魔眼が馴染む。まるで初めから俺の肉体に組み込まれていたかのようだ。翠の奔流が、脳髄の奥まで満ちていく。
――理解した。
この力の使い方を。
「開け――冥界の門」
呟いた瞬間、足元に魔法陣が展開する。黒い瘴気が溢れ、そこから無数の腕が這い出した。
まず一本。
続いてもう一本。
赤黒い脈動を刻みながら、地の底からソレは姿を現す。
「グ、ギ……ッ……」
頭部がせり上がり、両腕で地面を掴んで産声を上げる。次々と続く影――現れたのは、無数のゴブリンたちだった。
「グギ……ギギ、ギギギ……!」
涎を垂らしながら立ち上がり、その濁った眼が、一斉にネクロマンサーを捉える。
「――行け」
指先を向けた瞬間、ゴブリンの群れが咆哮と共に突撃した。
「グッギイイイイイッ!!」
対するネクロマンサーは、錫杖を打ち鳴らす。重力魔法の衝撃波が地を揺らし、前衛のゴブリンが押し潰されていく。圧死した個体は瘴気に溶け、霧散した。だが、俺が召喚し続ける限り、こいつらは何度でも蘇る。
「■■、■■■■――!」
埒が明かぬと悟ったのか。ネクロマンサーは攻め手を変えた。錫杖の振動が大地を歪め、土塊が粘土のようにこね上がる。そこから生まれたのは、歪な悪鬼の群れ。
「――ギギギ……ギギギギッ」
墓地へ向かう途中で遭遇した、やたらと皮膚の硬い個体――あれと同じだ。
「なるほど……てめぇの造った土人形だったってわけか」
得心がいくと同時に、胸の奥がざわついた。
「どっちの駒が強いか、勝負しようってか? 面白ぇ……!」
俺の背後には、まだ手札がある。巨木のトレント。そしてその頂から戦場を見下ろす、ウェアウルフ。
「迎え撃て」
遠吠えと共にウェアウルフが駆け出し、地面からはさらにウルフを召喚。十体の獣が縦横無尽に墓地を駆け、ネクロマンサーもろとも、土人形を包囲した。
「ウェアウルフは足だけは優秀だからな。のろまなお前らじゃ追いつけねぇよ!」
俺の魔眼は、モンスターを使役する。これまでに俺が殺してきた命――その魂を冥界から引きずり戻し、鎖で縛り、傀儡とする。
「■■、■■……!」
見えてるか、死神野郎。俺の背後に揺らめく、魂の群れが。お前は今、俺が殺してきたモンスター全てを、同時に相手してるんだよ。
恐怖し、そして後悔しろ。
俺たちを墓地に閉じ込めたことを――
その頭にのっけてる悪趣味な王冠、今すぐ吹き飛ばしてやる。
「足元がお留守だな」
「――■、■■――!!」
地中を這わせていたトレントの根が、錫杖に絡みつく。振り払おうとする度に、根はさらに絡みつき、自由を奪う。土人形ともども動きを封じられ、憎々しげに地面を睨む。その隙を突き、ウェアウルフが飛びかかる。
「ガルルルルルアアアアア!!」
人形はスピードで攪乱、多対一に持ち込み処理させる。だが、ネクロマンサーには小細工は通じない。
「■、■■、■■――!!」
錫杖を捨て、骨の拳で迎撃してくる。魔術師のくせに肉弾戦も可能と来た。流石はレッドゲートの主だ。ウェアウルフの牙も爪も、奴の身体を貫くには至らない。
「……雑魚じゃ歯が立たねぇか。なら、ボス級をぶつけるしかねぇな」
視線の先――片膝をつき、震えるゴブリンキング。
キングは俺を睨みつけていた。首から伸びる『翠の鎖』を握りしめ、雄叫びを上げる。
「ブガアアアアアアッ!!」
「不服か? 俺に使役されるのが。……まあ、そうだよなぁ。てめぇを殺した人間に、好き勝手使われてんだからよ!」
俺は鎖を引き絞る。
「ブグッ……ガアアアアア!!」
「勘違いすんなよ。俺と貴様らが、対等だとでも思ってんのか?」
喉を圧迫され、キングが苦悶の声を漏らす。
「自覚しろ。貴様らは俺の所有物――奴隷だ。たとえ地獄に堕ちても逃がさねぇ。魂が擦り切れるまで永遠に使い潰してやるよ! ハハハハハハ…アッハッハッハッハァ……!!」
これは協力じゃない。
一方的な搾取――隷属だ。
俺はずっと思っていた。
モンスターを殺す事こそ、俺の存在理由――だが。
殺したら、それで満足か?
本当にそれで終わりなのか、と。
死の痛みなんて、一瞬だろ?
――朱里は死してなお、辱められた。
尊厳を奪われた。
奴らに、■■された。
だったら、てめぇらだけが死んで終わりなんて……生温いだろうが。
「さあ、俺に跪け! 屈服しろ! 俺は貴様らを利用する! 今からこの俺が――貴様たちの王だ!
ネクロマンサーはマントを変形させ、棘の繭で身を守る。飛び掛かるウェアウルフは次々と串刺しにされ、十体の群れは壊滅した。
「出番だぞ、キング」
ゴブリンキングが巨体を揺らし、捨て身の突撃を放つ。
「ブグアアアアアアァッ!!!!」
「■■■、■■――!!」
衝撃でネクロマンサーの頭から王冠が転がり落ちた。
王座奪還だ。よかったなぁ、悪鬼の王。
「……お前もこっちに来い。俺の手足になれ、ネクロマンサー」
必ず殺す。
殺してその魂を手に入れる。
死霊術……良いじゃねぇか。お前も俺の復讐に――穢れた華を添えてくれよ。
ゴブリンキングの巨体が、ネクロマンサーを包む棘の繭へと覆いかぶさった。無数の棘がキングの肉体を容赦なく貫く――だが。
「ブガアアアアアアアッ!!」
構わないな、そんな事。撤退の二文字など、はなっから存在しない。死ぬまで抗え。闘い抜け。
「……って、もう死んでんだったなぁ? ククッ」
ついには限界を超えたのだろう。キングは白目を剥いたまま崩れ落ち、塵となって消えた。引き裂かれたマントの裂け目から、ネクロマンサーがゆらりと顔を覗かせる。
「■■、■■、■……!」
錫杖は奪った。
土人形も制圧した。
頼みのマントも引き裂き、もう防御機能は残っていない。
さあ、万事休すか――死神野郎?
「んじゃ次、行くか……!」
冥界より、さらなる魂を呼び寄せる。円環状に並ぶ漆黒の靄から、エルフの軍勢が姿を現し、リザードマンの近接隊が地を踏み鳴らす。そして――
「ぐっ……うっ……! があっ!!」
召喚の最中、右目に激痛が走った。鼻下に触れると、血がぽたぽたと滴り落ちている。
(なんだ……これは……?)
視界が揺れ、吐き気が込み上げる。脳をぐちゃぐちゃに掻き混ぜられたような感覚。足元が覚束ない。
(……力の、代償……か?)
右眼に宿った魔眼。目覚めたばかりこの異能は、どうやらそう都合の良い代物ではないらしい。これ以上の行使は危険だと、直感的に悟った。
「まあいい。役者は揃ったからな……!」
エルフが一斉に弓を構え、リザードマンが威嚇の咆哮を上げる。戦況は常に多対一。数で圧殺する。ネクロマンサーは両手のひらを合わせ、低く呪文を唱え始めた。
「■■■■■■■■■■……!」
青白い魂魄が、手のひらから漏れ出て宙を漂う。濃密な死臭が場に満ちて行く。背筋が寒い。唱え終えた瞬間、背後で蠢く気配があった。それは先程、トレントの根で全身の骨を折り、殺したはずの男。奇声を上げながら、こちらを睨み付ける。
「アァァ……アア、ア……ア……!」
――班目が、ゆっくりと立ち上がった。
いや、よく見れば班目だけではない。柏木、そして黎明ギルドの団員たち。炎龍使いの男と、その相棒の女までも。死んだ人間たちの肉体が次々と修復され、立ち上がる。歪に絡み合った肉同士が、遠目でも分かるほどに、はっきりと脈動していた。
「悪趣味が……ネクロマンサーの面目躍如だな……!」
合わせていた手のひらを広げ、こちらにお辞儀をするネクロマンサー。数的有利を覆し、これでイーブンだとでも言いたげだ。
こちらが冥界の魂を使役するならば、奴は死者を操り対抗する。攻め手は全て潰したと思っていたが、まだこんな隠し玉を持っていたとはな。
「――で? それだけか?」
コイツは死霊使いだ。いよいよとなったら、班目たちの死体に手を出すことなど読めていた。
だから俺は――先手を打っておいた。
グジュ……
紅いスライムが、班目たちの足元から這い出る。
班目たちを殺した後、スライムを分散させ、足元へと潜ませていた。ネクロマンサーがこいつらに干渉した瞬間、主導権を奪い返せるように。
グジュ……グジュ……
瞬く間に皮膚を覆い尽くし、内部へと侵入。班目たちは、すぐさま俺のマリオネットに早変わりだ。
「寄生先をわざわざ作ってくれてありがとよ! ハッハッハッハッハァ!!」
忘れもしない。神代たちと潜った、あの忌々しいダンジョン。新宿イエローゲートのボス――寄生スライム。
ネクロマンサーに直接寄生するのは難しい。だが、奴の伏兵を操るならば話は別。スライムはそこで真価を発揮する。
「これで形勢逆転だなあ、死神野郎?」
「■■、■■■、■■、■■――!!!!」
エルフとリザードマンの混成部隊に、寄生スライム。図らずも、新宿ダンジョンと同じ構図が再現される。あの時は翻弄された――が、今は違う。俺が戦いの全てを掌握する。
「殺せ!!」
複雑な命令は必要ない。ただ殺す、それだけだ。炎龍がネクロマンサーを巻き込み、炎の渦が立ち上る。そこへ真空波が一直線に走り、炎を断ち割った。俺について来てしまったばかりに命を落とした、二人の探索者。黎明ギルドとのいざこざに巻き込んでしまった。
(……奴は必ず倒す。だから、今は力を貸してくれ……!)
マントを失った今、ネクロマンサーを守るものは何もない。
エルフの一斉掃射。降り注ぐ弓矢の嵐。
煤で汚れたネクロマンサーの骨肉に、矢が突き刺さる。
リザードマンが突撃し、黎明ギルドも後ろに続く。
柏木の斧がネクロマンサーの頭部に直撃した。
「■■、■■■、■■■■――!!」
よろめくが、致命傷には程遠い。
硬い。まさに鉄壁の防御力。
並大抵の刃では、奴を殺し切ることは出来ない。
俺は腰に括った短刀に手を伸ばした。
「仕上げだ。行くか、相棒……!」
妖刀血狂を握りしめ、地を蹴る。後方に控えさせていた、黎明ギルドの末端どもを見据える。碌なスキルも持たず、戦力の低いこいつらは、この戦闘に耐えられない。
故に、使い道はただ一つ。
「てめぇらは血狂の餌として、利用させてもらおうか!!」
団員どもを次々と斬り倒し、切れ味を上げる。
斬れば斬る程に輝きを増して行く――呪いの短刀。
出力を上げろ。極限まで研ぎ澄ませ。
全てを断ち切る刃に育つまで。
その穢れた血を、吸い尽くせ。
「■■、■■■、■■――!」
モンスターとスキルが交差する戦場。ネクロマンサーの意識は今、前方引き付けられている。死角から後方へと回り込む。血狂の最高火力――全身全霊の一撃を、叩き込む。
「とどめだ――!」
刃を振りかざした、刹那。ネクロマンサーの頭部が――反転した。
「コイツ……! 気付いて……!」
その顔が、にやりと笑ったように見えた。破れたマントが螺旋状に組み上がり、ねじれた槍が生成される。槍を手に取り、ネクロマンサーが振りかぶる。
「■■、■■■、■■■■――!!!!」
突き出される一閃。そのまま俺の心臓を貫いた――ように見えた。
だが――
「■■■、■■、■■――!?」
俺の姿は霧散し、疾く消える。同時にか細い笑い声が重なった。
「ピィィィ……!」
鎖で繋がれたフェアリーが小馬鹿にするように、ネクロマンサーの頭上を舞う。
「そっちは囮だ!!」
俺が姿を現したのは、ネクロマンサーの真正面。背後にいたのは、フェアリーが生み出した幻影だ。
「はああああああああっ――!!」
跳躍し、天空から奴の頭蓋を捉える。そのままありったけの力で、血狂を振り抜いた。骨を削り取る音と感触。奴の頭から胴体まで、一息に断ち切った。
「■■……■……■、■……■……■、■……」
別たれた胴体が崩れ落ち、ネクロマンサーは闇へと溶ける。レッドゲートの主は、ここに陥落した。