羅刹は、かく復讐せし   作:悠久久遠

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第23話 戦線始動の刻

 レッドゲートに足を踏み入れた瞬間、世界が血の色に染まった。空はどこまでも赤く、濃密な死臭が鼻腔を刺す。地平線まで続く赤雲が、ゆっくりと蠢いているように見えた。

 

 ――ここは、冥界だ。

 おどろおどろしい圧迫感に、思わずウエストポーチへ視線を落とす。魔眼が、微かに脈打っていた。この異質な空気に反応し、獲物の気配でも嗅ぎ取ったのだろうか。

 

 特隊の最後の一人がゲートを潜り、藤堂の元へ駆け寄る。

 

「全軍、無事に通過しました! それで、藤堂殿。これからどうしましょ――」

 

 報告の途中、藤堂は無造作に人差し指を立てた。その仕草だけで、空気が張り詰める。次の瞬間、藤堂は部隊の最前線へと躍り出て、腹の底から声を叩きつけた。

 

「さぁて、これで全員渡り終わったぞ!! 隠れとらんで、そろそろ姿を現わしたらどうじゃ!!」

 

 公安の面々は顔を見合わせ、何事かとざわつく。だがギルドの者たちは、誰一人として動揺せず、ただ前方を見据えていた。

 

 その静寂を破るように――

 

「Krrrrrrrrrrrrrrrrrr――――!!」

 

 咆哮と地鳴りが重なり、大地が震えた。砂が跳ね、空気が低く唸る。次々と地面を割って出る、巨大なサンドワームの群れ。十、二十……いや、もっとだ。遥か遠方、向こうまで。蠢く影が連なり、視界の全てを覆い尽くす。

 

「なっ、何だこいつらぁ! 待ち伏せしてやがったのか!!」

 

 特隊がパニックに陥る。銃火器を乱射するが、砂を散らすだけで傷一つつかない。俺はレイピアを構えた。レッドゲートで毒が通用するかは不明。頼みの綱はこの一本だ。

 

 だが、あれだけの数をどうやって――?

 

 思考が空転する。

 

 ギルドと連携するか?

 親玉を潰せば突破口が開くか?

 執行部隊なら、多少は持ちこたえられるか?

 

 どれも決定打に欠ける。この数を前に、策は霧散するばかりだった。

 

「くそっ!! モンスター如きが、小賢しい真似しやがって!!」

 

 サンドワームの口が、上下左右にうねる。まるで俺たちを嘲笑うように。特隊の先頭に立つ指揮官が、歯をカチカチと鳴らしながら振り返る。

 

「む、無理だこんなのっ! 全軍撤退っ! 一度外へ戻り、隊列を組み直せ――!!」

 

 取り乱す指揮官の肩を、木羽がそっと押さえた。その声音は、妙に落ち着いていた。

 

「まあそう動揺しなさんなって。それよりもしっかり見てな――S級の狩りを。『一瞬』だぜ」

 

 木羽の視線の先には、ぽつんと立つ藤堂。背丈は二メートルほど。だが全長数十メートルのワームの群れの前では、塵芥に等しい。ワームたちは狙いを定め、ギリリと不快に嗤った。

 

「この老獪を、童扱いしてくれるか。モンスターとは言え、世辞がうまいのう……お主らは」

 

 藤堂が、ゆっくりと手のひらを広げる。胸の中心に弧を描くように、両腕を構え――

 

「――じゃが、ちーっとばかし多すぎるな。眩暈がするわい」

 

 大気が震えた。

 小石が跳ね、砂塵が浮き、空気が熱を帯びて歪曲する。

 

 藤堂の掌に。世界の熱が、吸い寄せられていく。

 

「ぬうおおぉらああああああああっ――――!!!!」

 

 咆哮とともに、炎熱が解き放たれた。

 

 それはただの炎ではない。

 灼熱の奔流。

 

 大地を焼きながら。あらゆる障害を熔かし。存在そのものを消し飛ばす、熱線。

 

 前方一帯が、一瞬、白く染まった。

 音が消える。

 

 次いで、焦げた空気の匂いが押し寄せた。

 サンドワームの大群は、悲鳴を上げる暇すらなく――ただ、焦土と化した。

 

 尻もちをついた特隊の一人が、震える指で前方を指す。

 

「……嘘、だろ…… あれだけいたのに、たった、一撃で……」

 

 遅れて襲う熱波が、肺を焦がす。皮膚が焼けるように熱く、汗が滝のように噴き出す。藤堂は手のひらを払い、にかっと笑う。

 

「ここら一帯は制圧した。ゲート周辺に拠点を組むとするかのう!」

 

 俺は喉を鳴らした。

 

「これが、S級探索者……世界最高戦力……!」

 

 人類を、救済する力か――

 

 朗らかに笑う藤堂の陰に、俺は阿修羅を見た気がした。

 

――――

 

 バリスティックシールドを構えた特隊が、赤光を放つゲート周辺を無言で巡回していた。盾に反射する赤い揺らぎが、まるで血潮のように地面へと滲む。

 

 一重、二重、三重――円環状に組まれたバリケードが、静かに戦場の器を形作る。その中央に、背を預け合うようにして二人の男が座していた。張りつめた空気は、呼吸の音すら聞こえるほどの緊張を孕む。その静寂を破ったのは、耳ではなく脳髄へ直接触れるような、妙に軽い声だった。

 

《あ~、てすてす 聞こえとりますか~、皆はん》

 

「――は!?」

 

 特隊の隊列がわずかに乱れた。脳の奥底に直接響き渡る感覚に、数名が思わず肩を震わせる。

 

《ほんまええ反応しよりますなあ、特隊の皆はんは! 和みます!》

 

「――な、何だっ!! 声がっ……声がっ、頭の中に入って来るぞ!!」

 

 ざわつく隊員たちをよそに、男は満足げに頷いた。

 

《よしよし。ここは距離が近いさかい、全員にまとめて送れとりますねえ。藤堂はん、こっちは問題なしですわ!》

 

「うむ。では千堂、頼むぞ」

 

「任せておけ。全て見通してくれよう」

 

 静かに印を結び、深く息を吸い込む男。瞼を閉じた瞬間、周囲の空気がわずかに震えた。

 

「――千里眼、発動」

 

 汗がひとすじ、頬を伝う。結ばれた瞼が深く皺を刻み、男の呼吸がわずかに乱れる。

 

「……見つけた! 北東にダンジョンボスだ……!」

 

 声はかすれていた。閉じた瞼の奥で何かを凝視しているように、眉間に深い溝が刻まれている。額から汗が落ち、結んだ印がわずかに震えた。

 

 千里眼――

 その名の通り、遠くの光景を見通す異能だ。だが、傍から観察しているだけでも分かる。

 

「……東は荒野……空に影が飛んでる……西は墓地……こっちにも、刻印持ちか……」

 

 あれはただの索敵ではない。空間を跳躍しながら視界を押し広げ、無理やり脳へと情報を流し込んでいる。負荷は相当なものだろう。

 

「……ボスは……計二体。北東と西北西……以上だ」

 

《おっ、もう捕捉しましたか! 早いでんなあ、千堂はん。腕、上げました?》

 

 にやりと笑う、関西弁の男。こちらはテレパシーの能力者。他者と思考を繋げ、ネットワークを構築する類い稀なるスキルを持つ。

 

 龍神ギルドのA級探索者――畝本(うねもと) 銀二(ぎんじ)

 

「……スピードは上がったが、やはり体力を持って行かれるのがキツイな。視界が揺れる……まだまだ修練が必要か」

 

 印を解き、荒い息を整える男。俯瞰視点によりダンジョンを丸裸にする、唯一無二の千里眼の使い手。

 

 征伐ギルドのA級探索者――千堂(せんどう) 武蔵(むさし)

 

 どちらも高難易度ダンジョンでは名の知れた実力者だ。

 

「畝本も……この数を相手に、よくもそうほいほいと思念を飛ばせるものだな」

 

《いやいや、全員に飛ばしとるのは今だけですわ。ここなら距離が近いさかい、負荷が軽いんです。攻略に入ったら皆はん遠ざかりますからね。いつも通り、事前に回線を開いた相手だけに送る形になりまっせ!》

 

 どうやら、畝本のスキルも万能という訳ではないらしい。距離による制約、人数制限か。

 

《帝国ギルドからは斑鳩はん。公安からは灰原はん、木羽はんに、毒島ちゃ――》

 

「あっ、待って待って! ちがいま~す! 毒島じゃなくって、『きらら』でお願いしまーす♥ 毒島なんて人、この場にいませんよ~」

 

 輪の外から、空気を読まぬ明るい声が飛ぶ。その軽さに、緊張していた数名が思わず息を漏らした。

 

《はいはい、きららちゃんね。覚えたよ~ん。あとは……御剣はんか。ソロで来とるんは珍しいな。藤堂はんのお気に入りでっか?》

 

 ししし、と喉の奥で笑う畝本。藤堂は軽く咳払いし、全体へ声を張った。

 

「よし、準備は整った。ボスは二体……これより、討伐部隊を編成する!」

 

 その声は、赤い瘴気を押し返すような重みを帯びていた。周囲の空気がたちどころに張り詰め、部下たちの背筋が自然と伸びる。

 

 レッドゲートでは、ボスが複数存在する事も珍しくない。内部の構造は、まさしく未知そのもの。詳細な作戦は、現地で立てるより他ないのだ。もしも管理者(ゲートマスター)と鉢合わせた場合は、最悪の一言に尽きる。これまで数多の探索者が、この赤き瘴気に呑まれて消えて行った。

 

「千堂。ボス二体のうち、より戦力が高いと思われるのはどちらかのう?」

 

「……東だな。荒野の向こう、砂煙の奥にデカいのがいる……ドラゴンだ。周りにはワイバーンもうじゃうじゃ飛んでやがった。あれはアンタ以外じゃ無理だろうよ、藤堂」

 

「……して、西は?」

 

「西へ進むと、墓地にぶち当たる。見えたのはスケルトンだ。ぱっと見じゃひょろいな。護衛も多くねぇ。だが――」

 

「アンデッド系が相手なら、目に見える情報だけでは不十分じゃな。十中八九、罠を巡らせておると考えて良いじゃろう。侮りは禁物よのう」

 

 藤堂は短く思案し、即座に指示を飛ばす。

 

「儂が東に向かい、ドラゴンを討伐する! 帝国ギルドは儂に付いて来い!」

 

 その宣言に、周囲の空気がさらに重く沈む。S級の名に違わぬ威圧が、輪郭を帯びた。

 

「西へは別動隊を派遣する! 公安からは執行部隊の三名と、各種ギルドの戦闘要員が同伴っ! スケルトンの足止めを行え!」

 

 灰原は静かに聞き入り。木羽はナックル越しに指を鳴らし。毒島は鞭をなぜながら、唇をひとつ舐める。

 

「御剣、お主も別動隊に加わっとくれ」

 

「……分かった」

 

 短く頷き、列に並ぶ。

 

(どこの部隊だろうと関係ない。俺は好き勝手にやらせてもらう。レッドゲートに、俺に力がどこまで通じるか――)

 

 俺の目的は、いつだってシンプルだ。今後、レッドゲートにソロで潜れる算段が立ったなら。手に入る物資の質が飛躍的に向上する。モンスターを瞬時に溶かす劇毒。未だ見ぬ魔道具。そいつらを、手に入れられれば――

 

「お前らはもっといい声で哭いてくれるんだろ……? クックック……!」

 

 腰のレイピアをわずかに上げ、西を見据える。この緊張感、悪くない。後方からは押し殺した囁きが聞こえて来た。

 

「おい……畝本さん、アイツの事、ソロって言ってなかったか……?」

「だよな。レッドゲートにソロなんて、正気とは思えねぇよ…… 大丈夫なのか?」

 

 周囲の視線が自然と集まるのを感じる。

 

「別動隊はボス同士の連携、挟撃を防ぐのが目的じゃ! 儂がドラゴンを討伐する間、牽制しながら持ちこたえよ! 手出しは最小限、危うくなったら直ぐに撤退!」

 

 木羽がナックルを構えながら、拳を握る。

 

「ふんっ! 別にぶっ倒しちまっても構わないんだよなあ!」

 

「珍しく気が合ったわね木羽。もちろん、きららもそのつもり! めいっぱい活躍して、桐生様に褒めてもらおーっと♥」

 

《さっき名前を挙げたメンバーには、ワイが回線を開かせて貰いました。念じれば、その相手に思念が届きますわ。試しとき》

 

《ん? あっ、ほんとだ! すっご~い、なにコレ!》

 

《……こいつぁ便利だな! 能力者になった気分だぜ!》

 

 木羽と毒島が顔を見合わせる。その表情には、緊張と高揚が入り混じっていた。

 

《ただし使いすぎは禁物やで! 遠距離での通信は負荷が跳ね上がりますさかい、別部隊との連携が必要な時だけにしといてな》

 

 畝本の付け足しが終わると、藤堂は改めて残った者たちに振り返り、号令を飛ばした。

 

「他の者たちはゲート周辺を守護せよ! ここは情報経路の要じゃ! 何としても守り抜け!!」

 

「了解っ――!!」

 

 名のあるギルドの面々が、一斉に返報する。特隊の部隊長が前へ出て、藤堂を見上げる形で敬礼した。

 

「ゲートは我々が固めております! ギルドの方々は、ボスの討伐に集中して下さい! ご武運を!!」

 

 赤光が揺れ、空気が震える。

 戦場への道が、いま開いた。

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