羅刹は、かく復讐せし   作:悠久久遠

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第12話 無能力者

 階段を降りると、すぐ目の間には大扉。これまでの扉とは異なり、派手で悪趣味な装飾が施されていた。扉の向こうでは何かが蠢く気配がある。隙間から漏れ出る死臭に思わず顔をしかめた。窒息しそうなほどの威圧感だ。

 

(他に道も無い。ここが終点だな……)

 

 さながらダンジョン全域を統率せんとする――『大いなる意志』とでも言うのだろうか。そんな不気味な物が、部屋の内側で静かに渦巻いていた。この先にボスが待ち構えているのは明白。俺は肩を回しながら、首を左右に二度鳴らす。

 

「……さっさと討伐して、終わらせるか」

 

 扉に手を掛けようとした俺を、上層からの怒鳴り声が呼び止めた。

 

「おいっ!! てめぇ何勝手に先行ってんだ!」

 

 羽黒が俺の後を追いかけて、すぐさま階段を下って来る。握り拳を震わせながら、顔を歪めて俺のことを睨んだ。

 

「ハイエナ、俺言わなかったか? 単独行動はするなってよぉ?」

 

「神代が隊長として機能していない以上、アンタらギルドはもう動けないだろ。このままダンジョンに長居しても仕方ない。俺がボスを討伐して、全部終わらせる」

 

「はっ!! てめぇみたいな無能力者がボスを倒すだって? 寝ぼけてんじゃねぇぞグズが! いっぺん痛い目見ねぇと気ぃすまねぇか?」

 

 羽黒は右腕をまくり上げると、たちまち腕全体が帯電を始めた。迸る雷が肌を総毛立たせ、鼓膜を震わせる。

 

(……雷系の能力者。だが、この出力は……?)

 

 なるほど得心が行った。

 

 帝国ギルドがなぜこのような愚物を所属させているのか、不思議で仕方なかった。ここに至るまでの道中、俺は奴の剣術を何度か目撃した。その腕前は……言っちゃ悪いが、初心者(ビギナー)に毛が生えた程度のおそまつな物。粗暴な振る舞いで部隊の足並みを乱すこの男の存在意義とは何だろうかと、頭を抱えていた。

 

「見な! てめぇみてぇな無能力者には、逆立ちしたって出来ねぇ芸当だろうが!? なんなら今ここで消し炭にしてやっても良いんだぜ? うん?」

 

 何てことは無い――ただスキルが強いから。それだけの理由で優遇されていた訳だ。あまりにもつまらない種明かしに辟易する。泥臭い剣術なんて必要ない。強力なスキルさえ持っていれば、必然的に探索者ランクは高くなるからな。

 

 ――とは言え。

 

(……まだまだ制御が甘いな。スキルを解放した余波で、周りの壁が焦げ付いてやがる)

 

 如何に強力な力とて、結局はそれを扱う当人の鍛錬次第。こいつは身に余る力を天から授かっただけの、典型的な自惚れタイプ。それだけのこと。

 

「神代はダンジョンの攻略を途中で放棄した! その上、椿を死なせた責任もあるからなぁ! 副団長の座を剥奪されるのは間違いねぇ! ……代わりに俺がボスをぶっ殺して、このダンジョンを制覇する! そうすりゃ誰もが認めるだろうよ……この俺こそがっ!! 帝国ギルドのナンバー2に相応しいんだってなぁ!! ヒャハハハハハッ!!」

 

 血走りギラギラ輝く目、これがこの男の戦う理由か。地位だの名誉だの――なぜそんなものに執着するのだろう。他者を蹴落とすことしか考えていない。こんな奴がいるから、無駄な犠牲が増えるのだ。

 

 ……さながら疫病神か。

 

「じゃあアンタがボスを倒せばいい。俺は何が起ころうと、一切手は出さない。それで良いな?」

 

「元よりそのつもりなんだよ! 引っ込んでろや、ゴミがっ!」

 

 羽黒はそのまま乱暴に大扉を押し開けた。中からは粘つくような重い空気が溢れ出す。

 

(ダンジョン全体に漂ってたこの異様な気配……やはりこの先のボスが原因か)

 

 俺の緊張もいざ知らず、羽黒は何食わぬ顔で部屋の中へと足を踏み入れるのだった。

 

 

 目の前に広がったのは、だだっ広い空間。部屋の大きさ自体はこれまでと大して変わらないだろうが、モンスターの集団がいない分、心なしか広く感じられた。

 

 そして部屋の丁度中央――そこに、ボスはいた。

 

 グジュ……グジュ……

 

 赤黒い軟体生物。

 例えるならそう、スライムだ。

 

 真っ赤なスライムが、ただポツンとその場にいる。異様な光景だ。目の覚めるようなあの『深紅』は、いったい何の色なのか。

 これまでに奴が喰らって来たモンスターや探索者たち――その血肉を想起させた。

 

(気色の悪いオーラを撒き散らしやがって……)

 

 このダンジョンは言うなれば、奴の腹の中。全ての生物は奴によって寄生され、思うがままに動かされている。リザードマンが俺の毒を受けても無反応だったのはそれが理由か。傀儡をいくら殺したとて、本体にダメージが行く訳ではないからな。

 

「はっ……! んだよコレっ! どんなおっかねぇモンスターが出て来るかと思ったら、コイツがボスかよ!? 拍子抜けだぜ、アッハッハッハッ!!」

 

 羽黒は腹を抱えて笑っていた。この男には分からないのだろうか? 目の前のスライムから放たれる、濃密な血の匂いが――

 

「あー、おもしれぇ! 身構えて損したぜ。んじゃ、さっさと終わらせてやるとすっか。上の奴らが来る前に決着がついてた方が見栄えが良い。アイツらも、涙を流してこの俺に感謝することだろうよぉ!」

 

 スライム目掛けてゆっくりと歩を進める羽黒。まくった腕から雷を放出させ、周囲に雷撃の火花が散る。手のひらをかざして、雷を圧縮。空気を震わせる。

 

 グジュ……!

 

 雷撃が床へ飛び、スライムの表面に被弾。奴の内部がぞわりとひとつ脈動した。

 まるで次なる宿主を見定めた、狩人――

 

「死んどけや、雑魚が」

 

 雷を放つその刹那。

 赤い障壁が、羽黒の正面を覆い尽くす。

 

「なっ――!!!!」

 

 ギチ……ギチギチギチギチ…………ギチギチ……!

 

 突如スライムが膨張し、羽黒の視界を奪い去った。目の前で蠢く無数の触手。そのままスライムは羽黒を抱き寄せると、自らの器官の中へと招き入れた。

 

「なっ、何だよコイツっぅ!!!! うぁっ、や、やめろおおおおおおおおっ――!!!!」

 

 必死の抵抗は虚しくから回る。数多の雷撃を受けても、スライムはびくともしない。羽黒の全身が、徐々に深紅の粘膜で覆われて行く。

 

「や、ヤベッ――!! おいっハイエナアアアアァ!!!! てめぇなに突っ立ってやがる!! 早く助けやがれっ!! たっ、助けろって――――!!!!」

 

 浸食が顔付近まで広がった。終わるまであと数秒と掛からぬだろう。俺はただ冷めた目で、その様子を見守った。

 

「お、おいっ!!!! 頼むって!! 俺がっ、俺が悪かった!! だから助けてくれっつ!! 頼むっ!!!!」

 

 絶叫は懇願へと様変わり……哀れだな。

 

 ――もう忘れたのか?

 何が起ころうと手は出さないと、さっき念押ししたばかりだろうに。

 

「嫌だぁぁあああ!!!! 俺はまだまだ上に行くんだあああああっ!!!! こんなとこで死にたくねぇっ!! 死にたくねぇえええええ――――!!!!」

 

 そんな哀れなお前に、相応しい手向けをくれてやるよ。

 

「良かったな羽黒。穢れきったその心に、ようやく肉体が追い付いたじゃねぇか。もう言い逃れできねぇよ。紛れもないモンスターだ、お前は」

 

 レイピアの切っ先を向け、俺は静かに息を吐いた。

 

「――安心しな。化け物の俺が、怪物になったお前を心置きなく処理してやるからよ」

 

「あっ――あ、あああああああああああ――――!!!!!!」

 

 顔全体を侵食した粘膜によって、羽黒の絶叫は飲み込まれた。全身を覆っていた赤い粘膜が、ぐじゅぐじゅと皮膚の上を這いずり回る。肉体内部への侵入を試みているのだろうか?

 

(……目に見える大きな外傷が無い以上、そう容易く入り込むことは出来ないはずだが……)

 

 顔を覆っていたスライムの一部が口内へと入って行く。最もお手軽な侵入経路を選んだようだ。同時に腕には小さな孔を空け、少しずつ粘膜を内側へと送り込んだ。羽黒の意識は既になく、白目を剥いて奇声を上げた。

 

「ガッ……ガ……ギィィィィィッツ!!!!!」

 

 右腕を上げる。同時に雷が腕に収束――

 

「ガアアアアアアアアッツ!!!!」

 

 巨大な稲妻の塊が、腕に沿って生成された。周囲に飛散した雷により、みるみるうちに部屋全体が黒煙を上げる。凄まじい威力――それは同時に、掲げられた羽黒の右腕すらも焼き溶かす勢いであった。

 

(……痛覚の枷を取っ払ってやがる。肉体の壊れる限界まで、出力を上げられるって訳か)

 

 俺は前傾姿勢でレイピアを構える。見据える先は奴の喉元。だが安易な突進はダメだ。金属のレイピアは雷の影響をもろに受ける。刺した瞬間にこちらが感電死ともなりかねない。

 

 だったらどうするか。

 

「ま、たらふく味合わせてやるよ……!」

 

 俺はポーチのブツを左手に握り込み、奔る。

 

「ガアアアアアアアアッツ!!!!!」

 

 放たれる雷は出力こそ桁違いだが、精密さに欠ける。避けるのは容易い。俺は羽黒の目の前まで走り抜くと、そのまま握り込んだ小瓶を奴の顔めがけて投げつけた。

 

「………グ?」

 

 小瓶が割れ、中の液体が全身を濡らす。

 一瞬の疑問符。遅れてやって来る。

 

「ガッ、ギャアアアアアアアアアッツ!!!!!!」

 

 ――悲鳴。

 

 そうだ、それこそがあるべき痛みだ。

 ようやく自覚したか?

 

 貴様はこれまでモンスター共に取りつき、表側には出て来なかった。傀儡を使役して、自らは安全な最深部で様子を眺めていただけだ。

 

「グアアアアアッツ、ギャアアアアアアアア――――!!!!」

 

 だが羽黒に寄生したばかりのお前には、まだ接続が残ってる。羽黒の肌にべっとりと付着したその残滓は、直ぐには拭えない。肉体に入って行ったのはごく一部――まだまだ貴様の粘膜は外に残ってるじゃないか。

 

「だったら効くよな、この毒は……! フフフッ……!」

 

「ギャアアアアアアアアアアアアッツ!!!!」

 

 ぐちゃぐちゃと不快の音を立てながら、スライムが羽黒の肌を這いずる。奇抜な変形を繰り返して悶えるさまが実に滑稽だった。

 

 羽黒はお前の痛みの代弁者だ。声帯が無くっちゃ、苦痛を発散できねぇからなぁ?

 

「さあ気分はどうだ!? てめぇが殺してきた探索者の分まで、苦しんで苦しんで苦しみなぁ!! アッハッハッハァ!!!!」

 

 相手がどれだけ強力なスキルを行使しようと関係ない。そんなものは全て俺の経験、技量で捻じ伏せる。

 

 無能力者……? 上等だ。

 この身は既に、貴様らを殺す為だけに捧げた修羅だ。一匹残らず、殺し尽くしてやるよ。

 

 雷が霧散し消滅する。その隙を狙って、俺は羽黒の喉元にレイピアを向けた。

 

「ハアアアアアアアッツ!!」

 

 喉仏を貫く一閃は、そのまま連撃へと派生した。重なる斬撃。羽黒とスライムが跡形もなくなるまで。突き刺し、抉り、そして屠る。体中に無数の孔を穿たれた羽黒は、そのままばたりと倒れ動かなくなった。

 

 

 幕引きと同時に扉付近に喧騒。

 

「おっ……おい! 何だよコレっ!!」

 

 ギルドの面々が次々と顔を出す。部屋中に飛び交った雷撃の跡を見て、皆が喉を鳴らした。団員の一人が異変に気付き、地面にゆっくりと指を向ける。

 

「は……羽黒さん……?」

 

 全身に孔を穿たれた羽黒の死体。そしてそのすぐ隣では、レイピアを持って佇む俺の姿。どうなるのかは自明の理だった。

 

「……また……殺したの……?」

 

 涙で震える声。ざわめきが徐々に大きくなる。

 

(……潮時だな)

 

 もうここに用はない。

 扉へと近づくと、皆が無言で俺を避けて道を作る。だがただ一人、俺の進行に立ち塞がった者がいた。

 

「……御剣、お前がやったのか?」

 

 神代だ。その瞳にはまだ以前ほどの熱は無いが、隊長たる責任感が彼女の足を動かしたのだろう。

 

「このダンジョンのボスは寄生型のスライムだった。羽黒は寄生されたんだ。だから処理した」

 

 誰かの非難の言葉が響いた。神代は意に介さず、俺の目を真っ直ぐに見つめる。

 

「……そのスライムとやらはどこにいるんだ?」

 

「さてな。羽黒に取りついてた所を一緒に討伐した。その時に消えちまったよ」

 

「…………」

 

 神代は無言のまま、周囲を睨む。

 

 雷撃の跡、床にこびりついたスライムの残骸。そして羽黒の亡骸にわずかに付着した深紅の粘膜。真実を推しはかろうとしているのか。だが、神代の口から結論が紡がれることは無かった。唇を噛みしめ、言葉を飲み込んだ。

 

「ボスは倒したんだ。このダンジョンは直に消滅するだろう。もう互いに顔を合わせない方が身のためだな。……じゃあな、神代」

 

「待てっ!!」

 

 扉から出て行く俺を、神代は呼び止める。

 

「どこへ行くつもりだ?」

 

 ダンジョンで死亡した人間は、現実世界には転送されない。死体はダンジョンの消滅に巻き込まれ、跡形も残らない。だから――

 

「……最後の挨拶だよ」

 

 そう言い残した俺の背中を、神代はどんな顔で見送ったのか。前を見据えた俺には、知る由も無かった。

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