何としてもタイトル回収までは行きたかったので、ここで区切りとしました。ラストまで辿り着けず申し訳ない...
藤堂の宣言に、分かりやすく表情を曇らせる女がいた。煙草の煙をくゆらせながら、その視線は斜め前方。空席となっている円卓の一角を見据えて、舌打ちをひとつ。
「西園寺の奴はまーた欠席かい?」
右目は深紅の眼帯で覆われている。燃えるような赤髪のポニーテールを振りながら、肺いっぱいに吸い込んだ煙。それをそのまま、空席へと目掛けて吹きかけた。
女の名は、
「これで何度目だ、あのクソ野郎! ここ最近じゃ連絡の一つも入れて来やがらないじゃないか。いっぺん〆てやろうか、うん?」
「……あ奴も昔は、ダンジョン攻略に熱意を掲げる男だったんじゃがのう」
不機嫌そうに眉を潜める赤羽に対し、藤堂は過去を慮るように目を瞑る。
「昔は昔、今は今だろ! 定例会談にも出席しねぇような奴なんて、さっさとS級の座を剥奪しちまえば良いんだよ! 【連盟】はいつまであんな奴を野放しにしておく気かねぇ、全く……」
赤羽は荒々しく煙草の火を消しながら、視線を藤堂へとスライドさせて言葉を続けた。
「……ふん! いない奴のことはもうどうだって良いさ。そいよか藤堂の旦那。この間のレッドゲートでは、銀二の奴が世話になったねぇ。どうだいアイツ? ちゃんとさぼらずやってたかい?」
「おお、勿論じゃとも! しばらく見ん間に、畝本も見違えるほど成長しとったな! 思考ネットワークの練度が格段に上がっておったぞ! あ奴のスキルは特殊じゃろうに、どうやって育てたんじゃ?」
「かかっ! そいつは企業秘密さね! でも、旦那から褒められたなんて聞いたら、アイツまた調子に乗りそうだからね。本人には『まだまだ未熟だ』って伝えとくよ」
「はっはっは! 時代にそぐわぬスパルタ方式よ! うちのギルドにも取り入れるかのう?」
他愛無い談笑から始まり、主軸は本題へと移ろう。
S級会談――それは年に二度、東京で開催される定例会。日本国内のS級探索者が一堂に会する、唯一の場だ。その主な目的は、日本各地で発生したゲートにおける、徹底した情報交換にある。
「では、各地域の定期報告から始めるとするかのう。曽根殿、お願いします」
藤堂の席から見て、丁度右隣。体格は藤堂の半分ほどしかない、小さき老人が、しゃがれた声で語り出した。
「……そうさな。……先ずはお手元の資料を……ご覧いただきたく……」
老人の名は、
「……北は相変わらず、平和なものよ。……そもゲートの発生自体……稀だからな。……モンスターも……寒さは苦手、という事かな……? ホホッ……」
藤堂は机の上に置かれた書類をめくりながら、顎をさする。
「北海道の件数じゃな。ここ半年で、ブルーゲート二十七件、イエローゲートは四件と――いずれも既に攻略済み。確かに、例年通り平和じゃ。……公安が表に出しとる件数とも…………うむ、一致しとる!」
真正面に置かれたノートパソコン。公安のホームページを確認しながら、藤堂は深く頷いた。
「ゲート発生件数自体は、別にどうだって良いんだけどさ。アタシが気になるのはココさね――」
赤羽が指差したのは、書類の右隅に羅列された二つの日付だった。
「ゲートの観測日と攻略日。間隔がいささか短すぎやしないかい? 特に十二月から三月にかけて。ゲート発見から、ほぼ一週間以内に全部片付いちまってる! これじゃあ公安がつけあがるってなもんさ」
「フム……」
腕組みし、日付を凝視する藤堂。
公安はゲートを発見するだけで、ダンジョン攻略そのものはギルドに一任するのが一般的。能力者を有さない彼らでは、モンスターへ太刀打ちする術が無いからだ。それは見方を変えれば、「最も重要な工程を外部に丸投げしている」とも捉えられる。この歪な共同関係が、両組織の間に軋轢を生むのは明白だった。
「冬場は大雪の弊害もあるからのう。あまりゲートを長く放置すると、予期せぬ二次災害を生む恐れがある。市民の安全第一じゃ」
「そいつは分からんでもないけどね……命張ってんのは、いつもギルドの団員たちなんだ。公安の奴らに、体のいい駒みたいに思われちゃ癪だよって話さね」
「……みな、不満に思ってなど……いないぞよ。……はよう仕事終わらせて……家に帰って、あったかい風呂に……入りたいんだわな……ホッホッホ」
曽根の会話のペースは、ワンテンポ遅れている。赤羽は手元の書類から視線を外し、頬杖をついて曽根を見つめた。
「曽根のじーさんさ、そろそろ引退した方が良いんじゃねーの? 年幾つよ?」
「……はて? ……確か、八十……八十…………六? ぐらい、だったか……?」
「うへぇ!! うちのばーさんと同じじゃないか! 藤堂の旦那は……確か六十ぐらいだっけか?」
「ピッチピチの、六十四よ♥ まだまだ若いもんには負けないぞい!」
「……旦那ですら『もう探索者はキツいんじゃないか』って言われるぐらいなんだから、曽根のじーさんは尚更だろうよ。じーさんはもう十分戦ったんだし、あとは穏やかな余生を過ごしてもらいたいとこだけどねぇ」
「…………無視は堪えるのう、無視は。はぁ……エリスちゃんのツッコミが恋しい……」
いじける藤堂には目もくれず、赤羽は新品の煙草に火を付ける。
「会談のたびに、毎回ここまで来るのだってしんどいだろ? なあ旦那。じーさんは向こうからのリモート中継で良いんじゃねぇのか?」
「うーむ。確かに曽根殿を呼びつけるのは心苦しいんじゃが…… 会談は東京で開催、必ず面着でと決められとるしのう」
「はっ! 連盟の奴らが取り決めた風習なんて、ぶっ壊しちまえば良いんだよ! 時代に取り残された老害ども! 真に受けるもんじゃないさ」
「……赤羽よ。一応、会話は録音されちょるんじゃから。あんまり上の悪口は言わんでチョーダイね……」
「フン!」
腕を組んで背もたれに寄りかかった赤羽に対し、藤堂は苦笑いで場を進行する。曽根から一連の報告が終わると、そのままの流れで言葉を引き継いだ。
「よし。では次、亮太。報告を頼むぞ」
「…………」
藤堂が次なる報告を促す。その相手は、赤羽の丁度右隣にて。
――黙々とスマホを触り続ける、少年だった。
「久瀬、早いとこ報告しな」
「…………」
少年は徹底した完全無視を貫く。赤羽は煙草をもみ消し、隣に座る少年に迫った。
「おいクソガキ、聞こえなかったのかい? 報告だよ、報告。いつまでもスマホいじってねぇで、さっさとしな」
「…………ちっ……うるせぇぞババア」
ガタン――!
椅子が倒れる音と同時に、少年のこめかみに銃口が突きつけられる。青筋の浮かぶ赤羽の右手には、派手な装飾の拳銃が握られていた。
「相変わらず、年長者に対しての口の利き方がなってないねぇ。そのひん曲がった性格、脳みそごとぶっ放してやんないと直んないかい? それに――あたしはまだ三十二だっ!! アラフォー前は『おねえさん』だろうが、ゴラっ!!」
「……はぁ」
わざとらしく深い溜息をつきながら、スマホをポケットにしまった少年。
――
「俺らからしてみりゃ、三十代は十分オバサンなんだよ。それにさっきから学生の前で、すぱすぱタバコ吸ってんじゃねぇよ。常識ないのはどっちだ?」
漂う煙を手で仰ぎ、露骨に口をひん曲げる。
「だいたい『年長者への口の利き方』ってさ。藤堂さんと師匠にタメ口使ってるアンタが、なんで上から目線で俺に説教してんの? 矛盾してんだろ、オバサン?」
「――こんの、クソガキッ!!」
「まあまあ二人とも! いがみ合うのはその辺に。亮太はほら、さっさとスマホをしまって。赤羽も煙草は消して。これで万事解決じゃろうて!」
「……ふん」
「けっ!!」
不満をにじませながらも、命令には素直に従う二人。頭を抱える藤堂に対し、曽根はにっこりと一連の応酬を見守っていた。
「……若者は、元気なのが……一番だな……藤堂……」
「…………度が過ぎますわい」
途中不穏な空気を挟みながらも、会談はつつがなく進行した。その主な内容は、S級各自が管轄する都道府県でのゲート発生状況について。
S級探索者は日本全国に管轄区域を持っている。
関東、中部は赤羽が。
北海道、東北は曽根が。
近畿は西園寺が。
中国四国、九州は久瀬が。
ゲートの発生と対処について、それぞれ一任されている。日本における治安の要だ。そして首都東京、ひいては『世界』へと目を向けるのが――
「旦那はこの後、アメリカにとんぼ返りなんだろ?」
「そうじゃな。向こうは万年人手不足じゃ。【条約】が生きておる間は仕方ないじゃろうて」
渋面で天を仰ぐ藤堂に、赤羽は膝をバンバン叩いて笑いかけた。
「あっはっは、ビンボーくじってやつさね! 戻って来たばっかだってのに、忙しないねぇ。旦那ももういいとしだろうに、あっちこっち飛び回るのはきついだろ?」
「……本当は西園寺の奴が後を継いでくれると嬉しいんじゃがのう。もしくは――ちらり」
目線を動かし赤羽を見やる藤堂。その姿に、赤羽は必死で両手を振る。
「……ア、アタシはダメだよ! 言っとくけどね! 向こうの飯は拙くて食えたもんじゃない!!」
「しょーもない理由。どっちがガキだ」
久瀬が欠伸を噛み殺しながら、ポケットからスマホを取り出す。それが会談の終わりを告げる合図だった。
――――
「よし。それでは、此度のS級会談はこれにてお開きとするかのう――」
「ちょい待ちちょい待ち~! な~に勝手に終わらそうとしてんのさ、旦那! こちとらまだ重要なことを聞いてないんだよ」
「……はて? 他に共有しておくべき案件があったかのう?」
「とぼけなさんなって。銀二から聞いたよ、この間の渋谷レッドゲート。例のはぐれ探索者――御剣 一真についてさ」
「……畝本。おしゃべりじゃのう」
藤堂の顔に露骨に皺が刻まれる。赤羽はしてやったりの表情で、目を細めた。
「もう唾つけてたんだろ? さっすがは目敏いねぇ。先見の明ってやつかい? ……そういや、あの『銀の乙女』の時もそうだったっけか?」
「そんな、人を悪徳勧誘みたいに言わんでおくれよ……」
萎びた藤堂に対し、赤羽はカラカラと笑う。事態を把握できていない曽根と久瀬は、二人そろって眉をひそめていた。
「……で? 御剣はどうやってレッドゲートで生き残ったんだい?」
赤羽の一言で、場の緊張は一気に高まった。曽根の目が薄く開かれる。藤堂はもはや有耶無耶には出来ぬと悟ったのか、ぽつぽつと語り出した。
「儂も直接見たわけではない、正臣からの説明を受けただけじゃ。にわかには信じがたい話ばかりじゃったがな。その辺りはおいおい話すとしようかのう。……じゃが、あ奴の二つ名はもう決めてあるぞ」
「二つ名……? おいおい、そいつはちーっとばかし気が早過ぎやしないかい? まだランクの再登録も済んでないんだろ?」
「はっはっは! どうにも急いてしまってのう。御剣の力について聞いた時にな、丁度いい言葉が降りて来たんじゃよ……! 連盟の決議など待っておれんかったわい」
「……で? 何て言葉だい?」
藤堂は拳を突き出し、そしてゆっくりと握り込んだ。
それは仏教において、冥界を統べる守護神を指す。
地獄の獄卒を意味する単語。
「――『羅刹』じゃ」
――――用語一覧――――
【連盟】
大日本ギルド連盟の略称。日本全国に点在するギルドを一挙に束ね、探索者たちを管轄する役割を持つ組織。探索者ランクの設定や、ライセンスの発行、新規ギルド立ち上げ時の諸々手続など。その業務は多岐にわたる。上層部は主に高齢にて一線を退いた元S級、A級探索者たちで構成され、現役探索者たちへの助言と支援を行っている。
【条約】
日米安全保障条約を土台に制定された、現代における安全協定。ダンジョン攻略に関する相互協力と、探索者の軍事派遣を禁止する条項を織り込んでいる。国同士の争いが勃発した際、自国の保有する探索者を『人間兵器』として導入する非人道的な国家は少なくない。故にS級探索者の存在はダンジョン攻略における切り札であると同時に、諸外国に対しての戦争抑止力となっている。