動物を、この辺りに二週間近くも留めておくのは至難の業だ。近くを駆け回らせたり清水の湧く場所へと連れて行ったりしてなんとかご機嫌を取り続けたが、それもようやく終わりになりそうだ。
「な、なあ。本当にやるのか?」
ひとりの男が口を開く。ろくに食事もしていないのか、手足は痩せこけあばら骨が浮き出ている
「ほかにどんな手がある?」
そう問われて、気弱そうな男は俯いた。思いがつい口をついてこぼれ出る。
「お、おいらは、美川村の百姓だった。僅かながらの田畑を持ち、嫁ももらうはずだった。あれがなければ、あの水害が無ければ……ッ!」
「グダグダ言ってんじゃねえよ!」
恰幅の良い男が痩せた男の胸倉をつかみ、匕首を突きつけた。
「もう引き返せねえんだ、もう進むしかねえんだよ! お前、俺たちが暢気な人生を送ってきて、好きで野盗なんざやっていると思っているのか?」
逞しい腕で突き飛ばされ、痩せた男は尻餅をついた。
「わ、わかったよ。やるよ」
そう言いながら起き上がり、馬の轡に手を伸ばす。
「覚悟が足りねえなら、そう言いな。この場でブッスリやって眠らせてやる」
男は凄みながら、ぺっ、と唾を吐いた。
「俺はずっと西にある宇津木村の出だ。お殿様とやらの命令で工事をしたら、なぜか全員、磔だ。俺は逃げたが役人は、親父も、おふくろも、嫁も、七つになる息子まで殺しやがった。おとなしく俺が殺されなかった罰、連帯責任ってやつでよ。なら、この村の奴らも連帯責任だ。なあんにもしてくれなかった神や仏とやらの責任を、かわりにこの国のすべての連中に取らせてやるよ。たったひとつしかねえ命でもってな」
男たちは馬に飛び乗った。勢いに乗って村へと攻め込み、斬って斬って、斬りまくるつもりだ。彼らは松明に火をつけ、背負った大きな刀を引き抜いた。
(おまつよ、許してくれ……)
痩せこけた気弱そうな男は、懐から小さな木彫りの仏像を額に押し当て、そう呟いた。
そこにいる誰もが苦しんでいた。
もがき、足掻き、他人を苦しめて自らの責任を押し付け、神や仏を心の底から唾棄し憎みながらも、その反面、心の底では神の存在を求めていた。
――この苦界より救い出してくれる、神を。