羅刹は、かく復讐せし   作:悠久久遠

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第20話 異端の証明

「魔道具、【輪廻の蛇】。それがこの子の名前だよ」

 

 うねる鞭に指を這わせながら、毒島は楽しげに紹介した。指が触れた瞬間、鞭の表面が微かに脈動する。まるで心臓の鼓動だな。

 

「……鞭に意志が宿ってるって聞いたんだが、本当か?」

 

「さあ? この子が勝手に動くから、周りがそう言ってるだけだよ? 実際のところは分かんないってば。ね~」

 

 毒島が爪先で鞭を軽く擦ると、鞭は生き物のようにくねり、よじらせる。

 

 ……異様だ。

 見ようによっては、卑猥ですらある。

 

 俺の感性がおかしいのか?

 

「……適当なんだな」

 

「アハハ! 細かいことは気にしな~い! 使えればなんでも良いじゃん♥」

 

 そう言って、毒島は鞭を腰に括りつけた。鞭は彼女の腰に吸い付くように巻き付くと、主を確認したかのように沈黙した。

 

「それで? この後はどう動けばいい?」

 

 俺の問いに、木羽が腕を組んだまま答える。

 

「マザーゲートって言っても、基本は他のゲートと同じだ。このエリアのどこかにいるボスを倒す。それが目標な!」

 

 木羽は腕組みを解き、指をぽきぽき鳴らす。

 

「ボスを倒せば次の道が開く。そん時にな、さっき見た水晶がまた出てくるんだわ。そいつを使えば入り口に戻れるって寸法よ」

 

 地面をひとつ指差す木羽。その指をそのまま持ち上げ、今度は上を指す。

 

「水晶を無視して先に進めば、また似たようなエリアが広がってる。今回は沼地だったが、法則性はねぇ。そこでまたボスを倒すまで、帰還手段はない……ったく、分かりづれぇよなぁ」

 

 頭をがりがり掻く木羽。だが、ルール自体は単純だ。

 

「塔全体が踏破型のダンジョンで、途中にセーブポイントが挟まってるイメージだな。エリアボスを倒せば、一時撤退も可能……そんなところか」

 

「……順応はえぇな御剣。まさにその通りだよ」

 

 木羽は驚いたように八重歯を見せ、にやりと笑った。

 

 ――――

 

 広大な沼地を進む。ぬかるむ足元は、想像以上に体力を奪っていく。風はなく、虫の羽音すらしない。俺は前をずんずん進む木羽に問いかけた。

 

「木羽……ボスの居場所に当てはあるのか?」

 

「おん? ねぇぞそんなもん!」

 

「じゃあ俺たちはどこに向かってるんだ?」

 

「まあ適当だな! 適当! てきとーに歩いてりゃ、そのうちエンカウントすんだろ! なんだ御剣、へばったか?」

 

「……いや、そういう訳じゃないんだが……」

 

 渋面を作った俺に、毒島が近づき耳打ちをする。

 

「コイツはいっつもこんな感じなのよ……分かりやすい筋肉バカ。まあ、ボスの位置が分からないのはきららも同じだけどさ」

 

 やけに自信満々に先導していると思ったら、ただの無策か。その大胆さに逆に感心する。

 

「木羽、少し止まってくれ。無暗に動くのは得策じゃない。まずは作戦を――」

 

 その瞬間、沼がうねった。

 

「うおおっ!! 何だぁ!」

 

 地鳴りだ。足元の泥が沈み込み、跳ねた粒子が頬を打つ。泥濘が盛り上がり、巨大な影が姿を現した。

 

「おっ!! お出ましだぞ、御剣ぃ!!」

 

 泥をまとった岩塊が積み上がり、腕、胴、顔を形作る。沼全域が震えるほどの重量。一撃でも食らえば、骨どころか肉体ごと押し潰されるのが分かる。

 

 二つの光る目が、沼の水面に反射して揺れた。

 

「ゴーレムか!!」

 

「■■■■■■■■――――!!!!」

 

 咆哮と共に、空を仰ぐ巨体。その声が、鼓膜の奥深くに刻み込まれた。

 毒島の反応は早かった。

 

「はああっ!!」

 

 鞭をしならせ、巨人の胴を打つ。

 ――瞬間、鞭が自在に角度を変え、ゴーレムの肩へと巻き付いた。

 

 「好き勝手に動いてやがる…… オート防御ってだけじゃないのか! 何でもありだな……!」

 

 俺の疑問をよそに、毒島は肩をすくめる。

 

「相性が悪いね……でも、動きは止められる!」

 

 巨腕が持ち上げられる。毒島の鞭はゴーレムの肩に食い込み、岩の隙間を締め上げた。

 

「ちょっと木羽ぁ! どうにかしなさいよこのデカ物!!」

 

「う~し、うし。そのまま止めとけよ~毒島」

 

 木羽は両拳をごつんと合わせる。ナックル同士がぶつかり、黄金の飛沫が散る。

 

 一、二、三、四、五――

 拳に宿る光が、殴るたびに色濃く爆ぜる。

 

「こんなもんか? んじゃ行くぜ――!」

 

 木羽は飛び上がり、拳を振りかぶる。黄金のナックルが、煌めく円環を描き出す。

 

「うおらあああああああああああっ!!!!」

 

 轟音――拳がゴーレムの胴を震わせ、岩塊が砕け散る。泥の雨が降り注ぎ、視界が茶色に弾けた。

 

「いや~、爽快! 五回はちと多すぎたな! やっぱ俺、強過ぎるか~?」

 

「はあ? 何全部自分の手柄みたいに言ってんのよ! きららが動きを止めててあげたお陰でしょ!?」

 

「わーってるって! そう怒んなよ!」

 

 もめる二人。

 だが、理解した。

 

 毒島の搦め手が敵を拘束し、その隙に、木羽が渾身の一撃を叩き込む。無駄のない、洗練された連携だ。

 

「これが、執行部隊ね……」

 

 想像以上の練度だ。こんな奴らが、公安にはあと何人いるんだ?

 

 胸の奥が熱くなる。ソロで潜っていた俺では、絶対に辿り着けなかった領域。世界は、まだまだ広い。

 

「……おもしれぇじゃねぇか」

 

 瓦礫となったゴーレムの残骸を踏みしめ、俺は二人に歩み寄った。

 

「あれ? 道が出ないね。コイツってボスじゃなかったの?」

 

 岩を爪先でつつきながら、毒島は首を傾げた。倒した巨体は、ただの残骸として沈黙している。

 

「何だよハズレかよ……でっけぇ図体だったから、俺はてっきりボスだって思ったんだけどなあ」

 

 木羽は肩を落とし、分かりやすく嘆息した。二人の反応に、俺は違和感を覚える。

 

「通常のダンジョンだと、ボスモンスターには体のどっかしらに刻印が刻まれてるだろ? ここではどうなんだ?」

 

「マザーゲートでは刻印が無いんだよ~ 今までも見た事ないね~」

 

 毒島が首を振る。

 

 ボスが一目で判別出来ない。それは探索者にとって致命的なディスアドバンテージだ。やはり、このダンジョンは普通でない。

 

「……厄介だな」

 

 俺は周囲を見渡す。風の流れが常に一定で、空気の匂いも変わらない。

 

 ――何かが、おかしい。

 

 ここが『異質なゲート』であるという事以上の、奇妙な感触を覚えた。

 

 ――――

 

「くっそ~ どうなってやがんだ、コレ……!」

 

「ねぇ……ここ、さっきも通らなかった?」

 

 毒島が不安げに声を震わせる。

 

「いやいや、流石の俺でもそれはねえって!」

 

 木羽は笑って否定するが、その笑みはどこか引きつっていた。歩けども歩けども、景色が変わらない。振り返ると、泥に浮かぶ足跡。ただ真っすぐに、果てしなく続くその痕跡。

 

 そして何より――

 

「同じところを歩かされてるな」

 

 俺が言うと、木羽が目を丸くした。

 

「御剣! お前まで俺の事を疑うのかよ!」

 

「いや、そうじゃない。ここんとこ、よく見てみろ」

 

 俺は枯れ木を指差す。そこには「正」の文字が刻まれていた。異変を感じ始めてから、念のため付けておいた目印だ。

 

「途中までは線が一本ずつ増えてたんだが、ある時からピタッと止まったんだ。……術中にはまったな」

 

「……術? な、なんだよそれ……」

 

 木羽の顔色が変わる。

 

 敵は幻惑系だ。そしてこのエリアの難度は、イエローゲート相当。だったら、怪しむべきは――上か。

 

「毒島。耳を貸してくれ」

 

 顔を寄せる毒島に、短く指示を囁く。

 

「ん~? 出来ると思うけど、そんな事してどうするの?」

 

「いたずらっ子をあぶり出す」

 

「?」

 

 毒島は首を傾げたが、それ以上は追及しなかった。三人は一か所に固まり、毒島の鞭が竜巻のように渦を巻く。泥が巻き上がり、視界が茶色に染まった。

 

 その瞬間――

 

「――――ピィ!!」

 

 小さな悲鳴が、泥の渦の中から聞こえた。

 

「見つけたっ!!」

 

 俺は竜巻へ飛び込み、手を伸ばす。指先に柔らかい感触。暴れる小さな体を、強引に掴み取った。

 

「ピィッ、ピィッ――――!!」

 

「え~! なにこの子、可愛い~♥」

 

 毒島がうっとりと目を細める。俺の手の中では、フェアリーが涙目で震えていた。

 

「同じところをぐるぐる歩かされてたのは、こいつの幻惑魔法だな」

 

「はえ~、すげぇ! 良く分かったな、御剣!」

 

「イエローゲートでは時折、行方不明者が出る。大体がこいつらの仕業(いたずら)だ」

 

 俺が言うと、フェアリーは慌てて首を横に振り、涙をぽろぽろと落とす。その仕草は、あまりにも人間らしく……あまりにも嘘くさい。

 

「んじゃこいつを倒せば、幻惑は解けるって事か!」

 

 木羽が拳を握る。

 

「え~ 可哀そうだよ~」

 

 毒島が庇うように手を伸ばした。

 

「いや……もっといい方法があるぞ」

 

 俺はフェアリーを手の中で転がし、視線を突き合わせる。ぷるぷると震える羽。その数、四枚――

 

「そんなにいらねぇだろ……なあ?」

 

 右上の羽をつまみ、ゆっくりと力を込める。

 

「ピィイイイイイイイイイ――――!!!!」

 

 苦痛と叫び。甲高い悲鳴が響き、フェアリーの背から細い血が一筋流れた。

 

「ちょっと、一真っち! 何やってんの!」

 

「今のは俺たちを嵌めた罰だ。こいつらは平気で人を操って、死地に誘い込む。見た目と裏腹に、相当腹黒いぞ? モンスターの縄張りに突っ込ませて、その様子を近くで見て嗤ってたりな」

 

「ピィッ……ピィッ……!」

 

 フェアリーは涙をため、俺を見上げる。だがその視線は、毒島の反応を伺うように揺れていた。

 

「……でもさ、一真っち。そんな痛めつけるような真似しなくても良いんじゃない?」

 

 毒島の声は震えていた。手を伸ばしかけて、しかし止める。優しさと理解の狭間で揺れている。

 

 ――なるほど。

 やっぱり腹黒いな。

 

 この場で誰に媚びるのが最も効果的か、良く分かってるじゃねぇか。

 

 「羽虫が」

 

 俺はもう一枚、左下の羽をむしり取った。

 

「ピィギィイイイイイイイイイッ――――!!!!」

 

 毒島は目を瞑り、耳を塞ぐ。木羽は黙って見守っていた。

 

「おい、まだ二枚残ってるよな? このまま引きちぎってやっても良いが、チャンスをやるよ」

 

 俺は顔を近づけ、低く囁く。

 

「俺たちをこのエリアのボスの元へ連れて行け。お前ならどこにいるか知ってるだろ? 拒むんなら――」

 

 残った羽をつまみ、力を込める。フェアリーは激しく首を振り、従順の意を示した。人語を理解できる知性があるモンスターは、扱いやすくて助かる。俺が手を離すと、フェアリーは不格好に宙を舞い、ふらふらと先へ飛び始めた。

 

「行くか。この先にボスがいる」

 

 歩き出した俺とは裏腹に、二人は直ぐには動き出せずにいた。

 

「一真っち……」

 

 毒島が小さく呟く中、木羽は口元辺りをぽりぽりと掻きながら漏らした。

 

「桐生のおやっさんが、何であいつを連れて来たのか……俺、ちっと分かった気がするわ」




 ――――用語一覧――――

【輪廻の蛇】
 入手難度:★★★★★(計測不能)
 効果:内に魂を保有する

 毒島きららが愛用する、鞭の魔道具。毒島の身に迫る危険を察知し、自動で敵を迎撃する。また毒島の意識とリンクする事で、基本性能を大きく底上げする事も可能となる。内に魂を宿しており、鞭自身が使い手を選ぶ。気に入らない使い手は容赦なく絞め殺す事から、公安内では『呪いのアイテム』として悪名高い。
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