羅刹は、かく復讐せし   作:悠久久遠

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第15話 和解

 靴を脱ぎ捨て、薄い床板を踏みしめる。今日のダンジョンは予想以上に手こずった。普段ならば問題なく捌けるようなモンスター相手に、幾度となく被弾。ヨプの葉を全身に塗りたくっての帰還となった。

 

(……傷の回復は出来ても、疲労までは取れないってか)

 

 連日の無理が祟っているのかもしれない。魔道具『落葉椿』が手に入ったことで、ダンジョン攻略の効率は目に見えて向上した。とは言え便利な反面、肉体への負担が増えたのも事実。こういう日は体を休めるが吉だ。

 

 という訳で――

 

「やっぱエクレアだわな!」

 

 レジ袋をかさかさと漁り、中から『黒い稲妻』――至上最強のスイーツを手に取った。

 

 ミニ○トップが近場にない俺のボロアパート。普段から少しお高いスイーツばかりを選んでいるせいもあってか、そこらのコンビニスイーツじゃ満足できない程に、俺の舌は肥えてしまっていた。だが唯一、このエクレアだけは別である。

 

 何と言っても、まず見た目が良い。チョコレートでコーティングされた上側と、ふんわりシュー生地が絶妙な比率でブレンドされた造形美。口に入れた瞬間にパリッとチョコが砕け、柔らかな生地と、中のカスタードが混ざり合う。まさに至福の時間。

 

 シュークリームとは違って、中身が外に飛び散りにくいという点も評価ポイントだ。ファ○マの『たっぷりクリームのWシュー』は絶品ではあるが、かぶりつくと中のクリームが飛び出してしまうのが玉に瑕。袋にべっとりと付着したクリームの残骸を舐め取る、あの惨めさと言ったら。筆舌に尽くし難い。

 

「~♪ ~~♪」

 

 冷蔵庫からパックの野菜ジュースを取り出し、机の前へ。袋を開けて、いざ実食――

 

 

 ぴんぽーん。

 

「…………」

 

 インターホンが鳴る。

 

(誰だよ、俺の至福を邪魔をする奴は……?)

 

 無視を決め込もうと思った刹那――

 

 ぴんぽーんぴんぽーんぴんぽーん!

 

 無慈悲な連打だ。ふざけやがって……

 俺はエクレアを袋に戻し、仕方なしに扉を開けた。

 

「どちらさんですか?」

 

 師走の冷たい空気が、室内へと流れ込む。そこにいたのは――

 

「よ……よぉ、御剣…… その……久々だな……」

 

「……し、茂宮……!」

 

 意外過ぎる訪問客だった。茂宮はばつの悪そうな表情を浮かべながら、視線を合わせようとしない。

 

「どうしたんだよ、茂宮。なんで俺の家に……?」

 

「……御剣、その、だな……」

 

 歯切れの悪い返答だ。茂宮はコートの内側で身をよじり、ぶるりと震えた。外で話すには厳しい季節だろう。

 

「とりあえず、中に入るか?」

 

「……おう」

 

 部屋の中に入ってからも、茂宮の肩はわずかに震えていた。あの日の恐怖が、まだ残っているのだろうか? 無理もない。一方的に別れを告げて立ち去ったのだ。正直、二度と会うことは無いと思っていた。

 

 二人で机を囲んで胡座をかく。俯き気味の茂宮に向かって、俺は問いかけた。

 

「それで? 何しに来たんだ。……と言うより、良く俺の住んでる場所が分かったな?」

 

「……ま、仕事柄な。そういうのは得意なんだわ」

 

「公安一課だったか? この時期は忙しいだろ? 色々と」

 

「……まあ、な……」

 

 静寂が横たわる。会話が続かない。

 

「……長くなりそうなら、食っても良いか?」

 

「……? 食うって、何をだよ?」

 

 俺は机の上に放置された袋を指差す。

 

「エクレア」

 

「エク……は……?」

 

 生地にかぶりつく俺を見て、茂宮は一瞬放心した。

 

「旨いっ……! カスタードは人類の叡智だな」

 

 口に残る甘みを野菜ジュースで流し込む。茂宮は呆け面で一連の動作を見守った。そして、プッと笑いが漏れる。

 

「あっはっはっは! んだよそれ……! おめぇはほんとに面白れぇ奴だよ。御剣!」

 

 さっきまでの震えは、いつの間にか消えていた。

 

「あーっ、くっそ!! 辛気臭ぇのは止めだな、止めっ!」

 

 頭をがりがり掻くと、茂宮は改めて俺に向き直り、そのまま深く頭を下げた。

 

「御剣っ! あの時はすまんかった!!」

 

「……何のことだ?」

 

 茂宮がガクッと体勢を崩した。別にとぼけたつもりはない。だが謝罪を受ける理由については、本当に思い当たる節が無かったのだ。

 

「……なにって、渋谷ブルーゲートでの一件だよ! お前に……銃口を向けちまったじゃねぇか…… 我ながら呆れるぜ。命の恩人相手に、あの態度はあり得ねぇってな……!」

 

「なんだ、そんなことか。別にあれが普通の反応だろ。気にするな」

 

 管理者(ゲートマスター)を相手にすると、俺はどうにも冷静さを失う。奴らを徹底的にいたぶり、苦しめてやりたいと。そんな黒い衝動に支配される。

 

「いや、それじゃあダメだ! これは俺のけじめの問題なんだよ!」

 

「……面倒だな」

 

「面倒って言うなよ!?」

 

 茂宮の声が勢いづく。調子が戻って来たな。

 

「じゃあ今度、ちょっとお高めなスイーツでも奢ってくれ」

 

 茂宮は一瞬ぽかんとした後、フッと笑った。

 

「……ああ。任せとけ!」

 

 その笑みは、あの日ダンジョンの中で見せたものとは別物だった。俺はようやく、こいつと真正面から話せるような気がした。茂宮は直ぐに表情を引き締め、声のトーンを落とす。

 

「……で、こっからが本題なんだがよ。お前に謝りに来たってのは、実は目的の内の半分だ」

 

「半分?」

 

「そうだ。んでもう半分は、ある『知らせ』だ」

 

 茂宮は声を潜め、俺の方へ身を寄せた。

 

「御剣。お前ここ最近、ブルーゲートで暴れ回ってるだろ? 片っ端からゲートを潰してるってんで、公安の上層部がお前の動きに目を付けたんだ」

 

「ダンジョンが攻略されれば、公安としても万々歳だろ?」

 

「……まあそうなんだがな。興味を持った野郎が、ちーっとばかし曲者だ」

 

 そこで一度区切る茂宮。待てど言葉は続かないので、こちらから促した。

 

「誰なんだよ、その曲者ってのは?」

 

「……『剣聖』桐生 正臣」

 

 その名を聞いた途端、背筋がざわめく。口に残るエクレアの甘さが、急に遠ざかった気がした。

 

「桐生 正臣か……また随分と大物が出張って来たじゃないか」

 

 茂宮は口をつぐむ。煙草を吸おうとライターに手を掛けるも、ここが俺の家であることを思い出したのか。直ぐに思い留まった。余程のヘビースモーカーだな。

 

「吸っても良いぞ。他の住人も普通に吸ってるからな。大家も黙認してる」

 

「……そうか。助かるぜ!」

 

 にかりと笑う茂宮。しかしその笑顔は、どこか無理をしているようにも見えた。よく見れば目の下のクマが濃い。この時期の公安は激務だ。一服ぐらいさせてやっても、罰は当たらないだろう。

 

 茂宮は遠慮気味に煙を吐き出すと、改めて俺に向き直った。

 

「んでな。その皆のヒーロー『剣聖』様が、お前に興味が湧いたんだとよ。ぜひ会いたいって言ってるんだが……どうだ?」

 

「桐生が、俺に……?」

 

 桐生は公安における最高戦力――公安のトップに位置すると言っても差し支えない男だ。ギルドと違って、公安は一般市民との連携も強固。中でも桐生は日本国における『力』と『正義』の体現者。カリスマ的な人気を誇る。

 

 そんな男が、わざわざ俺みたいなはぐれ探索者に会いたいと言うじゃないか。いったい何の思惑あっての事だろうか?

 

「……正直、面倒な予感しかしない。出来れば遠慮したい所なんだが……」

 

 俺の返答を受け、茂宮は渋面を作る。

 ――が、それも一瞬だった。

 

「まあそう言うと思ったよ。そもそもお前、ダンジョンに潜ること以外に、なーんも興味なんてなさそうだからな。……けどな御剣。この話は、お前にとってもわりかし悪くねぇ条件付きだと思うぞ――」

 

「条件? どういう意味だ?」

 

 続く茂宮の言葉を聞き、俺は公安本庁へと向かうことを決心したのだった。

 

 ――――

 

 翌朝。

 

「ひぇ~さびぃ! 雪降ってやがるじゃねぇか!」

 

「茂宮さ~ん…… 俺たち、いつになったら休み貰えるんですかね……」

 

「ゲートの発生さえなければ、三が日はゆっくりできると思いますよ。ゲートの発生さえ無ければ……ですが」

 

「繰り返さないで、葵ちゃん!! フラグに聞こえるから、それっ!」

 

 玄関先でわいわい騒ぐ茂宮ご一行、計三名。茂宮の他に若い男――この男は渋谷のブルーゲートでも見かけたな。茂宮から事前に名前を聞いていた……確か吉田と言ったか。そしてもう一人。葵と呼ばれている、黒ぶち眼鏡の女。彼女も茂宮の部下だろうか?

 

「おおっ! 来たな、御剣ぃ!」

 

 階段から降りてくる俺を見て、茂宮が手を上げる。隣の二人も俺へと目線を合わせた。先ず駆け寄って来たのは吉田だ。

 

「御剣さん、お久しぶりですね! 俺のこと覚えてますか? ほら、あの時ブルーゲートにいた」

 

「吉田――」

 

 名前を呼んだ瞬間、吉田の目が光った。

 

「覚えててくれたんですね! いやー嬉しいなあ! 改めまして、俺の名前は吉田 順平です。公安一課で、茂宮さんの下についてます! あの時は碌なお礼も出来ずにすみませんでした……! 俺、動揺しちゃってて……」

 

 距離が近い。

 声がデカい。

 テンションが高い。

 

「……は、はあ……?」

 

 一人勝手に盛り上がりまくし立てる吉田に、俺は間の抜けた相槌を打つので精一杯だった。

 

「あの後茂宮さんから聞きましたよ! 御剣さん、ボスを一人で倒しちゃったんですよね!? 凄すぎますって!! ブルーゲートを単独で攻略出来る探索者なんて……B級……いやもしかしたら、A級クラスなんじゃないですか!? 凄いなあ……」

 

「……ま、まあ、ほどほどに……?」

 

 ほどほどってなんだよと、自分で言ってて突っ込みたくなる。吉田は目を輝かせながら、更に詰め寄って来た。

 

「茂宮さん、ずーっと浮かない顔してたんですよ! 御剣さんと会うの気まずそうだったんで、心配してたんです。でもこの様子ならもう大丈夫ですね! いやぁ良かった良かった!」

 

 なるほど理解した――苦手な人種だ。

 

「吉田伍長。積もる話はあるでしょうが、少しは自重して下さい。御剣さんが困っておられますよ?」

 

 吉田の猛攻を遮るように、目の前に現れた女。

 

「お初お目にかかります。私、(あおい) 優香(ゆうか)と申します。公安一課所属で、階級は大尉。茂宮少佐の下で働いております。以後お見知りおきを」

 

 姿勢が異様に良い。呼吸のリズムすらも一定で、無駄が無い。見たところ年齢もかなり若いな。俺より二つ三つは年下だろう。それでもう大尉か……優秀だな。

 

「……御剣 一真です。よろしくお願いします……」

 

「…………」

 

 気まずい沈黙。こちらから喋れということか?

 

「あの……葵さんはいったい――」

 

「自己紹介は済みました。これ以上の会話は非合理的です。早く先に進みましょう」

 

 ――こいつも苦手な人種だな。

 

「うしっ! 互いの紹介も終わったみたいだし、そろそろ行くか! 本庁まで!」

 

 茂宮の号令を皮切りに、俺たちは雪の積もる地面を進んで行くのだった。

 

 ――――

 

 公安本庁は思っていたよりも静かだった。雪を踏む音だけがやけに大きく響く。建物の前には警備車両が数台、いつ何時でも現場へ急行できるようにスタンバイされていた。

 

「……相変わらず、年末は空気が重いな。ピリついてやがる」

 

 茂宮がぼそりと呟く。吉田も、さっきまでの軽口が嘘のように黙り込んでいた。そのまま受付を通ると、廊下の奥で数名の職員が一斉に姿勢を正す。空気がひやりと沈むのを感じた。

 

「……来るぞ」

 

 茂宮の声がかすかに震え、吉田と葵の背筋が糸を引くように伸びる。近づく足音。規則正しく無駄がなく、氷上を歩くような静謐さ。

 

「……御剣 一真君だね」

 

 姿を現した男は、テレビで見るよりも若く思えた。低く通る声。たった一言で、肺の奥が冷えて行くのを実感する。茂宮が隣で喉を鳴らす音が聞こえた。

 

 桐生 正臣。

 『剣聖』の異名を持つ、公安最強の光の執行者。

 

 その視線が、真っすぐ俺に向けられた。皮膚が総毛立つ。

 

「急に呼び出したりして済まなかったね。会いたかったよ。君のことがずっと気になっていたんだ」

 

 桐生は一歩、俺に近づいた。その歩みで、空気がわずかに振動する。桐生の右手には銀色のアタッシュケース。無機質な光がよく似合っていた。

 

「御剣君。早速だが、君に頼みたいことがある」

 

「……内容次第ですが」

 

「ここでは話せない。ついて来てくれ給え」

 

 桐生は踵を返し、エレベーターへと向かう。ICカードをかざすとその行き先は、なんと地下。

 

「……マジかよっ! いきなりそっちに行くのか……!」

 

 茂宮が小声で呟く。葵は無言のまま、眼鏡の奥で目を細めた。

 

 エレベーターが降下するにつれ、胸の奥がざわつく。何か巨大な物が、俺を呼んでいるような感覚。桐生が静かに告げた。

 

「この先にある物は……君のこれまでの常識を覆すだろう。きっと気に入ってくれるはずだよ」

 

 エレベーターが止まる。扉が静かに開き、冷たい風が吹き抜けた。

 

「――では、行こうか」

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