ナズナのアトリエ ~悩める錬金術師とまほろばの神~ 作:匿名設定
里の中は、すでに乱戦になっていた。
「おりゃああっ!」
「死ねっ、死ねっ!」
狂ったように突っ込んでくる攻撃をかわすと、ポロコックルはすかさず馬の首を両手で抑え、地面に向かって思いっきり突き倒した。前かがみになった馬の背から、男が前のめりに落とされる。げふっ! と肺から勢いよく空気が押し出される声が響いたが、男はヨロヨロしながら立ち上がると、ポロコックルに刀を叩きつけた。
「こ、こいつらどうなってんだ?」
ポロコックルは白刃取りで刀を受けると、勢いよくへし折って体当たりをかます。男は数メートル飛ばされて倒れ動かなくなった。
「ボク知ってるぞ。こういうのを“ぞんびー”とかって言うんだろ?」
駆けつけてきた紅丸にポロコックルが声をかけた。
「そんなヘンなもんは知らんが、奴らは死地にあるみたいだ。このままでは止められねえぞ」
「なんだ、シチって?」
「死ぬ覚悟でかかってきてるつーこった、よっ!」
二人は左右に飛びずさった。一瞬後に、馬を失った野盗が危ういところで槍を突き立ててくる。かわした紅丸が背中に鋭い蹴りを入れ、飛ばされたところにポロコックルの正拳突きがみぞおちにキレイに決まった。さすがにキツかったのか、苦悶の表情を浮かべながら二歩、三歩と向かってくるが、やがて力尽きてばったりと倒れた。
「ぐあっ!」
いきなり叫び声が響いた。
紅丸の背後から刀で突きさそうとした男が、刀を取り落として右腕を押さえている。見ると、匕首がその腕に突き刺さっていた。
「借りるぜっ」
ポロコックルは紅丸の肩を踏み台にすると、もう片方の手で刀を引き抜こうとした男に飛び蹴りをぶちかます。男は悲鳴を上げながら落馬したが、抜き身の刀を杖代わりにして必死に起き上がり立ち向かってくる。
「紅丸っ、油断するな!」
いつの間にか焔が現れ、男の急所に肘を入れるとそのまま地面に叩きつけた。
「焔! 子供たちの護衛をしてたんじゃなかったのか?」
「面倒だからキャルロットに押っつけてきた。それより、これは?」
「わからねえ。俺は死地だと思う。こいつら、死に物狂いだ」
「ふむ、督戦している奴がいるのかもしれん。怯え方が尋常じゃない」
里人たちは地の利を生かし、三人がかりで野盗を馬から引きずり降ろして、網を投げつけたり紐を巻きつけたりして体の自由を奪った挙句、棒で殴って気絶させようとしている。それでも狂ったように抵抗を続ける相手に、戸惑いながら苦戦を強いられているのが現状だ。このままでは死人が出るし、もう既に出ているのかもしれない。
一方で野盗のお頭は大刀を振りかざしながら叫んだ。
「北と東から攻めるはずの連中はどうしたっ!」
「わからねえ、わからねえよぉ! お頭ぁ」
お頭は目の前に迫ってきた里人を袈裟懸けに切った。相手は血を吹いて倒れた……かと思いきや、一瞬はひるんだものの、ふたたびさすまたや槍のような武器を持って、受けた傷をものともせずに向かってくる。お頭はその者を蹴り倒しながら、額に冷や汗が生じるのを感じた。
一体、何が起きてやがるんだ? 全員が西洋風のけったいな服を着てやがるが、刀や槍で突いても刃をほとんど通さねえ……。そもそもこんな貧しい村に、そんな不可思議な装備が揃っていること自体、お頭には信じられなかった。
彼は錬金術については何も知らなかった。幻宗斎が連れてきた錬金術師が何やら不気味な怪物を生み出すのを見たことはあるが、それ以上の知識は無かったし知りたいとも思わなかった。だから村人たちが着ている服が、品質999の超高性能防具だということにも気づくことはなかった。
「う、うう……」
もはや仲間の半数近くが落馬し、必死の抵抗を見せながら里人たちに次々と捕縛されはじめていた。この頃のアズマの国にはリビングデッドなる言葉は入ってきてはいなかったが、お頭には突いても切っても起き上がり立ち向かってくる里人たちの方が、よっぽど“ぞんびー”に見えていたに違いない。
今や野盗どもは十人足らずになってしまった。馬も怯えたように動かなくなり、里人たちが彼らを囲いながら距離をじりじりと詰めてくる。彼らは里人に捕縛されなぶり殺しにされる恐怖と、後ろから幻宗斎に切り殺される恐怖におびえながら、それでも必死で前に進もうとあがき続けた。
その時だった。
「お頭、あれは……?」
咆哮が響いた。
地響きと共に、凄まじいまでの殺気が押し寄せてくる。それは、人のものではなかった。恐怖を知らず、容赦も知らず、ただ虚ろで無慈悲な意志だけが津波のように押し寄せ、全てを飲み込もうとしていた。すでに雷雲は去り、月明かりに照らされたそれを見たとき、里人どころか野盗たちも恐怖で一歩も動けなかった。あれが敵味方を識別して、理性的に襲いかかってくるとはとても思えなかったからだ。
数百体の魔物の群れがついにまほろばの里に到達し、襲いかかってきた。