「――ま、待ってくださいよ! 桐生さん!!」
鋭い声が、沈みかけていた意識を呼び戻した。振り返ると、茂宮が顔を真っ青にして立ち尽くしている。
「こんな……こんな話、俺は聞いてませんよ……! 俺は貴方がダンジョン攻略に役立つ道具を御剣にやるってんで、ここに連れて来たんです! 魔眼なんてそんな……!」
茂宮は震える声音で迫るも、桐生を否定する言葉は一つも出てこない。公安の序列は絶対だ。例え正論を振りかざそうとも、立場上では逆らえない。その葛藤がありありと表情に滲んでいた。
桐生は子どもを諭すような穏やかな口調で告げる。
「茂宮少佐。これは『選ばれた者』にしか関係のない話だよ。余計な口出しは無用だ。無論、最終的な判断は御剣君に委ねるさ。心配はいらない」
「……っ、それでもよぉ……!」
茂宮は言い返そうとして、喉の奥で言葉を飲み込んだ。俺は再度桐生の元へと近づき、右手を伸ばす。まるで深海に沈む光に引き寄せられるように、気付けば腕が伸びていた。
「御剣!? おい、やめとけって――!」
茂宮の声が遠ざかる。視界の端が暗く沈み、ケースに収められた魔眼だけが鮮やかに浮かび上がる。
――力に触れたい。
そんな原初の衝動が、胸の奥で熱く脈打っていた。
「ようこそ御剣君。人の理を超えた世界へ。歓迎するよ」
俺の手の中で輝く魔眼を見ながら、桐生は静かに微笑んだのだった。
――――
「茂っちってば焦り過ぎなんだって~ そんなに心配しなくてもノープロブレム! 一真っちは桐生様のお眼鏡に叶ったんだからさ♥ 魔眼だって、きっと使いこなせるって!」
帰りのエレベータの途中、毒島が茂宮をなだめていた。
(……ってかなんだ、『一真っち』って)
さっきまでそんな呼び方していなかっただろうに。エレベーターで俺の隣に並び立った毒島は、やけに距離が近く感じた。その様子を横目で見ていた葵が、ため息まじりにぼそりと呟く。
「毒島さんは『桐生様のお気に入り』には、態度が軟化するんです。……まあ本人は絶対に認めませんけどね。面倒くさい方ですので」
なるほど分かりやすい。その理論で言うと、茂宮にも一定以上の好感度がある訳だ。そこから桐生と茂宮の関係性も推し量れるというもの。
「ひゃー寿命縮んだぁ……! 茂宮さん、よくあの状況で割り込んで行けましたよね。俺、桐生さんにぶった切られるんじゃないかってハラハラしましたよ……!」
胸を撫で下ろす吉田に、葵が眼鏡をくいっと持ち上げて返す。
「そんな訳ないでしょう。少佐と剣聖は旧知の仲なんです。伍長、貴方そんな事も知らないなんて、アホですか?」
「いやいや、流石にそれぐらい知ってるって葵ちゃん! ってか俺たち二人とも、茂宮さんの武勇伝なんて何度も聞かされてるっしょ!? 一課時代の桐生さん、まーじで凄かったらしいですもんね! 茂宮さん、まるで自分のことみたいに語っちゃって!」
「……うっせーぞおめぇら……ちっと静かにしろや……」
壁にもたれかかり、天を仰ぐ茂宮。その一言で、二人は口をつぐんだ。
桐生は一足先に地下を去って行った。今この場にいるのは、桐生を除く公安メンバー五人。魔眼を俺に託した後、桐生は細かな説明を毒島と木羽に任せていた。
「とりあえず、どっか飯でも食いに行こうぜ! 腹ぁ減ってんだよ、俺」
腹部をさすりながら木羽が言う。声に覇気が無い。ツンツン頭も、心なしか萎びて見えた。
「じゃ、木羽のおごりね」
「はぁ!? 毒島てめぇ、何ちゃっかりただ飯にありつこうとしてんだ! 割り勘だよ、わ・り・か・ん! 当然だろ!?」
「……ちっ。あいっ変わらず器の小さい男ね…… アンタもてないわよ、そんなんじゃ。桐生様の爪の垢でも飲んだら?」
「てめぇの価値観がふりぃんだろうが! 給料だって同じなんだし、金なら持ってんだろうが!?」
「きららは自分磨きに忙しいんで~す。冬物のコート買ったばかりだしぃ、試したいネイルもあるしぃ、来月は新作コスメもあるしぃ、常に金欠なんで~す」
「……この【
「あん? 誰がブスだってコラ? 縛って街灯に括り付けんぞ、木羽ぁ」
「……おめぇらも、ちと黙ってくれや……金は俺が払ってやるから……」
エレベータが開くと同時に、茂宮の疲れ果てた声が響いた。
「やったぁ! さっすが茂っち、おっとこまえ~」
両手でガッツポーズを作る毒島。木羽と吉田は互いにハイタッチをして、葵は腕時計を見つめている。そして俺。――計六人。
茂宮は改めて全員を数え上げ、一言呟く。
「……サ○ゼで良いか?」
「いらっしゃいませ~! 何名様でしょうか?」
げっそりとした顔の茂宮が応対する。
「……六で」
「六名様ですね! 奥のお席へどうぞ!」
年末のかき入れ時なのか、店全体が熱気を帯びている。はつらつとした従業員に案内され、俺たちは一番奥のテーブルへと通された。大所帯は長居すると踏まれているのだろう。まさにプロの気配りだ。
「じゃ、きららここにする~ よろしくね、一真っち♥」
毒島が当然のように隣をキープし、ピースとウィンクを飛ばす。その様子を見て、木羽が「妖怪猫被り」とぼそりと漏らした。
「ま、好きに頼んでくれや」
茂宮の一言で、QRコードにスマホが殺到する。注文を受け、次々と料理が運ばれてきた。
「やっぱ肉だろ、肉!! うめぇええ、肉汁が染み渡るぜぇ……!」
ミックスグリルにかぶりつく、木羽はご満悦だ。
「ん~、ティラミスおいし~」
「いきなりティラミスっておかしいだろ、お前……」
ココアパウダーの染み込んだ生地を頬張る毒島に、木羽はげんなりとした顔を向ける。確かに、ティラミスはないな。サ○ゼのデザートなら『ジェラート&シナモンフォッカチオ』一択だ。これは全てのメニューを網羅した上で至った、最終結論。異論は認められない。
――後で俺も頼むとしよう。
チョリソー、チキン、サラダにパスタ。見慣れたメニューがずらりと並び、テーブルはあっという間に埋まった。
「ひょおっ、うまそ~! 茂宮さん、ゴチになりま~す!」
吉田が軽く手を合わせ、チョリソーを口に運ぶ。
「……おめぇら、本当に遠慮しねぇのな」
エスカルゴをフォークで刺しながら、茂宮がぼやく。似合ってないぞ、エスカルゴ。
一通りの料理が出そろうと、話は本題へと移った。
「んで、御剣よ。
俺の腰に巻かれたウエストポーチを指差す茂宮。周囲に気を配りながら、そう問いかけた。
「ああ。ものが何であれ、役立つ道具をくれたのは事実だ。それに、あの地下のブツは俺も気になってる」
存在を秘匿されたゲート、俺にはまだ知らないことが多すぎる。戦いの中で、俺は何度も思った。モンスターを殺し続けても、結局世界は変わらない。終わらぬ狩り、堂々巡りのいたちごっこ。
いつもと同じ日常を繰り返し続ける限り、見える景色は変わらない。だが、あの漆黒の先には一体何がある? どうせ殺すならば、俺の知らぬ世界で――もっと先の可能性を見てみたい。
桐生の誘いに乗った理由はそれが大きかった。視線をウエストポーチへ向ける。桐生から渡された魔眼が、俺の想いに呼応するように脈動するのを感じた。
「早速入れちゃう、ソレ?」
ティラミスをぺろりと平らげた毒島が、俺の腰に目を向ける。その瞳の奥に、一瞬だけ鋭い光が走った。
「いや、まだだ。リターンはあるかもしれないが、リスクの方がデカすぎる」
「うんうん! きららもそれが良いと思うなぁ♥ 入れるのはいつだってできるし、用心するに越したことはないよね!」
そう言いながら、毒島は流れるようにQRをスキャンし、追加注文を入れた。無駄のない動き、あまりの手際の良さに舌を巻く。
「うし! じゃあ御剣、お前これから俺らの部隊に入んな! 地下に行くためのICカードは、俺か毒島が持ってる。必要になったらいつでも声を掛けてくれ」
自信ありげに胸を叩く木羽の言葉が、じくりと胸を苛む。
部隊――
『このっ……狂人がっ……!! 人でなしっ!!!! 許さない……! 私は貴様を……絶対に許さないからなっ……!!』
新宿イエローゲートの顛末が、脳裏に蘇る。あんなのは御免だ。
「……俺はパーティーは組まない。ソロ専門だ。人数が増えると、その分厄介事が舞い込む」
「ん? ああ違う違う! 部隊って言っても、別にギルドみたくでけぇパーティーを作る訳じゃねぇよ! 俺ら執行部隊は、ツーマンセルで行動してんだ。俺と毒島、そこに御剣を加えた計三人。これならどうだ?」
三人か。それなら互いの干渉も最小限で済む。俺への監視も含んでいるだろうから、そこらが落としどころか。
「……分かった。よろしく頼む」
にんまり笑い、頷く木羽。ミックスグリルを完食し、チキンへと手を伸ばす途中、ふとその指が止まった。
「そういや、まだ正式に自己紹介してなかったな――」
指先の油をぺろりと舐め、木羽は俺に向き直る。
「公安執行部隊所属、
「はいは~い! 次きららね! 同じく公安執行部隊所属、『純情きらりん★』きららです! 気軽にきららって呼んでくださ~い♥」
……レボリューションか?
「おい自己紹介になってねぇぞ、毒島! ちゃんと本名名乗れや、いだっ――!!」
テーブルの下でがたりと大きな音。木羽の表情が悶絶に歪んだ。蹴られたな。
「毒島なんて知りません♥ きららはきららです! よろしくです!」
指でハートを作る毒島に、茂宮が冷めた目線を向ける。
「きららなんて呼んでる奴、ほとんどいねぇだろうが……」
同じくその隣で、小さく千切ったバゲットを口に入れる葵。存在感を極限まで消し去り、ぼそりと言い放った。
「アホくさ……」
……本当に騒がしい連中だ。
だがそこに、不思議と嫌悪感は抱かなかった。
――――用語一覧――――
【毒島】
毒島と言う苗字は、全国的に見ても珍しい。読み方は様々あるが、一般的には「ぶすじま」、地域によっては「どくじま」などと呼ばれる事もある。きららの場合は「後者」だが、本人は頑なに認めようとしない。特に「ぶす」と呼ばれると過敏に反応する。