羅刹は、かく復讐せし   作:悠久久遠

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第25話 二つの戦場

 灰原率いる別動隊は、墓標が乱立する細道を息を殺して進んでいた。その静けさが、逆に胸の奥をざわつかせる。途中、数度の接敵はあったが、被害は最小限。離脱者ゼロ――張り詰めた緊張を保ったまま、ついに俺たちは刻印持ちの姿を捉えた。

 

「――前方にボスを発見。全軍停止……! そこの茂みに隠れて」

 

 灰原の声は低く、しかし鋭い。部隊は一斉に身を伏せ、瞬く間に茂みの影へと溶け込んだ。目の前には、骸骨どもの行進。こちらに背を向け、ゆっくりと、一歩、また一歩と進んでいく。

 

 だらりと垂れたサーベルが、地面に一本線を描く。金属と小石が擦れる乾いた音が、耳の奥に嫌な余韻を残した。木羽が手首に指を回しながら、目を細める。

 

「あの真ん中にいる野郎がボスか?」

 

 列の中央。一際巨大なスケルトンが、悠然と歩いていた。その肩には、禍々しい刻印の跡。

 

《藤堂さん、こちら灰原。聞こえていますか?》

 

《――灰原か? どうしたんじゃ?》

 

 数人の脳内に、藤堂からの思念が走る。

 

《別動隊、無事ボスの元まで辿り着きました。今のところ、我々に気付いてる素振りはありません。そちらの戦況は?》

 

《ふむ……こちらはまだドラゴンを発見できておらん。視界が悪くてな、中々に厄介な場所じゃて》

 

《……分かりました。では手筈通り、我々は奴らの動きを監視しておきます。何かおかしな動きを見せたら、直ぐに連絡を入れますので――》

 

 ふと、灰原の視線が上がった。

 その瞬間だった。

 

 列の中央にいたスケルトンの首が。

 ――ぎちり、と音を立て。

 

 半回転する。

 

「…………?」

 

 眼孔の奥が、まっすぐこちらを射抜いた。

 

 どこまでも深く、昏い。全てを飲み込むような、漆黒。視線が触れた瞬間、胸の奥がひやりと凍りつく。

 

 見られている――

 理由も無く、そう確信した。

 

「――くっ!! 全軍、今直ぐ戦闘態勢っ!!」

 

 灰原の叫びと同時に、空気が爆ぜたように緊張が走る。俺はレイピアを構え、前方の群れを睨み付けた。

 

「何で気付かれたんだ……!」

 

 茂みより木羽が飛び出て、ナックルを打ち付ける。

 

「どーでもいいぜそんなの! バレた以上、ぶっ倒すしかねぇだろ!!」

 

 ナックルを数度打ち鳴らすと、跳躍。黄金の軌跡が一直線、骸骨の群れへと突っ込んだ。木羽に続くように、次々と応戦するメンバーたち。雑魚集団を蹴散らし、ボスの元へ肉薄せんと挑む。

 

 その時だった。

 

 リィン……

 

 澄んだ鈴の音がひとつ、場に響き渡る。

 

(なんだ、この音は……?)

 

 戦場の喧騒を押し流すように、ただその音だけが世界の中心にあった。美しくも、異質な旋律。誰もが思わず戦闘を止め、音の発生源を探る。

 

「――あっち! あっちだよ!!」

 

 毒島がボスを指を差す。皆の瞳は、一か所に集まった。ボスの手元には、いつの間にやら錫杖が握られていた。

 

 錫杖がゆっくりと持ち上がり――地面へ落とされる。

 

 リィン……

 

 澄んだ音が、墓場の空気を震わせた。同時に、杖の根元から青白いサークルが生まれる。瞬く間に輪を広げ、俺たちを飲み込んでいく。

 

「何なんだよ、クソっ――!!」

 

 サークルを潜った瞬間、肌が粟立つ。これは拙い――直感が叫んだ。

 

《藤堂!! 聞こえるか、藤堂っ!!》

 

 返答はない。

 

《……、――、……》

 

 ノイズが混じり、ぷつりと途切れる。皆の方を振り返り、俺はぽつりと呟く。

 

「思念が……繋がらない……」

 

 周囲がざわめいた。

 

 方法は分からぬが――畝本のネットワークが、遮断された。

 

 リィン……

 

 再び、錫杖が鳴る。

 

 立ち込める腐臭、鼻を刺す不快な匂い。同時に地面が膨れ上がり、爛れた腕が地表を突き破った。

 

「ggggggggggggg――――!!」

 

 グールの軍勢だ。地獄の穴から湧き出すように、次々と姿を現す。錫杖を持つスケルトンの周囲には、黒い瘴気がまとわりつく。その姿が、ゆっくりと、しかし確実に――変貌していく。

 

 骨の隙間から、赤黒い肉が脈打ち、這い出す。ぬるりと音を立て、骨格に絡みつく。鮮血滴るマントが形作られ、奴の背を赤く染め上げた。黄金の冠が頭蓋に吸い付くように生成される。金銀財宝を身に宿した、さながら黒魔術師の佇まい。

 

「こいつ……! 姿を、偽ってやがったな……!」

 

 にやり、と嗤ったその顔は、骸骨の無表情とは違う。そこには、明確な嘲笑が宿っていた。奴が歩むたび、墓標がカタカタと喝采する。王の帰還を――称えているのだろうか?

 

「か……一真っち…… アイツ、ヤバいよ……」

 

 鞭を握る毒島の手が、震えている。いや、毒島だけじゃない。部隊の全員が、奴の発するオーラに当てられて。その身に迫る『死』を連想していた。

 

 これがレッドゲートのダンジョンボス。

 ――災厄の主。

 

 背筋がぞわりと冷える。無慈悲な想像が、思考を侵食した。

 

「俺たちは最初から、奴の盤上の駒だったのかもしれない……」

 

 俺が呟いたその言葉に、幾人かが短い悲鳴を上げた。そう、最初から。千里眼も、テレパシーも、こっちの思惑はすべてが読まれていた。部隊を分断され。ダンジョン奥深くまで誘い込まれ。そして、罠に嵌められた。

 

 東のドラゴンは、言うなれば撒き餌。

 このダンジョンの真の覇者は――

 

「お前か……死霊使い(ネクロマンサー)……!」

 

 周囲をグールが取り囲み、退路を断たれたこの状況。おびき出されたのは、俺たちの方だった。

 

――――

 

 東の荒野を横断するは、藤堂率いる帝国ギルド。砂塵が吹き荒れ、視界は霞んでいた。砂地を踏むたび、防具の継ぎ目に砂が入り込み、体力を容赦なく奪っていく。

 

 だが――

 

「ぬううるああああああっつ――!!!!」

 

 藤堂の放つ火炎が、前方のモンスターをまとめて蒸発させた。炸裂する炎を瞳に映しながら、黒甲冑の男――斑鳩が並び立つ。

 

「今日も絶好調だな、団長! これじゃあ俺たちの出番がねぇ!」

 

「ハッハッハ! 砂地で甲冑は動きにくいじゃろうて、斑鳩。今は体力を温存しておけ。ボス戦での活躍を期待しておるぞ!」

 

 藤堂は顎髭を触りながら、目を細める。

 

「向こうは既に標的を見つけたようじゃからのう。のんびりしとる暇はないわい」

 

 言い放った、その刹那。砂煙が、ぴたりと止まった。

 

「……ぬう?」

 

 大地が震える。地の底から響くような、重い振動。

 

「ガアアアアアアアアッツ――!!!!」

 

 竜の咆哮だ。砂嵐を割って姿を現したのは、深緑の鱗を纏う巨竜。首を天へと伸ばし、四肢は大地に巨影を落とす。尾が揺れるたび、大気が震えた。

 

 左右に広げられた両翼は、獲物を威嚇するように大きく膨らむ。朱き双眸が、真っ直ぐに――藤堂を射抜いた。

 

「なんじゃ。噂をすれば、おでましかのう」

 

 空中を見渡せば、漆黒のワイバーンの群れが旋回する。黒い体表をなびかせ、視界を覆い尽くすほどの数。

 

「な……何体いやがるんだ……」

 

 誰かが唾を飲む間もなく、黒き旋風が帝国ギルドを包み込む。ワイバーンが次々と地に降り立ち、部隊を取り囲んだ。

 

 藤堂の指示は速かった。

 

「方円陣を展開! 中央に支援隊を配置せい!」

 

「了解――!!」

 

 瞬く間に隊列が組まれる。外周の前衛が武器を構え、ワイバーンの突撃を受け止める。同時に中央では、詠唱が重なり合った。

 

「女神の恩寵――癒しの波動を与え給え」

「精霊の加護――全てを打ち砕く力を――我らにもたらさん」

 

 ヒールとエンチャントが重なり、前衛部隊が光に包まれる。隙を生じぬ二段構えだ。ワイバーンがたじろぐ。

 

「さあさどうした! かかってこいや!」

 

 斑鳩の斧が唸り、ワイバーンの鮮血が砂に散る。攻めあぐねたワイバーンは一度空へ逃れようとする――だが、その首根っこを藤堂が掴み上げた。

 

「ふんっ――!!!!」

 

 万力のような握力で首をへし折り、死体を後方へ投げ捨てる。次いで手のひらに熱が収束し、空へ向けて放たれた。

 

「はあああああっつ――――!!!!」

 

 漆黒の空に、穴が空く。何体のワイバーンが焼き落ちたのか、誰にも分からない。龍は戦局を見定めた。この戦場において、もっとも脅威となる存在――藤堂へと、的を絞る。

 

「グアァァァァァァ――――!!!!」

 

 咆哮と共に、ワイバーンの群れが一斉に旋回。藤堂へ向けて、特攻を仕掛ける。初撃で悟ったのだ。真っ向勝負では、この老躯には勝てない。

 

 もしも届くとすれば――それは命を懸けるより他ないと。

 

 漆黒の彗星が、藤堂へと降り注ぐ。

 

 衝撃。

 破砕音。

 

 藤堂の姿が闇に消える。

 

「だっ、団長っ――!!!!」

 

 ワイバーンの死体が山のように積み重なり、肉塊となる。龍は勝利を確信した、その折――

 

「グッ、ガアアアッ――!!??」

 

 熱の光線が、龍の貌《かお》を焼き熔かした。龍は地に貌を擦り付け、のた打ち回る。黒き肉塊の中からは、炎熱が漏れ出ていた。

 

「命を捨ててこの身に迫らんとする、その意気や良し。じゃが――」

 

 肉塊を引き裂き、藤堂が大地を踏みしめる。老躯とは思えぬ、揺るぎない足取りで。

 

 藤堂の肉体は傷付き、所々で血が滲んでいた。特攻は確かに、鋼の肉体に届いたのだ。

 

 故に――

 

「親玉のお前が見とるだけと言うのは、頂けんじゃろうて。のう、龍よ?」

 

 龍の貌は爛れ落ち、黒ずんだ骨が露出していた。地に付いた貌を僅かに上げ、藤堂を睨むも束の間。

 

「はあああああっつ――!!!!」

 

 灼熱の光線が、緑の体躯を覆い尽くす。鱗が燃え、翼を燃やし、黒煙が風に流れる。巨体は沈黙した。

 

「……す、すげぇ。圧倒的だ……」

 

 斑鳩の呟きが、歓喜の波を呼ぶ。藤堂は顎髭を撫でながら、黒煙に包まれた龍を見つめた。

 

「――む?」

 

 焼け焦げた体表の奥で、白き骨が脈動していた。爛れた肉が逆再生のように巻き戻り、赤黒い繊維が骨に絡みつく。焼けた躰を。潰れた貌を。無理やりに、再構築していく。

 

 死に瀕するダメージを負ってなお――龍は再び、立ち上がった。

 

「なんと面妖な……」

 

 藤堂ですら驚愕する。それは死してなお動く異形だった。

 

(再生能力……? じゃが初撃で貌を潰した……あの時点で既に致命傷だったはず。死の淵からの蘇生か……? さながらアンデッドよのう――)

 

 アンデッド――

 その単語が、藤堂の脳裏に不穏な影を落とす。

 

「……西に、墓地……」

 

 このダンジョンに潜む、もうひとつの刻印持ち。別動隊が向かった、スケルトンの存在を。その時、畝本からの通信が入った。

 

《――灰原はん! 聞こえ取りますか? 御剣はん! 木羽はん! きららちゃん! 返事をして下さいな!》

 

 普段の飄々とした態度から一変。その声音は、微かに震えていた。

 

《どうした畝本! 何があった!?》

 

《藤堂はん! それがこっちもよー分からんのですわ! 別動隊の皆はんと、いきなり回線が切れてしもうて!》

 

《なんじゃと……!》

 

 そこに千堂の声も重なる。

 

《……拙いかもしれんな。今しがた墓地の方に千里眼を使ってみたんだが……何も見通せなくなってやがる。恐らく結界か何かが張られてるぞ!》

 

 やり取りを聞いていた斑鳩の顔が、蒼白する。藤堂の胸に広がる、言い様も無い焦り。

 

(……胸騒ぎがする。厭な予感じゃ)

 

 空気を大きく吸い込み、号令――

 

「討伐を急ぐ! 全軍、後方まで下がっておれ! 支援隊はシールドを張れぃ!!」

 

 藤堂の両手に、膨大な熱の塊が収束する。空気中の水分を即座に蒸発させる。

 

 それは、小さな太陽――

 天空へ向けて放たれた球体が、龍の頭上でゆっくりと回転。紅炎(プロミネンス)が伝播し、生きとし生ける全てを、悉く焼き熔かす。

 

 ワイバーンは次々と墜落。龍は灼熱の中で、ただ焼かれるのを待つのみ。

 

「グギャアアアアアアア――――!!!!」

 

 再生する端から焼け落ち。焼け落ちる端から、再生する。炎熱地獄。

 

「まだまだぁああああ――!!!!」

 

 藤堂が右手を掲げ握り込むと、球体がさらに収縮――直後、球体から生じた光の矢が、龍を穿った。降り注ぐ光弾。大地も空も瞬く間に、光弾の輝きで満たされる。龍はその身を細切れにされ、肉片が砂地に散らばった。

 

(このまま滅し続ければ、いつかは再生力も尽きるじゃろう。じゃが――)

 

 藤堂の脳裏に浮かぶのは、西の墓地へ向かった仲間たちの後ろ姿。

 

(急がねば……あの先で、何かが起きておる……! 皆、持ちこたえとくれ……!)

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