密林を抜けると、開けた場所に出た。まるでその部分だけを円形の型でくり抜いたような、不自然な空間だ。青臭い緑の残り香は消え失せ、異様な臭気が立ち込める。
そして、ここが最終防衛ラインとでも言いたげに――
「グガアアアアアアッツ――――!!!!!」
辺り一面を埋め尽くすゴブリンの群れが、雄叫びを上げていた。数えるのも億劫になる程の、おびただしい集団だ。己がテリトリーに入って来た異分子を排除せんと、敵意を剥き出しに俺たちを威嚇する。
その気迫に気圧され、茂宮は一歩二歩と後退した。
「な、何匹いるんだよっコレっ……!」
腰に付けた拳銃に、震える手で指を掛ける。残りの弾数は確か三発だったか? 正確に急所を射抜いたとしても、仕留められるのはせいぜい一、二匹が限度。焼け石に水も良いところである。
しかし、状況悪化はそれだけに留まらない。緑の集団の更に奥で、俺は蠢く『山』を見た。
「ブルルルルルゥゥゥッ……」
でっぷり肥え太った巨大な体躯。ごつごつと岩の如き体表に、下顎から伸びるは二本の牙。切り株で作った粗末な玉座に踏ん反り返りながら――奴らの王はそこに居た。
「……あれがボスだな」
ゴブリンキング。
読んで字の如く、ゴブリン共の王だ。
キングは他のゴブリンに比べ、パワー、ディフェンス共に桁違い。素手で地割れを生む剛腕、硬い表皮は並大抵の武器を寄せ付けない。まさにボスを冠するに相応しい個体だ。奴の右腕に刻まれた紋様こそが、ダンジョンの統率者である何よりの証明だった。
首を上げ、キングと目線を交える。
「ブルゥ……!」
どうやら鼻で笑われたみたいだな。玉座から動く気配は一切ない。自らが手を下すまでもないということか。
(だったらこっちとしても好都合だ)
キングの膝元には、何やら装飾をまとったゴブリンが一匹控えている。木目調の仮面を被り、首元には数珠のネックレス。右手に杖を握りしめ、こちらの出方を窺っている――
「やっぱりボスの近くに引っ付いてやがったな……金魚の糞め」
奴らは他のモンスター共と比べて知性が高い。ダンジョン内のどこにいれば一番安全か、よく理解しているって訳だ。奇妙な魔法も扱う個体も多く、厄介極まりない。
「グッギイイイッツ、ギイッギイッ、ギイイイッ!!!!!」
メキメキと音を立て、体格が一回り大きくなる。
肉体活性――中級バフ魔法ってとこか。
「御剣っ、流石にやべぇぞコレっ! さ、作戦は!?」
今にも泣きだしそうな茂宮の声を聞きながら、俺は一言。
「全員殺す、それだけだ――!」
跳躍。
短刀を構え、集団へと突っ込む。ここまで来たら小細工など必要ない。
「はああああああっつ!!」
刀を振るう。
斬り刻む。
「グギャアアアアアアッツ!!」
俺が走り抜ける、ただそれだけで――ゴブリン共は次々と肉塊へと変貌する。屍の山がひとつまたひとつと積み上がった。
「グギッ、グギイイイイッツ!!!!」
多勢に無勢だと思い込んでいるからなのか。どれだけ仲間が倒れようとも、奴らは馬鹿の一つ覚えみたく突進してくる。単調な動き。連携も何もあったもんじゃない。
――退屈だな。
「バフを掛けるんだったら、肉体じゃなくて脳ミソの方にしとくんだったな!」
戦闘開始からわずか数分。あれだけいたゴブリンの群れは、あっと言う間に最後の一匹になっていた。
「グギッ、グギイイイイッツ――!!??」
残された一匹は戦意を喪失し、無様にキングの元へと逃げ出した。
「グギッ、グギッ、グギイイイッツ!!!!」
身振り手振りで、必死にキングを説得するゴブリン。助けを乞うさまが哀愁を誘うな。
「ブルゥッ………………」
キングは重い腰を上げ、その場に立ち上がる。
さて、ようやく親玉の登場か。
すると突如――
ズズン――!
地響き。
キングが右手を地面へと叩きつけたのだ。
「ブルゥ……!」
右手を開けると、潰されたゴブリンが血の糸を引いた。ゴブリン集団はこれにて完全陥落――最高の茶番劇だ。
「……逃げ帰るのは許さない、ってか? 泣ける主従関係じゃねぇか、ククッ……!」
目の前に立ちはだかるゴブリンキング。全長、目測二メートル。太く寸胴な肉体に、筋肉から浮き出た血管がドクドクと脈打つ。群れが壊滅した怒りで、その豚鼻からは蒸気が漏れていた。
「ブルアアアアアアアアアッツ――!!!!!」
唸り声と共に、振り落とされる鉄拳。砂塵舞う中で、それでも俺は微動だにしない。
「避けろ御剣ぃぃぃぃぃっ――!!!!」
茂宮の叫びが木霊する。ゴブリンキングは、勝利を確信した。
だが――
「ブ、ルッ?」
吹き飛んだのは、王の腕の方だった。
「ブルッ、ブッ……グッ……ブガアアアアアアアッツ!!!!」
右肩を根元からごっそりと一刀両断。宙を舞った腕はそのまま落下し、大きな衝撃音が響き渡った。
「ブガアアアアアアアアッツ!!!!!」
跪く王。
短い政権だったな。
「じゃ、死んどけ」
丸太のような太い首へと目掛け、短刀を振り落とす。肉の間へスッと刃が通る――まるで発泡スチロールに、カッターを刺したような感触だ。
首を失った胴体が地面に倒れ、地響きを起こす。キングが倒れたことを確認し、駆け寄る茂宮。
「おっ、おい……! 終わった……の、か……?」
「あっけないもんだったな」
茂宮の顔に光が灯る。
「うっそだろ! すげぇぞ御剣っ!! 本当に一人でボスを倒しちまいやがった! そんなナイフ一本で、あのデカ物をのしちまうなんて……! どんな怪力してんだよ、お前っ!」
はしゃぐ茂宮に、種明かしの時間だ。
「これはただのナイフじゃない、【魔道具】なんだよ」
魔道具、
斬れば斬る程に切れ味が増して行く、呪いの短刀。血を吸うごとにその刃は研ぎ澄まされ、練度が上がって行く。長年俺の狩りを支えて来た――相棒だ。
「俺が毒を利用する本当の理由は、こいつの火力を上げる為なんだ。ダンジョン攻略の初っ端じゃ、それこそ果物ナイフぐらいの性能しかないんだが…… モンスターを斬るごとに、こいつの火力は際限なく上がって行く――」
とは言えデメリットもある。ダンジョンを出ると、折角上げた切れ味が元に戻ってしまうのが玉に瑕だ。その分、またモンスターを殺せば良いだけの話ではあるが――ある意味、コイツは俺の願望を体現しているとも言えるのだろうか?
「……ってことは、つまりはあれか? 殺傷能力の低い序盤の戦闘を、毒を使って補ってるってことなのか?」
「へぇ、理解が早いな。ああその通りだよ。覚えてないか? ここに来るまでの戦闘……特に終盤戦。ゴブリン共は、いったいどんな風に死んでいた?」
「どんな風にって……」
茂宮は後ろを見やる。地面にゴロゴロと転がったゴブリン共の
「……バラバラに、なって、やがるな……」
呟く茂宮に、頷く事で返答した。流石少佐と言うだけあって、察しが良い。大した洞察力だ。
「毒を使ってたのは最初の数戦だけなんだ。後半は全て血狂の切れ味に頼った戦闘だった。極限まで研ぎ澄まされたこいつの火力は凄まじいぞ。それこそ――」
俺は足元に転がる王の右腕を、靴底で踏みつける。
「ダンジョンボスであろうと、余裕でその肉を断ち切るぐらいにな」
「はあ~、魔道具ねぇ。それでか……」
呆気にとられる茂宮。茫然自失から一転、ハッと正気に戻る。
「それはそうと、御剣! ボスを倒したってことは……俺たち、現実世界に戻れるんだよな!」
「そうだな。だがダンジョンの崩落までにはもうしばらくの猶予がある。その間に、最後の仕上げをしておかないとな」
俺はゆっくりと歩を進め、舌なめずりをする。眼前には腰を抜かしながら打ち震える、
「さ~てさて。お待ちかねだ」
ウエストポーチより取り出した小瓶、中身は残り半分ほど。蓋を開ける。
「グギィッ……グギィッ……!」
弱弱しい鳴き声だ。既に戦意はない、当然だ。
こいつらの王は死んだんだからな。
「ふふふっ……! クックックックッ……!」
「おい、どうした御剣……? 何する気だよ?」
「何って……お愉しみの時間だよ、茂宮……!」
俺は短刀を
グチュリ――
「グッギャアアアアッ――――!!!!!」
轟く呻き声。
「おいおい、もう降参か? まだまだ始まったばっかだぞ? はははっ……!」
俺は小瓶を握りしめながら、狙いを定める。瓶を傾け、毒液を刀身へと向かって垂らす。刀身を伝った液体は徐々に下へと向かう。
奴の眼球へと目掛け、一直線に。
「ガッ、ギャ、ギャアアアアアアア――――!!!!!!!」
耳を劈く叫び声が、俺の鼓膜を心地よく震わせる。眼球内を毒で犯される気分は、いったいどんなものだろうな? 是非ともこいつに聞いてみたい所だ。
「はははははははははっ!! あーはっははっははははっはァ!!!!」
「おっ、おい!! 御剣っ! おめぇ何やってんだっ!」
「……見て分からないか? 教育だよ、きょ、う、い、く! 人間をダンジョンに閉じ込めるような悪い子には、お仕置きが必要だからなあ?」
「…………教育、って……? なに……言ってんだよ……?」
愕然とする茂宮を放置して、俺は獲物に向き直る。
――あの時もそうだった。
俺と朱里が閉じ込められた、忌々しいダンジョン。
朱里は無残に殺され、俺は地獄を彷徨った。
だからこれは復讐で、言ってしまえば憂さ晴らしのようなもの。俺と出会っちまったのが運の尽きだな、悪ガキが。
「知ってるかぁ、茂宮? モンスターつってもなあ。急所は俺らと同じなんだよ」
俺は後ろで騒ぎ立てる茂宮に言い聞かせてやる。
「特に、
「ギャアアアッギャアアアアアアア――――!!!!!!」
唐突に肩を後ろへと引かれた。
「――もうやめろって!!」
「何だ茂宮、モンスターを庇うのか? コイツらは人間にあだなす蛆虫だ。……だったらその身に刻み込んでやんなくちゃいけねぇよなあ? 虫が人間に歯向かったら、いったいどうなるのかって事を、なっ!!」
刃先を鍵の様に、半回転。
「ガッ、アアアアアアアアッツ――――!!!!!!!!」
右目が膨張し、破裂。
機能を失った。
そろそろ毒が脳髄に到達しただろうか?
徐々に思考が削がれる頃合だ。
「やめろ御剣ぃっ!! 何もここまですることはねぇだろうがよ! もう決着はついたんだ! 後はほっといても、モンスターは自然に消滅する。こんな拷問みてぇな真似、する必要はねぇ! 意味ねぇだろうが!」
「…………はぁ」
溜息が出る程に、平和ボケした思想。
何にも分かってねぇな――
「コイツらはな……平気で人を襲って、殺して、犯すんだよ……! ……殺して嗤って、また殺して、殺して……そこに意味なんてあると思うか?」
「……意味って、そんなもんは……」
案の定、黙りこくる。
「人を襲うのはモンスターの本能だ。だったら――俺も同じだよ。俺はコイツらを追い詰めて、支配して、蹂躙する。慈悲なんてねぇ。徹底的に苦しめて。苦しめて苦しめて苦しめて、最後に殺す……! 殺し尽くすっ! それが俺のやり方なんだよっ!」
茂宮の腕を振り払い、俺は短刀を両手で握る。
「だから……邪魔すんじゃねぇよ」
「……御剣っ! …………お……お前っ……狂ってるぞ……」
狂ってる?
そうかもな。
でも、良いんじゃねぇか?
一人ぐらい狂った奴がいた方が、こいつらも『恐怖』の味ってのを覚えるかもしれねぇだろ?
「……グッ……ギィィッ……ッ……グ……」
苦痛に耐えかねたのか。
――――用語一覧――――
【魔道具】
様々な付帯効果を有した武器、防具、アクセサリーなどの装備品の総称。踏破型ダンジョンで見つかる宝箱や、一部レアモンスター討伐時に、稀にドロップすることがある。魔道具を使いこなすことが出来れば、スキルを所持しない人間であっても、モンスターと同等に渡り合える。故に能力者を保有していない公安からは、特にその存在を重要視されている。