ナズナのアトリエ ~悩める錬金術師とまほろばの神~   作:匿名設定

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第二章 神器と錬金術と(1)

「――と、いうわけよ。全く、あの時は俺も焦っちまったぜ」

「あはは、ごんちゃん慌てすぎだよ」

 ……何コレ?

「いやしかしさ、フツーはあんなとこで昼寝してるなんて思わねえもんなあ。こよりだってそう思うだろ?」

「まあ、そうですねえ。どちらも警戒心が薄いというか」

「おっ、言ってくれるねえ」

 何コレ?

 今日の朝食当番はナズナだ。といってもこの国の朝食は昼にだいぶ近い。清水で炊いたお粥に味噌、きゃらぶきの佃煮、青菜の煮びたし、豆を甘蔓で甘く煮たもの、それに丸くて赤くて強烈にすっぱいワケわからんプラム。明らかにたんぱく質やカルシウムが足りないし、食べる量を加減しなければ塩分の摂りすぎにもなりそうだ。

 おまけにこの貧しい里では一日二食か、一食しか食べられない日もあるらしい。一瞬にして母国の朝食が懐かしくなったが、柔らかな丸みを帯びた木の匙で粥をすくい口に含むと、水と穀物のやさしい甘さが口の中に広がった。水を“甘い”と感じたのは生まれてはじめてだ。たまにはこういう朝食も悪くはない。これが一日で唯一の食事でなければ。

 で、コイツは何?

「そういや村の子供たちが騒いでいたが、何かあったのか」

「ああ、行商に出ていた三郎さんが帰ってきたんだよ。お土産いっぱい持って」

「そうか、それでか。なんか見慣れねえヘンなもんで遊んでやがると思ったんだ」

「三郎さん子供大好きだもんね」

「ごんすけさんはあまりお好きではないようですね、子供」

 こよりが口を挟む。

「ああ、俺がおもちゃにされちまうからな。親もボケっと突っ立ってねえで止めてくれりゃいいんだけどな。まったく、不敬だとは思わんのかねえ」

 何、コレ?

「あれ、キャロちゃんお箸がすすんでないようだけど」ナズナが心配そうに声をかける。「お口に合わなかったかな」

「ううん、おいしいよ。ちょっとお肉が足りないとは思うけれど……」

「そっかあ。里ではお肉を食べることなんて滅多に無いからね。鳥の肉ならたまにヤマビトの猟師さんがおすそ分けしてくれるけれど」

「そもそもアヅマの国ではそんなにお肉を食べませんからね。この国で広く信仰されている仏教では殺生を禁じていますし」と、こよりが表情を変えずに答える。「お肉を食べる場合でも、朝食に食べようという人はあまりいないかと」

「ああ、でもお魚はお肉よりも手に入りやすいかも」

 キャルロットを慰めようとナズナが言った。

「今度、一緒に獲りに行こっか」

「いや、そうじゃなくてね」思いがつい口に出る。「コレは何なの?」

「はぁ?」

 皆の視線がキャルロットに集中する。ナズナと、こよりと、……一匹だ!

「何って、おめえ」ワケわからん一匹が口を開く。

「ナズナが紹介したじゃねえか。おめえも『よろしく』って言ってただろ」

 聞いたよ、「これはごんちゃんだよ」って。でもアンタ、ナズナの腕の中でぶいぶい言ってただけじゃん……。

「喋れるなんて聞いてないよ!」

「そりゃあナズナが紹介してくれてんだから、俺が口を挟むのも変だろうよ。それに、俺が喋っちゃ何か問題でもあるのかい」

 そのウリ坊は四つん這いではなく、酔っぱらったおっさんが尻もちをついたかのようにだらしなく両足を投げ出しながら、おもちゃのような小さな茶碗と箸を持ってお粥をかっ込んでいた。

「ごめんね、説明していなかったかな。権之助…ごんちゃんはモノカミという神さまなんだよ」

 神さま、かみさま、カミサマ……、キャルロットは頭がぐるぐるとしてきた。一体どうなっているんだこの国は。そういえば以前にナズナが説明してくれていた。八百万とは、“いっぱい”という意味だって。この国には、いっぱい、の神さまがいる。風にも、石にも、草木にも、このお粥にも……。まさかあたし今、いっぱいの神さまとやらを食べちゃっているのか?

「まあ、当たらずとも遠からず、かな」

 どうやら顔に出ていたらしい。妙な目つきでお粥を見つめるキャルロットへナズナが言った。

「どちらかといえば、戒めなんだよね。お米には神さまが宿っている。だから一粒も粗末にしてはいけない。でも大事に美味しく頂けば、お米の神さまも喜んでくれて翌年には何倍にもなって帰ってくる。それは事実ではなくても、そう思うことがこの国では大事なんだよ」

「いずれにせよ、この里にはお米を一粒たりとも無駄にする余裕はありませんけどね。このお粥も半分以上が雑穀ですが、天領で租税が免除されているので他の里よりまだマシな方です」

 と、こより。

「キャロちゃんの国にはそういうの無かったの?」

 ナズナの問いに、キャルロットはしばし考え込む。

「うーん、物を大切にしなさいとはよく言われたけど、神さまがどうとかは特になかったかなあ。そもそもあたしの国には神さまはひとりしかいないし。むしろ、神さまが良いことだと勧めた事を行う、みたいなのが多いかな。神さまの誕生日にはお金持ちや貴族が貧しい人に施しをする習慣があるしね。神さまは人を平等に創ったから、そうやって富を分け与えて平等に近づけることで天国へ行けると考えてる人が多いかも。あたしの国ではそれを“神の御心に適う”って言うんだけど」

「うんうん、どこの国でも似てるんだねえ」と、ナズナが嬉しそうに言った。

「ひとりでも八百万でも、たぶん世界をより良い方向に導こうっていう点では同じなんだと思うよ」

「戒め、ってのは何となくわかったけど……」

 キャルロットはごんちゃんを指さした。

「これは何の戒めなの?」

「人を見かけで判断するな、ってことかな」ウリ坊が得意げに答える。

 人じゃないじゃん。

「年長者を敬え、ってことかもな」

 猪の子供にしか見えないじゃん。

「まあ意味なんて受け取ったそれぞれが考えればいいことよ。おいナズナ、おかわりいいか?」

「はーい」

「あ、ナズナさんわたしが……」

「いいよ、今日の食事当番は私だし。こよりちゃんは座ってて」

 ナズナがぱたぱたと駆け足で台所へ向かう。

「よう、それよりもこう、南蛮の聞いたこともねえような珍しい話とかないか。俺たちが聞いたこともねえような物珍しい話は」

 ……アンタの存在ほど珍しいモンはないよ。

 キャルロットが、うーん、と唸りながら考え込んでいると、ナズナがお粥を持って再びぱたぱたと駆け足で戻ってきた。

「はい、ごんちゃんお待たせ。いっぱい食べて、早く大きくなるんだよ」

「おう、ありがとよ。……って、ナズナお前わざと言ってるだろ。初めて出会った八年前とちっとも変わらねえのは、お前が一番よく知っているはずだぜ」

「今のままだと食べごたえがありませんからね」

「おい! ったく、こよりまで。お前らのは冗談に聞こえんぞ」

 そうぶいぶい言いながら、権之助はお粥をさらさらとかき込んだ。

 ナズナの説明によれば、モノカミというのは付喪神という神さまの一種で、西洋で言えば妖精のようなものらしい。大抵は長年使われた道具が意思を持ち、勝手に動いたり消えたりして人を驚かすと同時に、大事に使ってくれる人の役に立ったりもするらしい。

 要するに、環境マナだ。

 未だにキャルロットにはこの国のマナを方程式に当てはめることは出来そうにないが、それでも少しずつ分かってきた。

 確かに古くから使われてきた年季の入った道具には、何らかの人の気のようなものを感じることがある。それは道具そのものが持つマナの力に加え、使用したことにより別のマナの力が加わることによるものだ。

 例えばハサミなら、鉱石が元々持っている属性と加工する際の火属性に加え、冷やし固める際の水属性、モノを裁つ際の風属性、さらに木や紙を裁つことでそれらが持つ火属性や土属性を吸収することになる。それらの環境マナが微量な場合はお互いに打ち消し合うか時間の変化によって霧散してしまうが、よく出来た道具になると長年使われることにより強いマナの性質を帯びることがある。それが人によって意味や方向性を持たせられた場合、それは妖怪となる。

 少々物騒だが、妖刀といわれる武器は大抵がこの類だ。妖怪を退治したなどという売り文句でなく本物ならば、切られたモノの持つマナや意思の力を吸収して別の性質を帯びることがある。それを不思議がった人々によって“妖刀”と呼ばれるようになるのだ。

 そうした道具自体を素材に使えたらどうなるか。何だか凄いものが出来そうな気がするが、キャルロットはまだそこまでの物に出会ったことがない。出会ったところで、今の自分の力では加工することは不可能だろう。

 尤も権之助に関して言えば、道具ではないウリ坊になぜ人の意志が宿っているのかは説明不能だ。

「こよりちゃん、この後予定って何か入ってたっけ?」

「昼寝」

 と即答する権之助を無視して、こよりが手帳をぱらぱらとめくる。

「目ぼしいものは午前中に済ませておりますので、特には無いかと。しいて言えばひと月後の豊作祈願の儀、これはわたしとナズナさんがいれば十分ですのでその準備と、ヤマビトより昨日倒木でケガをしたとのお話が上がっております。大したケガではないそうですが、山鳥が騒いでいるので付近で近々何かあるのではと不安に感じている人が何人かいるとか。他には甚六さんの家が古くなったので、建て替える際の地鎮祭の準備でしょうか。といっても明後日ですし、諸々の用意は出来ているので後はナズナさんの御身ひとつかと」

「うーん、倒木がちょっと気になるね」と、ナズナが言う。「強い気は感じないので大事には至らないかもしれないけど、荒ぶる気があるなら今のうちに抑えておきたいかな」

「荒ぶる気?」

「あ、環境マナのことだよ。この国のマナはよく暴れるんだ」

 ふとナズナが何かを思いついたような表情を浮かべる。

「そうだ。もしよかったら一緒に見に行かない? もちろん何があるかわからないから、無理強いは出来ないけれど」

「行く行く」キャルロットは即答した。東方の錬金術をこの目で見るいい機会になるかもしれない。

「ご期待に沿えるかどうかはわかりませんが」ナズナが困ったような笑みを浮かべる。「どちらかと言えば、この国の地が持つ環境マナを体感してもらいたいってのが大きいかな。きっとキャロちゃんが力をつかむきっかけになると思うんだ」

「ならばわたしは来月の儀式の準備を進めてますね」と、こより。

「魔物と戦いになるとわたしでは足手まといになりますし。ナズナさんなら大丈夫だとは思いますが、いちおう里長にも声をかけておきますので危なくなったらすぐに逃げてきてください」

「ありがとね、こよりちゃん」

 安心させるようにナズナが微笑む。

「よっしゃ! いっちょう行きますか」

 キャルロットが気合を入れて錬金杖を手に取った。彼女が自ら作ったお手製の武器で、環境マナの力を属性を持った光弾へと変える錬金具の一種だ。作った当初は随分と持て余したものだが、最近ようやく手に馴染みつつある。

「俺も今回はこよりと一緒に留守番してるぜ。気ィつけてな」

 権之助はきゃらぶきの佃煮を口に放り込んで言った。

「おみやげよろしくな」

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