ナズナのアトリエ ~悩める錬金術師とまほろばの神~ 作:匿名設定
空が、高い。
澄み切った青い空の下、稲穂がまるで黄金で出来た海のように風になびき、赤とんぼがその上をふわふわといくつも舞っている。まほろばの里でもそろそろ家族総出で稲刈りをする景色がみられるだろう。神に感謝を捧げる、のんびりとした稲刈り歌の歌声を響かせながら。
結局、ナズナが誰の子なのかはわからないままだ。
赤ん坊だった彼女を抱いてこの里を訪れた血塗れの夫婦が、アマツハラに何か関係しているのは間違いない。それが果たして元里長が言っていたように、この里を作った本物のナズナであったのか、あるいは彼女を託された人間の夫婦であったのかは、今となってはもはや知りようもない。
ただわかっているのは、神器を生み出し自在に操ることができるナズナ自身は、おそらくはかつて神器の力で地上に楽園を築いた、天津原神族の血を引く神の子孫なのだろうということだけだ。
それでも、とナズナは思う。
かつて創造神の怒りを買い、鳳凰となってこの里へと逃げてきたナズナという天津原神族の少女は、自分を慕って集まった人々にこう言い残して天へと帰った。きっといつか、この苦界より皆を救いに参ります、と。
それから地上では長い時が流れた。飢饉や疫病、戦争などで多くの人々が命を落とした。彼らはやがて人形見というものを作り、神成人信仰というものを生み出した。神器を模した人形に愛する者の命を捧げてその魂を憑依させ、神として祀れば、きっとアマツハラの神人が約束通り彼らを救いに来てくれると信じて。
必ず人を救うと約束した心優しい神が、そんな人々を放っておけるだろうか。創造神に許されて天界へと去る際、彼らは言霊として二度と人間に関わらぬという誓いを立てさせられたと言い伝えられている。でもきっと優しい彼女は身の危険を冒してでも、約束通り苦しむ人々を救おうとしたに違いない。
その夫婦がどうなったのかは知らない。赤子を抱えては逃げきれぬと思い、あえてナズナを置いていったのかも知れなかった。でも、その夫婦が本物のナズナであっても、彼女の意志を託された人間たちであったとしても、ナズナの想いは変わらなかった。優しい神さまの名前を継いだときに、その意志と、地上の人々の運命を託されたのだから。
――“神さまのいらない世界”を作る。どれだけの苦難に見舞われても、人が共に手をつなぎ、人が人の力で乗り越えてゆける世界を。
「おーいっ、ナズナーっ!」
待ちくたびれたのか、遠くでキャルロットが手を振っている。その横には腕組みをしながら笑みを浮かべる紅丸の姿もある。ナズナは彼らに向かって微笑みながら大きく手を振って応えた。共に世界を変えてゆく、大切な仲間へと。
「今、いくよーっ!」
彼女は自らの一歩を踏み出した。新しい世界への一歩を。
『ナズナのアトリエ ~悩める錬金術師とまほろばの神~』 ――完