魔物殺し   作:悠久久遠

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第2話 ブルーゲート

 人混みをかき分け路地裏に入ると、何やらガラの悪い三人組が目に入った。更にその奥には青い靄――あれが渋谷で発生したブルーゲートだろう。近くには公安二人の姿も見える。随分と大所帯じゃないか。

 

 先ずは道を塞ぐ邪魔な男たちに声を掛ける。

 

「そこ、どいてくれないか?」

 

「……あ?」

 

 ゆらりとこちらを向く三つの視線。奴らはそれぞれ武器を身に着けている。中心にいるデカい男はロングソード。その左右取り巻きはそれぞれモーニングスターにハルバードと、どれもこれもギルドで出回っている標準的な獲物だ。探索者である事は明白だった。

 

 ギルドお墨付きの武器は職質されないので、色々と楽ではある。まあその分、性能はお察しではあるのだが。

 

「んだてめぇ……? いきなり出て来て何の用だ? あぁん?」

 

「別にアンタらに用はない。俺の目的は、そこのブルーゲートだ」

 

 顎でゲートを示してやると、全員の視線が集まった。一拍を置いて、ゲート前の公安が睨みを利かす。

 

「……お前さん、ギルドのもんか? 所属はどこだ?」

 

 何やら勘違いしているようだ。口振りからして、俺を「ギルドから派遣されてきた探索者」だと思い込んでるってとこか。

 

「所属はない。俺はソロだ」

「……んだよ、またはぐれ野郎か! 今日はハイエナ祭りだな、クソがっ!!」

 

 よく分からんが、舌打ちをされた。どうやら虫の居所が悪いらしい。こういう手合いはまともに付き合わないに限る。用件だけ伝えて、さっさと中に入るとするか。

 

「俺は公安のホームページを見てここに来たんだ。渋谷区で発生したブルーゲート――対応求ってな。もうあまり時間も残ってないんだろ?」

 

「……ああ、そうだよ! で、何だ? おめぇも金が目的ってか!?」

 

「俺がこのダンジョンを攻略する。報酬はいらん」

 

「んでいくら欲しいんだ? 三百万か? 四百か…………って、は……?」

 

 ぽかんと口を開ける公安。周りの連中も間抜け面を晒している。その隙に、俺はサッとゲートの中へ身を投じたのだった。

 

 

「い、行っちゃった……」

 

 最初に口を開いたのは、茂宮の隣に控える男だった。次いで茂宮が銃を構え、ゲートを見やる。

 

「吉田ぁ!! 俺は今直ぐ突入するから、お前は外で見張っとけ! 一旦様子を見て来るが、もし三十分経っても戻らなかったら特隊を呼べ! 良いなっ!?」

 

「なっ――! もしかして茂宮さん、アイツについて行く気ですか! 無理ですって!! いくらブルーゲートって言っても、碌な装備も無しで飛び込んだら死にますよ!」

 

「バカ野郎!! だからって一人で行かせられる訳ねぇだろ! 危なくなったらあの野郎の首根っこひっ捕まえてでも引き返す! だから大丈夫だっ!」

 

「ちょ、待ってって! 茂宮さんっ――!!」

 

 

 ゲートを潜ると目の前には密林地帯が広がった。辺り一面を占める木々草花の数々。呼吸をすると、青臭い深緑の匂いが鼻腔を満たす。

 

(予想通り。オープンワールド型か……)

 

 ダンジョンには大きく分けて、二つの型がある。

 

 先ず一つ目。

 広大な面積を有する、オープンワールド型。

 

 こいつは森や砂漠、洞窟などと言った、現実世界にもあるような自然風景がベースとなっている。モンスター共は独自の生態系を築いており、弱肉強食がうまい事回っているのが特徴的だ。ダンジョン内で最も戦闘力の高いモンスターが【ダンジョンボス】として設定され、そいつを倒すのが目的となる。

 

 そして二つ目。

 複数の階層からなる、無機質な踏破型のダンジョン。

 

 ダンジョンと言えば、世間にはこちらのイメージの方が浸透しているらしい。第一階層から始まり、徐々に下層へと降下していく。途中訳の分からんトラップやら、物理法則を無視した障害も起こり得る――面倒極まりない構造だ。各層ごとにエリアを護る守護者(ガーディアン)がおり、最深部ではダンジョンボスがふんぞり返っている。攻略するまでに時間が掛かり、必然的に難易度も跳ね上がる。まさに探索者泣かせである。

 

 今回引いたのは前者だった。ブルーゲート程度ならば、オープンワールド型である事の方が多い。踏破型はイエローゲート以上から出始めるのが一般的。これは既に統計にも出ている事実だ。

 

「ととっ、あっぶねぇっ!!」

 

 俺の通って来たゲートから、先程の公安の一人が走り出て来た。着地にミスって若干ふらつき、次いでゆっくりと頭を回して森を眺め始める。

 

「おい、なんだこりゃあ……!? また随分と、けったいな場所じゃねぇか……」

 

 拳銃を構えながら周囲を見回す公安と、不意に視線が繋がった。

 

「あっ! 居やがったな、てめぇっ!!」

 

「なんだ。アンタ付いてきたのか?」

 

「なんだじゃねぇよっ! 一人でダンジョンに潜るなんて、お前正気か!? ソロだか何だか知らねぇが、自殺行為だぞ! それに報酬はいらねぇって、お前なあ――」

 

 公安がまだ喋ってる最中、唐突に()()は起きた。

 

「なっ……!!」

 

 公安は拳銃をだらりと下げ、驚嘆の吐息を漏らす。空間のただ一点を見つめながら、絶句した。

 

 青い靄が、立ち消えたのだ――

 

「嘘だろ……げ、ゲートが……! ゲートが、閉じやがったっ!!」

 

 突然のゲートの消失に、狼狽える公安。腕をぷるぷると震わせながら、目を白黒させている。

 

「どういう事だよっ!! さっきまでここにあったよなぁ!? なあ!?」

 

「……管理者(ゲートマスター)の仕業だな。ブルーゲートに出現するのは珍しいんだが……」

 

 俺は唇の端を吊り上げる。

 

管理者(ゲートマスター)だぁ? おめぇ、それってつまり……!」

 

 公安の顔から血の気が引く。状況を悟ったようだ。

 

 管理者(ゲートマスター)とは即ち、ゲートを統率するモンスターの事だ。ゲートの開閉を自在に行える、厄介な敵。奴らは探索者がダンジョンに入って来たのを感知し、すぐさまゲートを閉じてしまう。ゲートが閉じれば外界との繋がりは断たれ、連絡手段が失われる。人員増強、物資の補給は不可能。簡単かつお手軽な、スペシャル牢獄の出来上がりという訳だ。

 

「アンタの想像してる通りだ。管理者(ゲートマスター)を倒さない限り、ゲートが再び開くことは無い。……と言っても、別に大した問題じゃないがな。ボスさえ討伐してしまえば、ダンジョンそのものが崩壊する。そしたら現実世界に戻れるだろ?」

 

「何言ってやがる! ぬかすんじゃねぇ! 俺たち二人でボスを討伐だと? 無理に決まってんだろうが、そんなもん!」

 

「……二人じゃない。アンタは俺の後ろで控えててくれ。その方が動きやすいからな」

 

「――てめっ! だったらなおさらだろうがっ!! おめぇがどんだけつえぇ奴かは知らねぇがよ。ダンジョンを一人で攻略できるような探索者は、最低でもBランク以上! そんな輩はそうそう居ねぇんだ。この無鉄砲野郎が!」

 

「…………悪いな。生憎、拳銃は使わない主義なんだ」

 

「……はあっ? お前、何言って……? ……って! そういう意味じゃねぇんだよゴラァッ!!!!」

 

 唾を飛ばしながら怒り狂う公安。こんな軽口すらもスルー出来ないとは、よっぽど追い詰められてるな。いや――よくよく思い返してみれば、先程からこの男は怒鳴ってばかりだ。公安の仕事はストレスが多いとも聞く……若しくはカルシウム不足だろうか? どっちにしろ、難儀な事だ。

 

 公安は怒り疲れたのか、深く溜息をついてぼそぼそ喋り出す。

 

「……もういい。とりあえず状況を整理するぞ。先ずは……そうだな。自己紹介からだな。俺は茂宮 拓郎。公安一課、ダンジョン災害対策専門室の少佐を務めている。お前さんの名前は?」

 

「御剣 一真。探索者だ」

 

 茂宮は拳銃をしまい、右手を差し出した。俺も続いてその手を握り返す。

 

「こうなったら一蓮托生だ。よろしく頼むぞ、御剣。……お前確か、ソロって言ってたよな?」

 

「ああ」

 

「いっつもこんなことやってんのか? いきなりダンジョンに飛び込んで、報酬もいらねぇって?」

 

「金に興味はないんでね」

 

「興味ないって、お前なあ……」

 

 茂宮はズボンから煙草を取り出し、ライターで火を付けた。ダンジョンに閉じ込められたこの状況で一服とは恐れ入る。少佐と言うだけあって、この男案外肝は座っているのかもしれない。

 

「……なんでギルドに加入しないんだ? いくら金に興味が無いって言っても、限度ってもんはあるだろうが。はぐれ探索者じゃたとえダンジョンを攻略しても、報酬金は支払われない。ギルドからのサポートも受けられないんだろ? デメリットしかねぇように見えるんだが……」

 

「………………」

 

 

『みんな死んだ。全部、お前のせいだ……お前のっ――!!!!』

 

 

 厭な記憶が脳裏を掠めた。

 

 茂宮は煙を吹き出し、煙草を投げ捨てる。

 

「まあ良い。余計な詮索はしねぇよ。それよりも御剣ぃ、お前装備は何持ってきた? 俺はこいつしか持ってねぇぞ?」

 

 拳銃を取り出し、目の前でちらつかせる。

 

「弾は九発きっかりだ。マガジンもねぇ。撃ちきったら、それでお終いよ」

 

 茂宮は苦々しい顔をしているが、いったい何を気負っているのだろうか。こっちははなっから、そんなおもちゃに期待などしていない。モンスター共に対して銃火器による攻撃は効果が薄い。雑魚なら鉛玉で撃ち殺す事も可能だが、効率は悪い。当然それ以上の相手となると、なおさらだ。牽制程度の役にしか立たない。

 

 公安は自衛隊から分派した組織だ。ダンジョンの攻略にも、もっぱら近代兵器を用いる。ピストルがダメなら手榴弾、バズーカー。それでもダメなら戦車にミサイルと――ダンジョン攻略にかかる費用は跳ね上がって行く。ブルーゲート程度の攻略ならば、それでもまあ何とかなる。だが中級モンスターがうろつくイエローゲートでは、公安は実質無力に等しい。ましてやレッドゲートでは……言っちゃ悪いが、肉壁同然だ。

 

 米国みたく、ダンジョン攻略に核兵器を導入すれば。

 また、話は別なのだろうが――

 

「俺の装備はこれだ」

 

 腰に括りつけた短刀を見せ、ウエストポーチに詰めて来た小瓶とヨプの葉を地面に並べる。

 

「……ナイフ一本に……葉っぱと、なんじゃこの瓶は……? おいっ……こ、こんだけかっ!? おいおいおい勘弁してくれよ!」

 

 茂宮は溜息をつきながら、天を仰ぐ。どうやらお気に召さなかったらしい。

 

「はっ、ははっ……! 俺、ここで死ぬかもな……」

 

「ダンジョンにじゃらじゃら装備を持って来るような奴は二流だ。基本は現地調達で事足りる」

 

 地面の物資をウエストポーチに入れ直し、前を向くとそこには――

 

「グギッ、グギィィィィッツ――――!!!!」

 

 今や見慣れた緑の悪鬼(ゴブリン)が、一匹立っていた。




 ――――用語一覧――――

【ダンジョンボス】
 ダンジョンを支配する親玉のモンスター。ダンジョンで最も戦闘力を有する個体が、ボスの座に選ばれる。ダンジョンボスは他のモンスターと異なり、ボス特有の刻印が体に刻まれており、一目でそれと分かるようになっている。戦闘力とはすなわち、ダンジョンに対する『影響度』と同義であり、単純な力の優劣だけで決まる訳ではない。
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