羅刹は、かく復讐せし   作:悠久久遠

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第22話 予期せぬ再開

 渋谷でレッドゲートが観測された。

 

 場所はスクランブル交差点。世界的観光地として名高いこの場所に、魔界への門が静かに口を開いた。非常事態宣言が発令され、街は一瞬で無人となる。つい先ほどまで人波が押し寄せていた交差点は、まるで巨大な舞台の幕が下りた後のように静まり返っていた。

 

 風が吹けば、赤い瘴気がゆらりと揺れ、光を吸い込むように沈む。空気は重く、澱み濁る。

 だが、その静寂は長くは続かない。

 

 封鎖された道路の向こうから、地面を震わせる重い足音が響いた。

 

 ギルド連合部隊だ。

 次々と到着する探索者たちの気配が、空気を押し広げていく。参加者は、全てがC級以上。戦闘経験豊富な猛者ばかりだ。

 

 中でも――帝国ギルド、龍神(りゅうじん)ギルド、征伐(せいばつ)ギルド。東京を守護する三大ギルドの旗が並んだ瞬間、場の緊張が一段階跳ね上がった。彼らの目つきは、他の探索者とは明らかに違う。数多の惨劇を知る者の目だ。

 

 公安の車列が到着し、特務部隊が展開する。その後ろから白いコートをまとった影が三つ、執行部隊だ。

 

 ギルド、そして公安。それぞれの最高戦力が一堂に会する異常事態。

 

「流石はレッドゲートの攻略戦、力の入りようが違うな……」

 

 集まった顔ぶれを眺めながら、俺はひとつ身震いした。

 

 俺がレッドゲートに足を踏み入れた経験は、過去に一度だけ。まだギルドに所属していた頃の――遠い昔の話だ。

 

 あの日、俺以外の団員は全滅した。

 脳裏に、断片がよぎる。

 

 血だまりに折り重なる亡骸。両手を真っ赤に染め、慟哭する仲間。血走った眼孔は、真っすぐ俺に向けられた。

 

『お前がっ、俺たちのギルドを潰したんだよっ!! 分かってんのかぁ!!!!』

 

 血に濡れた手で胸倉を掴まれ、吐き捨てられた言葉。あの声は、今も耳の奥にこびりついている。結局、俺はただ一人生き残った。仲間たちは誰一人として、俺の警告を信じなかった。死の間際に、呪いの言葉を吐いただけ。

 

 ――だから俺は、ソロに固執した。

 

 仲間など不要。俺の歩む復讐の道に、付いて来られる者などいない。ソロになってからの俺は、標的をブルーゲートに絞った。時折イエローゲートに顔を出す事もあったが、あくまで情報収集が目的。そして、レッドゲートには近寄らなかった。

 

 いや、違うな……近寄れなかった。

 ここは他のゲートとは、次元が違うのだから。

 

 

「注目――――!!!!」

 

 しゃがれた声が静寂を裂いた。声の主はS級探索者、藤堂 巌だ。

 

「皆、よくぞこの場に集ってくれた!!」

 

 藤堂が前に立ち、集団を鼓舞する。

 

「今日皆に集まってもらったのは他でもない。この東京に、実に九か月ぶりとなるレッドゲートが発生した!」

 

 交差点を飲み込む赤い瘴気を前に、藤堂の視線が鋭くなる。

 

「昨年の攻略戦では、S級が不在だった! 結果、B級以上の探索者が何名も死亡する、凄惨な事態となった! だが、今度は違う――!!」

 

 藤堂は拳を握り、胸を叩く。その声は鼓膜ではなく、胸の奥に響いた。

 

「皆、この儂に付いて来いっ!! 恐れるな! 前を向けっ! 勝利は必ずや、我々の手の中にある!! 打ち払え! 殲滅せよっ! 我が国を脅かすモンスターの巣窟を、根絶やしにしてくれようぞ――!!」

 

 一拍の静寂。

 そして遅れて湧き上がる歓声。

 

 拳を突き上げる者。拍手を送る者。レッドゲートという脅威を前にしてなお、誰もが火を宿していた。

 

 その熱気の中――

 

「あっ! 一真っちじゃん!」

 

 軽い声が混じった。振り返ると、白コートと紫のツインテールが揺れている。毒島だ。遠くから手を振りながら駆けてくる。

 

「いぇーい、一真っち♥ あれから元気にしてたかな? 中々顔出してくれなくて、きらら寂しかったんだよ?」

 

 上目遣いの毒島から顔を背け、俺はぼそりと返答する。

 

「……ちょっと立て込んでてな」

 

 素材集めでダンジョンを回っていたことを簡単に告げる。毒薬をメインで扱う以上、定期的な物資補給は避けられない。

 

「おい! 勝手に持ち場を離れるなよ、毒島!」

 

 遅れて木羽が到着し、肩で息をする。この二人は相変わらずだ。

 

「一真っちは桐生様の直々の要請で来たんだよね? もうっ! きららにも一声かけてくれたらよかったのに! また一緒に戦えるね~♥」

 

「お前なあ……レッドゲートだぞ? ちーっとは危機感覚えろよな……」

 

 冷めた目線を向ける木羽に、思わず緊張がゆるむ。

 

 そのとき――視界の端で、白い影が静かに近づいてきた。

 

「どうも初めまして、御剣さん。お会いしたかったですよ。毒島さんと木羽さんが、色々とお世話になっておりますね」

 

 柔らかい声。短い銀髪がくせ毛を巻き、毛先がふわりと舞った。その笑みは穏やかで、どこか人当たりの良さすら感じさせる。

 

「――申し遅れました。執行部隊の統括、灰原と申します。以後、お見知りおきを」

 

 軽く頭を下げた男――灰原につられ、俺も頭を下げる。

 

「そう言えば二人とも、初対面だったよね。(ばら)っちはね~、執行部隊のナンバーワンなんだよ! 桐生様の右腕! あっ、左腕はもちろんきららだけど♥」

 

「いえいえそんな……僕如きがあの御方の右腕などと……恐れ多いですよ」

 

 控えめな口調でそう告げる。

 だが、その否定の仕方がどこか()()()に聞こえたのは、気のせいだろうか。毒島は頬を膨らす。

 

「も~、原っちてば、相変わらず自己評価低すぎ~ 隊員同士の模擬戦でも、いつも負け知らずじゃん! 木羽なんて、この前一発でのされてたし♥」

 

「……毒島ぁ、ほんとてめぇは腹立つ野郎だな、オイ」

 

「ハハハ……」

 

 苦笑いを浮かべる灰原。周囲を見渡すとふと疑問が湧き、俺は口を開く。

 

「執行部隊はツーマンセルと聞いてましたが、灰原さんのパートナーは? 今日は来ていないのですか?」

 

 周辺にはそれらしき人影はない。白いコートは目立つはずだ。

 

「……僕は桐生様から全権を委任されておりますので、パートナーはいません。執行部隊、全七人のうち……僕だけが唯一の例外なんですよ」

 

 何気ない返答。だがその声音の奥に、わずかな硬さ――いや、棘のようなものが混じった気がした。気のせいか?

 

「よし! んじゃ、そろそろ行くか毒島! 突入前の最終確認だ! 特隊の方も、ちゃーんと装備見直しとけよ!」

 

「え~、まだまだ話し足りないけどなあ…… ま、楽しみは後に取っておこっか♥ また後でね、一真っち~」

 

 木羽に続き、毒島がその場を去る。灰原は一度だけ俺の顔を見つめ、薄く微笑んだ。その笑みは、氷の表面に映った光のようにどこか冷たい。

 

 ……胸の奥には、言葉にならないざらつきが残った。

 

「執行部隊の統括、灰原……か」

 

 ごちる俺の背後に、巨人の気配。スキンヘッドの老躯に、肩をガシッと掴まれる。

 

「久しぶりじゃのう、御剣よ! 元気にし取ったか!」

 

「藤堂……!」

 

 顎髭をなぞりながら、にかりと笑う藤堂。茶目っ気たっぷりのその姿は、さっきまでの厳格な指揮官とはまるで別人だ。

 

「今回の攻略戦、アンタも参加するんだな」

 

「そりゃあお国の一大事じゃからな。儂が寝とる訳にもいかんじゃろうて! むしろ、意外だったのはお主の方じゃぞ、御剣? 正臣からの依頼とは言え、一人でこんな所へ来るなんて……いつの間にあ奴と懇ろになったんじゃ!」

 

 正臣……桐生のことか。聞き慣れない呼び方に、一瞬だけ思考が止まる。あの男を呼び捨てに出来る人間など、藤堂ぐらいのものだろう。

 

「あれから色々あってな。公安にはちょくちょく顔を出してるんだ。そこで知り合った」

 

「ふむ、そうじゃったか……お主も、前へと進んでおるんじゃな。しっかし、相変わらず正臣は秘密主義よのう! 何を考えとるのか、いまいち腹の内が分からんわい!」

 

 藤堂が頭を掻く仕草を横目に、俺は周囲へ視線を巡らせた。そのわずかな動きを、藤堂は逃さない。

 

「……なんじゃ御剣、エリスちゃんを探しとるんか?」

 

 視線の動きを察知して、そう漏らす。

 

 ――さすがは、目敏い。

 

「ざーんねんでしたっ! 今回の攻略戦に、エリスちゃんは参加しとらんよ! 儂がおらん間、ギルドの留守を任せとるんじゃ!」

 

 おどけて肩を竦める藤堂。心を見透かされたようで、妙に腹立たしい。

 

「……別に神代が来ていようがいまいが、俺には関係ない事だ」

 

「みなまで言うな、分かっとるぞ! そう照れるでないわい! いやはや初のう初のう……青春じゃのう……」

 

 ――殴りたくなってきた。

 

 神代とは拳を突き合わせた手前、気恥ずかしさがあっただけだ。この爺さん、何を勘違いしているんだ?

 

 藤堂は茶化し終えると、ふっと表情を引き締めた。

 

「……感謝するぞ、御剣よ。エリスちゃん、何かこう……吹っ切れた様な顔をしておったわい。あの様子なら、もう大丈夫じゃろうて」

 

 帝国ギルドの面々に目線をやると、皆が気まずそうに顔を下げる。藤堂は遠い目をした。

 

「イエローゲートでの一件の事は、皆にも言い聞かせておいた。御剣の判断は適切じゃった。……仮にあの場におったのが儂であったとしても、同じ事をした……とな。だが、まだ心の整理がつかん者もおる。許してやってくれ」

 

 その言葉を前に、俺は何も返すことが出来なかった。

 

 ――――

 

 レッドゲートへ向かう隊列の後方で、深くフードを被った長身の男と肩がぶつかる。

 

「おっと、悪いな――」

 

 見上げる形になり、フードの奥の顔が目に入った。

 

「……お前……班目……か?」

 

「はっ……へっ……?」

 

 懐かしき顔だ。コイツと出会ったのは、確か昨年の九月頃。場所は奇しくも、今日と同じく渋谷だった。フードの中の男――班目は、俺と目が合うと瞳孔が開いた。

 

 驚愕……いや、それだけではない。一瞬だが、警戒心を覗かせた。

 

「お、お久しぶりです、御剣さん! き、奇遇ですね、こんな所で出会うなんて!」

 

 ――さん付け?

 と言うか、なぜ敬語なんだ?

 

「へっ……へへっ……!」

 

「……なんではぐれ探索者のお前が、ここにいる?」

 

 それを俺が言うのかと言う話ではあるのだが。班目は背筋をピンと伸ばし、敬礼する。

 

「俺、もうハイエナは止めたんですよ! 御剣さんにボコられたあの日に、心を入れ替えたんです! 今は黎明ギルドって場所に所属して、日々あくせく働かせてもらってるんですよ!」

 

 言葉は軽い。笑顔は張り付いている。だが目だけが笑っていなかった。その瞳が、一瞬だけ俺の喉元を測るように動いた。反射的に、腰に括った短刀に手が伸びる。

 

(……黎明。そんなギルドは聞いた事が無い、新顔か……?)

 

 背後には、いつの間にか集団がいた。班目とつるんでいた、あの四人組の姿もある。全員が、妙に間合いを詰めて立っていた。まるで俺を取り囲む位置を、事前に決めていたかのように。

 

 その中心から、一人の男が歩み出た。

 

「黎明ギルドの団長、柏木です。御剣 一真さんですよね? 貴方の噂は色々と伺っておりますよ。なんでも、すっごくお強いんだとか……! 今日の攻略戦でも、ご活躍を楽しみにしております」

 

 差し出された手を握り返す。横から、班目の視線が刺さる。獲物を値踏みするような、乾いた眼。

 

「では御剣さん。ダンジョンで――また」

 

 俺は無言で頷き、隊列へ戻る。

 

(この攻略戦に来てるって事は、少なくとも公安かギルドのどちらかに、話は通ってるはず)

 

 厭な空気だ。

 胸騒ぎがする。

 

(……俺の思い過ごしか?)

 

 ウエストポーチの奥で、魔眼がじわりと熱を帯びるのを感じた。右手で掴み取ると、淡いエメラルドが発光する。

 

 頭にノイズが走る。じゃらじゃらと、金属同士がぶつかる反響音。瞼を閉じると、脳裏に広がる赤い沼。――その中央より、異形の手が生えて来る。

 

「――っつ!!」

 

 俺は脂汗をぬぐいながら、再び魔眼をポーチへと押し込んだ。

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