羅刹は、かく復讐せし   作:悠久久遠

24 / 25
第21話 枯れ木の捕食者

 フェアリーに先導され、俺たちは枯れ木が乱立する薄闇へと足を踏み入れた。空気は淀み、生き物の気配が一切ない。

 

 ――静かすぎる。

 

 ふらつきながら飛ぶフェアリーを掴み直し、指に力を込める。

 

「おい。本当にここで合ってるんだろうな。妙な真似してたら……分かってるよな?」

 

「ピィッ、ピィッ!!」

 

 涙目で必死に首を振るフェアリー。震えは本物に見える――いや、そう見せているだけか?

 

 その時だった。

 がさり、と。周囲の枯れ木が一斉に揺れた。

 

「一真っち! あの木……動いてる!!」

 

 毒島が叫び、木羽が眉をひそめる。

 

「……トレントか!」

 

 フェアリーが暴れ、俺の手から逃れようともがく。

 

 ――案内はした。だから解放しろ。

 そんな懇願が、羽ばたきの震えから伝わってくる。

 

「ああ、ご苦労さん」

 

 俺は右手を離した。

 

 自由になったフェアリーは涙を振り払うように羽を震わせる。次の瞬間、俺へと向かって鋭い殺意を向けた。さっきまでの怯えとは真逆の、露骨な憤怒。

 

 やっぱりな。

 

「ボスをサポートして、俺たちを皆殺しにするつもりだろ?」

 

 フェアリーは怒りの声を上げ、木々の影へ逃げ込もうとする。

 

「バカだな、お前――」

 

「ピギィッ!!!!」

 

 飛び去ろうとした背中を、レイピアの一閃が貫いた。細い胴体が空中に縫い留められ、鮮やかな血が散る。毒島が顔を歪めて、木羽は静かに俺の動きを見つめていた。俺は血のついた刀身を軽く振り払い、構え直す。

 

「不穏分子を生かして返すほど、俺は甘くないんだよ」

 

 枯れ木の群れが、ざわり、と震えた。風は吹いていない。それでも木々は、まるで呼吸するように上下に揺れている。

 

「……来るぞ」

 

 木羽が一歩前に出た。次の瞬間、地面がぐらりと揺れる。枯れ木の根が地中を這い、土を押し上げる音が響いた。

 

 ――ずる、ずる、ずる。

 

 まるで巨大な獣が地面の下を移動しているような、不快な音。

 

「うわっ……なにこれ、気持ち悪っ……!」

 

 毒島が身をすくめた、その刹那。中央の枯れ木に、赤い眼が刻まれ、巨躯のトレントがその姿を現した。木の皮が擦れ合う音が、耳の奥に刺さる。

 

 ――ギィ……ギギギ……

 

 その音だけで、背筋が冷える。

 

「さあ――本番だ!」

 

 俺が構えた瞬間、木羽が地を蹴った。

 

「俺に任せとけええぇ!!!!」

 

 剛腕が唸り、乾いた破砕音が響く。トレントの胴に大穴が穿たれ、木片が雨のように散った。

 

 だが――

 

「……嘘だろっ!」

 

 穿たれた穴が、蠢きながら閉じていく。木の繊維が絡み合い、肉のように再生する。

 

 ――ずちゅ、ずちゅ……

 

 木羽が眉をひそめた。

 

「気持ち悪ぃ! 修復しやがった……!」

 

 地中を這いずる音が、外気へ移ろう。うねる無数の根。数十本がしなり、空を裂いた。

 

「えいっ!!」

 

 毒島の鞭が、根を叩き落とす。だが、落とした端から新しい根が生え、数が増えていく。

 

「ちょっ……増えてるじゃん!!」

 

「下がれ毒島!」

 

 俺はレイピアの切っ先を合わせ、一閃。根を切り払い、そのまま本体へ踏み込む。

 

「はああああああっ!!」

 

 突きが連鎖し、木肌に無数の孔を穿つ。

 だが――

 

「……おいおい、不死身かよコイツ……!」

 

 木羽が汗をぬぐいながら呟く。穿たれた孔が、またしても蠢きながら塞がっていく。

 

 一度、距離を置く。

 周囲の枯れ木を見ると、一本、また一本と幹が細くなっていた。

 

(……周りから力を……吸ってやがるのか……?)

 

 トレントの根が地面を脈動する。そのたびに、周囲の木々が少しずつしぼむ。

 

 ――ドクン

 ――ドクン

 

「ね! どうするのコレ! いくら攻撃しても回復しちゃうじゃん!!」

 

 毒島が叫ぶ。その背後で、枯れ木が一本、音もなく崩れ落ちた。

 

 さながら、養分を吸い尽くされた死体――

 

(このフィールド全体が、コイツの胃袋ってわけか……!)

 

 だが、突破口はある。

 俺はウエストポーチから小瓶を取り出し、毒島へ放る。

 

「ととっ! えっ、なにこれ!」

 

「そいつを奴の根本にぶちまけろ!」

 

 毒島は一瞬だけ目を見開き、すぐにニヤリと笑った。

 

「良く分かんないけど、オッケー♥ きららに任せなさいっての!」

 

 毒島の手首に呼応して、鞭が自在に宙を舞う。その先端が小瓶を絡め取ると、一直線、トレントの根本へと奔った。

 

「いっけぇぇぇぇ!!」

 

 鞭が振り抜かれ、小瓶が叩きつけられる。

 

 パリン――

 

 液体が根へ染み込み、トレントの動きが止まる。

 

「今回のは特上品だ。せいぜい飲み干しな、大食らい……!」

 

 根が打ち震え、木肌が黒ずんでいく。再生していた孔が、逆に腐り落ちていく。

 

 ――ジュゥゥ……

 

 木が焼け付く匂いが漂った。全て思い通り、最高の気分だ。

 

「養分を吸収してるつもりが、逆に毒を食ってんだから笑えるよなぁ! アッハハハッ!!」

 

 俺はレイピアを構え、突き滅ぼす。毒が逆流し、トレントの巨体が崩れ落ちた。地面が震え、枯れ木の群れが一斉に沈黙する。ダンジョンボスを制圧した。

 

 

「あれ……毒薬だったんだ…… 一真っち、よくそんなの持ち歩いてたね」

 

「毒は俺のメイン戦術だ。マザーゲートがどれ程の脅威か分からなかったからな。今俺が持ってる中で、一番強いやつを持ってきた」

 

「助かったぜ御剣! 毒島もナイスだ! さっすが、毒の扱いはお手の物ってか? 毒島だけに――いでっ!!」

 

「しょうもない事言ってんじゃないわよ! 絞め殺すわよ?」

 

 尻を蹴られた木羽が、苦笑しながら肩をすくめる。俺たちの目の前には、水晶と、上層へと続く光の階段。トレントを倒すと同時に、突如その場に現れた。本当にどこまでも規格外な場所だ。

 

「よし、次行くか!」

 

「ちょっとー! もう帰りたいんだけど!」

 

「まだまだ余裕だろうが。情けねぇぞ、毒島!」

 

「服が汚れてテンション下がったの! もう良いでしょ今日は。一真っちも初陣だったんだしさ、帰ろ?」

 

 毒島の提案に背を押され、俺たちは水晶に手を掲げたのだった。

 

 ――――

 

 漆黒のゲートを潜ると、公安地下に繋がった。無事に帰還出来た安堵が、わずかに身を包む。

 

「は~……最悪だった…… もう嫌、無理……コートの中まで泥でびっちょりじゃん…… 早く帰ってシャワー浴びたーい……」

 

 毒島は肩を落とし、泥のついたインナーをつまんで恨めしそうに見つめた。裾をぱたぱた払う仕草が、戦闘中よりも必死だ。その横で木羽が苦笑する。

 

「お前、ボス戦よりも服の汚れの方がダメージでかいんじゃねぇか?」

 

「当ったり前でしょ! お気に入りのやつだったのに…… あーもう、テンションだだ下がり!」

 

 毒島はぶつぶつ文句を言いながらも、歩幅は俺たちに合わせてくる。なんだかんだで根性はあるのだ。木羽がちらりと俺を見る。

 

「御剣、大丈夫か? 初っ端からあれはキツかったろ」

 

「……まあな。だが、想定よりはマシだった」

 

 本音を言えば、疲労はじわじわと身体に溜まっている。だが、それを表に出す気はない。毒島が俺の横に寄ってきて、肘でつつきながら耳打ちする。

 

「ねぇ一真っち、きららの活躍どうだった? って言うか、一真っちもすっごい強いよね♥ 何なら、このまま執行部隊に入っちゃわない? 木羽とチェンジで!」

 

「……聞こえてんぞ、毒島(ぶすじま)が……」

 

「あ゛ん? なにか言いましたか~? 筋肉バカ♥」

 

 俺は思わずため息をつく。この二人は、いつもこんな調子だ。

 そんな他愛ない会話をしていると――

 

「そろそろ戻る頃だと思ったよ」

 

 聞き慣れた落ち着いた声が、エレベーター付近で待っていた。

 

「あっ、桐生様ぁ♥ きららの帰りを待っててくれたんですかぁ!」

 

 毒島は一瞬でテンションを回復し、駆け寄る。木羽は「単純だな……」と呟きつつも、どこか安心したように息をついた。桐生は穏やかに微笑んだ。

 

 だが、その視線は毒島ではなく――

 一瞬だけ、俺のレイピアに向けられていた。

 

 刀身に付いた、わずかな黒ずみ。トレントを刻んだときに付着した、毒の痕だ。桐生の目が細められる。その沈黙は短い、だが妙に重い。

 

「どうやら、実のある時間になった様だね。これからもよろしく頼むよ、御剣君。君の力は我々にとって非常に……有益な物だからね」

 

 言葉は柔らかいが、その奥に潜む色は相変わらず読めない。俺は軽く頷くだけに留めた。

 

「今後も時折、顔を出しますよ……」

 

 桐生の笑みは変わらない。それでも背筋に残る違和感だけは、いつまでも消えなかった。

 

 ――――

 

 そして――

 2027年3月22日。

 

 東京都・渋谷区。

 

 夜空を裂くように――

 赤き冥界への門が、突如姿を現した。

 

 災厄。

 死者。

 スタンピード。

 

 その全てを連想させる、不吉の色。

 

 街のざわめきが止まる。人々の視線が、赤い裂け目へと吸い寄せられる。

 皆、誰もが知っている。

 

 レッドゲートが開いた時――その街は暫し、日常を失うのだと。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。