羅刹は、かく復讐せし   作:悠久久遠

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断章 起源

 初めのソレは、とある公園の小さな靄であったと言われている。

 

 ――東京都、練馬区。

 深夜二時、閑静な住宅街にて。

 

「おぉ~いぃ、隆司ぃ~! おめぇちょっと、歩くの早すぎん、だろうがよぉ、ヒック……! 俺をおいてぇ行く、気ぃかぁ? ヒック……!」

 

「も~、飲み過ぎなんですって宮迫さん! もっとキビキビして下さい! 誰のせいで終電無くなっちゃったと思ってるんですか!」

 

「んんぁ~?」

 

 ふら付く宮迫は首を傾げた。世間は来たるべきクリスマスムードで浮かれていた。それは中年サラリーマンたる宮迫とて同様。酒が入ることで、年甲斐にもなくはしゃいでいたのだ。寒空の下、夜風を受けてブルりと催す。

 

「おれ、ちーっと小便してくるぁ~ そこで待ってろよぉ~隆司ぃ~」

 

「ちょ、宮迫さん! 我慢して下さいよ! これ以上遅くなったら洒落にならないんですって!」

 

 若干の涙声が混じる隆司を放置し、宮迫は奔放に千鳥足。そのままふらふらと公園を目指した。

 

「~♪ ~~♪」

 

 鼻歌交じりでやって来たのは草陰だった。余程泥酔していたのだろう。宮迫は公衆トイレには目もくれず、あえての草陰を選んだのだ。

 

 それが彼の運の尽きだった。

 

「んん~? なんだぁ~これぇ~?」

 

 草陰のすぐ近く、木と木の丁度合間に異変。緑が生い茂っている影に、宮迫は青色の靄を見た。青白く発光する異質な空間に、目を瞬かせる。

 

「…………?」

 

 ふらふらと吸い込まれるように、靄へと接近する宮迫。彼にはそれがいったいどんな光景に見えていたのだろうか。今となっては、誰も知る由はない。

 

 

「おっそいなぁ、宮迫さん……」

 

 待つ事十五分。隆司は我慢の限界に達していた。

 

「もうっ! トイレ行くのにどんだけ時間かかってんだよ、あのオヤジは! 明日も仕事あんだぞ、クソっ……!」

 

 悪態をつきながら隆司は公園に向かう。先ずは公衆トイレを確認するも、そこには宮迫の姿は無い。舌打ちをひとつ。苛立ちを抑えながら、隆司は周囲を彷徨った。

 

「宮迫さ~ん!! どこ行ったんですか~!!」

 

 近所迷惑になることも厭わずに、大声で呼びかける。

 

 

 すると彼も、目撃する。

 

「……な、何だコレ……?」

 

 木の間で揺らめく青い靄。まるで光りに集まる蛾のように、隆司はゆらゆらと近づいた。

 

 

 コツン――

 

 靴先に何やら重い感覚。思わず足元を見やる。

 

 そこにあったのは、太い腕。

 

「――――は?」

 

 指先からゆっくりと、腕を視認する。

 肘、肩、首、そして――血。

 

「あ……あっ……!」

 

 靄の中から伸ばされた手。

 白目を剥いた宮迫が、血の海へと沈んでいた。

 

「うあっ……うああああああああああああ――――!!!!!!」

 

 1994年12月22日。

 その日付は、後に世界史へと刻まれた。

 

 それは地球上で初めて、ダンジョンが観測された日であった。

 

 ――――

 

 後に『練馬の悲劇』と呼ばれるこの現象は、当初警察内においても「悪質ないたずら」程度に扱われていた。通報を受けた警察官二名が現場に到着したのは、宮迫の死体が発見されてからおよそ二十分後。死体付近の草陰で膝を抱えて震える隆司を見つけたことで、彼らはこれがいたずらなどでは無かったのだと思い知る。

 

 血の海と青い靄。そして上半身だけが靄からはみ出ている、宮迫の異様な死にざま。現場は異様な空気に包まれた。警官二人は、すぐさま宮迫の死体を靄から引きずり出す。

 

 その折、警官の内の一人は興味本位で靄の中に顔を突っ込んだ。

 ――結果は半狂乱。

 

 発砲するも靄に拳銃は通じず、弾丸はまるで空間そのものに飲み込まれるように消失した。

 

 

 翌日、現場は封鎖され、自衛隊への出動要請が上がる。だが当時、ダンジョンなどと言う概念は存在しなかった。国防省は半信半疑。

 

「未知の現象に軍を動かすべきではない」

「先ずは科学的調査が最優先」

「死体の解剖結果を急げ」

 

 そんな議論が延々と続き――

 

 自衛隊が正式に動いたのは、通報から約一ヶ月経ってのことだった。

 

 その頃には、皆が薄々悟っていた。

 この靄は、異世界への通り道。

 

 現世と地獄が、何らかの拍子で繋がってしまったのだと。

 

 探索に入った隊員は、次々と消息を絶つ。戻って来た者たちは皆一様に、化け物を見たと騒ぎ立てる。さながら冥界への入り口だと噂された。

 

 この間に、世界の各地にて同様の靄が観測され始める。アメリカ、フランス、イタリア、中国、ロシア――地球規模で同時多発的に発生したこの異常現象は、後にゲート、そしてダンジョンと定義された。そしてこの頃から、各国に「能力者」と呼ばれる者たちが出現し始める。超常現象を操る彼らを、一部の新興国は「神の使者」だと持て囃し、崇拝した。

 

 

 変わり行く世界の情勢に、適応を拒んだ国があった。ゲートを放置して、不干渉を決め込んだのだ。

 

 ――スタンピードが発生した。

 

 都市部に突如、異形の怪物が溢れ、死者は数千人規模にも達したと言われている。国連は緊急会議を開き、各国はダンジョン対策組織の設立を急いだ。日本では既存の公安組織の一部が「裏の対処班」として再編され、同時期に民間主導で「ギルド」の原型が生まれる。「大日本ギルド連盟」の誕生だ。

 

 こうして世界はわずか数年の間に、国の在り方そのものが大きく変容して行くのだった。

 

 

 ――――

 

 時は流れ、2026年。

 東京都、渋谷区。都内の某中学校、授業風景。

 

「――とここまでが、世界で初めてダンジョンが発生した経緯だ。我が国日本がその起源だったってのは、まあ有名な話だよな。お前らも日本人なんだから、ちゃーんと覚えとけよ~ なにか質問あるか?」

 

「せんせ~! その時見つかったダンジョンって結局どうなったんすか?」

 

「お、いい質問だな早瀬! そりゃあ大変だったみたいだぞ~ 当時はまだ能力者の存在なんて知られてなかったからな。警察が突っ込んでも埒が明かん。拳銃なんてモンスターには効かないからなあ。その癖、自衛隊はギリギリまで重い腰を上げないと来たもんだ。俺も当時ニュースで見てたんだが……もう現場は大混乱よ!」

 

「拳銃は無理だよな~」

「それな! せめて手榴弾とか? ってかミサイル案件?」

「当時の政府無能すぎ~」

 

「はい静かに! んでまあ、ようやく自衛隊が突入して、死に物狂いでボスを討伐。ゲートが発生してからかなり時間も経ってたからなあ。危うくスタンピード一歩手前だったみたいだぞ?」

 

「スタンピードって、単語聞くだけで無理なんですケド……」

「……初めてやらかした国ってどこだっけか?」

「まだ動画上がってるって! ……ほらこれ、見てみなよ! トラウマもんだから」

「うえっ、モザイクだらけじゃん。きもちわるっ……!」

 

「……そっから先は、お前らも知ってる通りだ。能力者が現れて、ギルドが出来て、公安が日々街をパトロールしてる。ここまででざっくり三十年だな。時代が変わるのは早いねぇ」

 

「せんせ! ギルドってそもそもなんすか~?」

 

「お前なあ……中学生でその質問はヤバいぞ? もうちょい世間に興味持てよ~」

 

「さーせーん!」

 

「いいか? ギルドってのはだな――」

 

 

 今日もまた、ダンジョンの歴史は後の世代へと伝えられている。

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