ダンジョンの崩落が始まった。藤堂はすでにボスを討伐していたらしい。さすがはS級探索者だ。
「……終わったな」
戦闘の昂揚が引いていくと同時に、鋭い痛みが一気に戻ってきた。班目に刻まれた傷は悪化し、血が滴り落ちるたびに、体温が奪われていく。
「……クソッ……」
出血多量による眩暈。膝が折れ、冷たい地面へと倒れ込んだ。頬に触れる冷気が、妙に寒い。意識が薄れていく中、頭の奥で声が乱れ飛んだ。
《――ますか! 別動隊の――!! 返事を――!! 何で繋がら――アホッ!! 藤堂はん――急いで――!!》
《畝本! 通信が戻ったぞ!》
《千堂さん……畝本さん……! 御剣が……御剣がっ……! おい……聞こえるか、御剣っ……!! 返事を……しろおっ……!!》
《木羽、何があった! 皆は無事なのか! 待っておれ、今向かっておるぞ!!》
《千里眼を飛ばす! 藤堂、最短ルートを割り出すぞ! 急げ!!》
声が重なり、混ざり、遠ざかり――俺の意識はぷつりと途切れた。
――――
「ここは……」
目が覚めると、見知らぬ天井があった。倦怠感の中で体を動かすと、ベッドの軋む音が響く。
「……医務室、か?」
周りを見渡すと、通りかかったナースが俺を見て目を丸くし、駆け寄ってきた。
「御剣さん! 良かった、目が覚めたんですね!」
「……何がどうなったんですか? 俺は、どうしてここに……」
「御剣さん、ダンジョンを攻略してたんですよね? 渋谷の道路でボロボロの状態で倒れていたところを、ギルドの方々が運んでくださったんです」
「……そう、だったんですか」
ダンジョンは崩落すると同時に、内部の死者を消し去る。外に排出されたという事は、紙一重で生き延びたという事だ。
(あの傷で、よく生きていたものだ……)
班目から受けたナイフだけならまだしも、あの後はネクロマンサーとの連戦。傷は開き、致命傷だったはずだ。
運が良かった――そうとしか思えないな。
「あれから、どれくらい経ったんですか……?」
「丸二日です。出血が酷くて……正直、もう駄目だと思ってました。まさか本当に目覚めるなんて……やっぱり凄いんですね、スキルの力って」
「……スキル?」
何を言っているのかいまいち分からなかったが、俺は考えるのを止めた。まだ頭が上手く回らない。思考が億劫だ。
「では御剣さん、検査入院であと数日は安静にしていてくださいね。あっ――」
グウウウウウウゥ――
盛大に腹の虫が鳴り、ナースがくすりと笑う。
「お腹、空いてますよね? すぐにお食事を用意しますからね!」
そう言い残し、姿を消した。
ナースが去り、手持ち無沙汰になった俺はテレビをつけた。ニュース番組に映ったのは――見知った顔。
『今回のニュースステーションでは、帝国ギルドのS級探索者、藤堂 巌さん。そして征伐ギルドからはA級探索者の千堂 武蔵さんをお招きしております!』
藤堂と千堂がキャスターと並んで座っている。
『早速ですが藤堂さん! 先日渋谷で発生したレッドゲートについてお聞かせください。ゲート発生からわずか三日! 鮮やかな攻略戦でしたね!』
『共に戦ってくれた同志たちのお陰じゃよ。レッドゲートと言う魔境に、みな果敢に挑んでくれた。感謝の念に尽きんわい。……犠牲者が出てしまったのは辛い所じゃがな』
痛ましく目を瞑る藤堂につられ、キャスターの表情も曇る。
『そうですね……攻略戦で命を落とした十五名の探索者には、改めて哀悼の意を捧げたいと思います……』
キャスターの言葉と共に、スタジオが一時静まり返る。
『S級などと言うけったいな称号を賜っておりますが、儂もまだまだ未熟ですな……』
『おいおい、藤堂! ボス討伐の功労者が、そんな顔してどうする! 前回のレッドゲートでは三十人以上の犠牲が出たんだ。被害を抑えられたのは、間違いなくお前さんの功績だろ!』
千堂の言葉を受け、キャスターの顔にも笑顔が戻る。
『ボスと言えば、今回の相手は巨大な龍だったそうですね……! 藤堂さんの戦いぶりは、まさに鬼神の如くだったと伺っておりますよ!』
『皆のサポートあってこそよ。征伐ギルドと龍神ギルドのダブルエースを引っ張って来ておったのじゃから、無様な戦いは見せられんわい!』
『――フッ。S級様のお褒めに預かり、光栄だよ』
時折湿っぽくなりながらも、基本はにぎやかに進行する。だが俺はそのやり取りに、若干の違和感を覚えた。
あのダンジョンにボスは二匹いた――しかし、ネクロマンサーの存在は一切触れられていない。
(……意図的に、隠されている?)
『藤堂さん、千堂さん、ありがとうございました! 私たち市民の平和はこうして守られているのだと思うと――』
番組の途中で、突然テレビが切れた。ベッド横に人の気配。振り向くと、そこに立っていた男は――
「病み上がりなんですから、大人しくしていた方が賢明ですよ。御剣さん」
「……灰原さん!」
灰原はリモコンを近くのテーブルに置くと、薄い笑みを浮かべた。
「灰原さん……生きてたんですね……! 良かったです、本当に……」
「御剣さんこそ、ご無事で何よりです。どうやらお互い死に損なったようですね。また会えて嬉しいですよ」
灰原からわずかに遅れて、二人の影が続く。
「気が付いたかね、御剣君」
「いよぉ御剣! レッドゲートでも大活躍だったんだって? おめぇはほんと、底知れねぇ奴だよ!」
「桐生さん、茂宮……!」
更にその後ろに続く、毒島と木羽。毒島は俺の姿を見るや否や、ベッドに飛び込んで来た。
「生きてる、動いてるっ!! 良かったよぉ、一真っち~!」
「御剣っ……! よく……帰って来てくれた……! 一緒に向かった奴らは、全滅だったって聞いて…… クソっ! 俺に力が足りなかったばっかりに、すまねぇ……」
涙を流す二人の姿に、俺の心は安らいだ。
――こんな俺の命でも、誰かが泣いてくれる。
それは俺にとって、救いだった。
木羽は鼻を啜りながら、灰原に向き直る。
「灰原も、よく無事だったぜ……!」
「そうそう、流石は執行部隊の統括って感じ♥ ってか原っちが死んでるとこなんて、逆に想像できないって!」
「……ハハハ。まあ僕自身、部隊と別れてからの記憶は曖昧でして。結局ネクロマンサーを行かせてしまいました。力及ばず、申し訳ありません……」
「何言ってんのさ! そんな事言ったら、きららだって途中からほとんど記憶ないしね♥」
毒島が笑って肩を叩く。
――そう言えば。
俺が致命傷を負ったように、毒島も木羽も重傷だったはずだ。だが今はぴんぴんしている。ナースの話では、まだあの戦いから二日しか経っていないのに。
“Hi Mr. Mitsurugi.”
突如、流暢な英語が室内に響く。金髪の女性が壁にもたれ、手を振っていた。
(誰だ……?)
俺の疑問を読み取ったのだろう。桐生が女の元まで歩み寄って、手のひらをかざした。
「紹介しよう。世界でただ一人のS級ヒーラー、エブリン・パトリシアだ。合衆国へ要請して急遽来日してもらった」
桐生の紹介と共に、投げキッスを飛ばすエブリン。
「S級ヒーラー! そんな人が、いるんですか……!」
探索者の中でもヒーラーは重宝される。ましてやS級など、言うに及ばずだ。
「君の傷は一刻を争う物だったからね。私が大統領に掛け合って、彼女を一時的に貸し出してもらった」
「……大統領って。俺の傷を治す為に、そんな事まで……!」
先程から話のスケールがおかしい。いったい何が起きているんだ?
(ナースが言ってたスキルがどうのってのはこの事か……! 毒島と木羽も、彼女の治療を受けたんだな)
無理やり納得はしたが、続く疑問。
「……アメリカの探索者ですよね? 彼女は日本までどうやって来たんですか……? まさか、プライベートジェットとかで……?」
俺の疑問に、きょとんとする桐生。一拍おいて、肩を震わせて笑い始めた。
「ジェット機か……それでは少し遅いかな」
「転移装置だよ、一真っち! アメリカと日本を繋ぐ、転移装置! 公安本庁にある魔道具。これを使えば、大陸間の移動も一瞬ね♥ 滅多な事じゃ使わないんだよ~!」
「……転移装置って……公安はそんな物まで持ってるのか……!」
毒島の返答を受けて、とりあえずの疑問は解消した。マザーゲートの一件と言い、公にされていない事実が多すぎるな。
“I’m really glad to see you woke up safely. But you need to stay completely still for a while, okay? You promised your big sister.”
エブリンはニッコリと笑いながら、自らを親指で指差す。当たり前だが、ごりっごりのネイティブ英語。聞き取れる筈も無い。
「……彼女はなんて?」
「『当分はベッドの上にいなさい』だそうだ」
肩を竦める桐生を残して、エブリンは部屋を去って行った。桐生は改めて俺の元まで近づくと、手を差し出した。
「レッドゲートの攻略、お疲れ様。君は自らの価値を証明した。おめでとう――そしてようこそ……こちら側へ」
桐生の左目に浮かぶ六芒星。その瞳に呼応するように、俺の右目がひとつ脈動した。
公安一同が退出する間際、机の上に置かれた白い封筒が目に入った。
「この手紙は?」
「さて、私たちの物ではないよ。誰が置いていったのかな?」
封を開け確認する。
「神代……!」
差出人はエリス・神代。手紙の内容は簡素なものだった。俺の身を案じる一文。そして神代は故郷――ドイツへ行くとの報せ。
『私は世界を巡り、己を見つめ直す。更なる高みを目指すために。御剣よ。互いに武を磨き、必ずまた会おう』
らしい奴だ。
手紙を封筒に戻し、机に置く。ベッドに身を任せ目を瞑ると、次第に微睡がやって来る。考えるべきことは多々あるが――今はただ、この睡魔に身を任せていたかった。