羅刹は、かく復讐せし   作:悠久久遠

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第32話 悪意の源泉

 俺はあの日の出来事を語った。あくまで客観的な事実として、淡々と。俺が知る限りの全て――ダンジョン攻略の裏で蠢いていた、悪意の塊を。

 

「…………」

 

 話し終えた後、待っていたのは重苦しい静寂だった。時間が経つほどに、皆の眉間の皺が深くなる。

 

(……やっぱり、話すべきじゃなかったか)

 

 こんな荒唐無稽な話、そもそも信じてもらえるかどうか。

 

 黎明ギルドの思惑も、班目の胸中も、何一つとして分からない。傍目から見れば、意味不明な言動の数々。襲われた当人である俺ですら、思い当たる節など全く無かったのだから。

 

 静寂を最初に破ったのは、木羽だった。

 

「許せねぇ……」

 

 歯ぎしりと、そして怒気を孕む声音。木羽は握りこぶしを震わせながら顔を歪めた。

 

「お前が傷を負ったのはネクロマンサーのせいなんかじゃねぇ。その班目って奴が、後ろからナイフで突き刺した……それがあの日の真実ってことなんだよな、御剣!!」

 

「黎明ギルドの奴らもグルだったって事だよね、それ。何なの……訳わかんないじゃん……」

 

 怒りを発露する木羽と、困惑する毒島。実際にダンジョンに潜ったこの二人には、それぞれ思う所があるのだろう。一方で灰原は神妙な面持ちのまま、成り行きを見守っていた。

 

「ざけんじゃねぇぞ、アイツらっ!! 御剣がっ……命を、懸けて……戦ってくれてたのにっ……あの野郎どもはっ!」

 

「……良いんだ木羽。それに……俺は結局、奴らを――」

 

 思わず目を伏せる。木羽は俺の両肩を掴むと、手の震えが伝わって来た。

 

「バカ野郎っ!! 気にすんじゃねぇぞ、そんな事っ! 正当防衛だろうが!」

 

 その必死の訴えに、俺の視線も自然と上がる。木羽の眼差しは、真剣そのものだった。

 

「御剣、良いか? この事は大っぴらにする必要はねぇよ。でも……もしもだ。もしもこれから先、おめぇのやったことを咎めるような奴が出てきたら――真っ先に俺を呼べ! そいつの顔面を、ぶん殴ってやるからよ!」

 

 一点の曇りなき、真っすぐな瞳。自分の為に、他者がこれ程までに怒っている――不思議な感覚だ。木羽の震える手に触れると、俺の口もつい綻んだ。

 

「……殴ったらお前が捕まるだろうが」

 

「上等よ、こちとら公安だぜ! どっちの言い分が正しいか、はっきりさせてやるからな!」

 

 にかりと笑う木羽に、毒島も混ざる。

 

「そうそう! 一真っちが気負うことないよ! きららだったらそんな奴ら、百万回殺しても殺したりないね! この子を使ってギューッと、顔がザクロみたいになるまで締め上げちゃうんだから♥」

 

 腰に巻いた鞭を撫でる毒島に、木羽の笑顔は引きつる。

 

「……おめぇ、それはちっとこえぇわ」

 

「はあ!? ここで手のひら返しって、おかしいでしょアンタ! 空気読めや!!」

 

 あっという間に平穏を取り戻す。あれだけの真実を聞いたにもかかわらず、相も変わらず騒がしい連中だ。

 

「……一緒にダンジョンに潜ったのが、お前らで良かったよ」

 

 俺の呟きは誰の耳にも届くことはなく、心地よい喧騒の中に消えて行った。

 

 ――――

 

 真実は伝わった。執行部隊の面々は、俺の言葉を全面的に信じてくれた。だがそれで、奴らの動機を解明するに至った訳ではない。

 

「班目とは少しばかりいざこざがあったのは事実だ。……しょうもない喧嘩みたいなもんだけどな。けど黎明ギルドの方は……ぶっちゃけ、これまで絡んだことも無い。団長の柏木とも、あの日が初対面だった」

 

 そう、これこそまさしく最大の謎。俺と黎明ギルドの間に、接点など無い。見ず知らずの人間から命を狙われる――言ってしまえば、身に覚えのない悪意。その源泉を突き止めない事には、問題は解決しない。

 

「……班目がおめぇを確実に殺す為に、黎明ギルドを雇ったって線はどうだ?」

 

 木羽の渾身の推理は、続く久留米の言葉で一蹴される。

 

「話聞いてなかったの? 御剣は『しょうもない喧嘩をした』って言ってたでしょ? そんなことの腹いせの為に、わざわざA級探索者がいるようなギルドを雇うと思う? 割に合う訳が無い。もう少し頭使いなよ」

 

「――ぐっ……!」

 

 冴え渡る毒舌、木羽は一刀両断だ。同情するぞ。

 

(まあ久留米が言わなかったら、俺が同じ指摘を入れてたけどな)

 

「原っちはさ。黎明ギルドについて、何か知ってたりしない? 隊長だったんだし、あの日どんなギルドが参加してたのか把握してるよね?」

 

「……参加していたギルドは計七つです。帝国、龍陣、征伐の三大ギルド以外の知名度はそこまで高くありませんが、いづれのギルドも参加要綱自体は満たしていましたね」

 

「……参加要項なんてあったっけか? 俺が知らねぇだけか?」

 

 腕組みする木羽に、毒島と久留米の冷たき視線が降り注ぐ。残念ながら、木羽が知らないだけみたいだな。

 

「レッドゲートだけに適用される、特例処置です。『B級クラスの探索者が複数人所属している事』と、『イエローゲート以上のダンジョン攻略実績が複数回ある事』――この二つが参加条件になってます」

 

「それだけ聞くと、集まって来たのはちゃんとしたギルドって感じがするんだけどね~」

 

 毒島が考え込むことで、推理は完全に暗礁に乗り上げる。すると灰原が意を決したように、俺の前へとやって来て尋ねた。

 

「御剣さん。他に何か……覚えていることはありませんか? どんな些細なことでも構いません。奴らが会話していた内容、不自然な行動に仕草――何でも構いません。他に印象に残っていることは」

 

 灰原が俺の目をジッと見つめ、問い質す。吸い寄せられそうなほど、真に迫る勢いだ。

 

「……正直、刺されてからは意識が朦朧としていまして、はっきりとは覚えてないんですが。……確か…………西園寺? 西園寺って名前を……聞いた気がしますね。柏木の口から」

 

 その返答を耳にして。桐生がはじめて、口を開いた。

 

「西園寺……? 西園寺……龍三……」

 

 小さな呟きだったが、俺の耳は桐生の一言一句を拾い上げた。そして何度も何度も反芻する。

 

「西園寺 龍三って……S級探索者の、あの西園寺のことですか?」

 

 桐生は答えなかったが、無言の沈黙が、俺の問いへの回答だと感じられた。関西一帯を支配する、獄炎ギルドの団長。探索者の間では有名だ。

 

「……桐生様、どうしたんですか? なんかすっごい、怖い感じになってますケド……」

 

 毒島が腫れ物に触るように語りかけると、桐生はようやく話し出す。

 

「今の御剣君の証言からだけでは、まだ確証は得られないけどね。この国で『西園寺』と呼ばれる最も有名な人間は、西園寺 龍三を置いて他にいない。手掛かりが他にない以上、警戒するに越したことは無いと思うよ」

 

 久留米はポケットから新品のキャンディーを取り出すと、封を開けながら問いかけた。

 

「私、その西園寺って人のこと良く知らないんだけど。正臣は知り合い?」

 

「……日本に五人しかいない、S級探索者の一人。一言で言ってしまえば、力を持て余した愚物――国賊だよ、あの男は」

 

 ――――

 

 2027年5月15日。

 東京某所。

 

 円卓に座る三名の男女と、テーブル中央の時計を見渡しながら。藤堂 巌は高らかに宣言した。

 

「時間じゃ。これより、S級会談を始めるとしようかのう!」

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