ナズナのアトリエ ~悩める錬金術師とまほろばの神~ 作:匿名設定
「いくぞッ!」
馬の脇腹を軽く蹴る。彼らはたちまち森の中から躍り出て、街道から村の入り口に迫った。木々が影のように自らの周囲を舞い、たちまち後方へと流れてゆく。この半月ばかり、馬にはさんざん乗ってきた。いまさら落馬するようなヘマはしない。
村の入り口には、柵があった。急ごしらえの簡素な柵だ。野盗たちは馬を操り軽々と飛び越えると、大刀を振り下ろして無残に切り裂いた。こんなものは防壁ですらない。入口に立てられていた灯火が揺らぎ、パチパチとかすかにはぜる。まるで血に濡れたかのように、暴力に餓えた男たちの顔が赤々と闇の中に照らし出された。
「いってえ、どういうことだ?」
村の中心にある広場で、彼らのリーダーらしき屈強な男が呟く。
「俺らの襲撃を知って、前もって逃げちまったんじゃねえか?」
「んなわけねえ。俺っちはずっと見張ってたんだぞ。猫の子一匹出ていく様子はなかったぜ」
「どっかに隠れてやがんだろ。予定通り、家に火をつけろ。とにかく村人どもを探し出して殺しまくれ。でねえと、このまままほろばの里へ行ったら、俺たちが逆に挟み撃ちにされちまう」
男たちは首をひねりながら、家を焼くために油をしみこませた松明に火をつける。それを家にくべようとした時、いきなり闇の中から声がかかった。
「随分と遅かったね。待ちくたびれちゃったよ」
「な!」
闇の中からひとり現れた。
村人かと思ったら、どうもおかしい。童子だが、洋風のけったいな服装をしている。
「おい坊主。おやごさんはどうしたえ」
「坊主じゃないやい! 女だ!」
下卑た笑いをあげる男たちに、童子は怒りの表情を浮かべる。
「だってよ。どうする、最後に女としての喜びを教えてやっか?」
「邪魔くせえ、すぐに殺しちまえ!」
そう叫びながら男が馬で駆け寄り、馬上から大刀を振り下ろす。童子は血飛沫をふりまいて倒れたかと思いきや、その姿が、ふっ、と消えた。
「おりゃ!」
「ゲッ!」
童子は中高く飛びあがり、空中で一回転したかと思うと、馬のお尻にストンと降りた。そのまま男の上体を掴み後ろへと引き倒すと、男の体は馬から地面へと勢いよく叩きつけられた。ドスンという大きな音が響き、背中を打ちつけた男のうめき声が響く。
「阿呂把流地這掌ってんだ。馬に乗った奴なんて、ボクの敵じゃないよ」
「このガキっ!」
別の男が、横合いから猛然と襲いかかる。横薙ぎに切りかかるが、すかさず跳躍した童子が男の顔面に強烈な回し蹴りを叩きこんだ。
「ぶげぇ!」
男の体は鼻血を振りまきながら、もの凄い勢いで馬上から吹き飛ぶように転げ落ちた。
「あ、ぁ……、く、くそっ!」
リーダーらしき男が叫ぶ。
いつの間にか、大勢の村人たちが手に鎌や鋤を持って、野盗たちを取り囲んでいた。
松明の明かりに照らされる村人たちの、顔、顔、顔……。そこには同じようにこの苦界で共にもがき、共に足掻き、苦しみ、それでも共に“よき世界”を望み目指さなかった者たちへの、軽蔑と憎悪が浮かんでいた。
「やれやれ。ポロコックルとやらよ、ちっとはワシにも活躍をさせてくれんかのう。久々に出てきた甲斐がないわい。ほれ、ワシらについてきた三人も退屈そうな顔をしておる」
毛皮を着込んだ、ヤマビトらしき壮年の男がどこからか現れ、ポロコックルにそう声をかける。
「おっちゃん、無理すんな。ケガしちまうぜ」
「なんの、まだまだ若いモンには負けんわい」
そのリーダーらしき屈強な野盗は、大刀を振りかざしながら叫んだ。
「ち、畜生! みんな切り破れッ!」
そう言うと馬の脇腹を蹴り、一挙にヤマビトへと迫ってくる。そのままのしかかるようにして上から一気にヤマビトを突き刺そうとした。
「ふん!」
ヤマビトが軽く手をかざすと、真っ二つに折れた刀ごと男の体が吹き飛んだ。
「すげえなおっちゃん、やるな!」
「当たり前じゃわい。ワシはこの辺りの山々を統べるヤマガミじゃぞ。放浪神のお前なんぞより、よっぽど神格が高いわい」
「でもよ、こよりは殺すなって言ってたぜ。あのコケシ頭、怒るぞぉ」
挑発するポロコックルをしり目に、ヤマガミは地面に倒れてもがく男の頭を掴んで顔を上げさせた。
「こんな悪党がそう簡単に死ぬものかえ。死ぬほどの苦しみっちゅうのは、こういうもんよ。それ、ワシの特製を喰らえぃ!」
男の口をこじ開け、無理やり何やら真っ赤な塊を押し込む。
「ムググ……ん? ギャヒッ! ハヒイィーッ!」
「うわっはっはっは! どうじゃ、ワシの特製すーぱージョロキアの味は格別じゃろ?」
武器を持った村人たちに囲まれ、リーダーが奇怪な叫び声をあげて地面をのたうち回る姿を見せつけられた残りの二人は、どうやら負けたことを悟ったらしい。慌てて馬から飛び降りると、頭を下げて地面に這いつくばった。
「す、すみませんでしたあ!」
「すみませんで済むなら、トンガラシはいらんわい」
ヤマガミは男たちの口に次々と唐辛子を放り込む。
(これで、おいらは道を踏み外さずにすんだ。おまつよ、お前が天国からおいらを見守っていてくれたんだな……)
絶叫をあげ、涙と鼻水を垂れ流してもだえ苦しみながらも、男のうちのひとりはなぜか幸せそうな笑みを浮かべていた。
一方、三笠村にも一刻後には野盗どもがなだれ込んでいた。計画通り二刻後ではなかったのは、おそらく待ちきれなくなったのか、あるいは刻をはかる道具自体を持ち合わせていなかったのだろう。
こちらも村の中は不気味なほどに静まり返っていた。
「おかしいな、読まれていたか?」
村の中心の広場に近づいた時、野盗の中の一人が大声で叫んだ。
「走れっ、走り切れっ!」
野盗の中にも、少しはもののわかった奴がいたらしい。
馬の最大の利点は突破力だ。圧倒的な速度を以って襲いかかり、相手を混乱状態に陥れることによって、少数でも多数を制圧することができる。速度が殺されてしまえば逆に、長柄の武器を持つ多数の村人に囲まれ、格好の餌食とされてしまうだろう。
だが、少し遅かった。
たちまち周囲から村人たちが湧き出るように出てきて、村の周囲を塞ぎにかかる。野盗たちは自分たちが入ってきた村の入り口に陣取っているのがまだひとりだと見て、その方向へと殺到した。
「小僧、どけっ!」
この時の紅丸は奇妙な武器を持っていた。自分の身長より長い六尺近い刀で、柄の部分が半分くらいを占めている。それを肩に担いで呆けたように突っ立っていたが、野盗が迫ると刃を反して柄の部分に肘を当て、気合い声と共に正面へと一気に踏み込んだ。
「はぁっ!」
馬よりも早いと思わせるような速度で迫られ、野盗は完全に目算が狂わされた。身を乗り出して、すれ違いざまにすくい上げるようにして切り捨てようとした男の身体に、先に鋼の塊のような刀身が叩きつけられる。
ズシン!
鈍い衝撃音とともに、野盗の体はくるりと一回転して馬から叩き落されていた。
「ちょ、ちょっと! 殺すなって言われてたでしょ!」
慌てて駆け寄ってきたキャルロットに、紅丸は平然と答えた。
「みね打ちだぞ。それに、足から落馬している。まあ、足の骨は折れたかもしれんが、殺してはいない。ポロっ子に鍛えられたおかげで、手加減する感覚を大分つかめたからな」
巨大な大刀を担ぎ上げると、残りの野盗に向かって言った。
「で、まだやるのか? まあ、止めねえけどよ」
明らかにひるんだ様子を見せる野盗たちを、手に武器を持った村人たちが取り囲む。弓を持っている野盗もいたが、馬上から放つには相当な技術を要する。それにこの暗闇では、牽制にすらならないだろう。なによりも馬が操れなくなる恐怖を捨てて、弓一つで状況を打開する勇気は彼らにはなかった。
「くそっ! 蹴破れっ!」
手綱を引き、興奮した馬が後ろ足で立ち上がる。踏み潰されそうになった村人たちが慌てて道を開けると、空いた空間にキャルロットが何かツタが巻きついたボールのようなものを投げ込んだ。
「逃がすかっ!」
かすかに光ったかと思うと、一体どこから現れたのか、びっしりとトゲの生えたツタが男たちの体に巻きついた。
「うわわっ!」
「ぎゃ、ぎゃあっ!」
野盗たちは悲鳴を上げながら次々と落馬した。必死でツタを体から引きはがそうともがき、顔も手足も血塗れになっている。
「無理にはがそうとするとますます食い込むよ。三十分もしたら自然に外れるから、しばらくイバラに抱擁されてなさい」
苦痛に顔をゆがめながら悄然として村人に縄をかけられる野盗たちを眺めながら、紅丸は呆れたように言った。
「ひでえな。お前のほうが俺よりよっぽど惨いことやってるぞ」
「何言ってんの。アンタの方が重傷を負わせてるでしょ」
言い合う二人の前に、数人の村人たちを伴ってひとりの壮年の男が近づいてくる。
「いやいや、アンタらのおかげで助かったよ。まさか、わざわざまほろばの里から救援が来るとは思わんかったでの。ワシらだけで何とかするしかないと思うておったところじゃ。本当にありがとうよ」
「礼ならこよりちゃんに言って。まほろばで巫女をしているから、すぐにわかるよ」
キャルロットは笑顔を浮かべた。
まほろばの里は山に囲まれており、よそ者を生贄に捧げる風習と相まって、閉鎖的でどこか不気味な里として周囲に語られてきた。でもこれで、ささやかとはいえ多少は印象が変わるだろう。もしかしてこよりはこうした効果も狙って、あえて戦力を分散させてでも周辺の村を救援したのではなかったのか。
きっとこよりも、世界を変えたかったんだ。神にただすがるのではなく、前に進めばきっと神さまが応えてくれると信じて。
三笠村を襲った野盗どもは、これで全員が捕まったようだ。ここで自分が出来ることはもうない。彼女は一緒に来た三人のまほろばの人々と紅丸が、野盗の馬を捕まえるのを横目で見ながら、隠しておいた箒を取り出してその上にまたがった。
「アリス、よろしくね」
箒がぼうっと輝き、キャルロットの目の前に何やら不思議な絵と文字が浮かび上がる。実体のないそれにキャルロットの指が触れると、その絵と文字が次々と変化していった。
「な、なんだそりゃ?」
「H・U・D。まあ、錬金術の一つだと思ってくれていいよ」
ワケわからないものを目の前にして、紅丸はお手上げといった様子で眉も口もへの字に曲げている。キャルロットは箒の状態をひと通りチェックすると、空中のボタンを押して各種のパラメーターをセットした。
「……速度、高度調整。姿勢制御、正常。地形スキャン、衝突回避装置、オン」
調子に乗って低空を飛行し、山に激突などしたら大変だ。こよりには見とがめられないようクギを差されたが、この暗闇なら高空を飛べば野盗の見張りに見つかることもないだろう。
キャルロットにはどうしても、野盗どもとの決戦の前にナズナに渡しておきたいものがあった。本当は出発前には完成していたが、ナズナが先にこよりの指示した場所へ出発してしまっていたため、渡せなかったのだ。
「そいじゃ、おっ先~」
キャルロットが足で、ポン、と地面を蹴ると、それはふわりと宙へと舞い上がった。しばらく準備運動をするかのようにふわふわと地上付近にとどまっていたが、やがてグングンと速度を上げて上昇を始めると、闇に包まれた夜空に溶けるように見えなくなった。
「……ベンリなもん持ってやがんな、アイツ」
紅丸も、周りにいる村人たちも、呆けたようにポカンと口を空けながら、キャルロットが消えた空のかなたを見上げている。
「な、何なんですかアレは?」
「俺も、知らん。なんでも錬金術とかいうそうだ」
村人たちにそう答えながら、紅丸はなんとなく妙なことを考えていた。
ナズナがやろうとしていることは、紅丸は知らない。その隠された想いも、キャルロットの考えていることも。でも、ナズナとキャルロットが一緒になって、何やらデカイ窯の前でうんうん唸っているのは何度か目にしている。ナズナがキャルロットを師匠にして錬金術を学んでいることも、キャルロットがそれに快く応じていることにも気づいていた。そして、二人で何やらデッカイこと、たとえば世界そのものを変えるような凄いことを計画していることにも。
もしかして二人は、このアズマの国に錬金術を広めようとしているのじゃあるまいか?
だとしたら――
紅丸は思わず、ぽつんと呟いた。
「……いずれ俺たちはみんな、あんなのに乗って自由に空を飛ぶ時代が来るのかもしれないな、うん」