羅刹は、かく復讐せし   作:悠久久遠

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第26話 零れ落ちる命

 腐臭を撒き散らしながら、グールの群れがじりじりと包囲を狭めてくる。足取りは鈍い。だが、確実にこちらへ迫っていた。ねじ曲がった四肢。糸を引く濁った唾液。その異形の姿は、嫌悪と本能的な恐怖を否応なく掻き立てる。

 

 前衛部隊はすぐさま戦闘態勢に入った。

 

「このっ!! 炎龍よ――顕現せよ――焼き払え!! どうだ、燃え尽きやがれえええええ――!!!!」

 

 咆哮と共に炎龍が迸り、灼熱の奔流がグールの群れを薙ぎ払う。黒焦げの腕が落ち、足を失った個体が転倒する――だが、それも一瞬。

 

「ggggggggg……!!」

 

 欠損部位が、まるで巻き戻しのように再生していく。肉が芽吹くように腕が伸び、倒れた個体には新たな脚が生えた。

 

「こ、こいつら……不死身かよっ!!」

 

 いや、その理解は半分正しく、半分は誤りだ。グールはネクロマンサーの操り人形。奴の魔力が続く限り、何度でも立ち上がる。

 

「闇魔術による強制再生だ。肉体の修復速度が異常すぎる」

 

「じゃあ、倒しても意味ねぇって事かよ!」

 

「……リソースの無駄だ。力は温存した方が良い」

 

 幸い、グールの動きは鈍い。放置しても致命的な脅威にはならない。

 

 問題は――中央にいる()()

 

「■、■……■■■、■■――」

 

 錫杖を打ち鳴らしながら近づいて来る、あの死神。踏みしめるたび、大地は漆黒に染まり、足元からは赤い瘴気が滲み出る。脳がチリチリと、警鐘を鳴らす。

 

 ――あれは、ダメだ。

 対峙した瞬間に理解した。

 

 生命としての格が違う。真っ向勝負など論外。

 

「逃げるが勝ち、か……」

 

 後方には青白い壁が立ち塞がり、ドーム状に俺たちを閉じ込めていた。木羽が頭を掻きながら、顔を歪める。

 

「クソっ……! 何度やっても思念が飛ばねぇ……! どうなってやがんだ!!」

 

「……奴の錫杖から広がったサークルに足を踏み入れた瞬間、妙な感覚があった」

 

「それ、俺も感じたぞ! 全身の毛穴が逆立つみてぇな気持ち悪さだったな!」

 

「恐らく結界の類いだ。俺たちは奴の作り出したフィールドに閉じ込められたな……」

 

「……マジかよ」

 

 木羽が愕然とする一方、灰原が静かに言葉を継ぐ。

 

「僕も御剣さんの推測に同意します。過去に戦った結界持ちのモンスターと、状況が酷似していますね」

 

 毒島がグールに鞭を浴びせながら、後方に目配せする。

 

「あの青い壁……あれが結界って事で良いんだよね?」

 

 俺は頷き、じりじりと迫るネクロマンサーを注視する。

 

「索敵や通信系のスキルは全て弾かれると考えた方が良いな。物理突破できるかどうかは、試してみないと何とも言えないが……」

 

 木羽は苦々しげに拳を握ると、そのまま両拳を打ち付ける。黄金の飛沫が散り、輝くナックルが墓地を照らす。

 

「こうなったら仕方ねぇ! 奴をぶっ潰す以外に道はねぇなっ!!」

 

 土を蹴る音――

 

「待て木羽っ!!」

「アホっ! 突っ走んなっての!!」

 

 俺と毒島の静止を振り切り、木羽は単身突撃する。ネクロマンサーは錫杖を左右に振る。鈴の音と共に、背後のマントが歪に絡み合い――巨大な深紅の拳を生成した。

 

「うるあああああっつ――!!!!」

 

 ギイイィィィン――!!!!

 

 木羽の拳と、深紅の拳がぶつかり合う。波動が大地に伝い、ひび割れる。

 

「チィ……なんつー力だよっ……!」

 

 食いしばる木羽。みるみるうちに顔面が赤く染まり、血管が浮く。

 

(ゴーレムを一撃で葬る木羽のパワーと互角だと……!?)

 

 そのがら空きの胴体を、ネクロマンサーの眼孔が捉える。

 

「■■■、■■、■■――!!!!」

 

 骨の拳を握りしめ、そのまま叩きつけた。

 

「グオッ――!!」

 

 肉に食い込むネクロマンサーの拳。一拍おいて、木羽の体は吹き飛び、そのまま遥か後方の墓標へと叩きつけられた。

 

「……木羽! このっ――調子乗ってんじゃないわよっ!!」

 

 毒島の鞭が空を舞う。二度三度、軌道を変幻自在に変えながら。狙いは、奴の持つ錫杖――その持ち手部分に、鞭が正確に巻き付いた。

 

「それがなけりゃ、アンタなんも出来ないでしょうが!」

 

 毒島はそのまま引き絞る。だが、力負けするのか。中々その手から錫杖を奪う事は叶わない。苦戦する毒島の姿を見て、前衛に控えていたギルド隊員二人が、顔を見合わせ頷く。

 

「嬢ちゃん、そのまま押さえてな!」

「――助太刀するぞ!!」

 

 剣と槍が閃く――が。

 

「■、■■……■■■……!」

 

 ネクロマンサーは左手を上へ向けると。そのままフッと、地を指差す。同時に、赤い衝撃波が二人を押し潰した。

 

「ぐぅ……重っ……!」

「う、動けんっ……!」

 

 地に這いつくばる二人。

 ――重力魔法。

 

「野郎っ、扱えるのは闇魔術だけじゃねぇのか……!」

 

 錫杖の先端が、青白く輝く。

 

「■、■■……■■、■■……!」

 

 ネクロマンサーは続けざまに唱える。錫杖から放たれた魂魄が髑髏を模し、瞬く間に鞭を伝う――

 

「ちょ、ヤバっつ――!!」

 

 魂魄が毒島の胸元で爆ぜる。

 

「毒島っ!!」

 

 紫のツインテールを揺らしながら倒れ、ピクリとも動かなくなった。執行部隊の二人を、児戯の様にあしらう。紛れもない……奴は怪物だ。

 

 ネクロマンサーはそのまま地を這う二人の元へと近づき――

 

「ぐぬっ……これしきの、事でっ……グ、ガッ――!!」

「ギャアアアアアアア!!」

 

 錫杖の先端で、頭蓋を砕いた。

 

 そしてこちらを見据える。次なる標的の姿を。

 

「■、■■……■■、■■、■■……」

 

 俺たちの命を――

 

 

「こ……殺されるっ……!!」

「いやっ……いやああああああっ!!」

 

 パニックに陥る集団。そんな中、灰原は班目へと近寄り、何やら耳打ちをしていた。

 

「……状況なら……が…… 確実に……用意しますので……して下さい」

「――!!」

 

 班目の目が見開かれる。驚愕する班目を放置し、灰原は隊員達をちらりと見やりながら、軽く息を付く。そして俺に向かい合い、静かに告げた。

 

「……御剣さん。後は任せました」

 

 この状況で、妙に落ち着き払った声音だ。だが、その言葉の意味する所は、俺にはすぐに理解できなった。

 

「任せたって……何を言ってるんですか」

 

「僕が奴の注意を惹きつけます。その隙にグールの群れを突破。皆さんを連れて、出来る限り遠くへ逃げて下さい。いかに結界の中とは言え、何もしないよりかはマシでしょう」

 

 クリスナイフを構える灰原。冷静な挙動に、俺は胸の内が掻き混ぜられる思いがした。

 

「――無謀だっ!! 仮に戦うにしても、全員で仕掛けるべきだ!」

 

「既に隊の殆どの方が、戦意を喪失しています。このまま戦えば被害が増えるだけ……ここは逃げの一手が正解です。藤堂さんが来るまでの間、時間稼ぎを」

 

 灰原の言う事は、恐らくこの場における最善だ。ネクロマンサーと渡り合える可能性があるのは、執行部隊の統括者である灰原を置いて他にいない。俺も同じような事を考えていた。そして最善だと分かってしまうからこそ。

 

 ――自身の無力さに、腹が立つ。

 

「木羽さんを回収して、結界の麓まで行って下さい。無事に墓地を抜けられればそれで良し。……もしも突破が叶わないようでしたら、その後の采配は任せます」

 

 俺は地面で転がる毒島を背負い、灰原に背を向ける。

 

「……済まん」

 

 去り際の俺に、灰原は薄い笑いを向けた。

 

「謝らないでください。これもリーダーの務めですよ。縁があったら、またお会いしましょう」

 

――――

 

 後方へ吹き飛ばされた木羽を発見した。墓標に体を預けるように倒れ込み、意識は白濁、天を仰いでいる。その眼球が俺の姿を捉えると、ゆっくりと口が動いた。

 

「み……御剣……それに……肩に乗ってんのは、毒島、か……? いったい……どうなったんだ? ダンジョン……ボスは……」

 

「……撤退だ。灰原さんが身代わりになった。今は俺たちが離脱する時間を稼いでくれている」

 

「……なんだとっ! 畜生っ、いくら灰原でも……アイツは、ヤベェって……俺も行くぞっ――ぐうっ!!」

 

 立ち上がろうとした木羽の顔に、苦悶が走る。後衛のヒーラーがすぐさま駆け寄った。

 

「診せて下さい!!」

 

 手をかざすと同時に、薄緑の光が木羽の胸元を包む。ヒーラーは唇を噛みしめた。

 

「肋骨が折れてます……内臓にもダメージが。幸い破裂はしてませんが、この状態で動き回るのは無理ですよ……!」

 

「くっそがっ……情けねぇっ……」

 

 ヒーラーに肩を貸され、木羽は辛うじて立ち上がる。執行部隊は脱落し、既に死者も出ている。状況は最悪だった。

 

 ――――

 

(ここが結界の終点か……)

 

 青白く発光する壁に、手近な石を投げつける。

 

 コツン――

 

 石は壁に阻まれ、そのまま落下した。

 

「やはり物理攻撃も反射するか。これで墓地からの脱出手段は潰えたな」

 

 俺の言葉に、隊員たちの顔が蒼白する。

 

「そんな……嘘だろっ……!」

「嫌よ! あんな化け物と同じ空間にいるなんて、耐えられない!」

 

 恐怖は瞬く間に伝播した。灰原の言っていた通り、もはや部隊に戦意は無い。あのネクロマンサーの邪気に当てられ、完全に崩壊していた。歴戦の探索者が集うパーティーでさえこの有様――これがレッドゲートの脅威。

 

「……侮ってたな」

 

 悔恨する間もなく、木羽が拳を構えた。打ち付けるナックル、そのまま渾身の一撃を結界へと叩き込む。

 

「うぐっ……あああああ、らあああああっ――!!!!」

 

 ズウゥゥン――!

 

 重い衝撃音と共に空気が震え、近くの墓標が崩れ落ちる。木羽は肩で息をしながら顔を歪めた。

 

「壊れねぇか……クソッ……ゴホッ!!」

「ちょっと! 無理しないでくださいって!」

 

 血を吐き、その場に崩れ落ちる。木羽の一撃を受けても、傷ひとつ付かない鉄壁の防護。

 

(今の一撃が、この部隊での最高火力。それでも無理ってなら……自力突破は不可能か)

 

 木羽以上の火力――藤堂の到着を待つか、或いは。

 あの死神を、倒すしかない。

 

「――っつ!!」

 

 その時、悪寒が走った。皮膚を蟲が這い廻るような、不快感。一歩、一歩。ゆっくりだが確実に近づく、圧倒的な威圧感。

 

「――奴が、来るっ!!」

 

 ネクロマンサーが動き出した。それは同時に、灰原の敗北を意味する。

 

(……灰原さん)

 

 去り際に見せた笑顔が、胸を刺した。

 

(……くそ、クソッ……! このままじゃ――)

 

 ――全滅。

 最悪な未来が脳裏を掠めた。

 

 俺は震える隊員の一人を見据え、歩み寄る。後方部隊の一員、弓の射撃手だ。

 

「ひっ……!」

 

 その縮こまる背に括られた、弓を指差す。

 

「それ、貸してもらえるか?」

 

 隊員は恐る恐る弓矢を外し、俺に手渡した。

 

「……ど、どうするつもりですか……?」

 

 問いには答えず、俺は前を向く。弦のしなりを軽く確認し、一歩前へ。

 

「お、おいっ……御剣! どこ、行く気だよっ……!!」

 

 木羽の怒声が響く。

 

 灰原は命を懸けて時間を稼ぎ、バトンを託した。ソロ専門の俺に随分な重荷を背負わせてくれたものだと思う。部隊を率いるなんて、柄じゃない。俺がやれる事なんてひとつしかないのだから。

 

「奴を足止めする」

 

「てめぇバカっ、死にに行く気かっ!! 一人で、なんて……行かせ、ねぇぞ――ガハッ!!」

 

「木羽さん! 動いたらダメですって!」

 

 木羽を押し留めるヒーラーの声。そのか細き手を振り払う程の力すらも、今の木羽にはない。

 

「俺なら一人で大丈夫だ。それより陣形を立て直してくれ。藤堂が来るまで持ちこたえれば、俺たちの勝ちだ」

 

 木羽は自らの胸部を握り込み、脂汗を流す。

 

「私、ここで皆を手当てします!」

 

 ヒーラーの力強い宣言を聞き、胸に安堵が広がる。この部隊はまだ、完全には死んじゃいない。生き残ろうと足掻く者がいる限り、希望は繋がるのだ。

 

「よし、行くか」

 

 死神へと向かって、歩み出した俺。

 すると意外な所から、声が上がった。

 

「……御剣さん、待ってください! 俺も一緒に行きます!」

 

 巨体を震わせながら、前に躍り出た男。

 ――班目だ。

 

「どうしたんだ、突然。……命の保証は出来ないんだぞ?」

 

「構いません! 今まで散々、人様に迷惑をかけて生きて来たんです。……ここが正念場だ。俺に、生まれ変わるチャンスをください!」

 

 そう言いながら、深く頭を下げる。やはり、気味が悪い程の心変わりではあるが――先のゴブリン戦でも、班目のスキルは有効だった。どちらにしろ、進むも引くも地獄の状況だ。せめて最期まで足掻こうとする、こいつなりのけじめなのかもしれない。

 

 そんな班目の隣に、並び立つ影。

 

「――班目、勝手な行動はするな」

 

 黎明ギルドの団長、柏木だ。気付けば柏木以外の団員達も、班目の背後に集合している。

 

「お前ひとりで行かせる訳がないだろう? 団員はファミリー、それが黎明ギルドの掟だ。戦うならば、俺たち全員で行く。御剣さんも……それで良いですよね?」

 

 今は一人でも戦力が多いに越したことは無い。恐らく柏木の実力はA級相当、十分過ぎる助っ人だ。

 

「……分かりました。お願いします」

 

 次いで、他ギルドからも声が上がる。

 

「俺たち二人も行きます!」

 

 炎龍使いの男と、真空波を操る女のタッグ――これまで何度か見た顔だ。華麗なコンビネーションで敵を殲滅する様は、記憶に新しい。俺は無言で頷き、歩き出した。

 

 あれだけの惨事を前にしても、まだ戦う意志を見せる者たちがいる。

 ……心強い限りだ。

 

「……御剣っ! 死ぬな……死ぬなよっ……絶対に、戻って来いよ!!」

 

 木羽の涙混じりの叫びを背に、死地へ向かう。不思議とそれは、悪い気分ではなかった。

 

 ――――

 

 遠方にネクロマンサーの影。まだ距離はあるが、確実に近づいてくる。結界に閉じ込め、じりじりと俺たちを追い詰める――『狩り』でもしているつもりだろうか?悪趣味な野郎だ。

 

「さて……弓は何年ぶりだったかな」

 

 俺はこれまでの鍛錬で、あらゆる武器を習得している。弓も例外ではない。

 

 引き絞り、標的を捉える。

 周囲にグールの姿は無い。視界はクリア。

 

「――はっ!!」

 

 鉄矢が一直線に飛び、奴の頭部を貫いた。

 

「■■……■■、■……■■■……?」

 

 効果は無い。まあ予想通りだ。

 

 続く二の矢、三の矢。あらゆる部位を射抜くが、奴は微動だにしない。

 

「おっしゃ畳みかけるぜ! 炎龍よ――焼き払え!!」

「切り裂け――真空の剣!」

 

 炎が大地をうねる。不可視の刃が奔る。だが、ネクロマンサーのマントがはためいた瞬間――その全てが霧散した。

 

「おい……マジかよ!」

「無傷って、嘘……でしょ……」

 

 魔法の効かぬ相手に、たじろぐ二人。黎明ギルドは武器を構え、息を呑んで様子を窺っている。

 

(とにかく時間を稼ぐことを考えろ……! 人数はこっちが有利だ。連携すれば、多少は持ちこたえられる)

 

 次の矢を構えながら、前方へと意識を研ぎ澄ます。ネクロマンサーのわずかな異変も、見逃してなるものか。

 

「奴は重力魔法を操る! 先ずは接近戦を避けて、この距離からの攻撃を――」

 

 

 俺の言葉はそこで途切れた。

 

 それは唐突だった。

 

「へ……へへっ……!」

 

 背中が熱い。

 焼けるように、熱い。

 

 鋭い痛みだ。

 

「へへへへへっ……! ククッ……アッハッハッハッハァぁ……!」

 

 後ろを向くと、ナイフを構えた班目。

 唇を歪ませ、嗤っていた。

 

 刃先は赤く濡れている。

 痛みの中、妙に達観した思考で、俺は間抜けにも思った。

 

 ああ、あれは。

 ――俺の、血か。

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