胸の奥に残ったザラつきは、第二層に入ってからも消えなかった。相変わらず、道中でのモンスターとの接触は皆無。皆黙々と、終点目指して歩み行く。
(やはりおかしいな……通路にモンスター共の気配がまるでない。これだけ大人数で移動してるんだ。気付かれないってことは考えづらいんだが……)
短刀を握る手に、自然と力がこもった。そして第二層の終点へ到着する。目に見える形での異変は、ここで現れた。
「んん? なっ、なんだぁ……?」
部隊の先頭が足を止める。視線の先には開け放たれた大扉――部屋の中は、もぬけの殻だった。
「ここって終点、だよな……?」
「間違いねぇって! 目の前に扉があんだろうが!?」
「いや、でもよぉ……部屋ん中に何にもいねぇじゃねぇか……! ってか扉、開いてたしよ……
投げ掛けられる疑問に、誰一人として答えられない。ざわめきは徐々に大きくなり、場は混迷に包まれる。
「どうなってんだよ畜生っ……! 部屋に
「ちゃんと中に入って隅々まで探してみたらどうだよ! 外から眺めてるだけじゃ分かんねぇだろうが!」
「ちょっと押さないでって! 罠かもしんないじゃん!!」
団員たちが統率を失う中、神代はただ一人事態を静観していた。
「か、神代隊長……どうしましょうか。一度引き返しますか……?」
「……いや、時間が惜しいな。私が先陣を切る。安全が確認出来たら、他の者も続け」
神代は躊躇せずに扉を潜ると、大部屋の中に足を踏み入れた。何も起きないことを確認すると、他の団員たちも恐る恐る追従する。
「……御剣さん。私たちも行きましょう」
「ああ」
椿に促され、俺も一緒に部屋の中へと続いた。すると同時に――
「おいっ! 向こう見てみろよ!!」
部屋の奥を指差す団員の姿が目に入った。全員の視線が一点に注がれる。そこにはスライドした壁と――第三層へと続く階段が露わとなっていた。
「……階段が、出てる……? え? え? どういうこと……?」
混乱する椿を尻目に、俺は既に状況を悟っていた。それは先程の第一層で感じた違和感を踏まえた――ひとつの推測。
(……こいつは厄介なダンジョンに足を踏み入れたな)
軽く状況の整理だ。
最も大きな違和感は、やはり第一層で出現したハイエルフの存在か。あの高慢ちきな種族が、他の劣等種と徒党を組むなど到底考えられぬ話である。
そして第二層で立ち塞がった明確な異常――開け放たれた大扉。踏破型のダンジョンでは、フロアの終点を守護するモンスターが存在する。コレは奴らの遺伝子に刻まれた、絶対的な命令系統だ。どんなことがあろうとも覆らない真理。
(……部屋の中にモンスターの姿は無い。だが下層へと続く階段は既に現れている。矛盾だな――)
俺は上記の全てに符合する、ひとつの仮説を得た。
状況的に見てほぼ間違いないだろう。
団員の一人が、顔を引きつらせながら呟く。
「……先遣隊が……先にここを通ったんじゃねぇの……? ほっ、ほらっ……! アイツらがもう
その推論は中々良い線をついている。だが本質を捉えきれてはいない。
(もし先遣隊が既にモンスターを倒していたのなら――)
再度部屋の中を隅々まで見渡す。ここには戦闘の痕跡はおろか――モンスターの死体ひとつだって在りはしない。
(死体が無いなら、ここで一戦交えたってのは考えにくい。……先遣隊はこことは別のルートで先に進んだと考えるのが自然だな)
ルートが複数存在する踏破型。進む道をひとたび違えば、待ち受けるは孤立無援。故に真実は容易く霧散し、雲隠れする。
だが、俺の結論は一つだ。
(
『終点を守護する』というのは、言うなれば探索者たちの持つ固定観念でしかない。いつ何時であっても、イレギュラーは起こり得る。今まさに目の前に広がっている状況こそ、その最たるものだ。俺たちに与えられた情報は少ない。思考を放棄すれば終わりだ。
考えろ――
思考を止めるな。
ありとあらゆる要因を出し尽くせ。
無数の糸を手繰り寄せ、俺はか細き解へと至る。
(……ハイエルフは、もともと第一層にいた訳じゃない。……奴らはこの部屋から、上に移動して来てた……?)
そう考えれば、既に階段が現れている状況とも辻褄が合う。この部屋の
帝国ギルドへ、忠告をすべきだろうか?
俺からの進言をギルドの奴らが真っ当に聞き入れるとは思えない。だが――
「ちょっと話がある」
「ん? 何だ?」
後方集団の幾人かに、声を掛ける。
「アンタたち、このダンジョンの様子がおかしいってことにはもう気付いてるよな?」
「まあそりゃな……扉が開いてるってのはどうにも気味が悪いぜ。下層へ続く階段も出ちまってるし、意味が分かんねぇ……! 今までこんなダンジョン見たことないぞ?」
「俺の経験上、こういった場合には幾つかのケースが考えられる。ここでは最悪の事態を想定して――」
「おいおいおいっ!! 何やってんだぁ、ハイエナ野郎ぉ!」
会話の最中、割って入って来たのは羽黒だ。
「てめぇ何を吹き込んでやがんだ? 口出しすんなよ無能力者が!」
「……別にアンタらのやり方に口を出すつもりはない。だが不測の事態に備えて、互いに気付いたことは共有しておいた方が良いんじゃないか?」
「共有だぁ? 誰がてめぇにそこまで許したよ! 何様のつもりだボケっ! てめぇはただ俺たちの後ろにコソコソ引っ付いてりゃ良いんだよ、さっさと下がれ!!」
……聞く耳持たずか。他の団員も委縮してしまった。仕方がない、これ以上の会話は時間の無駄だな。……最後の情けだ。羽黒に向けて、少しばかり忠告をしておくとするか。
「このダンジョンは異常だ、何が起こってもおかしくない。とにかく周りに注意を払え。異変を見かけたらまずは観察、直ぐには近づくな。他の団員たちにも、よく言い聞かせておくんだな」
「はぁ……? てめぇ、何言ってんだ……?」
これが今の俺に出来る、最大限の譲歩ライン。これ以上踏み越えれば争いは必定、そんな面倒は御免被る。去り行く俺の背中に、羽黒は大きな舌打ちが浴びせるのだった。
俺はダンジョンの片隅で目を凝らした。今は少しでも情報が欲しい。他に何かキャッチできる異変はないだろうか?
するとその行いが、思いもよらぬ収獲を生んだ。
「……ん? あれは……?」
部屋の片隅の石壁の色が、他とは微妙に異なっていた。ジッと見つめなければ気付かぬようなわずかな違いだが、間違いない。
「隠し部屋か……!」
走り出す俺の背を、数人の団員たちが追いかける。俺は石壁をコンコンと叩き、音の違いを確かめる。壁からは空洞音が響いた。
「御剣、何をしている?」
遅れて到着した神代が、怪訝な表情を浮かべるも束の間。石壁がゆっくりと動き出す。
「なっ、これは――!!」
神代の顔に、驚愕の表情が張り付く。石壁の奥に現れた小部屋、そしてその中央には輝く宝箱が鎮座していた。俺は慎重に部屋の中へと足を運ぶ。トラップは無いだろうが、念の為だ。
黄金に輝く宝箱に接近。中を開けるとそこには――
「レイピアか?」
箱の奥底に眠っていた、細身のレイピアを持ち上げる。触れた瞬間に、俺ははっきりと理解した。
「ただのレイピアじゃない……」
「私、鑑定できます! ちょっと見せて下さいな!」
団員の一人が前に出て、両手をかざす。すると瞬く間に、青白い光がレイピアを包み込んだ。鑑定スキルの使い手まで所属しているとは、流石は大ギルド。侮りがたい。
「結果、出ました! あっ、凄い……! このレイピア、魔道具ですっ!!」
魔道具と聞き、椿が息を呑んだようにまじまじとレイピアを見つめた。そう言えば彼女もレイピア使いだったな。何か思う所があるのだろうか。
「目の前に詳細を出しますね!」
武器名:
武器種:レイピア
レアリティ:S+
効果:斬撃の分身
「あっ、『椿』だって! 私とおんなじ名前だ、えへへ……!」
空中に浮かび上がった文字を指差し、椿がにんまりと笑う。他の団員たちの顔にも笑顔が戻り始めた。神代が鑑定結果を見ながら、俺に問いかける。
「御剣。レイピアは扱えるのか?」
「人並程度には」
「そうか。だったらそれはお前が使うと良い。ダンジョンで見つけたアイテムは早い者勝ち……それがこのギルドのルールだ」
「……良いのか? じゃ、ありがたく」
俺は腰に付けた短刀――妖刀血狂をウエストポーチに仕舞い、代わりに今手に入れたレイピアを括りつけた。血狂はまだ切れ味が温まり切っていない。俺の所にモンスターがやって来る前に、団員たちに討伐されてしまうからだ。今回のダンジョン攻略には不向きと判断した。
「よし、それでは攻略を再開するぞ! 第三層へと向かう! 皆、心して掛かれよ!」
神代の号令を受け、部隊は階段を降りて行くのだった。
第三層の趣は、一、二層とは全く異なっていた。端的に言えば、通路にモンスター共の気配がある。
(……あれだけ静かだったのに、いきなりどうしたんだ……?)
モンスター共の動きがあまりにも規格外だ。通常の奴らの思考や習性、本能が、一切機能していない。その不気味さに寒気を覚える程だ。やがて通路を進んで行くと、接敵した。
「グルルルルルルルッツ――――!!」
ウェアウルフの群れだ。
「総員、周囲を警戒っ!! 後方からの奇襲に備えよっ! 私が道を切り開く、前衛部隊は続けぇっ――!!」
神代はランスを取り出し、特攻。ウェアウルフの断末魔が通路に響き渡る。同時に背後を振り返る数人の団員たち。
「――おいっ、後ろからも来てるぞ! 注意しろよ!」
通路を駆け抜けるウェアウルフの群れ。陣形を為し、波状攻撃を仕掛けて来る。
「前には隊長がいる! 俺たちは何としても後方を死守するぞ! 防衛部隊、シールドを張れっ!!」
「了解っ!! 防壁よ――仇なす刃を防ぎたまえ――プロテスシールド!」
後衛部隊の二人が前に出て、両手を掲げる。クリアグリーンの結界が生成され、ウェアウルフの爪を阻んだ。
「今だ、畳みかけろっ!!」
「うおおおおおっつ――――!!!!」
雪崩れ込む集団に、羽黒もにや付きながら紛れ込む。
「よーやく面白くなって来たじゃねぇか……!」
そう言い残すと、ロングソードを片手に喧騒の中へと姿を消した。
「御剣さん……大丈夫ですか?」
不安げな顔を浮かべる椿に、ゆっくりと頷き返す。
「丁度いい。試し斬りと行くか」
俺は早速、腰に付けたレイピアを構える。レイピアの強みは何といっても手数の多さだ。半身の構えで間合いを取り、最小限の動きにて――
「敵を穿つ――――!!!!」
渾身の一突き。
同時に、斬撃が幾重にも分身した。
「グルアアアアアアアアッツ――――!!!!」
寸胴に複数の孔を空ける。たった一突きで、ウェアウルフは肉塊となった。
「……こいつは良いな」
手に吸い付くような感覚――まるで俺の右腕と同化しているみたいだ。小さな動きで功績は抜群、威力も申し分ない。流石は魔道具だ。
「次ぃッ!!」
ひとつ踏み込むごとに、斬撃が幾重にも重なる。穿たれる孔、孔、孔。ウェアウルフの死体が積み上がる。
「す、すげぇ……」
周りの者たちが、武器を下ろして呆然とする。もう自らが戦う必要は無いと悟ったのだ。
「ラストぉッ――!!!!」
空間を裂くその一突きは、ウェアウルフの頭を抉り取る。計十五匹、あっと言う間の殲滅戦だった。
「……お、おいっ。あいつ、確か無能力者って話じゃなかったっけ……?」
「いやいや、それはねぇだろ……! あの動きは一般人じゃねぇって……!」
「……無能力者でここまで動けるって……公安の『剣聖』級じゃない……?」
ひそひそ話が耳を通過する中、俺はただレイピアの輝きに惚れ込んでいた。
(……凄まじい性能だな。俺の実力だけじゃここまでうまくは行かない。……宝を腐らせるも輝かせるも、使い手次第ってか。今後はレイピアの精度も高めて行かなくっちゃな)
皆が息を呑む中、椿は満面の笑みで近寄って来た。
「すごいっ、すごいですよ御剣さんっ!! 私、あんな凄いレイピア捌き見たことないです! もー、感動しちゃった!」
椿は目を輝かせながら、俺に問いかける。
「御剣さんって、レイピア使いだったんですか?」
「いえ、メインはナイフですね」
「えっ! じゃあ二つも使えるんだ……! ……メインがナイフなら、何でレイピアも扱えるんですか?」
「ダンジョンでドロップする武器の種類は選べませんからね。さっきの宝箱みたいに。どんな状況でも柔軟に戦おうと思ったら、使える種類は多いに越したことはない。そう思って、あらゆる武器の訓練をしただけですよ」
「あ、あらゆるって……どれくらい?」
「数えたことありませんが……二十は超えてますかね?」
「…………す、すごすぎる……!」
椿が軽くフリーズしてしまっている間に、団員たちが徐々に前へと進み始めた。神代の戦闘が終わったのだろう。俺もその後に続く。
「み、御剣さん……! 待ってください!」
椿が息を切らせながら、俺に追いついた。その顔は戦闘後の高揚感とも違う――何かを決意した人間の表情だった。
「まだ何かありましたか?」
「御剣さん……私……私……」
必死に言葉を紡ごうとするも、ままならない。踏み出す勇気が無いのだろうか? 俺は足を止め、椿の言葉を待った。
「あの……もしも、御剣さんがよろしかったらで、良いんですけど…… このダンジョンの攻略が終わったら、是非私に……稽古を。……稽古を、付けて下さいませんかっ!」
胸に両手を当てて、そう懇願する椿。
(……稽古って。随分いきなりだな)
「私もレイピア使いですけど、戦い方は独学なんです。エリスはランス使いだし、他の皆も……レイピアを扱える人って、周りに少なくって」
「……俺はただのはぐれ探索者ですよ? ギルドの人間に物を教えられるような、上等なやつじゃありません」
「そんなことありません! さっきの戦い見てれば、嫌でも分かります。御剣さんは強くて気高い――戦士ですよ!」
首を振りながら、強く否定する椿。俺が『戦士』ね――モンスターを拷問する様子を見ても、彼女は同じことを言うだろうか……?
「私、このギルドが大好きなんです。みんな凄い探索者で、使命に燃えてて。色々と衝突することも多いけど……心の中ではお互いの実力を認め合ってる。そういう関係が、凄く……好きなんです……」
「…………」
「私、多分みんなの足手まといになっちゃってます。みんなが優しいから、それに甘えちゃってる。でも、ほんとはそんなの嫌なんです……! 私だって、みんなを護る強さが欲しい! ……今のままじゃ、誰の背中にも追いつけないんです。厚かましいお願いだと言うのは分かっています……それでも、私は!」
そのひたむきさが、胸を焦がす。どこまでも優しい人だ。自分よりも他者を優先し、想いの強さを己が糧とする。俺には眩しすぎる光。
彼女のような人間を、動かす原動力。それは恐らく――
「……椿さんはなんで、ダンジョンに潜るんですか?」
「え?」
俺の問いかけに、意表をつかれたのだろう。椿は目を瞬かせながら、しばし放心した。
「危険じゃないですか……こんなところ。仮にヒールを使えるんだとしても、探索者にならない道だって幾らでもありますよね? わざわざ命を懸けてまで、こんな危険に飛び込むような真似しなくても」
椿は下を向き、唇をきつく結ぶ。瞼を一度ぎゅっと閉じ、そして――必死に笑おうとしながらこう答えた。
「……私のうち、六人兄妹なんです。みんな、まだ小っちゃくて。でも……養っていけるだけのお金が無くって……」
「……兄妹」
「私が一番お姉さんだから、しっかりしないとなんです……!」
胸の奥が鈍く疼いた。触れられたくない場所を、鷲掴みにされた感触。
『カズはお兄ちゃんなんだからさ。みんなの面倒、ちゃーんと見てあげててね! 約束だよ!』
忘れたはずのその言葉が、再び胸の内に蘇る。一瞬だが、小指を立てた朱里の姿が目に浮かんだ。俺にはもう、向き合う資格など無いはずなのに。
成長したチビたちは、今何をしているのだろうか。結局俺は、こんなちっぽけな約束のひとつだって護れてやしない。
「……分かりました。稽古の話、良いですよ。俺なんかで、良いのなら……」
俯いていた椿は、顔をぱっと上げて満面の笑みを零す。
「……はいっ!! ありがとうございますっ!」
――これがせめてもの贖罪になれば良いなどと、愚かにも俺はそう思ってしまったのだった。