ナズナのアトリエ ~悩める錬金術師とまほろばの神~ 作:匿名設定
「とうちゃ~く♪」
キャルロットはその晩のうちに、形依神社の境内にふわりと舞い降りた。
こよりが呆然とキャルロットの姿を見つめている。無理もない、行きはさすがに野盗どもに見られる危険があるので歩きだったが、普通は標高の比較的低い間道を通って山の間を縫うように歩くので、明け方に出発しても丸一日以上はかかるだろう。
「なるほど、実に興味深いです。空を飛んで直線で移動すると、ここまで時間を短縮することができるのですね。将来的には、空の移動が戦略を一変させることになるのかもしれません」
自分の軍略で頭が一杯のこよりは、何やらぶつぶつと呟いている。
「ナズナ、いる?」
キャルロットは乗ってきた箒を壁に立てかけながら言った。
「ナズナさんなら、これから最終確認の打ち合わせに出かけるところです。今ならまだ村の広場あたりにいるかもしれませんが」
「広場?」
キャルロットは不思議そうに首をひねった。
「村の中心を抜けて形依神社へと向かう途中の、畑に囲まれた井戸がある付近です。平地が少ないので、猫の額ほどの土地でもここでは広場です」
「ソウデスカ……。じゃあ用があるので、ちょっと行ってくるね」
キャルロットが踵を返して小走りに駆け出すと、こよりもとことこと付いてきた。ナズナとキャルロットが二人きりで会うのは、やっぱり気になるらしい。
「おーいっ、ナズナーっ!」
広場から出発しようとしていたナズナを大声で呼び止めた。
「キャロちゃん?」
ナズナも驚いて目を丸くしている。それも当然だろう。
「大丈夫? ケガしてない? 紅丸ちゃんや里のみんな、三笠村の人たちは無事だったの?」
矢継ぎ早に質問をかぶせるナズナに、キャルロットは得意げに言った。
「あたしはケガなんてしてないし、紅丸も里のみんなも、三笠村の人たちもみんな無事だよ。野盗の連中はみんな縛り上げて三笠村の人たちに引き渡してあるし、今のところ作戦は完全にあたし達の勝ちだね」
「そっか。とにかくみんなが無事でよかったよ」
安堵の吐息を漏らすナズナに、キャルロットは微笑みを浮かべながらポシェットから何かを取り出した。
「ナズナ。はい、これ」
「これは……?」
それは金色をした鎖で出来たネックレスだった。その先端についている玉のようなものは、……ナズナが赤ん坊の時に握りしめていた神器だ!
「ちゃんとマナが通るように調整しといたよ。それに何だかさ、こっちの穴はマナを通すためじゃないような気がしてさ。ネックレスに加工してみたんだ。たぶん、この神器を作った人もそうやって使ってたんじゃないかな。それに、もしあたしの見立てが違っていたとしても、錬金術で作った金の鎖を利用しているから、マナの伝導率は普通の金より高いはずだよ」
「……キャロちゃん!」
「おっと」
ナズナは目に涙を浮かべながら、キャルロットの体に抱きついた。
「……ありがとう。本当にありがとう。わたしのお師匠様からの、最っ高の錬金術の贈り物だよ……!」
「これで、どんなに激しい戦いになっても、なくさないで済むよね」
キャルロットもそっとナズナを抱きしめた。甘い匂いをかいでいると心が落ち着き、なんだか生きるか死ぬかの戦いの最中にいることを忘れそうになる。
「ナズナさん、そろそろ向かって頂かないと困ります」
こよりがムッとしたような、少し厳しい声音で言う。
「ああ、ごめんねこよりちゃん。そろそろ出発するから」
キャルロットが遠慮して体を離した瞬間、こよりがナズナに抱きついた。
「ナズナさん、成功を祈っています。こよりはナズナさんを信じていますから」
「こよりちゃん? 大丈夫だよ。もうお話はついてるんだし、今回は最終確認の打ち合わせだから」
ナズナはそう言いながら、落ち着かせるようにこよりの頭を撫でた。しかし、今度はキャルロットがムッとする番だ。
「ちょっとこより! どういうこと? ナズナはあたしが最初に抱きしめていたんだからね!」
「私はナズナさんの巫女ですから、他の方よりずっと多くナズナさんを愛でる権利があります」
「そんなワケわかんない権利なんて聞いたことがないよ! 神さまはみんなに平等に愛を恵んでくれるんだよ!」
二人にもみくちゃにされるナズナを横目で見ながら、焔はやれやれといった調子で肩をすくめた。
「まあ、仲が良いのは結構なことだ」
そこへ権之助がおもちゃのような荷車に何かデカいものを乗せて、引っ張りながらとことこと歩いてきた。
「仲が良い、っつうのかねアレは」
呆れたような目つきでナズナたちを横目で見やる権之助に、焔は不思議に思ったことを尋ねた。
「そういえば、ナズナは打ち合わせとかいったな。一体、こんな夜中にどこへ行こうとしているんだ」
「俺は知らねえ。作戦とやらはナズナにしか伝えられていないからな。まあ、こよりちゃんにお任せ~、ってとこだ」
権之助はナズナの口調をまねておどけるように言った。だが焔は納得できない様子で深刻な表情を浮かべている。
「そうはいっても、こんな夜中だぞ。野盗どもが待ち伏せしているかもしれんし、魔物と遭遇することもあるだろう。護衛もつけずに一人で行かせて大丈夫なのか?」
焔はナズナの方を指し示しながら言った。
「俺が見たところ、ナズナが消えればこの里は落ちる。それはこよりがどれだけ優れた軍略を練ろうとも、決して覆しようのないものだ。ならはひとまずナズナの安全を最優先に考えるべきではないのか。言い方は悪いが、この里はあまりに神に依存しすぎているような気がする。ナズナを失ったら、この里は戦いどころではなくなるぞ」
権之助はナズナの方をちらりと見た。両側から抱き着かれて引っ張られ、嬉しそうだがちょっと困ったような微笑みを浮かべながらも、体をヘンな方向に曲げられて苦しげなうめき声を上げ始めている。
「まあ、いまさらアイツにどうこうできるとは思えんが」
権之助も肩をすくめた。
「それに俺はここの連中は、そこまで弱い連中ではないと思うぜ。この里には古くからの慣習が色々とあるが、慣習ってのは結局、形あるものを失っても、想いだけは次の世代へと繋いでいく知恵ってやつだからさ。大切な何かを失っても、その想いだけは受け継いで割り切って生きてゆくことに、この里の連中は長けているのさ」
「ふうむ、そんなものか」
「すまねえが、俺はオトリ用の松明を運ぶのに忙しいんだ。一緒に働くはずの“あの方”とやらが、こういうことにはちっとも役に立たねえからな。あんたもヒマなら、そろそろアイツをあの二人から解放してやってくんな」
紅丸たちは結局、翌々日の朝に戻ってきた。ポロコックルたちはさらに遅く、帰還は同じ日の昼だった。直線距離なら白咲村の方が近いが、三千メートル級の山々が道を塞いでいるために、標高の低い通りやすい場所を探して山の間をうねるように進まねばならない。それでも山を知り尽くしたヤマガミがポロコックルらを案内していたのだから、上出来のスピードだったと言っていいだろう。
いずれにせよ、包囲が完成されるまでは敵は襲ってこないだろう。まさか包囲するはずの仲間がすでに白咲村と三笠村で敗れ去っているとは知らないだろうが、あまり長引かせるとさすがに怪しみ、偵察を両村に出して状況を探ろうとするだろう。そうなる前にこよりは決着をつけ、野盗どもを一網打尽にするつもりでいた。ここで気づかれて逃げられてしまえば、今後ずっといつ来るかもわからない再襲撃に怯え続けることになる。
「いよいよ、今夜だな」
紅丸は形依神社で仮眠を取ると、こよりに声をかけた。
「そういや、ナズナはどうした?」
「援軍を要請に行っています。夜には戻られるはずです」
「ふうん、援軍なんぞあるのか」
ちょっと首をかしげたが、元々深く追及するたちではない。野盗が東に陣を敷いていると思わせるための、偽のかがり火を用意するために社を出て行った。
やがて日が傾き、少しずつ夕闇が迫ってくる。
「いないいない、ばあああぁぁ」
「きゃははっ! じいじ、じーじ!」
幼児に容赦なく髭を引っ張られ、思わず痛みに顔をしかめる。
「これっ、そんなに引っ張るでない。抜けてしまうじゃろうが」
「じーじ、おんぶ」
「やれやれ、少しだけじゃぞ」
幼い子供をその背に背負いながら、その老人は呟いた。
「ヤマガミは白咲村で大暴れして、大活躍をしてきたというのにのう。一方の儂は、こんなところで子守りかえ。まったく、こよりも罪なことを頼んでくれるわい。これでは儂の、“ふらすとれいっしょん”というものが……、これっ! この出来損ないの豚コロめがっ! お主、いつまで子供たちと遊んでおるのじゃっ!」
権之助は抱かれたり顔をこすりつけて鼻水を擦りつけられたり、両足を掴まれて逆さづりにされたりと、すっかり子供たちのおもちゃにされていた。
「見てわかんねーのかジジイ! 早くこのガキどもを何とかしてくれよ!」
「言うに事欠いてジジイじゃと? 儂はこの地を統べるヒラガミじゃぞ! お前みたいな、神と呼ぶもおこがましい付喪神の豚コロめが……」
「俺はイノシシだっ! あんまりだ、人種(?)差別だ、パワハラだ、ルッキズムだ! 人権委員会に申し立ててやるっ!」
「お前かて、儂をジジイ呼ばわりしたじゃろうが。ジジハラで訴えてくれるわい」
言い争う二人を気にすることもなく、子供たちは容赦のない攻撃を繰り出す。一方で年長の子供たちは、あらかじめ言い含められていた通り、頼りない二人を置いて松明に火をつけ始めた。それを持って走り回ることにより、あたかも大人たちが東側の防衛に気を取られているように見せかけるためである。
「やめてっ! 股、裂け……、こ、このガキ! 体の構造を見て、そんなに開かねえってことぐらいわかんねーのかっ! ……おっと、あっ♪ お、お嬢ちゃん、もうちっと大きく美人に育って、チチが膨らんでから抱いてくれた方が……」
権之助を見ながら、ヒラガミが呆れたように呟いた。
「ルッキズムあんどセクハラじゃのう……」