羅刹は、かく復讐せし   作:悠久久遠

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第29話 変わり行く世界

 ダンジョンの崩落が始まった。藤堂はすでにボスを討伐していたらしい。さすがはS級探索者だ。

 

「……終わったな」

 

 戦闘の昂揚が引いていくと同時に、鋭い痛みが一気に戻ってきた。班目に刻まれた傷は悪化し、血が滴り落ちるたびに、体温が奪われていく。

 

「……クソッ……」

 

 出血多量による眩暈。膝が折れ、冷たい地面へと倒れ込んだ。頬に触れる冷気が、妙に寒い。意識が薄れていく中、頭の奥で声が乱れ飛んだ。

 

《――ますか! 別動隊の――!! 返事を――!! 何で繋がら――アホッ!! 藤堂はん――急いで――!!》

 

《畝本! 通信が戻ったぞ!》

 

《千堂さん……畝本さん……! 御剣が……御剣がっ……! おい……聞こえるか、御剣っ……!! 返事を……しろおっ……!!》

 

《木羽、何があった! 皆は無事なのか! 待っておれ、今向かっておるぞ!!》

 

《千里眼を飛ばす! 藤堂、最短ルートを割り出すぞ! 急げ!!》

 

 声が重なり、混ざり、遠ざかり――俺の意識はぷつりと途切れた。

 

 ――――

 

 

「ここは……」

 

 目が覚めると、見知らぬ天井があった。倦怠感の中で体を動かすと、ベッドの軋む音が響く。

 

「……医務室、か?」

 

 周りを見渡すと、通りかかったナースが俺を見て目を丸くし、駆け寄ってきた。

 

「御剣さん! 良かった、目が覚めたんですね!」

 

「……何がどうなったんですか? 俺は、どうしてここに……」

 

「御剣さん、ダンジョンを攻略してたんですよね? 渋谷の道路でボロボロの状態で倒れていたところを、ギルドの方々が運んでくださったんです」

 

「……そう、だったんですか」

 

 ダンジョンは崩落すると同時に、内部の死者を消し去る。外に排出されたという事は、紙一重で生き延びたという事だ。

 

(あの傷で、よく生きていたものだ……)

 

 班目から受けたナイフだけならまだしも、あの後はネクロマンサーとの連戦。傷は開き、致命傷だったはずだ。

 

 運が良かった――そうとしか思えないな。

 

「あれから、どれくらい経ったんですか……?」

 

「丸二日です。出血が酷くて……正直、もう駄目だと思ってました。まさか本当に目覚めるなんて……やっぱり凄いんですね、スキルの力って」

 

「……スキル?」

 

 何を言っているのかいまいち分からなかったが、俺は考えるのを止めた。まだ頭が上手く回らない。思考が億劫だ。

 

「では御剣さん、検査入院であと数日は安静にしていてくださいね。あっ――」

 

 グウウウウウウゥ――

 

 盛大に腹の虫が鳴り、ナースがくすりと笑う。

 

「お腹、空いてますよね? すぐにお食事を用意しますからね!」

 

 そう言い残し、姿を消した。

 

 

 ナースが去り、手持ち無沙汰になった俺はテレビをつけた。ニュース番組に映ったのは――見知った顔。

 

『今回のニュースステーションでは、帝国ギルドのS級探索者、藤堂 巌さん。そして征伐ギルドからはA級探索者の千堂 武蔵さんをお招きしております!』

 

 藤堂と千堂がキャスターと並んで座っている。

 

『早速ですが藤堂さん! 先日渋谷で発生したレッドゲートについてお聞かせください。ゲート発生からわずか三日! 鮮やかな攻略戦でしたね!』

 

『共に戦ってくれた同志たちのお陰じゃよ。レッドゲートと言う魔境に、みな果敢に挑んでくれた。感謝の念に尽きんわい。……犠牲者が出てしまったのは辛い所じゃがな』

 

 痛ましく目を瞑る藤堂につられ、キャスターの表情も曇る。

 

『そうですね……攻略戦で命を落とした十五名の探索者には、改めて哀悼の意を捧げたいと思います……』

 

 キャスターの言葉と共に、スタジオが一時静まり返る。

 

『S級などと言うけったいな称号を賜っておりますが、儂もまだまだ未熟ですな……』

 

『おいおい、藤堂! ボス討伐の功労者が、そんな顔してどうする! 前回のレッドゲートでは三十人以上の犠牲が出たんだ。被害を抑えられたのは、間違いなくお前さんの功績だろ!』

 

 千堂の言葉を受け、キャスターの顔にも笑顔が戻る。

 

『ボスと言えば、今回の相手は巨大な龍だったそうですね……! 藤堂さんの戦いぶりは、まさに鬼神の如くだったと伺っておりますよ!』

 

『皆のサポートあってこそよ。征伐ギルドと龍神ギルドのダブルエースを引っ張って来ておったのじゃから、無様な戦いは見せられんわい!』

 

『――フッ。S級様のお褒めに預かり、光栄だよ』

 

 時折湿っぽくなりながらも、基本はにぎやかに進行する。だが俺はそのやり取りに、若干の違和感を覚えた。

 

 あのダンジョンにボスは二匹いた――しかし、ネクロマンサーの存在は一切触れられていない。

 

(……意図的に、隠されている?)

 

『藤堂さん、千堂さん、ありがとうございました! 私たち市民の平和はこうして守られているのだと思うと――』

 

 番組の途中で、突然テレビが切れた。ベッド横に人の気配。振り向くと、そこに立っていた男は――

 

「病み上がりなんですから、大人しくしていた方が賢明ですよ。御剣さん」

 

「……灰原さん!」

 

 灰原はリモコンを近くのテーブルに置くと、薄い笑みを浮かべた。

 

「灰原さん……生きてたんですね……! 良かったです、本当に……」

 

「御剣さんこそ、ご無事で何よりです。どうやらお互い死に損なったようですね。また会えて嬉しいですよ」

 

 灰原からわずかに遅れて、二人の影が続く。

 

「気が付いたかね、御剣君」

 

「いよぉ御剣! レッドゲートでも大活躍だったんだって? おめぇはほんと、底知れねぇ奴だよ!」

 

「桐生さん、茂宮……!」

 

 更にその後ろに続く、毒島と木羽。毒島は俺の姿を見るや否や、ベッドに飛び込んで来た。

 

「生きてる、動いてるっ!! 良かったよぉ、一真っち~!」

 

「御剣っ……! よく……帰って来てくれた……! 一緒に向かった奴らは、全滅だったって聞いて…… クソっ! 俺に力が足りなかったばっかりに、すまねぇ……」

 

 涙を流す二人の姿に、俺の心は安らいだ。

 

 ――こんな俺の命でも、誰かが泣いてくれる。

 それは俺にとって、救いだった。

 

 木羽は鼻を啜りながら、灰原に向き直る。

 

「灰原も、よく無事だったぜ……!」

 

「そうそう、流石は執行部隊の統括って感じ♥ ってか原っちが死んでるとこなんて、逆に想像できないって!」

 

「……ハハハ。まあ僕自身、部隊と別れてからの記憶は曖昧でして。結局ネクロマンサーを行かせてしまいました。力及ばず、申し訳ありません……」

 

「何言ってんのさ! そんな事言ったら、きららだって途中からほとんど記憶ないしね♥」

 

 毒島が笑って肩を叩く。

 

 ――そう言えば。

 

 俺が致命傷を負ったように、毒島も木羽も重傷だったはずだ。だが今はぴんぴんしている。ナースの話では、まだあの戦いから二日しか経っていないのに。

 

“Hi Mr. Mitsurugi.”

 

 突如、流暢な英語が室内に響く。金髪の女性が壁にもたれ、手を振っていた。

 

(誰だ……?)

 

 俺の疑問を読み取ったのだろう。桐生が女の元まで歩み寄って、手のひらをかざした。

 

「紹介しよう。世界でただ一人のS級ヒーラー、エブリン・パトリシアだ。合衆国へ要請して急遽来日してもらった」

 

 桐生の紹介と共に、投げキッスを飛ばすエブリン。

 

「S級ヒーラー! そんな人が、いるんですか……!」

 

 探索者の中でもヒーラーは重宝される。ましてやS級など、言うに及ばずだ。

 

「君の傷は一刻を争う物だったからね。私が大統領に掛け合って、彼女を一時的に貸し出してもらった」

 

「……大統領って。俺の傷を治す為に、そんな事まで……!」

 

 先程から話のスケールがおかしい。いったい何が起きているんだ?

 

(ナースが言ってたスキルがどうのってのはこの事か……! 毒島と木羽も、彼女の治療を受けたんだな)

 

 無理やり納得はしたが、続く疑問。

 

「……アメリカの探索者ですよね? 彼女は日本までどうやって来たんですか……? まさか、プライベートジェットとかで……?」

 

 俺の疑問に、きょとんとする桐生。一拍おいて、肩を震わせて笑い始めた。

 

「ジェット機か……それでは少し遅いかな」

 

「転移装置だよ、一真っち! アメリカと日本を繋ぐ、転移装置! 公安本庁にある魔道具。これを使えば、大陸間の移動も一瞬ね♥ 滅多な事じゃ使わないんだよ~!」

 

「……転移装置って……公安はそんな物まで持ってるのか……!」

 

 毒島の返答を受けて、とりあえずの疑問は解消した。マザーゲートの一件と言い、公にされていない事実が多すぎるな。

 

“I’m really glad to see you woke up safely. But you need to stay completely still for a while, okay? You promised your big sister.”

 

 エブリンはニッコリと笑いながら、自らを親指で指差す。当たり前だが、ごりっごりのネイティブ英語。聞き取れる筈も無い。

 

「……彼女はなんて?」

 

「『当分はベッドの上にいなさい』だそうだ」

 

 肩を竦める桐生を残して、エブリンは部屋を去って行った。桐生は改めて俺の元まで近づくと、手を差し出した。

 

「レッドゲートの攻略、お疲れ様。君は自らの価値を証明した。おめでとう――そしてようこそ……こちら側へ」

 

 桐生の左目に浮かぶ六芒星。その瞳に呼応するように、俺の右目がひとつ脈動した。

 

 

 公安一同が退出する間際、机の上に置かれた白い封筒が目に入った。

 

「この手紙は?」

 

「さて、私たちの物ではないよ。誰が置いていったのかな?」

 

 封を開け確認する。

 

「神代……!」

 

 差出人はエリス・神代。手紙の内容は簡素なものだった。俺の身を案じる一文。そして神代は故郷――ドイツへ行くとの報せ。

 

『私は世界を巡り、己を見つめ直す。更なる高みを目指すために。御剣よ。互いに武を磨き、必ずまた会おう』

 

 らしい奴だ。

 

 手紙を封筒に戻し、机に置く。ベッドに身を任せ目を瞑ると、次第に微睡がやって来る。考えるべきことは多々あるが――今はただ、この睡魔に身を任せていたかった。

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