羅刹は、かく復讐せし   作:悠久久遠

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第18話 蘇る白銀

 食事を終え店外へ。計七千円のお支払だ。あれだけ好き勝手に飲み食いして、一万円にも満たないとは……流石は庶民の味方と称えられるだけはある。財布を取り出す茂宮の顔が若干ホッとして見えたのは、気のせいではないだろう。

 

「じゃあ御剣! 準備が出来たら、本庁まで来てくれ! 俺らは基本そこで待機してっから、声をかけてくれたらいつでも行けるぞ!」

 

「じゃあね、一真っち~ ばいば~い」

 

 騒がしい連中の背中を見送り、俺は帰路に着く。すっかり夕暮れだ。朝方降り積もっていた雪は、まだ至る所に残っている。ボロアパートが見えて来た。

 

「……ん?」

 

 そこに待っていたのは、人影。

 

「誰だ?」

 

 夕日が逆光となり、顔は直ぐには視認出来なかった。だが、その声は忘れもしない。

 

「帰ったか、御剣」

 

 あの日、俺を罵倒し憎悪をぶつけ、抜け殻のように崩れ落ちた女。『銀の乙女』の異名を持つ、誇り高き騎士。帝国ギルドの副団長――エリス・神代が、その場に立っている。

 

「神代っ……! どうしてここに……」

 

 心臓がどくりと脈打った。夕暮れの光が、薄く積もった雪を橙に染め上げる。ボロアパートの前で足を止めた瞬間、胸の奥がざわついた。

 

「……何をしに来たんだ。俺を探していたのか?」

 

「そうだ。悪いが居所を調べさせてもらった。お前にはまだ確かめなくちゃならないことがあるからな」

 

 神代は一歩、また一歩と距離を詰め、俺の両目を射抜くように見据えた。

 

「桜子の家の前に置かれていた、黒いアタッシュケース。……あれをやったのはお前だな、御剣?」

 

 聞きたいのはそのことか。確かにギルドから見れば不審だからな。だがその発言の裏を返せば、家族の元にしっかり届いたという証明でもある。ならそれ以上、俺が語ることなど何も無い。

 

「……さてな」

 

「一千万、あの日お前が受け取った報酬金だ。桜子の住所は藤堂様にでも聞いたか? 口止めでもしたんだろうな。あの人なら、どんなことがあろうと約束は違えない。金を渡してからも、わざわざ通報されないように手紙まで添えて……随分と丁寧な仕事だよ」

 

「…………」

 

 否定したかった。違うと言えば、それで終わる。だが喉が動かなかった。

 

 心臓を貫いた時の、あの感覚。正しい判断をしたという確信は今でも揺らがない。それでも、彼女を殺した事実は今でも胸の奥に刺さっている。その矛盾が俺から言葉を奪った。

 

「――罪滅ぼしのつもりかっ!!」

 

 神代の声が雪を震わせる。俺はただ、沈黙を貫いた。

 

「御剣……何とか言ったらどうだ……?」

 

「……用件はそれだけか? なら、俺はもう行く――」

 

 背を向けた俺を、神代の手が掴んだ。

 

「――っつ! 待ってくれ!!」

 

 冷たい指先が小指に絡む。雪の中、必死で俺を探し回っていたのだと分かる。震える手、か弱い力だ。振りほどくのは容易い。だが、視線を向けた先に映った彼女の表情が、俺の歩みを止めた。

 

「違う……違うんだ……! 私は、お前を責めに来た訳じゃない……!」

 

 神代は息を整え、俺の前に立ちふさがる。そして――

 

「御剣……あの時は、済まなかった」

 

 深く静かに、頭を下げた。

 

「私は……未熟だった。お前はあの場で最良の判断をした。お陰で、犠牲は最小限で済んだ。それなのに、私は……」

 

 神代は悔恨の言葉を紡ぐ。俺は一言も発せず、ただ神代の言葉に耳を傾けた。

 

「私は……自分が背負うべき痛みから、逃げたんだっ……! 桜子を失った現実を……受け止める、勇気がなかった。ただ泣き喚くばかりで、全てを投げ捨てて……その弱さを、お前に押しつけたんだ。……すまない」

 

 顔を上げた神代の目尻には涙が光っていた。だがその瞳の奥は、熱く燃えていた。この涙はただの懺悔ではない。覚悟の証なのだ。

 

「桜子の亡骸を見た時、私は取り乱すばかりだった。お前はボスを倒して、桜子の髪留めまで回収してくれた。残された者達への配慮……本来なら、真っ先に私が気付くべきことだったのに……」

 

 雪上に落ちた雫が、静かに染みていく。彼女は変わろうとしている。それが良い物なのかどうかは、俺には分からない。俺は所詮化け物だ。だけど――

 

「あまり自分を責めるなよ、神代」

 

 神代の瞳を真っ直ぐ見据えて、告げる。

 

「俺に正義なんてない。好き勝手に生きてモンスターを殺すだけの存在、機械みたいなもんだ。……俺は過去に、失敗したからな」

 

 

『お前が……俺たちを惑わしたんだ…… 訳分かんねぇこと言って、俺たちを…… お前がっ、俺たちのギルドを潰したんだよっ!! 分かってんのかぁ――――!!!!』

 

 

 だからソロに逃げた。

 そんな俺だからこそ――

 

「あれだけデカいパーティーを導ける、アンタは凄い探索者だよ。その光りは、俺には眩し過ぎた。…………少し遅れたが、言っとかなくちゃな」

 

 見よう見まねで、笑顔を作る。それらしく見えているだろうか?

 

「神代。部隊長、お疲れ様」

 

 その言葉に、神代の瞳に光が差した。燃え盛る強い光だった。神代はポケットから小さな袋を取り出し、封を開ける。中から出てきたのは、銀の髪留め。それを前髪にそっと当て、パチンと留めた。

 

「その髪留めは……!」

 

「……お揃いなんだとさ。あいつの考えそうなことだろう?」

 

 微笑む神代の横顔に、一瞬だけ彼女の笑顔が重なった気がした。

 

 ――幻だ。

 だが、胸の奥が熱くなるには十分だった。

 

 神代は拳を握り、胸の前で構える。その瞳に、もう迷いはない。

 

「御剣。私は変わる。帝国ギルドの『銀の乙女』として、その名を誇れる自分になる。次に会う時は、弱さを捨てた私を見てほしい。私はもう迷わない。悲しみを乗り越えてでも、前へと進んで行ける……そんな探索者になるから。……お前に、胸を張れるようにな」

 

 その誓いは、静かで強く、揺るぎなかった。胸の奥がわずかに熱を帯びるのを感じる。

 

(こんな気持ちが、まだ俺の中に残っていたとはな……)

 

 俺はゆっくりと、右手を突き出した。

 

「……その日を楽しみにしてるよ。エリス」

 

 自然とその名が口をついた。呼ぶつもりなどなかった。ただ、胸の霧が晴れた瞬間、自然と零れ落ちていた。

 

「じゃあな、御剣。……桜子の想いを届けてくれて、ありがとう」

 

 拳が触れ合う。その一瞬は、時が止まったように感じた。長く刺さっていた棘が、静かに抜け落ちていく。

 

 階段を昇る足が、ふと軽くなる。振り返った先に、神代の姿は既にない。辺りに満ちる雪の匂いが、少しだけ澄んで感じられた。

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