ナズナのアトリエ ~悩める錬金術師とまほろばの神~   作:匿名設定

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第一章 まほろばの地へ(4)

「というわけで、私にはお師匠様と呼べる人がいないのです。どなたかに神器の作り方を学んでいれば、色々とお教え出来ることもあるのでしょうが」

「は、はぁ……」

 キャルロットは半信半疑の様子で答えた。いくら何でもさすがに荒唐無稽すぎる。もし大地を引き裂き天候をも変える錬金術があったとしたら、彼らは世界を征服していただろう。かつて錬金術によって栄えた謎の古代王国の話は耳にしたことがあるが、そこまでの力を行使したなんて話は聞いたことがない。

 もしそんな力を行使できたとしたら、それはもう神だ。

「ではこれから貴女のことを、キャルロットちゃん、とお呼びしてよろしいでしょうか。もうお友達ですので」

 微妙な表情を浮かべていたキャルロットがハッと我に返る。

「ああぁ、呼び捨てでいいよ。あたし、ちゃん、ってガラじゃないし。あたしもナズナって呼んでいい?」

 こよりが一瞬、「この南蛮人めなんてことをっ!」と食いつかんばかりの表情を浮かべた。神に対する畏敬の念は南蛮人には無いのだろうか。ナズナ様の一番そばにいるわたしだって、一度もそんな風に呼んだことがないのに……。

「わあぁ、素敵です!」ナズナが目を輝かせて言う。「いかにもお友達って感じで憧れてました。ほら、私は一応神さまということになってるから、みんな気軽に呼んでくれないんです。あの私付きの巫女のこよりちゃんだって」

 ナズナが手で指し示すと、こよりはいつもの無表情のまま軽く頭を下げた。平常心、平常心……。この程度で狼狽してはいけない。自分はナズナさんに仕える巫女なのだから、彼女を守るためには常に凪いだ湖の水面のごとく平穏を保たねば。

「今ではさん付けだけど、昔はずっと様をつけて呼んでたんだから。ひとつしか違わないのだから敬称なんてつけないでっていっつも言ってるのに」ナズナはそう言うと、軽く考え込むように小首をかしげる。「あ、でも私はみんなのことをちゃん付けで呼んでるので、不快でなければキャルロットちゃんとお呼びしてもいいですか? アヅマ言葉だとちょっと言いにくいけれど」

「だったらキャロでいいよ。故郷ではみんなそう呼んでたし、正直キャルロットって響きはあんまり好きじゃないんだ」

 どうせならキャロラインかシャルロットにしてくれた方が響きが良かったのに、とはキャルロットは言わなかった。内心はそうした思いで溢れかえっていたが。単純に響きが綺麗かどうかだけで両親の想いを踏みにじるほど、彼女は常識外れではなかった。

「キャロちゃん、可愛いですね!」いつの間にか“可愛い”が基準となってしまったナズナが目を輝かせて言う。「キャロちゃん、キャロちゃん……。あれ? でも、どこかで聞いたような……」

「あぁ、チョ〇ボール」

「そこっ! 変なこと言わない!」

 ボソっと呟いたこよりにキャルロットが即座にツッコむ。反応の素早さから見るに、故郷でも何度か言われてきたのだろう。

「ああ、ごめんなさい。不快でしたら別の呼び方をしますが」

「ぜーんぜん平気。ナズナがカワイイって思える呼び方で呼んでくれたらいいよ」キャルロットは最初の打ちのめされた表情とはうって変わって、やる気がみなぎった表情で立ち上がった。

「それよりこの辺に、あたしが住める空き家か何かないかな。色々と荷物もあるし、錬金釜も設置するスペースが必要なので、宿だとちょっとね」

「なら、このお社がよいと思います」ナズナは考える間もなく即答した。こよりが一瞬「そんなナズナさん考えなしに!」と衝撃を受けた顔をしたが、すぐに元の無表情に戻った。平常心、平常心……。それに合理的に考えればそれ以外の選択肢は無い。そもそも隠れ里のまほろばには宿など存在しないし、限られた平地では僅かな空き地もすぐに田んぼや畑へと転用されてしまう。空き家を野ざらしにしておけるような贅沢はまほろばの地には許されていないのだ。となると、必然的に里長の家かこの社となってしまう。里長の家をまさか錬金術の道具でごてごてと占領してしまう訳にもゆくまい。

「そんな、教えてもらう立場だってのに、そんなに頼り切っていいのかな」

「ぜーんぜん大丈夫です! それに、私の方も教わる立場ですから」

 ナズナがふふっと笑い、こよりも頷いた。まったく賛成ですナズナさん。今ではこの社を二人で切り盛りしているが、もう少し人手は多いほうがいい。まずは料理が苦手なあの南蛮娘に飯炊きからやらせて、アヅマの礼儀というものを叩キ込ンデヤル。……おっと、平常心、平常心。

「ありがと! じゃあ早速荷物を持ってくるね。さぁーて、忙しくなるぞっ」

 キャルロットは挨拶もそこそこに庭へと飛び降りた。こよりが、むー、と不満そうな顔を向ける。清められた白い玉砂利は毎朝ナズナが整えているものだ。蹴散らすように乱暴に歩いてよいものではない。こよりの不満顔をよそにキャルロットは立てかけてあった箒を手に取ると、その上にまたがった。

「え?」

 さすがにナズナも目を丸くして見つめている。すると箒はキャルロットを乗せたままふわりと空中に浮かび上がった。

「まさか、これで西の国から空を飛んで来たのですか?」

「いやいや、そんなことをしたら股が擦り切れちゃうよ。これはあくまで短距離用。ここからアズマの西の端まで飛ぶのがせいぜいかな」

「わあぁ、錬金術ってすごいんだねえ!」と感心しきりのナズナに、こよりも興味津々といった様子で箒の穂の部分をつまむ。

「一体、どんな仕組みになってるんですかぁ?」

「ダメだよ、セクハラだよ!」

 箒の穂をめくろうとしたこよりをキャルロットが制止する。

「これって女の子なんですか?」と怪訝そうに問うこよりに、キャルロットは得意げに答えた。

「そうだよ、アリスっていうんだよ。男の子の箒にお尻なんて乗っけたくないでしょ?」

「そういう問題ですか?」とこよりは言いかけたが止めた。なんだか不毛な会話になりそうだ。

「それじゃあ、ちょっと南蛮船まで荷物を取りに行ってくるね。錬金釜とか大きな荷物は別に手配するので、今日は身の回りの小物だけだから夕方には帰りまーす」

 キャルロットはそう言い残すと、箒と共に綺麗な曲線を描きながら宙へと舞い上がり大空の彼方へと消えていった。

「ご安全に! 気をつけてねー」

 無邪気に手を振るナズナにこよりが問いかける。

「ナズナさん、本当によろしいのですか?」

「ん? 何が」ナズナはキャルロットが消えた方向を見つめながら答えた。「大丈夫、キャロちゃんはいい子だよ」

「悪気はないのはわかります。でも、そういう意味ではなくて……」

 こよりは言い淀んではいたが、ナズナにはなんとなくこよりが言いたいことがわかっていた。ナズナは安心させるようにさりげなくこよりの肩に手を置く。

「キャロちゃんにも話したけど、彼女の才能は本物だと思う。ただちょっと頭でっかちになってつっかえてるだけで、通し方のコツをつかめば自然と流れるようになるよ。それにもし彼女が私の見立てと違っていたとしても大丈夫。今回のような機会がもう二度と無いとは限らないし、もしもの時は私の命が尽きるまでこのまほろばの里を守り通すから」

「ナズナさん……」こよりはそう言いかけるとうつむいて黙ってしまった。

(そう、キャロちゃんが錬金術を諦められないように、私も立ち止まってなんかいられない)

 ナズナは拳をぎゅっと握りしめた。

 はっきり言えば、西洋の錬金術より『神器』の力の方が上だろう。神器は大自然のマナの力を通じて神の力を行使する、いわば神の力を具現化した道具だ。それは大地を裂き、雷を落とし、暴風を巻き起こし雨雪を降らせると同時に、大地や海を鎮め陽光や慈雨を降らせる力でもある。

 だからこそ、西洋の錬金術よりも決定的に劣っているのだ。

 そのことはナズナも嫌というほど知り抜いている。

(だから私は、錬金術を学ばなければならない。どんな困難が待ち受けていようとも、必ず錬金術の力を借りてこの世界を変える――)

 ……神さまのいらない世界をつくるんだ……!

 

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