怒り狂う毒島を何とかなだめ、魔眼の実戦テストに移った。聞く所によると、このフロア一帯は外界と丸々遮断されているのだとか。どれだけ暴れ、室内を破壊しようとも、外への影響は一切ない。
あまりにも規格外な話だが、それを可能にするのが魔道具の存在だ。指定された特定区域だけを異空間へと切り離す――そんなような説明を受けたが、正直よく分からん。公安は魔道具の収集にかなりの力を入れているが、その理由の一端を垣間見た気がした。
(先ずは手頃なゴブリン辺りを呼び出してみるか)
渋谷レッドゲート以来、約一か月ぶりとなる魔眼の解放。
右目に意識を集中。
――思考を研ぎ澄ます。
するとたちどころに、一匹の悪鬼が姿を現した。
「グギッ……ギギギッ……!」
ゴブリンのトレードマークである緑の体躯は、脈打つ赤黒き肉で上書きされている。目を凝らすと、首元には鎖の痕跡も見て取れた。桐生は感嘆の溜息を漏らす。
「ほう……! これは素晴らしい」
その眼差しに、少年のような輝きが満ちた。
「モンスターの召喚と使役を同時に行う――それも調教スキルのような代物じゃない。魂だけを呼び寄せ、肉体を形作るとは……! 驚嘆に値するね」
「グギッ?」
桐生がゴブリンの腕を掴みながら、体の隅々まで見分する。随分と大胆なアプローチだ。
「御剣君、早速だが実験に入ろう。呼び出せる魂は君がこれまでに倒してきたモンスターという事だったかね?」
「ええ、恐らく」
「では、いくつか召喚してみてくれたまえ――」
それからたっぷりと、一時間。桐生とあれこれ試していくうちに、魔眼の力が徐々に分かり始めた。
第一に、呼び出せる魂は俺が『直接』とどめを刺したモンスターだけに限られる。もしも殺したのが別の人間だった場合、奴らは召喚に応じない。
(マザーゲートでの戦闘が役に立ったな。これはソロで潜ってたら気付けない部分だった……)
第二に、殺してから時間が経ち過ぎたモンスターは召喚出来ない。リミットは約一年――現時点では、昨年に茂宮と潜った渋谷ブルーゲートがその区切りとなっている。それ以前に殺したモンスターどもは召喚不可だ。
「魂にも賞味期限ってあるんだ」
久留米はキャンディーを舐めながら、そんな事をぼそりと呟く。
「ダンジョン攻略が日課になってる御剣君にとっては、これは些細な問題だね」
桐生は一人納得し先へ進もうとしていたが、ここは俺が待ったをかけた。
「ですがこれだと、戦力にむらっけが生まれませんか? いざ呼び出そうと思った矢先、『期限切れで呼び出せませんでした』となっては致命的ですし……」
「ふむ――」
桐生はおもむろに、ゴブリンから伸びる鎖を手に取る。間近で見ると、まるでガラス細工のような精巧さだ。光の反射を受け、翠の色彩が内で煌めいている。
「……この鎖が、奴らを現世に縛り付けている。……これは私の推測だがね。もし仮に一度でも召喚してしまえば、魂自体は現世に留まり続けるのではないかな?」
桐生は何かを確信した様子であったが、俺にはまだ話の本質が見えて来ない。
「……と言いますと?」
「久留米君は先程、『賞味期限』と評したが、食べ物を例に出すと分かりやすい。一度でも腐ってしまった物には、もう手の施しようがない。けれどその前に冷凍保存してしまえば、長持ちするだろう? 君の魔眼も、同じ原理と考えられないかい?」
保存――
魂を、保存か。
「……時間を置いて呼び出せなくなる前に、先に鎖で現世に縛ってしまえと?」
頷く桐生。鎖の性質が明らかになっていない以上、可能性はあり得るだろうか。まだまだ要検証だが、そういう話ならば渋谷ブルーゲートで出会ったこいつが良い判断材料になるか。
「開け、冥界の門――」
茂宮と俺をダンジョンに閉じ込めた、元凶。
「グ……ギッ……?」
首を傾げながらこちらを見つめる、木目の仮面。
――
「ギ、ギイイイイイッツ、ギイイイイッツ――!!!!!!」
俺を視認するや否や、震えながら地面に頭を擦り付ける
「なんなの、コイツ……?」
「よお、久しぶりだなあ。目ん玉潰されて悔い改めたか? フフッ……!」
怯えるさまが愉快で滑稽だ。あの時受けた拷問が、余程のトラウマになっていると見える。
「御剣君、このモンスターは?」
「
「ああ、少佐からの報告にあったアレか……」
唇に指をあてがい、桐生は小さく頷く。
「約一年のリミットに照らし合わせると、コイツを呼び出せるのはあと僅かな期間のはずです。もし数ヶ月後にも召喚に応じるようでしたら、桐生さんの仮説もより現実味を帯びるかと」
「なるほどね。丁度いいサンプルという訳だ」
第三に、召喚中に完全破壊されてしまった魂は、もう二度と蘇らない。例えばゴブリンキング。コイツは先のレッドゲート戦で、相当な無茶をやらせた。既に呼び出せなくなってしまっている。
「やっぱり短い政権だったなぁキング。クククッ……」
「……なんでぶつぶつ一人で笑ってるの? 気持ち悪いよ?」
「…………」
第四に、魔眼を使うと脳にダメージが蓄積する。呼び出すモンスターのランクや数が増える程、脳にかかる負荷は増大――キャパオーバーに達すると、痛みを伴い出す。レッドゲートで突如襲った激痛はまさにこれだ。
(どの程度のモンスターを召喚したら限界が来るのか……少しずつ試していくしかないか)
――――
「ざっと検証した限り、こんな感じですかね」
今日一日で、能力の概要をかなり把握出来た。ダンジョンに潜って自分で調べる事も考えていたが、やはり公安を頼ったのは正解だった。効率が違う。
「それでは最後に……君がレッドゲートで倒した、例のネクロマンサーを召喚してみてくれないか? 執行部隊も苦戦を強いられたようだからね。私も見てみたいんだ」
桐生の言葉を受け、場に緊張の糸が張り詰める。久留米を除くこの場の全員と、因縁のある相手――必然的に警戒心も高くなる。
「……分かりました。では、やってみますね」
立ち込める漆黒の瘴気。赤黒い骨の拳が、顔が、胴体が、ゆっくりとせりあがる。
「■■■、■■■、■■■■……」
錫杖を握りしめ、背中には深紅のマント――あの日の面影を残したまま。ネクロマンサーが姿を現した。場外では、息を呑む毒島と木羽。
「クソっ! 何度見ても忌々しい野郎だぜ……!」
「きららも胸糞悪~いっ!! 一発ぶん殴ってこよっかな♥」
「まあまあお二人とも……殺気は抑えて下さい。今は御剣さんの配下なんですから、大丈夫ですよ」
敵意を向ける二人を諫める灰原。
その時だった――
「――ぐうっ!?」
右目に鋭い痛み。翠の光が瞳孔から溢れ、俺の思考を侵食する。
「■■■……■■■、■■、■――――」
「おい、何か様子がおかしいぜ!」
「一真っち! どうしたの!!」
(コイツっ――!!)
明らかに他の魂と違う。
素直に隷属するだけじゃない。
(――俺を、喰うつもりか!)
首元の鎖を引きちぎるネクロマンサー。
「■■■■■■■■■■――――!!!!」
そのまま桐生を見据え、飛び掛かった。
「桐生様、危ないっ!!」
轟く毒島の悲鳴。丸腰の桐生に、ネクロマンサーが牙を向く。
「正臣っ……!」
「下がっていなさい」
隣の久留米を背後へ追いやると、桐生は前方を見据えた。左目に浮かぶ六芒星――その中心が、ネクロマンサーを捉える。桐生は手刀を作ると振りかぶり。そのまま水平方向に、一閃。
「フンっ――!!」
刹那、空間が揺らいだ。桐生の指先が描き出した一文字は、虚空に蒼き亀裂を形成した。亀裂の狭間より覗く、深い蒼。さながら深海かと見紛った。
ともすれば、幻想的な光景に見えない事もない。
――が。
俺の脳裏を満たしたのは、未知に対する圧倒的なまでの恐怖だった。
(……空間が、真っ二つに割れやがった……! なんだよ、これはっ!)
同時にネクロマンサーは膝をつく。その右腕は根元からごっそりと失われていた。
「■■■……! ■■■、■■、■――!!!!」
目の前でいったい何が起きたのか、理解が及ばない。それは奴も同じだろう。打ち震えるネクロマンサーに、桐生はただ一言告げる。
「――動くな」
桐生から発せられた禍々しきオーラが、全身に突き刺さる。襲い来る悪寒で、呼吸が上手くできない。身体が強張る。冷や汗が噴き出す。絶対的な強者から放たれる威圧に、俺の肉体は悲鳴を上げていた。
「御剣君、今のうちだ。鎖を繋ぎ直すと良い」
「…………あっ」
どれだけの時間を呆けていたのだろうか。その言葉が耳に届き、ようやく時が動き出す。顎下の雫を手で拭い、肺の中に新鮮な空気を送り込んだ。
俺はネクロマンサーの首元に鎖を繋ぐと、そのまま帰還させる。召喚した時とは打って変わって、従順な態度だ。冥界にいる方がまだマシってか。
(気持ちは分からんでもないがな……)
「よし、無事に終わったみたいだね」
桐生は呟き、その顔にはようやく笑みがこぼれた。背後から顔を出した久留米は、キャンディーをかみ砕きながらムスッと抗議する。
「……正臣。それ、やるんだったら先に言ってよ。こっちまで肝が冷えた」
「ああ、済まない。久留米君は直に食らってしまったかな? 奴の魂まで破壊する訳にはいかなかったから、なるべく穏便に済ませたかったんだ」
「……あんなふざけた殺気を飛ばしといて、どこが穏便なの?」
(……殺気?)
ただの殺気……?
あれが?
一度収まったはずの鳥肌が、再び総毛立つ。
(洒落になってねぇぞ。本当に、同じ人間か……?)
俺はここ数か月の間に、達人と呼ばれる者たちと何度か戦場を共にした。
『銀の乙女』、エリス・神代。
探索者の頂点、藤堂 巌。
執行部隊の面々も、戦闘力は申し分なかった。
だがそれでも――
桐生から感じる闘気は、遥かに異質だった。
木羽の興奮気味な歓声が上がる。
「ヤベェ……ヤベェってマジで! ひっさびさに見たぜ、おやっさんの魔眼! やっぱすげぇや……」
それは憧憬か、或いは畏怖も含むのだろうか。あらゆる感情を一手に引き受けながら、それでも桐生は涼しげに言い放つ。
「今日の実験はこれぐらいにしておこうか。五つ目のルール、追加だね。――今の御剣君には、扱えぬ魂もある。そのことだけは覚えておかなければいけない」
「……そう、ですね」
魔眼を手に入れた今だからこそ、桐生の恐ろしさが分かる。俺たちが決死の覚悟で討伐したネクロマンサーを、この男は赤子のようにあしらった。俺には奴を、鎖で繋ぎ止めておくことすら出来なかったのに――
『凡庸の檻』を抜け出した先に待っていたのは、更なる高みに巣食う怪物の影。
その事実を、俺は身をもって知ったのだった。
――――
「――次元を斬る、魔眼……ですか?」
「正確には『異空間に介入する力』だけれどね。まあほぼ同義と思ってくれて構わないかな」
模擬戦が終わり、フィールド内に皆が集まって来た。毒島は久留米を桐生から引きはがそうと、悪戦苦闘している。さっきまでの緊張はどこ吹く風、まったく愉快な連中だ。
「異空間って……めちゃくちゃな力ですね。桐生さんが公安の最高戦力と呼ばれる所以が、ようやく真に分かった気がしますよ。反則でしょう、それは……」
一人俯き思案する俺の目線が、久留米と交わる。毒島を押しのけながら、ひょっこりと顔を出していたのだ。
「そもそもの話。正臣は剣の腕だけでも、S級探索者に匹敵するぐらいの桁外れ。魔眼なんて使わなくても、大抵の問題なら解決可能」
「『剣聖』なんて呼ばれるぐらいだし、剣を握ってなんぼってことか」
「正臣が魔眼を持ってるのを知ってる人間は、割といる。でも能力の内容まで把握してるとなれば極稀。御剣は運が良いよ。間近でそれを見れたんだから――むぐっ!」
「公安の中でも、詳しく知ってるのは執行部隊だけだしね。一真っちも、これできららたちの仲間入りだよ~♥」
「あと知ってるのは、常平とかの上層部ぐらいかな――むぐくっ!!」
「あんないけすかない狸どものことはどうでもいいで〜す♥」
久留米の口を強引に塞ぎながら、毒島は陽気に笑う。
彼女が何気なく放ったであろう一言。
――仲間。
その言葉は、俺の胸に深く刺さった。
俺はただ、公安を利用しているに過ぎない。マザーゲートの攻略に乗り出したのも、魔眼と言う対価あってのことだ。俺の行動原理は全て、復讐に紐づいている。
これまで過度な馴れ合いは徹底的に排除して来た。常にリスクとリターンを天秤にかけ、気の向く時に顔を出すだけの存在。我ながら自分勝手な野郎だと思う。
そんな俺を、まだ仲間扱いするのか。
(……こいつらになら、話しておいても良いのかもしれないな)
渋谷レッドゲートでの、顛末を。
班目との確執。
黎明ギルドの暴走。そして――奴らを始末したのが、この俺だという真実を。
言うべきか、ずっと迷ってた。
信じてもらえないかもしれない。またあの時のように、『人殺し』だとなじられ、糾弾されるかもしれない。だがこのメンバーになら、話しておくべきだと思った。
「……みんなに少し、聞いて欲しい話がある。この間の渋谷のレッドゲートでの事なんだが――」