鮮やかな夕日を見つめながら、私は歩き出した。胸の奥に残る雪の匂いが、ふと記憶の蓋を揺らす。
あの日の午後――
桜子と過ごした、かけがいのない日常の一幕。その笑顔だけは、今も色褪せることなくこの胸に残っている。
――――
桜子が店先で急に立ち止まった。薄いガラス越しに並ぶ髪留めを、子供のように目を輝かせて見つめている。
「ねえ、エリス! これ、どう思う?」
桜子が指差したのは、銀色の小さな髪留めだった。なんら飾り気はない。ただ髪を留める為だけに作られたのだと言われても頷ける、質素な一品だ。
私は自分に女性らしさなど皆無だと自覚しているが、それでも思った。桜子に合うもっと可愛らしいものは、他にいくらでもあるだろうにと。
「……流石に、渋くないか……?」
そう言いながらも、桜子の横顔を見た瞬間にハッとした。彼女は真剣だった。ただの買い物ではない。何かを見極め、選び取ろうとしている時の顔。髪留めに釘付けになりながら、桜子は呟く。
「なんかさ……エリスの鎧の雰囲気に似てるって思わない? いいなあって思ってさ」
胸の奥がわずかに熱くなる。理由は分からない。ただ、桜子が『私を想って』選んだという事実が、妙にこそばゆかった。
「……桜子なら、きっと似合うと思うよ」
気付けば、そう答えていた。桜子は嬉しそうに笑い、店員に声をかける。会計を済ませると、袋を抱えたままこちらへ走って来た。
「お待たせ。ちょうど髪留め壊れちゃっててさ~、今日は良い買い物しちゃった! これで私も、『銀の乙女』を名乗れちゃったりして……!?」
『銀の乙女』――誰が言い出したかは知らないが、私の二つ名だ。上級探索者は二つ名を与えられてからが本番とはよく言うが、これで私も更なる高みを目指せるのだろうか?
「実力が伴わなければ、名前負けするぞ?」
「あっ! ひどーい! ふふっ……!」
笑いながら、桜子は新品の髪留めをひとつ差し出してきた。
「はいこれ、エリスの分!」
「お、おい! 何で私のまで……!」
「お揃いが良いじゃん! ほらほら」
桜子は私の両手を取って、髪留めを握らせる。
「……私に髪留めなんて、似合わないよ」
「え~、そんなことないと思うけどなあ」
むくれる桜子。互いに笑い合い、彼女は袋を胸に抱えたまま軽い足取りで歩き出した。
「ちょっとつけてみようかな?」
「ここでか?」
「うん。ダメ……?」
困ったように笑う桜子に、私は小さく息を吐いた。拒む理由などどこにもなかった。
「……いいよ」
桜子が自身の前髪を斜めに揃え、パチンと留める。
「……どう、かな?」
もじもじと下を向くその姿に、私は目を奪われた。その仕草がどうしようもなく愛おしく見えてしまった自分に、戸惑いを覚える。
やはり、私なんかとは違うな――
「良く似合ってるよ」
「ほんと! やったあ!」
顔を上げた桜子の表情は、冬の陽だまりのように柔らかかった。
「なんかね、すっごく落ち着くの。……エリスがいつでも一緒にいてくれてるみたいで……勇気が湧いてきそうだよ!」
その言葉に、胸の奥で何かが静かに揺れた。言葉にできない感情がそっと息を潜める。あの日の午後の一幕は、いつもよりも温かかった。