魔物殺し   作:悠久久遠

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第3話 殺しの流儀

「グギィィィィッツ!!!!」

 

 雄叫びをあげながら突進するゴブリンに、片や銃を構える茂宮。

 銃声、五発。

 

「ギギギギギッツ!!!!」

 

 ――全弾外した。

 

「くそったれがっ!!」

 

 ちょこまかと動き回る小鬼に、射撃武器は相性が悪かろう。茂宮は再度銃口を向けるも、狙いが定まらない。完全に遊ばれている。

 

「やれやれだな」

 

 俺は前傾し、手前の土を握る。そして迫り来るゴブリンの顔面に、そいつを思いっきりぶちまけてやった。

 

「――ギャアアアアアアアッツ!!!!」

 

 顔面を両手で覆いながら、ゴブリンは天を仰ぐ。耳ざわりな薄汚い叫び声が周囲に響いた。古今東西、砂による目潰しは最もお手軽な攪乱だ。ゴブリンは前後不覚に陥った。

 

「今だ、茂宮」

「――――!? おうよっ!」

 

 銃を構える茂宮。

 

「くたばりやがれっ!!」

 

 銃声、一発。

 

「グッ……ギッ……ギィッ……!」

 

 次はしっかりと、命中した。

 

 ゴブリンは額から血を吹き出しながら、どさりと後ろに倒れた。茂宮は玉の汗を拭き出して、荒い呼吸を繰り返す。

 

「ふぅーっ……! ふぅーっ……!」

 

「うまい事仕留めたな。やるじゃないか」

 

「ああ、やったよ……! やってやったよ、畜生がっ!」

 

 興奮混じるガッツポーズに、思わず口が綻んでしまった。モンスターであっても、頭部は幾分柔らかい。ゴブリン程度ならば鉛玉でも十分貫通する。

 

「こんな初っ端で六発も使っちまったな…… もう銃はほとんど役に立たねぇぞ。あとはお前のスキルだけが頼りだ、御剣!!」

 

「……スキル? 何を言ってるんだ?」

 

「何って……スキルだよ! お前が持ってる、ス・キ・ル!! お前探索者だろ? しかもわざわざソロでダンジョンに潜るなんて、狂ったことしてやがるんだ! 相当強力な能力を持ってんだよなぁ? なあ!?」

 

 なるほどそう言うことか。一般常識だと、「探索者=スキル持ち」だったな。ならば、無慈悲な宣告を告げねばならない。必死の形相を浮かべる茂宮に向かって、一言――

 

「俺は無能力者だぞ?」

 

「…………はぁ?」

 

 返答までにたっぷりと間があった。今日一番の呆け顔を晒しながら、茂宮は大声で叫ぶ。

 

「はああああああああっつ!!!!!」

 

 顎が落ちるんじゃないかってくらいの大口、そして絶叫。俺の肩を揺すりながら、茂宮は涙目で訴える。

 

「無能力者って、嘘だろっ!! それじゃあおめぇ……俺らと変わんねぇじゃねぇか……! スキルも無いのに……何でこんな事してんだよぉぉ……!」

 

 しまいには遠くを見つめて、抜け殻のような吐息が漏れる。

 

「こりゃあ、マジで俺……今日で死んだかもな……」

 

 怒ったり泣いたり絶望したりと、感情の起伏が激しいやつだ。

 

「次にモンスターと鉢合わせたら、アンタは後ろに下がってろ。俺が引き受ける」

 

「……ああ分かってんよ! 畜生が……せめて簡単にはくたばってくれんなよ、探索者さんよぉ!」

 

 嘆く茂宮を何とかなだめ、俺たちは密林をただ進む。

 歩き始めて数分、最初の群れに遭遇した。

 

「隠れろ、茂宮」

「なんだ――!!」

 

 近くの草陰にその身を隠し、前方を見やる。

 

「グギッ、グギッ、グギィッ!!」

 

 ゴブリンの集団、数三匹。

 

「……どうするよ、御剣? このままやり過ごすか?」

 

 小声で話しかける茂宮に対し、俺は首を横に振る。

 

 やり過ごす?

 もっての外だ。

 

 ――折角の、餌なのだから。

 

(利用しない手はないな)

 

 俺はウエストポーチから小瓶を取り出し、蓋を開けた。同時に腰に括った短刀を右手に握り込む。小瓶傾け液体を刃に垂らすと、薄緑にコーティングされた刀身が怪しく輝いた。刀身を伝って液体がぽたぽたと地面に垂れ、濡れ跡を作る。

 

(……陽動は、っと……まあこれで良いか)

 

 目の前に落ちている小石を握り、それをゴブリン共の向こう側――密林の中に向かって放り投げる。

 

 コツン――

 

 乾いた音。奴らの意識が一瞬、木々の中へと吸い寄せられる。

 

 僅かな隙だ。

 だが、俺にとっては十分過ぎる。

 

「――はあッ!!」

 

 握りしめた短刀。肉を切り裂く感触が、手のひらを覆う。

 

「グギャアアアアッツ――――!!」

 

 背中を切り裂かれたゴブリンはそのまま前へと倒れ、木の葉が舞う。

 

「グギィ……?」

 

 異変に気付いた残り二匹。だが奴らが飛び掛かるより先に、俺の刃が胴を薙ぐ。

 

「ガアアアアッツ――――!!」

 

 二匹は血を流しながら、その場に倒れ伏す。決着はあっけない物だった。

 

「終わったぞ。もう出て来ても大丈夫だ」

 

 呼びかけると、草陰の中からよろよろと茂宮が現れた。茂宮は俺とゴブリンを何度も見つめながら、ぽつりと漏らす。

 

「すっ、すげぇ……! ははっ! 流石は、腐っても探索者ってとこか……! すげぇぞ、御剣っ!!」

 

「……一言余計だぞ」

 

 目をキラキラと輝かせる茂宮は、まるで少年に戻ったかのようだ。この短時間で喜怒哀楽をコンプリート、さぞかし充実した一日になっただろう。

 

「…………グギィッ」

「ん?」

 

 地面から発せられた鳴き声を聞きつけ、茂宮が硬直する。もぞもぞと動く緑の体躯に気が付き、みるみるうちに顔が青ざめた。

 

「おいっ、御剣!!」

 

 最初に切り付けたゴブリンが、ゆっくりと起き上がる。残りの二匹も続けざまに目を覚ました。

 

「御剣ぃっ! まだ死んでねぇぞ! 早くとどめをさせ!!」

 

「グギィ、グギィィィッ……!!!!」

 

 にたにたと涎を垂らし、嗤うゴブリン共。俺の事を小馬鹿にでもしているのだろうか?

 

 つめの甘い探索者め。

 ゴブリン程度も切り裂けない、矮小な腕っぷしだ。

 スキルも持たぬ、凡人が――

 

 俺は短刀を下ろし、奴らの胸を指差す。

 

「気持ちのわりぃ顔を並べる前に、自分の体をよく見てみたらどうだ? まぬけ」

 

 ゴブリン共が一斉に、視線を下げる。

 

「グッ、ギッ、ギッ……?」

 

 目を細め、己が胸元を凝視する。そこにあったのは、目の覚めるような赤――爛れ、肥大化した肉、血管が隆起し、歪に脈打つ。ところどころで皮が破裂し、鮮血がどろりと体表を濡らしていた。

 

「……グッ、ガッ……ギャアアアアアアアアアアアッツ!!!!!!」

 

 胸を掻きむしり、次々と地面に倒れ伏すゴブリン共。断末魔をあげながら、血の泡を吹く。

 

「……なんだよコレ。何が、起こったんだ……?」

 

 死体を爪先でつつきながら、茂宮は顔をひきつらせた。

 

 どれだけ屈強なモンスターであっても、鍛えられない部位がある。それは内臓だ。いくら堅い表皮で外側を守っていても、内側からの崩壊には驚くほど脆いもの。故に、奴らを殺す最適解は。

 

 ――毒。

 

「これが一番効率よく、お前らを殺せるんだよなあ……! クックックック……!」

 

 刀身から滴る毒を宙に撒き、俺は短刀をしまった。血の海に沈んだゴブリン共を見つめ、茂宮は目を細めている。

 

「うえっ! こいつはひでぇ……!」

 

 口元を手で覆い隠しながら、嗚咽を漏らした。

 

「御剣ぃ、おめぇいったい何したんだ? 俺も仕事柄、死体を見る事はよくあるけどよぉ……ここまでのもんは中々お目に掛かれねぇぞ……!」

 

「……奴らの致命傷になったのは、毒だ。小瓶に入ってた毒を刀身にまとわせて、斬り付けた。傷口から侵入した毒素で、肉が膨張、破裂。筋繊維が破壊され、内からは大量の血液が逆流――」

 

「だーーーーっ!! もういい! 誰がそんな詳しく説明しろって言ったよ! 想像しちまうじゃねぇか、気色わりぃ!」

 

 動揺する茂宮を尻目に、俺はゴブリン共の死体の前へとしゃがみ込む。右手に手刀を作り、それをそのまま肉の中へ。胸の中心に目掛けて、一気に手首まで差し込む。

 

 ズブり――

 

 そのまま心臓を鷲摑み、肉をかき分けながら引き上げた。

 

「おいっ、何やってるんだよ!! うっ……うええぇっ……!」

 

 下を向き、えづく茂宮。一方で俺は今しがた取り出した心臓を眺め、弾力を確かめる。

 

「毒の効き目を確かめるなら、コレが一番手っ取り早い。心臓が毒に侵されると、緑の斑点が浮き上がって来る。……弾力も柔い、筋肉がしっかり破壊されてる証拠だな。十分に効果が出てる」

 

 こういう確認作業は、既に何千回と繰り返してきた日常だ。回数を重ねるごとに、より精度が上がったと自負している。

 

「……ったくよぉ! もうくたばってんだから、わざわざそんなこと確認する必要ねぇだろうが! おええっ……!」

 

 茂宮の動悸は未だ収まらない。公安の少佐のくせに情けないな。

 

「このダンジョンに出て来るモンスター共に、俺の毒がどの程度通用するのか……予め知っておかなくちゃいけないだろ? 折角目の前にこんなにも便利なサンプルがあることだしな」

 

 俺は心臓を地面へ向かって投げ捨てた。そしてそのまま短刀を取り出すと、刀身にわずかに付着した毒液を人差し指ですくう。親指と擦り合わせ指を広げると、指と指の間にねちゃりと薄緑の糸が掛かった。

 

「モンスターって言っても、強靭なのは外側だけ。中身は案外――脆いもんだ」

 

 単純明快。

 

 視界を奪いたければ、眼を潰す。

 苦痛を与えたければ、舌を切る。

 恐怖を刻みたければ、徐々に気道を塞いでやる。

 

 そして――

 

 命を奪いたければ、毒を盛る。

 

「覚えとけ茂宮。モンスターを壊すのなんて……簡単なんだぞ?」

 

 俺の指を見つめながら、茂宮は顔を引きつらせる。

 

「……直で触って大丈夫なのかよ、それ? 毒なんだろ?」

 

「モンスター共に有害な毒が、必ずしも人間にとって有害とは限らない。今日持ってきたのは、人体には一切影響がない毒だ――」

 

 人差し指を口元へ。ぺろりとひとつ、指先を舐める。

 

「おいっバカっ!! 何やってんだ、おめぇっ!!!!」

 

「こうして実際に見せた方が、信用出来るだろ? どうだ茂宮。なんならアンタも触ってみるか?」

 

「――アホかっ!! 一人で勝手にやってろ!」

 

 差し出した人差し指を見ながら、後ずさりする茂宮。まあ抵抗はあるだろう。口で言って聞かせるのと、実践するのでは雲泥の差だ。

 

 ダンジョンで見つかる毒の選定は命懸けだ。人体にとって有害か否か? モンスターに対してどれほどの効き目があるのか? ネットで調べたり図鑑を読み漁ったところで、当然ながら答えは返ってこない。全ての疑問に、俺自身の手で解を得るほかない。

 

 探索者で毒を用いる者が極端に少ない理由は、まさしくここに起因するのだろう。リスクにリターンが見合わない――スキルを持つ奴らは、そう結論付けるのが道理だ。

 

「さて、先に進むかね」

 

 胸部が歪に肥大化したゴブリン共の屍を踏み分けて、俺たちは密林の更なる奥地へ向けて歩を進めて行った。

 

 

 歩き始めて、一時間は経っただろうか? ゴブリンの集団と出くわす回数もそこそこ増えて来た。

 

「ハアアアッ――!!」

「グギャアアアアッツ!!!!」

 

 短刀を上から下へ、一閃。ゴブリンは左右真っ二つに割れ、肉塊が地面にどさりと転がる。

 

「これで三十匹ってとこか。そろそろ温まって来たな」

 

 握りしめた短刀が俺の問いに呼応するように、返り血で輝く。茂宮は地面に連なる肉塊を見ながら、額の汗を拭った。

 

「しっかしまあ、よくもそんなナイフ一本でそこまで戦えるもんだ。これなら本当にボスを討伐出来ちまうかもしれねぇな!」

 

 茂宮の顔に興奮の笑顔が浮かぶ。再び煙草を取り出すと、ライターで火を付けた。そろそろ緊張も解けて来た頃合だろう。束の間の一服を噛みしめている。

 

「最初に御剣の装備を見た時は、正直終わったって思ったんだけどな。あり得ねぇほどの軽装備、ましてやスキルも持ってねぇと来たもんだ。どうなる事かと思ったが……」

 

 煙を吐き出し、歯を見せて笑う。

 

「探索者ってのは、やっぱ俺らとは次元がちげぇわな! モンスター討伐のプロって感じだ!」

 

「……別に、そんな大したもんじゃない」

 

「おいおい、謙遜すんなって! 俺が人をほめる事なんて滅多にねぇぜ? ははっ!!」

 

 謙遜などではない。俺は人より長くダンジョンに籠っているから、他の奴らより少しばかり知識があるに過ぎない。

 

「買い被り過ぎた。ダンジョンに挑むのは重装備の戦闘部隊や、ギルドの探索者だけって考えがみんなの中に染みついてるだけで、実際は素人でもなんとかなるもんだ。俺が初めてモンスターを殺ったのも、ガキの頃だったしな」

 

「……ガキって、幾つよ?」

 

 瞬きの刹那、一瞬だが。

 朱里の笑顔が脳裏に浮かんだ。

 

「……九つの、時だったかな」

 

 茂宮はくわえていた煙草を地面に落とす。

 

「…………御剣。おめぇ、ほんとなにもんだよ……?」

 

 

 さらに進むこと数十分。ゴブリンの猛攻も鳴りを潜め、辺りには不気味な静けさが漂っていた。

 

「茂宮。ガキの頃、蟻を潰して遊んだことはあるか?」

 

「蟻だぁ? 何だよやぶから棒に。した事ねぇよ、そんなもん!」

 

「……そうか。俺はよく、潰してたけどな。……子供ってのは、時に残酷なもんだよな。遊び感覚で、平気で命を摘むんだから」

 

「…………?」

 

 首を傾げる茂宮に、思わず自嘲的な笑いが漏れる。あの頃から、俺は何も変わっていない。顔に掛かった返り血を拭き取りながら、俺は独り言のように呟く。

 

「ゴブリンも、蟻と同じだよ。全滅させたけりゃ、奴らの巣を破壊するのが手っ取り早い。徹底的に潰さなくっちゃなあ……」

 

 刀身で輝く血を眺めながら、俺は再度、短刀を強く握りしめた。

 この程度はまだ、()()()()に過ぎないのだから。

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