「グギィィィィッツ!!!!」
雄叫びをあげながら突進するゴブリンに、片や銃を構える茂宮。
銃声、五発。
「ギギギギギッツ!!!!」
――全弾外した。
「くそったれがっ!!」
ちょこまかと動き回る小鬼に、射撃武器は相性が悪かろう。茂宮は再度銃口を向けるも、狙いが定まらない。完全に遊ばれている。
「やれやれだな」
俺は前傾し、手前の土を握る。そして迫り来るゴブリンの顔面に、そいつを思いっきりぶちまけてやった。
「――ギャアアアアアアアッツ!!!!」
顔面を両手で覆いながら、ゴブリンは天を仰ぐ。耳ざわりな薄汚い叫び声が周囲に響いた。古今東西、砂による目潰しは最もお手軽な攪乱だ。ゴブリンは前後不覚に陥った。
「今だ、茂宮」
「――――!? おうよっ!」
銃を構える茂宮。
「くたばりやがれっ!!」
銃声、一発。
「グッ……ギッ……ギィッ……!」
次はしっかりと、命中した。
ゴブリンは額から血を吹き出しながら、どさりと後ろに倒れた。茂宮は玉の汗を拭き出して、荒い呼吸を繰り返す。
「ふぅーっ……! ふぅーっ……!」
「うまい事仕留めたな。やるじゃないか」
「ああ、やったよ……! やってやったよ、畜生がっ!」
興奮混じるガッツポーズに、思わず口が綻んでしまった。モンスターであっても、頭部は幾分柔らかい。ゴブリン程度ならば鉛玉でも十分貫通する。
「こんな初っ端で六発も使っちまったな…… もう銃はほとんど役に立たねぇぞ。あとはお前のスキルだけが頼りだ、御剣!!」
「……スキル? 何を言ってるんだ?」
「何って……スキルだよ! お前が持ってる、ス・キ・ル!! お前探索者だろ? しかもわざわざソロでダンジョンに潜るなんて、狂ったことしてやがるんだ! 相当強力な能力を持ってんだよなぁ? なあ!?」
なるほどそう言うことか。一般常識だと、「探索者=スキル持ち」だったな。ならば、無慈悲な宣告を告げねばならない。必死の形相を浮かべる茂宮に向かって、一言――
「俺は無能力者だぞ?」
「…………はぁ?」
返答までにたっぷりと間があった。今日一番の呆け顔を晒しながら、茂宮は大声で叫ぶ。
「はああああああああっつ!!!!!」
顎が落ちるんじゃないかってくらいの大口、そして絶叫。俺の肩を揺すりながら、茂宮は涙目で訴える。
「無能力者って、嘘だろっ!! それじゃあおめぇ……俺らと変わんねぇじゃねぇか……! スキルも無いのに……何でこんな事してんだよぉぉ……!」
しまいには遠くを見つめて、抜け殻のような吐息が漏れる。
「こりゃあ、マジで俺……今日で死んだかもな……」
怒ったり泣いたり絶望したりと、感情の起伏が激しいやつだ。
「次にモンスターと鉢合わせたら、アンタは後ろに下がってろ。俺が引き受ける」
「……ああ分かってんよ! 畜生が……せめて簡単にはくたばってくれんなよ、探索者さんよぉ!」
嘆く茂宮を何とかなだめ、俺たちは密林をただ進む。
歩き始めて数分、最初の群れに遭遇した。
「隠れろ、茂宮」
「なんだ――!!」
近くの草陰にその身を隠し、前方を見やる。
「グギッ、グギッ、グギィッ!!」
ゴブリンの集団、数三匹。
「……どうするよ、御剣? このままやり過ごすか?」
小声で話しかける茂宮に対し、俺は首を横に振る。
やり過ごす?
もっての外だ。
――折角の、餌なのだから。
(利用しない手はないな)
俺はウエストポーチから小瓶を取り出し、蓋を開けた。同時に腰に括った短刀を右手に握り込む。小瓶傾け液体を刃に垂らすと、薄緑にコーティングされた刀身が怪しく輝いた。刀身を伝って液体がぽたぽたと地面に垂れ、濡れ跡を作る。
(……陽動は、っと……まあこれで良いか)
目の前に落ちている小石を握り、それをゴブリン共の向こう側――密林の中に向かって放り投げる。
コツン――
乾いた音。奴らの意識が一瞬、木々の中へと吸い寄せられる。
僅かな隙だ。
だが、俺にとっては十分過ぎる。
「――はあッ!!」
握りしめた短刀。肉を切り裂く感触が、手のひらを覆う。
「グギャアアアアッツ――――!!」
背中を切り裂かれたゴブリンはそのまま前へと倒れ、木の葉が舞う。
「グギィ……?」
異変に気付いた残り二匹。だが奴らが飛び掛かるより先に、俺の刃が胴を薙ぐ。
「ガアアアアッツ――――!!」
二匹は血を流しながら、その場に倒れ伏す。決着はあっけない物だった。
「終わったぞ。もう出て来ても大丈夫だ」
呼びかけると、草陰の中からよろよろと茂宮が現れた。茂宮は俺とゴブリンを何度も見つめながら、ぽつりと漏らす。
「すっ、すげぇ……! ははっ! 流石は、腐っても探索者ってとこか……! すげぇぞ、御剣っ!!」
「……一言余計だぞ」
目をキラキラと輝かせる茂宮は、まるで少年に戻ったかのようだ。この短時間で喜怒哀楽をコンプリート、さぞかし充実した一日になっただろう。
「…………グギィッ」
「ん?」
地面から発せられた鳴き声を聞きつけ、茂宮が硬直する。もぞもぞと動く緑の体躯に気が付き、みるみるうちに顔が青ざめた。
「おいっ、御剣!!」
最初に切り付けたゴブリンが、ゆっくりと起き上がる。残りの二匹も続けざまに目を覚ました。
「御剣ぃっ! まだ死んでねぇぞ! 早くとどめをさせ!!」
「グギィ、グギィィィッ……!!!!」
にたにたと涎を垂らし、嗤うゴブリン共。俺の事を小馬鹿にでもしているのだろうか?
つめの甘い探索者め。
ゴブリン程度も切り裂けない、矮小な腕っぷしだ。
スキルも持たぬ、凡人が――
俺は短刀を下ろし、奴らの胸を指差す。
「気持ちのわりぃ顔を並べる前に、自分の体をよく見てみたらどうだ? まぬけ」
ゴブリン共が一斉に、視線を下げる。
「グッ、ギッ、ギッ……?」
目を細め、己が胸元を凝視する。そこにあったのは、目の覚めるような赤――爛れ、肥大化した肉、血管が隆起し、歪に脈打つ。ところどころで皮が破裂し、鮮血がどろりと体表を濡らしていた。
「……グッ、ガッ……ギャアアアアアアアアアアアッツ!!!!!!」
胸を掻きむしり、次々と地面に倒れ伏すゴブリン共。断末魔をあげながら、血の泡を吹く。
「……なんだよコレ。何が、起こったんだ……?」
死体を爪先でつつきながら、茂宮は顔をひきつらせた。
どれだけ屈強なモンスターであっても、鍛えられない部位がある。それは内臓だ。いくら堅い表皮で外側を守っていても、内側からの崩壊には驚くほど脆いもの。故に、奴らを殺す最適解は。
――毒。
「これが一番効率よく、お前らを殺せるんだよなあ……! クックックック……!」
刀身から滴る毒を宙に撒き、俺は短刀をしまった。血の海に沈んだゴブリン共を見つめ、茂宮は目を細めている。
「うえっ! こいつはひでぇ……!」
口元を手で覆い隠しながら、嗚咽を漏らした。
「御剣ぃ、おめぇいったい何したんだ? 俺も仕事柄、死体を見る事はよくあるけどよぉ……ここまでのもんは中々お目に掛かれねぇぞ……!」
「……奴らの致命傷になったのは、毒だ。小瓶に入ってた毒を刀身にまとわせて、斬り付けた。傷口から侵入した毒素で、肉が膨張、破裂。筋繊維が破壊され、内からは大量の血液が逆流――」
「だーーーーっ!! もういい! 誰がそんな詳しく説明しろって言ったよ! 想像しちまうじゃねぇか、気色わりぃ!」
動揺する茂宮を尻目に、俺はゴブリン共の死体の前へとしゃがみ込む。右手に手刀を作り、それをそのまま肉の中へ。胸の中心に目掛けて、一気に手首まで差し込む。
ズブり――
そのまま心臓を鷲摑み、肉をかき分けながら引き上げた。
「おいっ、何やってるんだよ!! うっ……うええぇっ……!」
下を向き、えづく茂宮。一方で俺は今しがた取り出した心臓を眺め、弾力を確かめる。
「毒の効き目を確かめるなら、コレが一番手っ取り早い。心臓が毒に侵されると、緑の斑点が浮き上がって来る。……弾力も柔い、筋肉がしっかり破壊されてる証拠だな。十分に効果が出てる」
こういう確認作業は、既に何千回と繰り返してきた日常だ。回数を重ねるごとに、より精度が上がったと自負している。
「……ったくよぉ! もうくたばってんだから、わざわざそんなこと確認する必要ねぇだろうが! おええっ……!」
茂宮の動悸は未だ収まらない。公安の少佐のくせに情けないな。
「このダンジョンに出て来るモンスター共に、俺の毒がどの程度通用するのか……予め知っておかなくちゃいけないだろ? 折角目の前にこんなにも便利なサンプルがあることだしな」
俺は心臓を地面へ向かって投げ捨てた。そしてそのまま短刀を取り出すと、刀身にわずかに付着した毒液を人差し指ですくう。親指と擦り合わせ指を広げると、指と指の間にねちゃりと薄緑の糸が掛かった。
「モンスターって言っても、強靭なのは外側だけ。中身は案外――脆いもんだ」
単純明快。
視界を奪いたければ、眼を潰す。
苦痛を与えたければ、舌を切る。
恐怖を刻みたければ、徐々に気道を塞いでやる。
そして――
命を奪いたければ、毒を盛る。
「覚えとけ茂宮。モンスターを壊すのなんて……簡単なんだぞ?」
俺の指を見つめながら、茂宮は顔を引きつらせる。
「……直で触って大丈夫なのかよ、それ? 毒なんだろ?」
「モンスター共に有害な毒が、必ずしも人間にとって有害とは限らない。今日持ってきたのは、人体には一切影響がない毒だ――」
人差し指を口元へ。ぺろりとひとつ、指先を舐める。
「おいっバカっ!! 何やってんだ、おめぇっ!!!!」
「こうして実際に見せた方が、信用出来るだろ? どうだ茂宮。なんならアンタも触ってみるか?」
「――アホかっ!! 一人で勝手にやってろ!」
差し出した人差し指を見ながら、後ずさりする茂宮。まあ抵抗はあるだろう。口で言って聞かせるのと、実践するのでは雲泥の差だ。
ダンジョンで見つかる毒の選定は命懸けだ。人体にとって有害か否か? モンスターに対してどれほどの効き目があるのか? ネットで調べたり図鑑を読み漁ったところで、当然ながら答えは返ってこない。全ての疑問に、俺自身の手で解を得るほかない。
探索者で毒を用いる者が極端に少ない理由は、まさしくここに起因するのだろう。リスクにリターンが見合わない――スキルを持つ奴らは、そう結論付けるのが道理だ。
「さて、先に進むかね」
胸部が歪に肥大化したゴブリン共の屍を踏み分けて、俺たちは密林の更なる奥地へ向けて歩を進めて行った。
歩き始めて、一時間は経っただろうか? ゴブリンの集団と出くわす回数もそこそこ増えて来た。
「ハアアアッ――!!」
「グギャアアアアッツ!!!!」
短刀を上から下へ、一閃。ゴブリンは左右真っ二つに割れ、肉塊が地面にどさりと転がる。
「これで三十匹ってとこか。そろそろ温まって来たな」
握りしめた短刀が俺の問いに呼応するように、返り血で輝く。茂宮は地面に連なる肉塊を見ながら、額の汗を拭った。
「しっかしまあ、よくもそんなナイフ一本でそこまで戦えるもんだ。これなら本当にボスを討伐出来ちまうかもしれねぇな!」
茂宮の顔に興奮の笑顔が浮かぶ。再び煙草を取り出すと、ライターで火を付けた。そろそろ緊張も解けて来た頃合だろう。束の間の一服を噛みしめている。
「最初に御剣の装備を見た時は、正直終わったって思ったんだけどな。あり得ねぇほどの軽装備、ましてやスキルも持ってねぇと来たもんだ。どうなる事かと思ったが……」
煙を吐き出し、歯を見せて笑う。
「探索者ってのは、やっぱ俺らとは次元がちげぇわな! モンスター討伐のプロって感じだ!」
「……別に、そんな大したもんじゃない」
「おいおい、謙遜すんなって! 俺が人をほめる事なんて滅多にねぇぜ? ははっ!!」
謙遜などではない。俺は人より長くダンジョンに籠っているから、他の奴らより少しばかり知識があるに過ぎない。
「買い被り過ぎた。ダンジョンに挑むのは重装備の戦闘部隊や、ギルドの探索者だけって考えがみんなの中に染みついてるだけで、実際は素人でもなんとかなるもんだ。俺が初めてモンスターを殺ったのも、ガキの頃だったしな」
「……ガキって、幾つよ?」
瞬きの刹那、一瞬だが。
朱里の笑顔が脳裏に浮かんだ。
「……九つの、時だったかな」
茂宮はくわえていた煙草を地面に落とす。
「…………御剣。おめぇ、ほんとなにもんだよ……?」
さらに進むこと数十分。ゴブリンの猛攻も鳴りを潜め、辺りには不気味な静けさが漂っていた。
「茂宮。ガキの頃、蟻を潰して遊んだことはあるか?」
「蟻だぁ? 何だよやぶから棒に。した事ねぇよ、そんなもん!」
「……そうか。俺はよく、潰してたけどな。……子供ってのは、時に残酷なもんだよな。遊び感覚で、平気で命を摘むんだから」
「…………?」
首を傾げる茂宮に、思わず自嘲的な笑いが漏れる。あの頃から、俺は何も変わっていない。顔に掛かった返り血を拭き取りながら、俺は独り言のように呟く。
「ゴブリンも、蟻と同じだよ。全滅させたけりゃ、奴らの巣を破壊するのが手っ取り早い。徹底的に潰さなくっちゃなあ……」
刀身で輝く血を眺めながら、俺は再度、短刀を強く握りしめた。
この程度はまだ、