羅刹は、かく復讐せし   作:悠久久遠

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第31話 空を裂く一閃

 怒り狂う毒島を何とかなだめ、魔眼の実戦テストに移った。聞く所によると、このフロア一帯は外界と丸々遮断されているのだとか。どれだけ暴れ、室内を破壊しようとも、外への影響は一切ない。

 

 あまりにも規格外な話だが、それを可能にするのが魔道具の存在だ。指定された特定区域だけを異空間へと切り離す――そんなような説明を受けたが、正直よく分からん。公安は魔道具の収集にかなりの力を入れているが、その理由の一端を垣間見た気がした。

 

(先ずは手頃なゴブリン辺りを呼び出してみるか)

 

 渋谷レッドゲート以来、約一か月ぶりとなる魔眼の解放。

 

 右目に意識を集中。

 ――思考を研ぎ澄ます。

 

 するとたちどころに、一匹の悪鬼が姿を現した。

 

「グギッ……ギギギッ……!」

 

 ゴブリンのトレードマークである緑の体躯は、脈打つ赤黒き肉で上書きされている。目を凝らすと、首元には鎖の痕跡も見て取れた。桐生は感嘆の溜息を漏らす。

 

「ほう……! これは素晴らしい」

 

 その眼差しに、少年のような輝きが満ちた。

 

「モンスターの召喚と使役を同時に行う――それも調教スキルのような代物じゃない。魂だけを呼び寄せ、肉体を形作るとは……! 驚嘆に値するね」

 

「グギッ?」

 

 桐生がゴブリンの腕を掴みながら、体の隅々まで見分する。随分と大胆なアプローチだ。

 

「御剣君、早速だが実験に入ろう。呼び出せる魂は君がこれまでに倒してきたモンスターという事だったかね?」

 

「ええ、恐らく」

 

「では、いくつか召喚してみてくれたまえ――」

 

 

 それからたっぷりと、一時間。桐生とあれこれ試していくうちに、魔眼の力が徐々に分かり始めた。

 

 第一に、呼び出せる魂は俺が『直接』とどめを刺したモンスターだけに限られる。もしも殺したのが別の人間だった場合、奴らは召喚に応じない。

 

(マザーゲートでの戦闘が役に立ったな。これはソロで潜ってたら気付けない部分だった……)

 

 第二に、殺してから時間が経ち過ぎたモンスターは召喚出来ない。リミットは約一年――現時点では、昨年に茂宮と潜った渋谷ブルーゲートがその区切りとなっている。それ以前に殺したモンスターどもは召喚不可だ。

 

「魂にも賞味期限ってあるんだ」

 

 久留米はキャンディーを舐めながら、そんな事をぼそりと呟く。

 

「ダンジョン攻略が日課になってる御剣君にとっては、これは些細な問題だね」

 

 桐生は一人納得し先へ進もうとしていたが、ここは俺が待ったをかけた。

 

「ですがこれだと、戦力にむらっけが生まれませんか? いざ呼び出そうと思った矢先、『期限切れで呼び出せませんでした』となっては致命的ですし……」

 

「ふむ――」

 

 桐生はおもむろに、ゴブリンから伸びる鎖を手に取る。間近で見ると、まるでガラス細工のような精巧さだ。光の反射を受け、翠の色彩が内で煌めいている。

 

「……この鎖が、奴らを現世に縛り付けている。……これは私の推測だがね。もし仮に一度でも召喚してしまえば、魂自体は現世に留まり続けるのではないかな?」

 

 桐生は何かを確信した様子であったが、俺にはまだ話の本質が見えて来ない。

 

「……と言いますと?」

 

「久留米君は先程、『賞味期限』と評したが、食べ物を例に出すと分かりやすい。一度でも腐ってしまった物には、もう手の施しようがない。けれどその前に冷凍保存してしまえば、長持ちするだろう? 君の魔眼も、同じ原理と考えられないかい?」

 

 保存――

 魂を、保存か。

 

「……時間を置いて呼び出せなくなる前に、先に鎖で現世に縛ってしまえと?」

 

 頷く桐生。鎖の性質が明らかになっていない以上、可能性はあり得るだろうか。まだまだ要検証だが、そういう話ならば渋谷ブルーゲートで出会ったこいつが良い判断材料になるか。

 

「開け、冥界の門――」

 

 茂宮と俺をダンジョンに閉じ込めた、元凶。

 

「グ……ギッ……?」

 

 首を傾げながらこちらを見つめる、木目の仮面。

 ――管理者(ゲートマスター)と目が合った。

 

「ギ、ギイイイイイッツ、ギイイイイッツ――!!!!!!」

 

 俺を視認するや否や、震えながら地面に頭を擦り付ける管理者(ゲートマスター)。そのあまりの形相に、近くで見ていた久留米も若干ひき気味だ。

 

「なんなの、コイツ……?」

 

「よお、久しぶりだなあ。目ん玉潰されて悔い改めたか? フフッ……!」

 

 怯えるさまが愉快で滑稽だ。あの時受けた拷問が、余程のトラウマになっていると見える。

 

「御剣君、このモンスターは?」

 

管理者(ゲートマスター)ですよ。一年前に茂宮と一緒に潜った渋谷のブルーゲート……そこで出会った個体です」

 

「ああ、少佐からの報告にあったアレか……」

 

 唇に指をあてがい、桐生は小さく頷く。

 

「約一年のリミットに照らし合わせると、コイツを呼び出せるのはあと僅かな期間のはずです。もし数ヶ月後にも召喚に応じるようでしたら、桐生さんの仮説もより現実味を帯びるかと」

 

「なるほどね。丁度いいサンプルという訳だ」

 

 管理者(ゲートマスター)が鎖に縛られ、現世に留まるか否か――要確認だな。

 

 第三に、召喚中に完全破壊されてしまった魂は、もう二度と蘇らない。例えばゴブリンキング。コイツは先のレッドゲート戦で、相当な無茶をやらせた。既に呼び出せなくなってしまっている。

 

「やっぱり短い政権だったなぁキング。クククッ……」

 

「……なんでぶつぶつ一人で笑ってるの? 気持ち悪いよ?」

 

「…………」

 

 第四に、魔眼を使うと脳にダメージが蓄積する。呼び出すモンスターのランクや数が増える程、脳にかかる負荷は増大――キャパオーバーに達すると、痛みを伴い出す。レッドゲートで突如襲った激痛はまさにこれだ。

 

(どの程度のモンスターを召喚したら限界が来るのか……少しずつ試していくしかないか)

 

 ――――

 

「ざっと検証した限り、こんな感じですかね」

 

 今日一日で、能力の概要をかなり把握出来た。ダンジョンに潜って自分で調べる事も考えていたが、やはり公安を頼ったのは正解だった。効率が違う。

 

「それでは最後に……君がレッドゲートで倒した、例のネクロマンサーを召喚してみてくれないか? 執行部隊も苦戦を強いられたようだからね。私も見てみたいんだ」

 

 桐生の言葉を受け、場に緊張の糸が張り詰める。久留米を除くこの場の全員と、因縁のある相手――必然的に警戒心も高くなる。

 

「……分かりました。では、やってみますね」

 

 立ち込める漆黒の瘴気。赤黒い骨の拳が、顔が、胴体が、ゆっくりとせりあがる。

 

「■■■、■■■、■■■■……」

 

 錫杖を握りしめ、背中には深紅のマント――あの日の面影を残したまま。ネクロマンサーが姿を現した。場外では、息を呑む毒島と木羽。

 

「クソっ! 何度見ても忌々しい野郎だぜ……!」

「きららも胸糞悪~いっ!! 一発ぶん殴ってこよっかな♥」

 

「まあまあお二人とも……殺気は抑えて下さい。今は御剣さんの配下なんですから、大丈夫ですよ」

 

 敵意を向ける二人を諫める灰原。

 その時だった――

 

「――ぐうっ!?」

 

 右目に鋭い痛み。翠の光が瞳孔から溢れ、俺の思考を侵食する。

 

「■■■……■■■、■■、■――――」

 

「おい、何か様子がおかしいぜ!」

「一真っち! どうしたの!!」

 

(コイツっ――!!)

 

 明らかに他の魂と違う。

 素直に隷属するだけじゃない。

 

 (――俺を、喰うつもりか!)

 

 首元の鎖を引きちぎるネクロマンサー。

 

「■■■■■■■■■■――――!!!!」

 

 そのまま桐生を見据え、飛び掛かった。

 

「桐生様、危ないっ!!」

 

 轟く毒島の悲鳴。丸腰の桐生に、ネクロマンサーが牙を向く。

 

「正臣っ……!」

「下がっていなさい」

 

 隣の久留米を背後へ追いやると、桐生は前方を見据えた。左目に浮かぶ六芒星――その中心が、ネクロマンサーを捉える。桐生は手刀を作ると振りかぶり。そのまま水平方向に、一閃。

 

「フンっ――!!」

 

 刹那、空間が揺らいだ。桐生の指先が描き出した一文字は、虚空に蒼き亀裂を形成した。亀裂の狭間より覗く、深い蒼。さながら深海かと見紛った。

 

 ともすれば、幻想的な光景に見えない事もない。

 ――が。

 

 俺の脳裏を満たしたのは、未知に対する圧倒的なまでの恐怖だった。

 

(……空間が、真っ二つに割れやがった……! なんだよ、これはっ!)

 

 同時にネクロマンサーは膝をつく。その右腕は根元からごっそりと失われていた。

 

「■■■……! ■■■、■■、■――!!!!」

 

 目の前でいったい何が起きたのか、理解が及ばない。それは奴も同じだろう。打ち震えるネクロマンサーに、桐生はただ一言告げる。

 

「――動くな」

 

 桐生から発せられた禍々しきオーラが、全身に突き刺さる。襲い来る悪寒で、呼吸が上手くできない。身体が強張る。冷や汗が噴き出す。絶対的な強者から放たれる威圧に、俺の肉体は悲鳴を上げていた。

 

「御剣君、今のうちだ。鎖を繋ぎ直すと良い」

 

「…………あっ」

 

 どれだけの時間を呆けていたのだろうか。その言葉が耳に届き、ようやく時が動き出す。顎下の雫を手で拭い、肺の中に新鮮な空気を送り込んだ。

 

 俺はネクロマンサーの首元に鎖を繋ぐと、そのまま帰還させる。召喚した時とは打って変わって、従順な態度だ。冥界にいる方がまだマシってか。

 

(気持ちは分からんでもないがな……)

 

「よし、無事に終わったみたいだね」

 

 桐生は呟き、その顔にはようやく笑みがこぼれた。背後から顔を出した久留米は、キャンディーをかみ砕きながらムスッと抗議する。

 

「……正臣。それ、やるんだったら先に言ってよ。こっちまで肝が冷えた」

 

「ああ、済まない。久留米君は直に食らってしまったかな? 奴の魂まで破壊する訳にはいかなかったから、なるべく穏便に済ませたかったんだ」

 

「……あんなふざけた殺気を飛ばしといて、どこが穏便なの?」

 

(……殺気?)

 

 ただの殺気……?

 あれが?

 

 一度収まったはずの鳥肌が、再び総毛立つ。

 

(洒落になってねぇぞ。本当に、同じ人間か……?)

 

 俺はここ数か月の間に、達人と呼ばれる者たちと何度か戦場を共にした。

 

『銀の乙女』、エリス・神代。

 探索者の頂点、藤堂 巌。

 

 執行部隊の面々も、戦闘力は申し分なかった。

 だがそれでも――

 

 桐生から感じる闘気は、遥かに異質だった。

 

 木羽の興奮気味な歓声が上がる。

 

「ヤベェ……ヤベェってマジで! ひっさびさに見たぜ、おやっさんの魔眼! やっぱすげぇや……」

 

 それは憧憬か、或いは畏怖も含むのだろうか。あらゆる感情を一手に引き受けながら、それでも桐生は涼しげに言い放つ。

 

「今日の実験はこれぐらいにしておこうか。五つ目のルール、追加だね。――今の御剣君には、扱えぬ魂もある。そのことだけは覚えておかなければいけない」

 

「……そう、ですね」

 

 魔眼を手に入れた今だからこそ、桐生の恐ろしさが分かる。俺たちが決死の覚悟で討伐したネクロマンサーを、この男は赤子のようにあしらった。俺には奴を、鎖で繋ぎ止めておくことすら出来なかったのに――

 

 『凡庸の檻』を抜け出した先に待っていたのは、更なる高みに巣食う怪物の影。

 

 その事実を、俺は身をもって知ったのだった。

 

 ――――

 

「――次元を斬る、魔眼……ですか?」

 

「正確には『異空間に介入する力』だけれどね。まあほぼ同義と思ってくれて構わないかな」

 

 模擬戦が終わり、フィールド内に皆が集まって来た。毒島は久留米を桐生から引きはがそうと、悪戦苦闘している。さっきまでの緊張はどこ吹く風、まったく愉快な連中だ。

 

「異空間って……めちゃくちゃな力ですね。桐生さんが公安の最高戦力と呼ばれる所以が、ようやく真に分かった気がしますよ。反則でしょう、それは……」

 

 一人俯き思案する俺の目線が、久留米と交わる。毒島を押しのけながら、ひょっこりと顔を出していたのだ。

 

「そもそもの話。正臣は剣の腕だけでも、S級探索者に匹敵するぐらいの桁外れ。魔眼なんて使わなくても、大抵の問題なら解決可能」

 

「『剣聖』なんて呼ばれるぐらいだし、剣を握ってなんぼってことか」

 

「正臣が魔眼を持ってるのを知ってる人間は、割といる。でも能力の内容まで把握してるとなれば極稀。御剣は運が良いよ。間近でそれを見れたんだから――むぐっ!」

 

「公安の中でも、詳しく知ってるのは執行部隊だけだしね。一真っちも、これできららたちの仲間入りだよ~♥」

 

「あと知ってるのは、常平とかの上層部ぐらいかな――むぐくっ!!」

 

「あんないけすかない狸どものことはどうでもいいで〜す♥」

 

 久留米の口を強引に塞ぎながら、毒島は陽気に笑う。

 

 彼女が何気なく放ったであろう一言。

 

 ――仲間。

 その言葉は、俺の胸に深く刺さった。

 

 俺はただ、公安を利用しているに過ぎない。マザーゲートの攻略に乗り出したのも、魔眼と言う対価あってのことだ。俺の行動原理は全て、復讐に紐づいている。

 

 これまで過度な馴れ合いは徹底的に排除して来た。常にリスクとリターンを天秤にかけ、気の向く時に顔を出すだけの存在。我ながら自分勝手な野郎だと思う。

 

 そんな俺を、まだ仲間扱いするのか。

 

(……こいつらになら、話しておいても良いのかもしれないな)

 

 渋谷レッドゲートでの、顛末を。

 

 班目との確執。

 黎明ギルドの暴走。そして――奴らを始末したのが、この俺だという真実を。

 

 言うべきか、ずっと迷ってた。

 

 信じてもらえないかもしれない。またあの時のように、『人殺し』だとなじられ、糾弾されるかもしれない。だがこのメンバーになら、話しておくべきだと思った。

 

「……みんなに少し、聞いて欲しい話がある。この間の渋谷のレッドゲートでの事なんだが――」

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